レイとセシルとアンさんの戦い
☆ □ ☆ □ ☆
「無理無理無理ぃ!!」
やけくそ気味に叫んでいるセシル。
「大丈夫だよー、三人の力を合わせれば。というわけで、アンさんよろしくお願いします」
「今三人の力を合わせるとか言ってただろ!? なんで俺だけを名指ししてんだよ!」
さらっとアンさんを囮としようとするレイと、それを固辞するアンなんとかさん。
「いやほら、なんか見たまんまやばそうじゃないですか」
「いや、なんでそんなにやばそうなのを俺だけに任せるんだよ……」
ぐっとレイがサムズアップすると、はぁ……と何かを諦めるようにアンさんはため息を吐いた。
次の瞬間、ゴウっと風を切る音が聞こえてきた。反射的に身体を横へずらす。
「危なっ……!」
レイの頬に、赤い筋が走る。
「レイ!」
「だいじょぶだいじょぶ。かすり傷だから」
ただ、と心の中で補足する。
まったく反応することが出来なかった。こりゃ、かなりやばいかも。
今のだって、反応できたのも偶然なのだ。そう自分に言い聞かせ、レイは警戒心を一段階上げる。
しかし……。
「Oooooon!!」
凄まじい速度で迫ってきた大きな手を、レイが感知した時にはすぐ目の前まで来ていた。
「レイっ!!」
ガっと腹部に衝撃が走り、後ろへ倒れ込む。
眼前を横切る大きな腕。恐る恐る腹部を見てみると、レイと同じように倒れ込むセシルの姿があった。
「ふーっ、危ない危ない。ボク、結構お手柄じゃない?」
ふふんっとドヤ顔をレイに見せつけてくるセシル。
そんな表情がおかしくて、レイは短く息を吐いた。
「よく助けに来てくれたね。かなり危なかったと思うけど」
レイが何気なく、そう呟くと、セシルは指を二本立ててピースして、さらににっと笑って口を開いた。
「友達だからね。……あと、ボクがピンチな時助けて欲しいし」
最初は自信たっぷりに言っていたが、後半になるにつれて声量が小さくなっていく。
「んー? 最後なんて言ったの?」
にまにまと笑いながらセシルに尋ねるレイに、頬を赤くして慌てるセシル。
だが、その空気も次の瞬間霧散してしまった。
「ちょっ! 二人とも! 今はこっちに集中してください!!」
あっ、やべ。
この瞬間、二人の心の声が完璧にシンクロした。
二人は恐る恐る声のした方に視線を向けると、そこには一人で牛鬼と戦いを繰り広げるアンさんの姿が。
「……一人であれとやり合うとか、あの人相当やばいね」
「うん、わかる」
そう言いつつも、これ以上はアンさんがやられてしまう可能性がある。
「アンさん! 交代!!」
「わかった! だが大丈夫か!?」
「問題なし!」
アンさんの下へ駆け寄って、立ち位置を交代する。
さっきまでのレイだったら、このまま為す術なくやられていただろうが今は違う。
……見た感じ、移動速度は早いけど腕の振りは反応できる。だから、射程距離と移動速度を考慮しつつ、あまり離れすぎないように戦えば囮としては十分に役に立つことが出来るはずだ。
「かなりきついけど……このままいけそうかな……!」
回避することのみに意識を向けて、なんとか攻撃を捌き切る。
私の役目は、囮。攻撃は――。
牛鬼の背後から、にゅっと黒い影が現れる。
「隙ありーっ!」
バカなのか、叫びながら首へめがけて短剣を振るう。
「ぐっ……!」
短剣が首に突き刺さったはいいものの、これ以上押し込むことが出来ない。
「Ooooon!!」
牛鬼の三本目の腕が、セシルの身体を捕まえる。
そして、セシルを勢いよく壁へ投げ飛ばした。
「ちょっ、ええぇぇえええ!!」
「危ないっ!」
アンさんは、セシルを空中で受け止めるとそのまま壁へ激突していった。
「二人ともっ! ……っ!」
二人が気になるが、レイはここで牛鬼の足止めをしているのに精一杯で、あちらに気を回す余裕はない。
心の中で無事を祈りながら、牛鬼からの攻撃を捌く。
しかし――。
「しまっ……!」
過労による疲れからか、視界が一瞬明滅し、足がもつれて動きが鈍る。
それをニタニタと嫌な笑みを浮かべる牛鬼の目がレイの姿を捉えた。
「Oooooon!」
「くっ……!」
牛鬼が腕を振りかぶる。
レイは顔を歪ませながらも、なんとか避けようと体を強引に動かす。しかし、それは間に合わず、勢いよく振り下ろされた牛鬼の手で弾き飛ばさ――れなかった。
なぜか牛鬼の手は、レイがいた場所からそこそこ離れた位置の地面を砕いた。
「Oon!?」
混乱したように声を漏らす牛鬼。目を押さえて、腕をしっちゃかめっちゃかに振り回していた。
「なにが……!?」
分からない、分からないが、少なくともレイたちにとって有利な事が起こっている……ような気がする。
しかし、これがいつまで続くか分からない以上、急いで決着をつけるべきだ。そう思い、レイは懐にあるものがあることを確認すると、牛鬼へ飛びかかった。
「……結構危ない……っ!」
なんとか接近することに成功する。腕の動きに規則性がない分、近づくこと自体はさっきよりも難しかった。しかし、近づけたのならこっちのもの。狙いが定まってない今なら……!
そう思ったその時、メキメキっと牛鬼の体から音が鳴って牛鬼の背中から新たな腕が生えてきた。
「四本目……っ!」
もう少し近くで使おうと思っていたが、仕方がないか。レイはそう心中で呟くと、懐からサトウさんから受けとっていたあるものを取り出した。
――魔力銃。
彼が言うには、知っている武器を真似て作った武器なんだそうだ。これならば、力が弱くても魔力があれば安定した火力を出すことが出来る、と。
その魔力銃を牛鬼へと焦点を合わせて引き金を引く。キュィィンっと高い音がして蒼く輝く弾が発射された。
しかし――。
「もうちょい近づけてたら……!!」
牛鬼の肩を抉りとるまでの威力を秘めた攻撃は、そこで終わってしまった。致命傷だ。致命傷なのだが、戦闘不能、はたまた死までには届かない。
牛鬼の声にならない叫び声が聞こえてくる。しかし、即座にニヤリと笑うと、こちらに手を伸ばしてきた。
混乱するような何かが終わったのか、それとも攻撃から居場所を割り出したのかは分からない。
だが、これだけは言えることがある。
「最初に言ったでしょ、君の敗因は油断だって」
「アンさん! 決めて!!」
「うおぉぉりゃああぁっ!!」
牛鬼の背後にいつの間にか近づいていた二人。
セシルが腕を使って踏み台となり、アンさんがそれを使って牛鬼の首元に勢いよく襲いかかる。
そして、首元に突き刺さった短剣を掴んで押し込んだ。
「Oooooon!?」
「うおっ、こらっ、暴れんな!」
痛みでようやく二人が近づいていたのを察したのか、牛鬼は勢いよく暴れだした。
「早く、早く、くたばりやがれこの野郎がああぁぁぁ!!」
アンさんは大声で叫びながら、必死に短剣を牛鬼の首元に押し込んでいる。
「セシル! 押さえつけるよ!」
「了解っ!」
アンさんが振り落とされないように、レイとセシルは牛鬼へと飛びかかった。
そして――。
「はあ、はあ……!」
「くっ……はあ……!」
「ゲホッゲホッ……!」
息も絶え絶え倒れ込むレイとアンさんに、何度も咳き込むセシル。
そして、その少し横には――地面へ横たわり、ピクリとも動かなくなった牛鬼の姿があった。