走馬灯
☆ □ ☆ □ ☆
『あんたなんて……いなかったら良かったのに……っ!』
在りし日の思い出が、頭の中に流れ込んでくる。
「クソがっ。走馬灯ってやつかよ……!」
地下にて、あたしは血がボタボタと流れ落ちる脇腹を押さえて、必死に逃げ回っていた。
「少しでもあの部屋から離れねぇと……!」
そう呟き、疲れて止まってしまいそうな足に鞭をうち、前へと進む。
あの部屋は――研究室は、絶対に壊させてはいけない。何年もかかって、ようやくあそこまで進んだんだ。
「あれが壊れなきゃ、あたしが死んでも……」
「『アークランス』」
背後から声が聞こえ、腿に激痛が走る。
あたしの足を貫いた水の槍は、地面に突き刺さるとただの水となり消えていく。
「元幹部と聞いてましたが、まさかここまで弱いとは」
やれやれと首を振る男は、胸元に青い花のピンをさしていた。
「はっ、あたしは幹部の中で飛び抜けて弱ぇんだよ。ミシェル君」
吐き捨てるように言い放つ。
実際、あたしは幹部の中どころか魔王軍全体でも、戦闘力でいえば下位に位置する。
「とは言いましても、兎を狩るにも全力を出す主義ですので」
「はっ、あたしがそんな可愛らしいものだってのか?」
懐から、爆弾を取り出す。
ミシェル君が来た瞬間、飛び出してあたし諸共爆破する。そうすれば、多少はダメージを与えることが出来るはずだ。
そうなると、自分も無事では済まないだろう。
自分は致命傷、相手へどれだけのダメージを与えることが出来るのか、把握出来ない。
ただ、このまま逃げてもジリ貧。今の自分に出来ることは、これしかない。
「……死ぬかもな」
最悪、自分は死んでしまうかもしれない。
あたしは死ぬこと自体に恐怖はないが、心残りがある。
それは、彼との最期の会話があれだと言うことだ。
感情的になって、責め立てるようなことを言ってしまった。昔っから、論理的か感情的かの極端な手段でしか、自分の気持ちを伝えることが出来なかった。
「いやだなぁ……」
また、あの時と同じようなことになってしまうのかと思うと、憂鬱に感じてしまう。
あの日、あたしは彼が待っているであろう場所に行かなかった。
会ってしまったら、もっと酷いことを言ってしまうんじゃないかと、そう言い訳して、一日中部屋に引きこもっていた。
完全に自業自得。
彼には非はないということを理解しているはずだったのに、責め立ててしまった。
足音が近づいてくる。
兎と例えた通り、完全に下に見られているのか悠々とした、余裕のある足音だ。
一歩、二歩、三歩――。
あたしがいる角にミシェル君が近づいた瞬間、起爆した。
☆ □ ☆ □ ☆
「あんたなんて……いなかったら良かったのに……っ!」
キッとこちらを睨みつけてくる。
それをあたしは相手を見据えながら、腕を組んで口を開いた。
「は? 注意しただけで、なんでんな事言われなきゃいけねぇんだよ」
「言い方ってもんがあるでしょ!」
今にも掴みかかってくるんじゃないかってほどの勢いで、ずいっと近寄ってきた。
上目遣いで睨んでくるのは、あたしと同じ紫色の髪をしたあたしと似たような顔立ちの女――妹だった。
「言い方一つでうるせぇな。少し考えりゃ、どっちが正しいかぐらいわかんだろ」
「正しいからって、なんでも言っていいわけじゃないでしょって話!」
「話をすり変えんな。言い方なんかより、正しいか正しくないかの方が重要だろうが」
相手が傷つくからと言って、優しい言葉ばかりをかけることは、相手のためになるはずがない。
「ほんっと、お姉ちゃん嫌い。なんでこんなのがわたしの姉なの……!」
「は? それ言ったら、お前だってそうだろ」
妹の言い草に、イラッとくる。
「は? なに、あんたと一緒にしないでよ。いっつも、正しいだとか論理だとか客観的だとか。誰もがお姉ちゃんみたいに考えてからしか動けないわけじゃない!」
全て言い切ると、はーっはーっと、荒い息を整えだした。
「それ言ったら、冬優子、お前は考えずに動きすぎなんだよ。少しは、考えてから行動しろ」
妹――冬優子を窘めるように言うと、顔を真っ赤にして反論しだした。
「なに? お姉ちゃん、周りから天才だのなんだの言われて調子に乗ってんの。何様のつもり」
「はっ、天才だのなんだの言われたって何も思わねぇよ。なんであたしがそんなこと気にしなきゃならねぇんだ」
天才だと呼ばれて、いいことなんて一つもなかった。
周りからの期待は重いし、同級生からは異物を見るような目で見られるし、ネットじゃ晒し者だ。
しかし、そう言い切ったあたしに、冬優子の独り言が耳に入ってきた。
「それじゃ……なんでわたしが……」
「あん? 何言ってんだよ?」
問い返すと、くわっと目を見開いて怒鳴ってきた。
「そんなにどうでもいいなら、バカになればいいじゃん! あんたのせいで、わたしまで変な目で見られるの! あの天才の妹だから優秀なんだとか、姉に才能を取られたんじゃないかとか!」
そこから先は、覚えていない。
「そんなこと知らねぇよ」とでも答えたか、「他人の評価なんて気にすんな」と突き放したか。いずれはその両方か。
だが、その後冬優子は飛び出して、あたしは異世界へ召喚された。仲直りなんて、する間もなく。
その時初めて、何かを失ったかのような虚無感と、ショックを覚えた。あの時と同じ感覚は、あれから今入れて二回しか味わっていない。
それほどに、あの時の自分にとっては冬優子の存在が大切だったのだ。
……ああ、これは走馬灯か。
そこでようやく納得する。
無意識のうちに受け入れてたが、なぜ追体験のようなことをしているのか。少し疑問に思えば、すぐに分かることだ。
「死んだのか……」
死に対して恐怖感もなく、痛みもなかった。なかなかいい死に方だったんじゃないだろうか。
しかし――。
「……一言ぐらい、謝っておきたかったかったなぁ」
心残りはそれだ。
父母は仕事で忙しく、そして天才と周りから呼ばれるわが子に対してどう接するべきかわからず距離を感じていた。友達もおらず、周りからも距離を感じていた。
だからこそ、冬優子は唯一の理解者だった。
自分のいい所も悪い所も知っている、良き理解者だった。
きっとあの日の喧嘩は、些細なことが原因だったような気がする。
彼も、きっとあたしの理解者だったはずなのだ。
ただ、自分には何かしらの罰が必要だと思っていた。
喧嘩別れからの死別程度では、許されないほどの罪のはずだ。
「このまま死んだら、罪から逃げられるかなぁ……」
あの日あの時から、許されないと思ってきたから。
だから、この程度で済むのなら儲けものと考えて――。
『お姉ちゃんは、それでいいの?』
不意に、声が聞こえてきた。
ぱっと顔を上げると、さっきと同じ冬優子の姿があった。
「そうやって、直ぐに諦めようとするのはお姉ちゃんの悪い癖」
髪をくるくると指で弄りながらそんなことを言ってくる。
「ふ……ゆこ……? なんでここに……」
「ほら、さっさと行きなよ、お姉ちゃん。今のままじゃ、自称天才の痛いやつだよ」
カラカラと、朗らかに笑う冬優子。
「冬優子、その……な、ご、ごめ――」
幻覚だとわかっていても、口から言葉が溢れ出る。
だが、冬優子はそれを遮るようにあたしの肩を押してきた。
『それを言うべきは、わたしじゃねぇよ』
足場が崩れ落ちて、あたしの体は下へと落ちていく。落ちていく――。
☆ □ ☆ □ ☆
振動を感じて、目を覚ます。
すると、眼前に彼の顔があった。
全身が痛くて、その振動だけで痛くて苦しいけれど、走馬灯で言えなかった言葉がポロリと口から漏れ出てきた。
「……先日は、悪かった」
あたしを担いで走る彼にそう言うと、彼はにっと笑った。
「気にすんな」
……これで、一応心残りはなくなったな。まあ、このまま死ねる空気じゃないけど。
「……そういえば、走馬灯見た」
「そうか。ちゃんと最後まで見たか?」
「一応。まあ、色々と編集したいとこもあったけどな」
いつもの軽口を言い合う。そう、これこそが彼との自然な距離感。
『お姉ちゃんは、それでいいの?』
先程走馬灯内での問いが、頭の中で反芻する。
……分からない。けど、それを理解するためには、今ここで死ぬ訳にはいかない。
彼の方に顔を向けると、口を開いた。
「力を貸してほしい」
俺がそう言うと、彼は微笑み交じりに返してくるのだった。
「おう、わかった」