地下へ向かおう
外に出ると、急いで西の方へと向かう人達で溢れかえっていた。
「うわー、大パニックですね」
「前回のはここまでじゃなかったから、今回みたいなのは初めてなのかな」
そんな人々を見て、二人は各々感想を呟いた。
「行くぞ」
目指す場所は、冒険者ギルド。
いつもの酒場に隣接する形で、建てられているため迷うことは無い。
人にぶつからないように移動するため、いつもよりはペースが落ちてしまったが、なんとかいつもの酒場の近くまでやってこられた。
見るとギルドは、ギルド内へと慌ただしく入るものや出ていくもので溢れかえっていた。
「……ちょっとすいません。通りまーす」
押しのけて、中へ入る。
ギルド内は、外と比べるとなお慌ただしく、騒々しかった。
「あっ! おい、アンさん!」
ギルドの受付嬢となにやら話し込んでいたアンさんを視認すると、手を大きくあげて呼びかける。
何度か呼びかけると、こちらに気づいたのか視線を向けたかと思うと、受付嬢に一言二言なにか言って、こちらに向かってくる。俺たちの方も、アンさんに駆け寄った。
「どーなってんだ。さっきの爆発は」
問うと、アンさんは苦い表情のままふるふると首を横に振った。
「分からない……。ギルド側も事実確認を急いでいるらしい」
「爆発したのは……防壁か?」
ずっと気になっていたことを聞くと、彼は「いや」と、再度頭を振った。
「防壁が破られたという情報は入ってきてねぇ。ただ、少し気にかかることがあるんだ」
「爆発したのなら、硝煙の臭いや煙が見えたりするはず。あと、普通の爆発音と比べて何かが違ったような気もする」
「ああ、そこが引っかかってんだ」
なにか見落としているんじゃないか……? 考えろ、考えろ、考えろ……!
この都市の構造。ミシェルの種族、性質。
「あー、なんとなくなんですけど、音的に下から聞こえたような気がするんですよね」
「下……?」
言われてみると、確かにそんな気がしてくる。
下、下か……。
「そういえば、あのミシェルって魔族は水の精霊? なんだよね。それなら、水に長時間潜ることって可能?」
「そりゃ可能だが……」
確か、この都市の周りには溝があり、そこには水が貯められている。そのため、門からしか出入りはできないのだが……。
「あっ……! そいや、精霊の加護っつー特定の状況下での耐性を付与することが出来る能力があったよな、精霊には」
となると、溝に潜って水中にある都市の防壁に爆弾を仕掛けたのか。俺と戦ったのは、撤退を伝えに来た時のほんの気まぐれか……。
となると、そこの防壁が今、壊されたとしたら連中が出てくる場所は……。
不意にナツミさんの顔が脳裏を過り、目を見開く、正面を見ると、同じ結論に至ったのか、俺と同じ顔をしているアンさんの姿があった。
「「……地下か!!」」
確か、都市全体に水を行き渡らせるようにいたるところに出入口があるんだったか。となると、侵入には最適だよな。
「俺、ギルドの人に話してくる!」
「俺は地下を調べに行ってくる!」
アンさんが先程話していた受付嬢の下へ駆け寄っていくのを尻目に、俺はギルドから飛び出した。
「レイ、セシル、急げ! 下手したら――」
その時、都市中から悲鳴が聞こえてきた。
「ま、魔物が入ってきてるぞ!」
「誰かっ! 誰かー!」
さっきまで同じ場所へと向かっていた群衆が、今やバラバラにあちらこちらに逃げ惑っている。
「これはまずいね」
「ああ」
この状態では、上手いこと避難することも出来ない。
……ここは、俺らが何とかするしか――。
そんな考えが頭に浮かんできたその時、鋭い声が辺りに響いてきた。
「落ち着いてくださいっ! 今から我々が誘導しますので、落ち着いて避難場所へ移動をしてください!」
見ると、統一感のある鎧を装備した騎士らしき集団が大声を張り上げていた。
「避難場所ってどうするんだ! 広場には魔物が出たって聞いてるぞ!」
騎士たちを責め立てる声が上がる。
「ですので、以前配布致しました、マニュアルにしたがって領主様の屋敷へ避難します!」
テキパキと指示を出す騎士。
どうやら、ここは彼らに任すべきところらしい。
「ですのて、我々の指示に従って、避難場所へ――」
再度指示を出す騎士の声を聞き流し、レイへと水を向ける。
「よし、俺らは行くか」
「聞き忘れてたんですけど、どこに向かうんですか?」
「えっ、そりゃ、地下へと続く階段のある場所に……」
あれ? そういえば、どこにあったっけ。
つーっと冷や汗が背中を伝うのを感じる。まずい、覚えてない……!
防壁の調査へと行く途中にも、それらしき場所は見受けられたが、意識していたわけじゃないので、どこにあったかなんて一々覚えていない。
「……レイとセシルは、覚えてたり……」
「すみません、覚えてません」
「というか、地下の存在自体さっき知ったんだけど」
……どうしよう。
微妙な空気が漂い始める。と、そんな時、空気を一切読まない声が聞こえてきた。
「ありゃ、お前らまだこんなとこにいたのか。ちか調べに行くんじゃなかったのか?」
ギルドから出てきたアンさんは、不思議そうに首を傾げて尋ねてくる。
「いや、な。そーいえば、俺ら地下に行く道がある場所知らないなって……」
「は!? え、それなのに『俺は地下を調べに行ってくる!!』とか言ってたのか?」
「うるさい、アンなんとかさんうるさい」
なんでそんなこと覚えてんだよ……。
キッと睨みつけると、軽く両手を上げて後ずさる。
「ま、まあ、ほら、案内してやるから着いてこいよ」
アンさんはにへらっと、愛想笑いを浮かべると、そう言って人通りの少ない路地裏へと続く道を指さした。
☆ ☆ ☆
アンさんについて行くこと十分後、見覚えのある地下へと続く道へとたどり着いた。
「おーし、ここは魔物とかいねぇみたいだな。さっさと行くぞ」
「おい、それなんかフラグ……」
っぽくないか? と、言いかけたその時だった。
地下へと続く道から突如ぬっと角の生えた二本足の牛が現れた。
そいつは、アンさんの姿を見ると、即座に持っていた棍棒を振り落ろす。
「危ないっ!」
「へ……?」
アンさんを押しのけて、地面に倒れ込む。
一メートルほど離れた場所に、棍棒が叩きつけられて、轟音と共に地面が砕け散る。
「オオン、シトメソコナッタ」
カタコトながらも、言葉を喋る魔物。いや、魔族か。
「ねぇ、あれって……」
「種族は牛鬼。魔王軍の三番隊に所属しているやつだ」
そう説明すると、セシルが不思議そうに疑問の声を上げた。
「牛鬼って、蜘蛛に似た姿じゃなかった?」
「そりゃ、魔物の牛鬼。こっちは、魔族の牛鬼。完全に別物だ」
そう説明しながらも、牛鬼の方の警戒は解かない。
「おい、サトウさんさん。こいつの相手は俺らがするから、お前は先にいけ」
「はあ? なんで……」
怪訝な目を向けると、真剣な眼差しでこちらを見据えてくるアンさんと目が合った。
「この先に、お前が探してたナツミさんがいる可能性が高い。そして、あっち側に他の魔物が行ってないとも限らない」
確かに……と、一瞬納得しかけたが違和感を覚え、そして疑問が浮かんでくる。
なぜ彼が、ナツミさんがこの先にいることを知っていたのか。俺は、彼にナツミさんと会った場所を言っていないはずだ。なのになぜ……。
「なあ――」
「だから早く行け! ここは俺らに任せて!」
「なんか勝手に私たちも加担させられてるけど、行ってきなよ。こっちはこっちでどーにかするから」
「キミから貰った新武器も使ってみたいし、いい機会だ」
三人からの声に、疑問の声をぐっと堪えた。今は、そんなこと気にしている場合じゃないと判断し、意識を切り替える。
「……わかった。ここは任せる」
「おう、行ってこい」
アンさんは、こちらにぐっとサムズアップしてきた。それと同時に、真正面から牛鬼が突進してきた。
「オオン、トオストオモッテンノカァ!!」
牽制しながら、距離を保っていたが、会話を聞かれたらしく、通す気はないと叫びながらこちらに近づき棍棒を振るってくる。
「そらっ!」
セシルの掛け声とともに丸い物体が牛鬼の頭に投げつけられ、それは牛鬼の頭に当たると中から縄が飛びだして牛鬼の体を縛り付けた。
「ほら、早く行った。トロトロしてると刺すからね」
セシルから急かされると、ようやく俺は地下へと続く道へと足を伸ばした。
「おうっ!」
地下へと向かっていると、背後から牛鬼の叫び声と三人の声が聞こえてきた。
「オオオオン! キサマラジャマダァ!」
「ふっふっふっ、こちらは三人なんだ。数の暴力で楽勝だよ」
「おい、変なフラグ立てんな。あと、言い方……」
「君の敗因は、油断してしまったことだ」
「なんでもう勝ち誇ってんだよ!? 大丈夫かな……」
一気に不安げな声音になっていくアンさんの声を聞いて、こちらも不安になってくる。
……ほんとに大丈夫かな、あいつら。