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会うための必要条件


路地裏に来て、およそ二時間が経過した。

ぼけーっとして立ち尽くすレイに、相変わらずぶつぶつと何やら蹲って呟いているセシル。


「来ねぇ……」

「来ませんねぇ」

「消えてなくなりたい……」


三人同時にため息を吐いた。

あとどれぐらい待つのか、考えただけで気が重くなる。


「お前さんがサトウか」


不意に、聞き覚えのない声に名前を呼ばれた。

振り返ると、大柄の初老の男がこちらを睨んできていた。


「あ、ああ、そうだが……」


初老の男はジロジロと不躾な視線で俺を見ると、はんっと笑った。


「おい、愚図。お前さん、もうナツミには会うな」

「あ"?」


いきなり出てきたなんだこいつ。

つか、初対面の相手を愚図呼ばわりとか、どんな神経してんだ。


「なんで、見ず知らずのあんたにそんな事言われなきゃいけねぇんだよ」


苛立たしげに睨みつけながらそう言うと、初老の男はバカにするかのようにはっと嗤った。


「なんで愚図ごときに、儂が懇切丁寧に理由を説明すると思ってんだ。儂は決定事項を言いに来ただけだ」


そう言い残すと、くるりと回って立ち去ろうとする。

俺はその男の方をガシッと掴んだ。


「いや訳わかんねぇし、勝手に帰ろうとしてんじゃねぇよ」


ギロりと、横目で睨んでくるが、舌を噛んで怯むのを抑え込む。


「ちっ、めんどくせぇ……!」


不意に、視界がぐるんっと回転し、浮遊感を覚える。

投げ飛ばされたことを瞬時に悟った俺は、手を伸ばして地面を掴む。そして難なく着地したかと思った瞬間、顎に強い衝撃を覚えた。


「カッ……ハッ……!」


視界がチカチカと明滅して、意識が一瞬だけ飛ぶ。


「……ちょっと説明が欲しいかなー」


正面を向くと、細い糸で手足を拘束されている男の姿があった。


「一応それ、鉄製だから無理に引き剥がそうとすると、結構痛いよ」

「うぜぇなぁ……」


動きを止められたと思ったのもつかの間、男がぐっと拳を握って荒々しく前へ進むとバチンっと糸がちぎれる音が何度も聞こえてきた。


「うそー……」


呆然とするレイをよそに、俺は男に駆け寄る。

視線が俺を捉えたのを感じて、反射的に両腕をクロスして防御の体勢をとる。すると、腕に強い衝撃がはしった。


「うぐっ……!」

「ちっ、防ぎやがった」


痛てぇ……! なんだよ、この威力。武器使ってもそう出ねぇぞ。

続いて男の足がブレた。俺はそれを回避しようと後ろへ飛び退こうとした瞬間、ゾクッと冷たい殺気を感じた。


反射的に頭を下げる。

すると、ひゅんっと頭上で風を斬る音がして、続いてパキッと金属が割れる音が聞こえてきた。


「次から次へと……!」


忌々しげに唾を吐き捨てる男に相対するのは、何故かゆらゆらと体を揺らしているセシル。


「なんで、ボク以外に殺されかけてるの……」

「は? ……いや、殺されかけてねぇけど」


なんかいつもとは違う声のトーンで、ぶつぶつと呟いている。


「殺すなら、ボクじゃないと。ボクが、殺さないと……」


物騒なことを呟くセシルの姿に、ゾワッと身の危険を感じた。


「殺すのは、ボク……」

「……なんかやばいやつが来やがった」


ふふふと笑うセシルの姿に、頬をヒクヒクと引き攣らせる初老の男。

ちなみに俺の頬もめっちゃ引き攣っている気がする。


「……じゃあな」


そう言い残すと、初老の男の全身がブレて、一瞬で姿を消した。


「あっ、逃げた!」


慌てて周りを確認してみるが、あの男らしき姿は見当たらない。

……逃げられたか。


「ねぇ、キミ」

「は、はいっ!?」


思わず変な声が出てしまった。

恐る恐る振り返ると、普段と同じセシルの姿が。

声も普段と変わらず、あのいつもとは違うトーンの声音ではない。


「なんでそんなにビックリするのかな」

「いやだってお前、さっきの……」


恐る恐る問いかけてみると、ケロッとしたいつも通りの笑みを浮かべてきた。


「え? なんのこと?」


彼女の笑顔に、それ以上何も言えなくなる。

なんとなくこれ以上踏み込んではいけないと、本能的に察した。


「っつーか、逃げられたがどうしようか……」

「多分、あの人、噂の領主じゃないんですかねー」

「あー、確かに」


というか、この都市でナツミさんに関わりのありそうな人、領主しか知らないからなぁ……。

とりあえず、アンなんとかさんを探して出して、詳しく聞いてみる必要がある。


「……あー、とりあえず、今日は解散ってことで」


そう言うと、はあ、と疲労感たっぷりのため息とともに二人はこくりと頷くのだった。

……二時間待って、この結果か。


☆ ☆ ☆



先日の喧騒と比べれば、幾分か静かだが、それでも騒がしい部類の酒場内にて、俺たち四人は向かい合うようにして座っていた。


「ところで、この人は誰……?」


昨日、情報集めのためにその場にいなかったため、初対面のアンさんの説明をセシルが求めてくる。


「この人は、アンなんとかさん。略してアンさん。昨日、ナツミさんについて色々教えてくれた人だ」

「アンなんとかって……アンドレだって! さすがに覚えろよ!!」


怒鳴ってくるアンドルさんを、片手で押し留める。


「あー、アンドルさんだ」

「アンドレだっつってんだろ!!」


ありゃ? 違ったっけ?

なかなか名前を覚えきることが出来ず、うーむうーむと唸っていると、斜め前ではセシルがむーっと唸っていた。


「お? なんだ、嬢ちゃん。俺をそんなに見つめて……はっ! まさか、一目……痛っ! ちょっ、待って、痛いから! すみません調子に乗りました! おい、サトウさんさん! 止めて!!」


おかしなことを言い出したアンさんに、げしげしと蹴りを入れるセシル。そして、それを止めるよう涙目で訴えてくるアンさん。

……サトウさんさんってなんだよ、太陽かよ。


「ちょっとサトウさんさん、ほんとに止めてくれませんかね!?」

「サトウさんさんってなんだよ」

「サトウさんさんさん! ほんとに止めてください!!」

「いや、増やせって意味じゃねぇんだけど……」


逆になんで増やそうと思ったのか……。俺への尊敬度が高すぎて、敬称を沢山つけても足りないぐらいだ、とか思ってるわけ?

さすがに止めないと可哀想と思い、口を開く。


「おい、八つ当たりはその辺にしとけ。別にお前の行動が無駄になったのは別にこいつのせいだけど、それを責めるのはお門違いだ」

「ぐっ……正論だ……」


渋々と蹴りをやめるセシル。

ほっと安堵の息を漏らすアンさんの方を向き、片手でセシルの方を示す。


「こいつの名前はセシル」

「よ、よろしく……」

「よろしく。わたしのことは気安くセシル様って呼んでもいいよ」

「全然気安くねぇ!? ほんとになんなんだよ、お前ら!!」


まだ昨日のことを引きずっているのか、アンさんに対してはやけに塩対応だ。


「んじゃ、つつがなく自己紹介が終わったところで、本題に入るとしよう」

「つつがなくの意味を調べろよ、おい」


アンさんのツッコミを無視して、質問に入る。


「今日、ナツミさんとの待ち合わせ場所にある男が来たんだが、心当たりないか聞きに来た」

「ほう……特徴を聞こうか」


さっきの醜態を誤魔化すように、尊大に振る舞うアンさん。


「えっとですねー、歳は五十から六十で」

「大柄の人だったね」

「あと、目が鋭い、怖い」


三人とも別々の特徴を言うと、アンさんはああ、となにか思い出したかのように遠い目をした。


「うーん、それだと少し情報が足りねぇな」


どうにかあの男の特徴を思い出そうとしてみるが、口と態度が悪いという印象が強すぎて、なかなか出てこない。

そこで、ふとあることに気がついた。


「そういえば、胸元にゼラニウムの花のバッチをつけてたな」


確か、ナツミさんもそんな感じのバッチをつけてたような気がする。


「それは領主だな。つか、ゼラニウムの花のバッチつけてるの、領主の関係者しかいねぇし、それで大柄の男っつったら領主だわ」

「というか、よくそんなこと覚えてましたね」

「偶然だ、偶然」


予想通り領主だったらしく、俺たちは顔を見合わせると一つ頷いた。


「なら、会う方法とかあるか?」


説得するには、まず会わなければ何も出来ない。


「それはいいが、もちろん合法だよな?」

「……非合法なわけないだろ?」


すっと視線を逸らしながら、言い募る。

もちろん、合法であって、説得だって別に説得(物理)ってわけじゃない。うん。


「それならいいが……」


疑うように視線を向けてくるが、視線を逸らしてなんとか心の内を読まれないようにする。


「はあ……。いいか、俺たちみたいな一般人が、領主に会う方法は、かなりの功績をたてるしかない」


一つため息を吐くと、ピンッと指を立てて話し出した。


「大きな功績を立てると、それを称えて領主直々に褒美が貰える。まあ、それが表彰なのか屋敷に呼び出されるかは分からんけども」


大きな功績……どんだけの功績をたてればいいんだ……?

その疑問が顔に出ていたのか、アンさんはニヤリと笑みを浮かべて口を開いた。


「お前らは非常に運がいい。ちょうど、その大きな功績に匹敵するような厄介事がこの都市で起こっている」


「それは……」と、もったいぶって話すが、俺たちはその時点で薄々と察していた。

この都市に降り掛かっている厄介事。それも大きな。となると、思い当たるものが一つある。

それは――。


「そう、魔王軍の襲撃だ!」


やはり予想通りの言葉を、彼は自信満々に言い切るのだった。


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