後日談
☆ □ ☆ □ ☆
「ねぇー、レイ。これ毎年来る必要あるの?」
「あるよ」
「つーかーれーたー」
「……あと少しだから」
舗装された山道を歩いて数十分。セシルが音を上げ始めた辺りで目的地が見えてくる。
「着いたー!!」
両手を上げて喜びを表現するセシル。そんな彼女を横目に見つつ、レイは大きな石碑を見やる。
「あれからもう三年ですか……」
これは、三年前の戦いで命を失ってしまった者たちの墓だ。御幸やナツミからの提案で、二年前にこの場所で作られた。
レイはその石碑の前に花を置いて手を合わせる。セシルもそれにならって手を合わせた。
「――あれ、レイちゃんにセシルちゃんじゃん!」
明るく快活な声が耳に届く。
目を開けてそちらの方へ視線を向けると、予想通りの二人がこちらに向かって歩いてきていた。
「久しぶりです、ナツミさん、マオさん」
真緒は大きく手を振って、ナツミは軽く手を挙げる。
「二人とも、墓参りに来たのか」
「はい」
「実はわたしらも墓参りに来たんだよ」
「……そうでしょうね」
ここは墓以外何も無い。だから、ここに来る理由としたら墓参り以外にないだろう。
「レイ、セシル、この後時間あるか?」
「ありますよ」
「なら、ちょっと付き合ってくれ。この前行ったとこのお土産があるから」
「お土産!」
ナツミのその言葉に、セシルはパッと顔を輝かせた。
「あー、そんなに期待したような顔をしても、お土産はちょっとしたお菓子だぞ」
「それでいい……いや、それがいいんだよ! お菓子がいい!」
「そ、そうか……」
セシルの勢いに気圧されて、ナツミが一二歩後退る。
ナツミと真緒は、あの戦いのあと旅に出た。行き先を誰にも言わず、二人だけで。だが、毎年この時期になるとふらりと戻ってくる。変わったお土産を持って。
「それじゃあ……あたしらはもう少し先まで行くが、二人はどうする?」
石碑の奥を指さして、レイとセシルに尋ねてくる。
「……行きますよ。折角ですし」
「うん。じゃ、ボクも行こうかな」
あの石碑には、三年前に死んでしまった一般市民から騎士が眠っている。グズヤやその騎士たちはカトリーヌの強い希望により、ギアルガンドに墓が立てられている。
そして、その奥には。普段誰も来ないであろう、舗装されていないけもの道を進んでいくと、さっきの石碑よりも小さな墓がいくつかあった。
「あれ、吉岡にリナちゃんじゃん」
真っ先にその存在に気づいた真緒が、墓の傍にいた二人に声をかけた。
「お久しぶり、ですね」
「……どうも」
啓大は軽く頭を下げて、リナは居心地の悪そうな顔をしてそっぽ向く。
「元気にしてたか?」
「まあ……はい」
啓大とリナも、あの戦いのあと旅に出た。ナツミと真緒とは違って、毎年戻ってくるわけではない。当然行き先も、誰も知らない。
「そういや、鳥井のやつ団長になったんだってな」
「みたい、ですね」
ハガレが戦いの負傷によって団長の座から退くこととなり、御幸は騎士団団長となった。
「団長になっても、あの自分大好きっぷりは変わってないみたいだけどな」
「あいつはその方があいつらしくていいと……思うけどね」
「確かにな。それに、宮村もついてるし大丈夫だろ」
騎士団団長となった御幸を支えるため、秀一は騎士団に入ったそうだ。そんな二人が色々と手を回しているおかげで、少しずつ魔族と人間との溝も埋まってきているらしい。
「よう、リナ。ちゃんと生きてるみたいでよかったよ」
「うるせぇですよ」
話し込む真緒と啓大を横にやり、ナツミはリナへと声をかけた。
「三号や六号とか言う連中は、山田が上手いことやってくれてるみたいだぞ」
「……そうでやがりますか」
約束の通り、八代は三号や六号、八号や九号を引き取った。そんな彼の勢いは今も止まることは知らず、義賊として一般知識として浸透するようになった。
「ま、四号やら五号やら十号やらはカトリーヌ嬢が世話を焼かせてるみたいだけどな」
彼らはカトリーヌの下につき、街の復興や発展に貢献していると、風の噂で聞いたことがある。
「そうでやがりますか……」
どこかホッと安堵したようなリナの様子を見るナツミの瞳がちょっとだけ優しくなる。
「あたしは言う資格ねぇかもだが、ここにいるやつらはお前らのことを恨んでなんかいねぇよ」
なあ? と成り行きを見守っていたレイとセシルに同意を求める。
「まあ、そうですね。わたしは、今こうやって生きている。それにさ、悪いのは全部魔王だって決めてるから」
「ボクはまったく無関係だからさ。ずっと捕まってたし、そんで結果的には無傷だし」
なんてことないように言う二人の言葉に、ナツミは満足そうに一つ頷いた。
「そうで……やがりますか」
それを聞いたリナは絞り出すように声を出した。そして、
「ありがとう……ございます」
頭を下げた。
話し込んでいた啓大と真緒は驚いたように目を見開き、レイとセシルは突然のことに困惑したような表情をし、ナツミだけが平然としていた。
「だから、ですね! 気にしてないですから、頭を上げてください!」
「……いや、それだけじゃねぇんです」
顔を上げさせようとするレイに向けて、リナは横にある墓に目をやり話し始める。
「国を襲ったあいつらの墓を建ててくれたことの礼を言わせやがれください」
ここには、怠惰を初めとした王都やギアルガンドを襲った者たちの墓がある。こんなことを国民に知られたら、猛反発を受けるだろうから、ひっそりと。
「あー……それはわたし達が提案したわけじゃないですよ」
そのレイの言葉に墓を建てるのを手伝ったナツミと真緒は一つ頷いた。
「この墓は彼らの知り合いだという人からサトウさんに頼まれたそうです」
どんな人に言われたのか、サトウはその質問には頑として答えなかったが。
「……なら、あいつにも礼を言ってみやがらねぇといけねぇですね」
そう言うと、リナは顔を上げた。これで話は一段落。それを察した真緒何かを思いついたように手を叩く。
「あ、リナちゃんもお土産食うか! 吉岡も!」
「え、ちょっと待って。それボクが食べられる分減らないよね!?」
聞いてない! とばかりに噛み付くセシルを、困ったように宥めるレイ。
「いや――」
さすがにそこまでしてもらうわけには……と、リナが声を出そうとしたその時。
風が吹いた。
「あ――」
どこか温かいその風は、リナの背中を押して消えていく。それは、一歩踏み出せない彼女に激励しているような、そんな気がした。
「――よしっ」
もう迷わない。惑わない。
あの世で待つ彼らに、自慢できるようなお土産話を持っていけるように。この残り少ない人生を謳歌しよう。
「くれるっつーなら、貰ってやるやがりますよ」
失くしたものは戻らない、刻んだことは消えはしない。
けれどこの世に生きている限り、何があろうと前に進むしかないのだ。