後悔してももう遅い
光の奔流がアーロゲンドの四肢に絡みつき、動きを止める。
「今よ、真人っ!」
雑念が消え、世界がスローモーションのように流れ始める。
力強く踏み込んで、腕を上げる。それに合わせて亡霊も動く。
狙うは一箇所。レイとセシルのおかげで開かれた、勝利への唯一の活路。
「『廻廻流転』っっ!」
魔力が俺の腕の周りで渦巻き加速させる。
そして――
アーロゲンドの心臓をぶち抜いた。
「あ……っがっ」
一回目と同じように腕が引き裂かれ苦痛で声を漏らしてしまう。
「ははっ、満身創痍ですね」
そんな俺を見て、おかしそうに笑うアーロゲンド。
「あ……?」
掠れた声が口から漏れ出る。
「なんで、死んでねぇ……?」
その問いかけにまたしても困ったような笑みを返してきた。
「いえ、死んでますよ。足下見てください」
アーロゲンドの足下を覗き込むと、少しずつ崩れ始めていた。
「彼らと同じで、私も死ぬ時は徐々に体が崩れていくんです。今は、その猶予期間ですね」
――まずいっ!
脳から危険信号が発生し、俺は咄嗟にボロボロになった左腕をアーロゲンドの体から離す。
まだ、死ぬまでに時間があるとするならば、最後の最後で道連れしてくる……と、思ったのだがなぜだかそんな素振りを一切見せてこない。
「……どういうつもりだ?」
「私は負けたんだ。甘んじてその結果を受け止めるさ」
寂しそうで、そしてどこか安堵しているような彼の表情からは本音を読み取れない。
「ちょっと都合の悪いことばかり起きたけど、終わり方には自分なりに納得をしている。なら、私はもう足掻くことはない」
そう言って指を鳴らすと、ボワっと俺やセシル、亡霊の周りが青白く光る。
「何して……!?」
「その体で街に戻るのは大変だろう? 転送してあげるから、大人しくしててよ」
「……それを信じろっての」
冷たい亡霊の言葉に対して、アーロゲンドは突き放したような言葉を返す。
「でも、もう発動させちゃったからね。信じるしかないよ」
もしトドメを刺せていないのなら、こいつは逃げる出すのだろうが、もうそんなこと俺には関係ない。一番の目的が果たされた以上、これ以上突っついて鬼が出たらたまったものではない。
亡霊に言葉を投げ返したアーロゲンドは再び俺の方へと顔を向けてきた。
「……貴方を手放したのは失敗だったかもしれませんね」
唐突に自嘲するかのように彼はそう言った。
もう終わりが近いことを悟ったからなのか、どこか後悔のようなものを感じ取れた。
「後悔してももう遅いぞ」
「今更、ですからね。貴方は新しい仲間に恵まれて、私はここで倒される。それが私の判断の結末です」
最期に何か言ってやろうか。ざまぁみろ、後悔しやがれ、退職金払えや。……どれも違う。
そうだな、今後のことでも話してやるか。皮肉げに。
「もう戦闘員じゃねぇんだ。これからは悠々自適に生きさせてもらうよ」
自分で決めた生き方で、自由に俺らしく生きていってやる。
「そうですか。精々頑張ってください」
毒の含んだ言い回しをしながら、彼は魔法の名前を口にする。
「では、地獄で待っています」
「俺が行くとしたら天国に決まってんだろ」
そして、白い光に包まれた――!
☆ □ ☆ □ ☆
「さて、」
三人を転送し終えると、床下に隠しておいたボタンを押す。
「負けは認めましたが、私の成果を他の方に盗られるのは嫌なので」
誰にも聞かれていないと知りながらも、崩れ始める壁や床を眺めて薄く笑う。
「長い旅ももう終わりだ」
悪行の限りを尽くしてきた人生を振り返り、感慨深そうに息を漏らす。
「ああ、本当に――」
それ以上言葉が続くことはなかった。
☆ □ ☆ □ ☆
目を開くと、荒廃した街並みが目に映った。
「ここは……?」
どこもかしこも壊れているが、どことなく見覚えがあるような気がする。
うーんと頭を捻っていると、俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「サトウさん、セシル!」
つい先日聞いたはずなのに、本当に長い間聞いてなかったかのように思えるその声のする方へ、顔を向ける。
「おう。今戻った」
そう一言言ってやると、彼女は一瞬だけ泣きそうになって、そしてくしゃりと笑顔を浮かべた。
「二人とも、おかえり!」
ああ、生きて戻ってこれたのだと、ようやく俺は思い至り、心底安堵した。
「……ああ、そうそうセシル」
「……なに?」
レイの言葉を聞いて思い出したが、俺はまだセシルに言ってなかった。
「おかえり」
セシルはちょっと驚いたように目を丸くさせ、数秒後には破顔した。
「あははははっ。なんでわざわざ同じことを言うのさ」
単純にレイの言葉で思い出したから、似たような言い回しになっただけだ。
だが、セシルにとってそんなことはどうでもいいのか、楽しげに笑いながらくるりと回る。
「ただいま!」
それはまるで、憑き物が取れたような、眩しいほどに瞳に光が宿っていた。
「……それで、サトウさんそれ大丈夫なんですか?」
「ん?」
レイの視線をなぞるように自分の腕へと視線を移す。そこには血が吹き出している左腕と、腕があった場所から血が流れでている右肩。
……あ、忘れてた。
「サトウさん!? 大丈夫ですか!」
「やっぱ無理してたんじゃん!」
ふらりと全身から力が抜けていき、意識が徐々に暗転していく。薄れていく意識の中で俺が思ったことはただ一つ。
――セシル、なんかキャラ違くない?
☆ ☆ ☆
ふわりふわりと漂って、遠い何処かに流れ着く。
ゆっくりと目を開けると、そこはあの昔レイと住んでいた懐かしの家だった。
「夢か」
「その通りだよ」
体を起こして声の主をジトッと睨む。
「お前、生きてたのかよ」
「いや、ここは君の夢みたいなものだからね。ここにいるわたしはわたしにあらず。要は君の想像上のわたしってわけだ」
だとするならば、俺はこいつともう一度話すことを望んだというわけか。
「いやまあ、今回はわたしが君の意識に干渉しただけだけどね」
「おいこら」
というか、なんで死んでるやつが干渉してこれるんだよ。訳わかんねぇ。
「なぁに、すぐに終わるよ。最期に挨拶、しておきたかったので」
「あの、『あとは、頼んだよ』は別れの挨拶じゃなかったのかよ」
「まあいいじゃないか。もう一度わたしに会えて、嬉しいでしょう?」
「いや別に」
即答した。
「はっきり言うねぇ……」
「お互い、引き留めるような関係じゃなかっただろ」
「確かにそれもそうだね」
俺の言い分に彼女は納得したのか一つ頷きを返してくる。
「じゃあ、そろそろお別れとしようか」
「……早いな。というか、俺を呼んだ意味……」
「だから、最期に挨拶をしたかっただけだって」
そう言って、彼女は家の扉に手をかけた。
「それじゃあね。わたし達が出来なかったことをたくさんして、遠い未来でこっち来た時に思い出話を持って来るように」
ふふっ、と笑う彼女の瞳には、あの日見た時と同じような慈愛の光に満ちていた。
「ああ、楽しみにしとけ」
ニッと笑みを返してやる。
あの時は最期の瞬間を見届けられなかったから、今度こそは目に焼き付けよう。
「あ、そうだ」
ノブに力を込めたシオが一旦動きを止めて、くるりとこちらに振り向いてきた。
「どうしたよ」
「伝言があるんだったよ。頼んでもいいかな?」
「ここで断るほど、俺は鬼じゃねぇよ」
「そっか、よかった」と返してきて、続いてどこかおかしそうな笑を零して口を開いた。
「リナに伝言を頼むよ。『幸せに生きないとぶっ殺す』だそうだ」
「そう言ってたか、やつは」
「ええ。きっと、他の人も似たようなことを言うでしょうね」
ひとしきり笑うと、シオは扉を開けた。
音もなく、けれども扉の先には眩い光が待っている。
「さよなら」
最期の挨拶は簡潔に。言い終えると、俺の言葉を待たずにシオは外に出ていってしまった。
「……ああ、さようなら」
だから、俺も別れの挨拶もそこそこに扉に向かって一歩踏み出した。
――そして、次に目が覚めた時にはどこかの教会の中で眠らされていた。