森羅万象
☆ □ ☆ □ ☆
「さて、それでは作戦を説明する」
ナツミさんがそう言って仕切り出し始めました。周りにはヤシロさん、マオさん、ミユキさん、ケイダイさん、シュウイチさんがいる。
「ここに集まってもらったのは他でもない。やつを倒す作戦を伝えるためだ」
「ふんっ、作戦など必要ない」
「聞くだけ聞いてやるぜ、ナッちゃん」
「ふふふ。僕には無用なものだと思うがねぇ」
「何この流れ。これ一言ずつ何か言わないといけないのかな……」
「あはは……」
皆さんが反応を示す中、私は結構そわそわしてしまっていた。私たちがこうやっている中、シモンさんを初めとする人達が、リナさん曰く暴食と呼ばれる魔物と戦っているのだ。
「……あのー、これって急がなくていいんですか? ほら、あちらの皆さん、結構大変そうですし」
「シモンが指揮取ってるし大丈夫だろ」
「勝手なこと言ってるんじゃねぇぞォ! さっさと戻って来やがれ!」
シモンさんの怒号にやれやれとばかりに肩を竦めていました。
「――と、いう作戦だ。異論反論代替案に質問は一切認めない」
「後半二つは認めてよ……」
さっそくケイダイさんがなにやら呟いたみたいだけど、ナツミさんは聞こえてないフリをしてスルー。だけど、ケイダイさんの声よりも大きな声で異論を唱える人がいた。
「……これ、我の負担大きすぎない?」
「それについては悪いと思ってるよ。もし無理だって言うなら、お前のところは無くしてレイだけにすることも出来るが」
「ぬ、ぬぅ……。いや、異論はない。続けてくれ」
ヤシロさんは顔を引き攣らせながらだけど、仕方がないかという風にナツミさんの言葉に頷いた。
「なんか、すみませんね。私のせいで」
「なんのことだ?」
ヤシロさんの傍に移動してそう声をかけた。
「危険な目に合わせることになっちゃうなーと思いまして」
「もはははは! あの程度、我がくぐり抜けてきた試練と比べれば、赤子の遊戯に等しいわ!」
大袈裟に手を振り回し、尊大に声を張り上げる。きっと、私に負い目を感じさせないようにしてくれているのでしょう。
「ありがとうございます」
「……なんの礼なのかは知らんが、受け取っておこう」
照れたのかそっぽを向いたヤシロさんから視線を外し、私たちが話終えるのを待ってくれていたナツミさんと目が合った。そして――
「それじゃあ、作戦開始!」
ナツミさんの掛け声と共に私たちは動き出した。
☆ □ ☆ □ ☆
心臓の鼓動がやけにうるさい。
緊張、しちゃってるんでしょう。柄にもなく。
それでも、あの人には彼女を頼んでしまったから。きっと、あの人は命懸けで彼女を助けるだろうから。だから、私も少しぐらい無茶はしないといけない。
「よし!」
気合を入れて、駆け出した。
暴食目掛けて一直線。脇目も振らず、ただ彼ら彼女らを信じて。
「『変幻自在』」
声と共に地面が蠢き空へと向かう道が出来る。私たちはその道に躊躇なく踏み込む。
ケイダイさんが暴食までの道を作る。
「来たね……!」
突如近づいてきた私たちを排除しようと触手が向かってくる。それを隣を走っていたシュウイチさんが迎え撃った。
「『断裂斬』」
触手が切断され、液体が周囲に飛び散る。でも、私たちの下までは届かない。
シュウイチさんが私たちを守る剣になる。
「跳ぶぜっ!」
マオさんが一歩前に出て、私とヤシロさん、ミユキさんの手を引っ張って大きく跳んだ。グングンと上がっていって、暴食の真上に近づくにつれて勢いが落ちていく。
「んじゃあ、山田、鳥井、レイちゃん、あとは頼むぞ」
「任されよ!」
「はい!」
最高到達点まで行くと、マオさんは私とヤシロさん、ミユキさんを真下の暴食に向けてぶん投げた。
「『重力加速』!」
ヤシロさんが私に覆いかぶさって、下へ下へと落ちていく。そんな私たちをシュウイチさんの攻撃から逃れた触手が襲いかかってきた。
「あっはは! 今日、わたしは太陽サマーになってやる! 『具現化』!!」
マオさんの楽しげな声が背後から聞こえたと同時に、凄まじい連射音と共に触手が弾け飛びました。
「ぬおぅ……っ」
「大丈夫ですか!?」
私を守るように被さっていたヤシロさんから苦悶の声が聞こえてきた。
「もはははは! 余裕余裕、我にかかればちょー余裕!」
気にするなとばかりにニカッと笑う。
ヤシロさんの大きな姿の少し後ろから、凛とした声が聞こえてきた。
それは、ヤシロさんのスキルの対象外となり私たちよりもゆっくりなスピードで落下しているミユキさんだった。
「そろそろ、僕の力の出番だね。もう少しだけ、力を貸してくれ。『ニブルヘイム』」
空気が凍り、時が凍り、触手が凍った。
全てを溶かす液体も凍り、ヤシロさんの苦しげな表情も少しだけ緩和されました。
「さぁ、行ってこい」
ヤシロさんが自分の仕事をここまでだと、手を離す。彼は自分にかけていたスキルを解除し、未だにスキルの対象となっている私と少しずつ少しずつ離れていきます。
マオさんが暴食までの脅威を排除して、
ミユキさんが私たちに害あるものを覆って、
ヤシロさんが私を暴食の下まで連れてきた。
「『情報精査』」
私の視覚から、無駄なものが排除される。
これから私がどうすればいいのか、それがはっきりと分かる。
ナツミさんが私のサポートをしてくれる。
あの人たちがここまで守ってくれたから、全力で自分の身を危険に晒してまでサポートしてくれたから、今私はここにいる。
――だから、覚悟を決めろ。
凍っていない触手の一本がこちらに向かって飛んでくる。
条件1、半径五十メートル以内に対象と自分以外がいないこと。
一つ一つの条件の難易度を上げることで、たった三つの条件で最大のスキルを発生させる。
条件2、対象と自分の実力が大きく離れていること。
ここまで、やってきた。あとはもう、スキルを発生させるタイミングだけ。恐れるな。怯むな。目を逸らすな。
――サトウさんとセシルと三人で過ごしたあの日を取り戻すために。
「はああああっ!」
触手が私の額と触手との距離が一寸程度まで接近していた。
条件3、確実に死ぬであろう攻撃が当たる瞬間であること。
一瞬の判断ミスが文字通り命取り。少しでもズレたら、触手が私の頭蓋骨を貫通していただろう。
「『森羅万象』っ!」
だから、考えるよりも先に私は口を開いていた。
時間が一瞬止まったように感じた。
額に迫っていた触手は急激に水分が全て抜き取られたかの様に枯れていっている。
「レイちゃんっ!!」
ボーッとしたまま落下していた私の体をマオさんが空中で抱きかかえた。そして空中であるにも関わらず、体を折り曲げてその勢いで横にスライドしていく。
しかしそんな凄技も目の前に自分で起こした事象を前に意識の外へと追い払われてしまっていた。
「すげぇ……」
マオさんも思わずそう声を漏らしました。
暴食の足下からとてつもなく太い木の枝が生えてきて、暴食を押し潰しながら上へ上へと上っていきます。若々しく生い茂る草木とは反対に、栄養を奪われていくかのように暴食はみるみるうちに萎れていって、最後には完全に大樹に飲み込まれてしまいました。
地面に降り立ったあとも、暫くの間放心したようにその大樹を眺めていました。
周りのどの建物よりも、どんな大型の魔物よりもなお大きく、天を穿つように空へと伸びる大きな枝草。
暴れ狂っていた暴食は大きな質量によって、包容され無に帰った。
「おい、呆然としてんじゃねぇよ! まだほかの魔物はいる、最後まで気を緩めるな!!」
ナツミさんの声が辺りに響きわたり、皆さんも私もはっと我に返る。
「そうだな。それじゃあみんな、最後にひと仕事いくぞ!」
マオさんの号令に皆さんは三者三様に反応を示しました。
――大きな脅威は消え去って、街での物語は終幕へと向かっていく。