表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/125

作戦失敗

 


  ☆ □ ☆ □ ☆


『――避難完了』

「了解」


  頭の中に流れ込んだ声に答えるようにナツミはそう呟いた。そして、ぐるりと首を回して腕が六本ある魔物と取っ組み合いをしている真緒へと視線を向けた。


「おい、そろそろ全員集まる。早く行くぞ」

「おー、りょーかい」


  のんびりとした声が返ってきたかと思うと、魔物の懐に潜り込み体をかけ上る。そんな彼女を捕らえようと腕が伸びてくるものの、それを軽やかに回避しながら作り出した鋼線を六本の腕に絡ませる。


「あれだな、レイちゃんの蜘蛛みたいな感じだな」


  複雑に絡ませた鋼線は解けず、もがけばもがくほど腕にくい込んでいく。野太い悲鳴を聞き流し、真緒は地面を強く蹴る。

  真緒の体がふわりと飛んで魔物の頭上で最高地点に到達する。


「『具現化』『付与』」


  創造したのは、大槌。付与した能力は、加速。

  それを勢いよく振り下ろす。


「いっちょあがりーっと」


  くるりと空中で一回転。魔物の頭部が押し潰され、巨体がぐらりと後ろに倒れる。

 

「ナッちゃん、で、どこ行くんだ?」


  そちらに一瞥もせず、ナツミの下へ駆け寄ってくる。


「とりあえずは、あの目立つ魔物のところだな。その辺にいりゃ、合流できるだろ」


  親指で人型の大型魔物を指し示し、そう言ってやる。ナツミと真緒のみであれを倒せるとは思えないが、幸か不幸か、不自然なまでに、戦力がこの街に集まっている。


「山田、鳥井、吉岡、レイにシモンとその妹。その辺と協力すればなんとかなるだろ」


  何かしら、第三者の意思が働いているような感じがするが。そう考えつつも、今のこの状況はこちらにとって都合のいい展開ではあるので、上手いこと利用してやろう。


  ☆ □ ☆ □ ☆


  竜人がその体躯を巨大化させ、魔物の巨体を吹き飛ばす。


「山田、適当な物を落としせ」

「あいわかった!」


  吹き飛ばされた地点の近くの建物にいた八代に指示を出す。瓦礫が、家具が既に機能していない壁から放り投げられ、スキルによって加速するそれらが深紅の身体に突き刺さる。


「打撃では血は飛び散らないか。だけど、少しでも斬れば血が吹き出す、と」


  下手に攻撃出来ないというのが厄介だ。まずはあれを何とかしないとな。だがその前に……。


「十号、聞こえるか。敵じゃない。あの魔物はこっちで引き受けるから、あの死にかけのグズヤを連れて離れて」


  脳内へと指示を飛ばすと、苛立たしげな舌打ちとともにぐぐもった低い声で了承の意が返ってくる。あっちはこれで大丈夫だ。

  ナツミはそう見切り、周囲に視線を巡らせる。


「……いた」


  目当ての人物の姿を認めるとすぐさま脳内に声を飛ばす。


「鳥井、すぐに動けるか?」

「問題はないさ」


  気取った声が返ってきてそれなら、と作戦を伝える。御幸だからこそ出来ることであり、彼のスキルを存分に使う必要のある作戦を。

  目立ちたがり屋な御幸ならば、二つ返事で引き受けてくれると思っていたが、返ってきたのは少しばかり険しい声だった。


「ふむ。作戦自体には異論はないさ。ただ、先程戦闘を行っていてね、魔力の残量的にはそう何度も行えるものでは無さそうだ」

「……そういう事か」


  基本的にこの場にいる誰もが、ここに来る前に大なり小なり戦闘を乗り越えてきたのだということを失念していた。


「一度やって見て、無理ならその後はナツミの援護に回って」

「了解」


  目を凝らせば御幸も八代も応急手当は行ったようだが、傷を負っているのが見てわかる。


「……無理に動かせば立て直しの際に足を引っ張りかねない、か」


  顎に手をやり思考を巡らせ、ちらりと横目で真緒の方を見る。この中で一番軽傷なのは間違いなく彼女だ。


「負担をかけることになるが大丈夫か?」

「問題なし。囮でもデコイでもヘイト稼ぎでも何でもやるぜ!」

「それ全部似たような意味じゃねぇか」


  冷めた目で睨みつつ、これからの流れを整理しつつ説明する。そのついでとばかりに八代ともう一人に指示を飛ばす。


「さて、と。あたしも本気を出そうかな」


  短く息を吐き出して、それで意識の切り替えは完了。


「『情報精査』」


  ☆ □ ☆ □ ☆


「はっはっはっ! そんなんじゃわたしに追いつけないぞー!」


  カラカラと笑いながら、赤い触手から逃げ惑う。逃げれば逃げるほど触手の数は増している。今は攻撃は出来ない。攻撃したら、あのよく分からない液体に触れてしまう。だから、真緒はナツミから指示が来るまで出来るだけあの魔物の意識を引きながら逃げるよう言われた。


「うおっ、回り込まれたか」


  一瞬足を止めて方向転換。横の壁の窪みに足を無理やり引っ掛けて、空に向かって大きく跳ぶ。


「……っぶねー」


  ギリギリのところで屋根の端を握りしめ、壁を蹴ってくるりと回る。そして屋根の上に降り立つと、振り返る暇なく走り出した。


「こりゃちょっとキツイかも……!」


  反撃をしてもいいのなら、いくらでも時間は稼げそうなものなのだが、その反撃自体の危険性が高い。しかし逃げてばかりでも、いつしか触手に捕まってしまう。


「ちょいと準備を急いでくれよー……」


  その願望が届いたのかどうかは分からないが、脳内にナツミからのGOサインが流れてきた。


「ほい来たっ!」


  くるりと足を回して魔物の本体に向かって全力疾走。魔物に近づいていく度に意識が研ぎ澄まされていくことがわかる。


「ははっ」


  ナツミのスキルの一つ、『情報精査』は対象が受ける視覚や聴覚から受け取る情報をナツミが媒介し、必要な情報だけ抽出するというものだ。不必要な情報は切り捨てられ、極限まで研ぎ澄まされる意識。

  普段よりも鮮明に見える世界では、何処にどう攻撃が通っているのか手に取るようにわかる。


  触手と触手の僅かな隙間を縫って進み、ある人物の下まで辿り着く。


「おい山田、準備はいいか?」

「い、いいわけないだろう! 我はここで援護する!」

「なーに言ってんだ。ここまで来てビビってんじゃねぇよ」

「無理無理無理無理! 我、怖いっ! や、待ってちょっと待って一回話そう? 話せばわかるわかるからああああああああぁぁぁ!!」


  八代の首根っこを掴むと、窓から外へと跳び出した。


「苦しいから! せめてお姫様抱っこにして! 我、首絞まってる! 死ぬ! 死んじゃう!!」

「うるせぇ。黙ってないと落とすぞ」

「……」


  静かになった八代を見てようやく静かになったと息を吐き、迫り来る触手を踏みつけて跳んでみせる。

  ナツミ曰く、切り傷を付けなければ、いくら殴っても蹴ってもあの液体が出てくることはないそうだ。

  強く蹴り過ぎると傷をつけてしまうから、気をつけないといけないのに変わりはないが。


「いーち」

「ぬおわぁぁぁぁぁ!?」

「にー……い」

「むるあああああっ!?」

「さー……おい、起きろ。そろそろ出番だぞ」


  変な声を出していた八代が突然静かになったと思ったら、白目を剥いて眠っていた。

  ……戦闘中に昼寝とか舐めてんのか。仕方ないなと真緒は優しくガクガクと揺らして起こしてやる。


「起きろ。出番だって言ってるだろ」

「……むはっ! 夢……じゃないよなぁ……」

「ちょうどあれの真上に来たから、そろそろ落とすぞ」

「……え? あ、……む? 待たれよ。落とすって何のことだ?」

「は? ナッちゃんから聞いてないのか?」

「我、ナツミ殿からは真緒殿の指示に従うようにとしか……」


  真下に広がる真っ赤な生物を見下ろす。

  顔だと予想できる部分がこちら向き、眼のない顔でこちらを見据えてきた。


「よし、ならわたしの指示に黙って従え」

「いや、無理でござるよ!? いやちょっと、振り被らないでくださいお願いしまあああああああああぁぁぁ!!」

「安心しろ。触手の方はこっちが何とかしてやる」


  真緒は銃を懐から取り出すと、落ちていく八代に群がる触手に照準を合わせる。そして――


「ぬわああああああああああああぁぁぁ!!」


  八代のすぐ横に迫ってきていた触手が次々と破裂していく。


「……ぐぬぅ。こうなった以上己の職務は全うしてやろう……」


  なんとか自分に言い聞かせ、自身の全身にスキルを施す。ナツミが作戦を立て、直接指示を出さないのであれば、自分がすぐさま察せられる作戦なのだろう。


「ならば、こういうことであろう!?」


  大剣を振りかぶって魔物とぶつかる。

  重力が速度を加速させ、凄まじい勢いで大剣を振り下ろした。


「『隕石落雷』」


  大剣が魔物の体を切り裂いて、そこから液体が溢れ出る。そして、八代の肌に触れそうになったその一瞬、凛とした声がその場に響いた。


「『ニブルヘイム』」


  溢れ出した液体が、一瞬のうちに氷へと変貌した。


  空気が凍り、魔力が凍り、時が凍った。けれど、それでも仲間は動き続ける。


「我らの力を合わせれば、この程度造作もないわ!」


  魔物の身体が凍ったせいで、勢いが徐々に削がれていく。


「フハハハハ! 『重力加速』」


  更にスキルを上乗せして、勢いを強引に引き戻した。


  だが――


「ぬぅ……!」


  無理をしてしまったせいか、応急手当で何とか誤魔化していた体が悲鳴をあげた。

  先程以上に勢いが消えていき、遂に止まってしまう。そんな八代を嘲笑うかのように、魔物が再び動き出す。


「『断裂』」


  八代に迫った魔の手は既のところで斬り飛ばされた。


「三号、頼んだよ!」

「……はーい」

「ぬおわっ!? 何をす――」


  突然現れた秀一はついてきた三号に指示を出し、この場から離脱させる。


「さて、と」


  そんな二人を見送ると、秀一は深紅の魔物に向き直る。


「時間稼ぎでいいとは言え……これの相手を俺一人に任せるなんて……ね」


  ちょっと恨むよ。と心の中で念じながら、柄を強く握り締め、魔物を睨みつけてやる。


「さて、みんながここまで頑張ったんだ。立て直す時間ぐらいは、俺が稼ぐさ」


  ☆ □ ☆ □ ☆


「……まずいことになった」


  作戦自体の効果があった。そのことは喜ばしいが、それ以外の状況がかなり悪い。と言うのも、


「山田の傷が開いてしまった事と鳥井の消耗が予想以上に酷かったこと。この状況から先程の作戦をもう一度行うことは難しいと結論付けた」


  苦々しげにするナツミにらしくもなく真面目な表情の真緒、苦しげに顔を顰める八代に辛いのを隠そうと涼しい顔を保つ御幸、そして馴れ合わないとばかりに少しだけ離れた位置に立つ三号。


  そんな彼らを順番に見回すと、重々しくナツミは口を開いた。


「無駄にでかいあの魔物のせいだ。他の魔物がこっちに集まってきてやがる」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ