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救世主達

 


  ☆ □ ☆ □ ☆


  くあっと欠伸をぼーっと庭園を眺める。お上品な話し声が遠くから聞こえてくるのを聞き流し、空を見上げて時間が経つのをただただ待つ。

  退屈な時間。無意味な時間。そう考えれば考えるほど、時間の流れが遅く感じてしまう。


「あらあなた、なにをしているの?」


  不意に凛とした声が耳に届く。

 

「……あん?」


  怠そうにみ視線をやると、そこには一人のガキが立っていた。

  可愛らしい顔つきではあるが、少し吊り上がった目尻からはキツそうな印象を与えてくる。だが、それ以上に印象的だったのは彼女の佇まいだった。

  無駄のない、背筋がピンッと伸びていて、所作の一つ一つから優雅さを感じさせる。いかにもお嬢様オーラに鬱陶しそうに目を細めた。


「……誰だおどれは」

「私の名前はカトリーヌ・ド・ヴィリニュス。初めまして、グズヤ・ヴァイス様」

「ああ、ヴィリニュスんとこの娘か」


  そういえば娘が産まれたと、何年か前に聞いた気がするな。


「で?」


  なんの用だと睨みつけるが、彼女は怯えもせず澄まし顔で、口を開いた。


「ちょっとお話でもどうでしょうか?」


  どこまでもお嬢様然とした佇まいのこいつを見て、儂はきっとこのガキとは仲良くやれないだろうと、感覚的にそう悟った。


  ☆ □ ☆ □ ☆


「……なんともまあ絆されやがって」


  儂の口から漏れ出た声が風に乗って消えていく。

  こんな死地まで付き合ってくれた竜を軽く撫でつつ、辺りを見回す。

  こんなバカげた行動に付き合っているバカどもは全部で11人。あの化け物を倒すにゃ戦力不足だろうな。


「……気味悪いな」


  近づけば近づくほど、視界いっぱいに広がっていくそれは見るだけで鳥肌立つ。

  腹にぱっくり開いている口から建物が呑まれていく様はその建物に自分を重ねてしまい恐怖を覚える。


「おどれら! 散開!!」


  儂の号令とほぼ同時にバカどもが散り散りになって走り出した。

  まずは標的をあちらからこちらに変えさせないと意味が無い。だから散らばって、多方面から一斉に攻撃を仕掛けてやる。それに、多方面から攻撃を仕掛けることで攻撃のパターンを把握出来る。

  化け物は取り囲むように動く儂らに気づき、動きを止める。そして、


「――クソがっ!」


  化け物に狙われたのは、儂だった。

  化け物の背中から無数の触手が飛び出して、儂を目掛けてやってくる。


「うおらあっ!」


  大きな声と共に大剣を抜き取り、職種をぶった斬ってやった。斬られた触手は紫色の液体を撒き散らしながら、霧散した。


「クソが、面倒だ」


  忌々しげに紫色の液体がついた大剣を見やる。液体がついた箇所は焼くような音と共に煙を立てていた。

  めんどくせぇ。触手の一本でも斬ると、ものを溶かす液体がぶちまけられるとあっちゃあ、無闇矢鱈に斬るわけにはいかねぇじゃねぇか。


「おどれら! 触手を斬ると、溶かす作用のある液体をぶちまける! 無闇矢鱈に武器を振り回すな!!」


  にしても数が多い。次から次へと伸びてきやがる。

  少しだけ人型ともとれそうなそいつは、人でいう顔がある場所が愉しげに歪んだ。


「何勝手に楽しんでんだよ、クソ野郎が」


  そう吐き捨てながら、バカどもの様子をちらりと確認する。

  まずいな。明らかに触手の量が増えてやがる。儂だけじゃなく、バカどもまで狙われてるのにこっちが楽になる気配がねぇ。


「弓矢は苦手なんだがよ」


  矢を抜き取り弓を引く。ギリギリと狙うは頭部であろう部分。弦を引き絞り、矢を放つ。

  狙った箇所よりも少しズレたものの、当たりはしたようでノロイ動きでこちらへ振り返った。


「どうした、痛かったか。情けねぇなぁおい!」


  追い打ちをかけるように挑発してやると、こちらに向かってくる触手の量が大幅に増えやがった。まずいかもしれねぇな。いやまずいか。まずいな。


「走れっ! 死ぬ気で!!」


  背中を叩いて指示を飛ばすと、竜は走る速度をグンと上げる。儂は揺られながらも弓を構えてみたものの、ガタガタと揺れる視界に常時うねうねと動きまくっている触手に狙いを定めることが出来ず、断念する。


「ちっ。厄介な……おい、スピード落とせっ!」


  前へと向くと、こちらへと向かってくる触手の集団があった。

  囲んできやがった、クソッタレが!

  避けろという儂の指示に従うべきか悩んだ竜がスピードを緩やかに落としていく。だが、それもただの延命処置でしかない。このまま行けば、触手の大軍にお出迎え。止まれば触手の大軍にお出迎え。


「どっちも地獄ってかよ!」


  だがまあ、行くしかねぇんだよなぁ!


「『龍の息吹』」


  触手の大軍へと突っ込んでいくその瞬間、目の前を眩い閃光が過ぎ去った。

  触手はその閃光に焼き払われ、その場を何とか駆け抜ける。


「よくやった、十号!」

「この貸しは高くつくぜ。なんせ、俺様が助けてやったんだからな」


  儂が褒め称えてやったのは、この場でたった一人だけ鎧も何も装備していない竜人、十号。


「これが、強いやつか」

「十分だろ?」

「どうだかな」


  吐き捨てるようにそう言う彼の表情には、溢れんばかりの自信があった。

  あの時こいつと戦うことになった儂は、まずこいつを懐柔しようと動いた。誰かの指示の下動くタイプじゃ当然なく、自身の欲求を満たすために動く存在。だからこそ、こうやって強敵と戦うという欲求を叶えさせることで、一時的にで組むことに成功した。


「こっちで何かしら起こってるってのは予想出来てたからな」


  死んでも困らない有益な人材だ。上手いこと働いてもらいたいものだ。


「十号、おどれはどれだけあの化け物とやり合える?」

「おめぇ勝手に推し量ろうとしてんじゃねぇよ」

「質問に答えやがれ、バカが」

「喧嘩売ってんのか、おめぇ」

「いいから答えろ」


  威圧気味にそう言ってやると、厳つい顔をさらに厳つくしながら口を開いた。


「……そうだな。俺様が本気でやりゃあ、あんなの――」

「正直に答えろよ。おどれのしょうもねぇ見栄に付き合うつもりはねぇぞ」

「ケッ、わーったよ。……仕留めるのは無理だ。だが、時間稼ぎってならなんの問題もねぇ」


  問題はなし、か。問題がないのは喜ばしいことではあるが、儂が注目してんのはそこじゃねぇ。


「儂らを守りながら時間稼ぎは可能か? もしくは一人のみで、でもいいぜ」

「おめぇが聞きてぇ質問は二つとも否だ。俺様にとっちゃあ、雑魚が何匹死のうがどうでもいいがな」


  吐き捨てるような言葉を精査する。ようは、守りながらの時間稼ぎは厳しく、一人だけで稼ぐことも厳しいと。情けねぇなぁ。


「とりあえず、少し仕掛けるぞ。このままいってもジリ貧だ」


  触手の大軍が初めと比べて倍以上となっていやがる。このままいきゃあ、30分と待たず全滅だ。


「面白そうなのは歓迎だぜ、おめぇ」


  愉快そうに口元を歪めた十号を横目に、走る方向を転換させる。目指すはあの化け物の近く。


「十号、あのブレス? はどこまで威力を出せる」

「距離と範囲を気にせず、溜めの時間があるならかなり高威力のもんを繰り出せるが」

「なら、距離とおどれへの攻撃は請け負ってやるからそれのあの化け物にぶつけれねぇか?」


  生身であれに近づくのはちょいとばかし危険だ。なら少しでも遠い場所から、高威力の攻撃を仕掛けられるのならそちらを使った方が効率がいい。


「構わねぇよ。だが、おめぇ触手一本でも入ってきたらやめるからな」

「はっ、んなもん問題ねぇよ」


  臆病者が、と吐き捨てて、うちのバカどもの位置を確認する。……上手いこと分散してやがんな。


「おどれら! 出来るだけその化け物の気を引け! だが、あまり近づきすぎるな、本体への攻撃は弓か魔法かのどちらかにしておけ!」


  声を大にして指示を出し、こちらは十号の近くに纒わり付く触手を切り裂いた。


「クソが。触手斬る度に神経を使わせてきやがる」


  飛び散ってくる血に気をつけながら、辺りの触手を処理していく。単体だとそこまで脅威ではないが、数が多すぎる。

  そうこうしながら駆け抜けて、真っ赤な化け物に急接近した。触手はいくら切っても減ることはなく、むしろ本体に近づくにつれて数を増す。


「これ以上は無理だ。十号、この距離からの最大威力をぶつけてやれ」

「うるせぇよ。『龍の息吹』」


  さっき見た閃光とは違い、口から出たにしては大きすぎる閃光が化け物の体へとぶつかった。

  くぐもった悲鳴とともに巨体を揺らす。貫きこそしなかったものの、かなりのダメージを負わせることが出来たらしい。


「まだだっ!」


  それに一番初めに気づいたのは十号だった。生存養われていた野生の勘が、いち早く異常事態を察知したのだ。

  十号の鋭い声が響き渡る。次いで、儂も気づいた。


「おどれら、出来る限り離れろ! 死ぬぞ!!」


  竜の背中を蹴って方向転換させ、全速力でその場を離れる。あの化け物、体を膨張させてやがる。ひしひしと感じる嫌な予感は、やはり的中してしまった。


「ururururu」


  振動し続けている叫びともとれる声を発して、膨張し続けていた体が破裂する。化け物の皮膚が破裂したことにより、その皮膚によって抑えられていた血が辺り一面に飛び散った。


  それは、全てを溶かす血。少しでも触れれば、焼け爛れることは間違いない。


「あ"ああああああああぁぁぁ!!」


  バカどもの一人が、悲鳴をあげた。血を全身に浴びてしまい、全身が焼け爛れ少しずつ少しずつ溶けていっている。

  バカどもの一人が、悲鳴をあげた。血が不幸にも脚に降りかかり、動けなくなったところを触手に掴まれ、腹の大きな口へと放り込まれた。

  バカどもの一人が、悲鳴をあげる間もなく息絶えた。血によって溶かされ、崩れた建物の瓦礫が一人の頭上に降り注ぎ、一瞬のうちに押しつぶされてしまった。


「gyaruruっ!?」


  血飛沫が竜に振りかかってしまい、苦しそうに頭を振ってもがいてやがる。前を見る暇もないぐらい、指示を出していることに気づかないぐらい半狂乱になってしまって――壁に凄まじい勢いで衝突した。


「あ――がっ!?」


  竜と一緒に叩きつけられて、儂の息が一瞬だけ止まる。壁の破片が腕や脚、目を傷つけた。


「おい、大丈夫かっ!?」


  ドクドクと血が流れ出した片目を押えながら、竜の姿を探す。そして、探しものはものの数分で見つかった。


  ――動かぬ屍となって、だが。


「……無理、させちまったなぁ」


  竜の上の瓦礫を一通り退かして、踵を返す。まだ役割は終わってない。労わるのも、悔やむのも、後にぶん投げて忘れちまうのが儂にとってはちょうどいい。


  崩れ落ちた元建物があった場所から抜け出した。

 

「こりゃまた……」


  酷い惨状だった。近くの建物はほとんど崩れ落ちて、残っていたとしてもほんの少し。


「おいおめぇ、酷い有様だなぁ」


  ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて近づいてくる十号をじろりと睨む。


「はっ、おどれも似たようなもんじゃねぇかよ」


  はっ、と短く、バカにしくさった嗤いでそう返した。


「んなことより、他の連中は今ので使いもんにならなくなったぞ。大抵死んでるか、生きてやがっても動ける状態じゃねぇ」


  そろそろ潮時なんじゃねぇのか? と無言で訴えかけてくる。生き残るために撤退することこそが最善の策だろう。――そう、生き残るのなら、だ。


「おどれの一分よりも避難してる連中の一秒、だ」

「あん?」


  儂の言葉に理解が及ばなかったのか、胡乱げな目でこちらを見てくる。


「逃げたきゃ逃げろ。ヘタレなビビりはいなくても大して変わらん」

「喧嘩売ってんのか、お?」

「おどれに割く労力なぞ残っとらんぞ」


  真っ向からやり合う気力もねぇがな。


「……ちっ。ここで逃げたら、俺様がビビりなクソ野郎だっつーことを認めたことになるじゃねぇか、おめぇ」

「そう言ってやがるんだがな」


  それが嫌なら、ちょっと手伝えよ。


「一瞬、儂があの化け物の気を引いてやる。倒さなくてもいい、少しでもやつの巨体を押し出せ」

「はっ、んなことであれがぶっ潰せんのかよ」

「なわけねぇだろ。ただの時間稼ぎだ」


  儂がそう返してやると、「だろうな」と返ってくる。これ以上の時間稼ぎも、ましてやあれを倒すことも出来ないだろう。なら、最後の最期まで足掻くだけ足掻いてやろうじゃねぇの。


「っつーかよ、おめぇ。そもそもおめぇあれの気を引けんのか」

「儂はデカい声には自信があるんだ。脅す時に使えるしよぉ」


  伊達に弱いやつ相手に大声出してねぇんだよ。口元を歪ませ、化け物へと向き直る。

  そして、すぅーっと細く長く息を吸って、


「おんどりゃ、そこのバケモンがああああああああぁぁぁ!! こっち見ろやボケぇぇぇえ!!」


  悲鳴をあげる脚を酷使して、ボロボロになった街道を駆け抜ける。

  どれだけ騒いだとしても、あの化け物からしてみれば虫か騒いでいるだけでしかないのだろう、無数の触手が伸びてくるだけで動きを止めてこちらを見ようともしない。


「最期の維持を見せてやんよ、クソボケがあっ!」


  強く踏み締め、宙へと跳ぶ。

  ボロボロになった大剣の柄を握りしめ、これでもかと言う程魔力を流し込む。

  と、グングン空へと上昇していた儂の体が突然止まる。足下へ視線をやると、太股付近に触手が巻きついていた。……ここが限界かよ、クソッタレが。


「死ねやバケモンがああああああああぁぁぁ!!」


  雄叫びをあげ、気分を高揚させる。恐怖に負けないよう、精一杯。

  思いっきりぶん投げた大剣は、感情が上乗せされてどんどん化け物の本体へと飛来していく。


「あ"あああああああぁぁぁっ!?」


  それとほぼ同時に締め付けてきていた触手の力が増して――脚が引きちぎられた。

  拘束されている部分が切り離され、儂の体は重力によって地面へと落とされる。

  視界の先がパチパチと火花を散らし、今にも叫んで痛みを誤魔化したいという欲求が溢れてくる。だが、ダメだ。まだ、儂の役目は終わっちゃいない。


  飛んで行った大剣が化け物の本体とぶつかるその一瞬、儂は、喉が引き裂かれんばかりに大声で叫んだ。


「『バーーストぉぉぉ』!!」


  化け物へと突き刺さった大剣が、小爆発を起こして砕け散る。予想外のことに驚いたのか、化け物が歩みを止めてこちらを見た。


「三秒か……おどれ今、儂の人生換算で三十年無駄にしたぞ」


  精一杯よ侮蔑の表情を作って、吐き捨てる。

  正面に真っ赤な化け物が映り込む中、視界の端には十メートルまで巨大化した竜人が大口を開けていた。


「『龍の息吹』!!」


  眩い光の奔流が、化け物目掛けて一直線に向かっていく。貫きこそしなかったものの、確かに大きく吹き飛ばした。


「いい働きすんじゃねぇか、十号っ!」


  もはや足の痛みなど意識になく、ガハハと大口を開けて笑いながら落ちていく。

 

  ――落ちて、落ちて、落ちて。


  地面に衝突するその一瞬。ほんの欠片だけ見えたその姿にに会いもしない言葉を投げかける。


「――せいぜいあの娘を助けてやってくれや、氷結の騎士」


  そして、意識は暗転する。


  ☆ □ ☆ □ ☆


  彼らが稼いだ時間は、28分46秒。

  そして、その時間のうちに住民の避難は完了された。

 彼らがいなければ、避難できた数はこの四分の一にも満たなかっただろう。


  死した戦士に、何かを成し遂げることのない者たちには勲章はない。功績もない。


  けれど、その場において避難する時間を稼いだという実績は何よりも価値のあるものだった。


  【ギアルガンドの救世主達】


  彼らはギアルガンドが滅びるその時まで、街を救った救世主として名が残ることとなる。


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