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地獄の沙汰も金次第

 

  ☆ □ ☆ □ ☆


「ハガレよ、貴殿に騎士団を率いてもらいたい」


  ある日の王城にて、唐突にそう切り出された。


「今、騎士団は団長を失い統率力が欠けている。それはわかるな?」

「それは分かりますが、なぜ私なのですか。私は騎士団とは全く関係のない、一貴族です。そんな人物が突然やってきて、団長となるのに抵抗があるものは少なくないのでは?」


  冷めきった敬語でそう問いかける。今現在、彼にとって国王は上の立場ではあるものの、どれほどの価値があるのか測りかねていた。ついて行っていいのか、それとも反旗を翻し抵抗した方がいいのか。それを判断するためにこうした招集に従ったのだ。


「言いたいことは分かる。だが、今騎士団内では色々あり、あまり良くない空気が広がっている。この状況で、その中から団長を決めるとなれば問題が浮上するだろうと、そう考えたのだ」


  一応の考えはあるらしい。

  それを聞いて心の中でため息を吐く。その騎士団の中から適切な人材を選び、手綱を握ることがこの場合での上の立場としての最適解なのだが、国王の中になったばかりのこの男にそこまで求めるのは酷か。

  評価を中の上へと設定する。そこから下げるか、上げるかは今後の働き次第、か。


「受けてもらえぬか?」


  まあいい。オレにとって、大切なことはただ一つ。たとえ無能であったとしても、利益のある間は使われてやろう。


「分かりました。では、陛下、貴方は私にどれだけの価値をつけられますか?」


  結局のところは金次第。


  ☆ □ ☆ □ ☆


  指を使って金貨を弾く。


「……なんの真似ですか」


  それを片手で受け止める二号。直後、爆発した。


「なっ……!」

「敵から投げつけられたものを安易に受け取るなんて、とんだ甘ちゃんがいたもんだ」


  足に一瞬力を貯めると、一気にそれを解放してハガレは走り出す。懐へと潜り込み、顎先目掛けて振り上げる。


「ちぃっ!」

「外したっ」


  仰け反らせて回避すると、その勢いのままで蹴りを放ってきた。それを受けてハガレは一歩二歩と後ずさる。

  二号はその様子を焼けただれた片手を撫でながら、ふむと頷いた。


「初見じゃ驚かされたけども、一度見たら対処は容易いスキル……ですね?」

「はっ、言ってろ」


  そう吐き捨てると、彼に背を向け走り出した。

  窓を蹴破り近くの建物へと入り込む。床に銀貨を撒き散らし、今度は扉を蹴破り外に出る。

  ちょうど二号が入った直後を狙って爆破した。


「……さすがにまだ生きているか」

「あまり侮られるのは、いい気がしませんね」


  服の汚れを落とすように二、三回と叩きながら姿を現す二号。いいタイミングだと思ったのだが、ギリギリで加速して難を逃れたか。


「侮ってはいない。オレは適切な評価しか行わない」

  「なら、貴方の目が間違っている、ということですかね」

「勝手なことを言ってくれる。ほらよ」


  懐から複数の小物と金貨を取り出す。そして、それらを空中にぶん投げた。

  爆発するものとしないもの。その判断を突然迫られ、一瞬だけ思考が停止する。と、思ったのだが二号は即座に金貨のみを切り捨てた。


「格好つけるものだな。どうせなら全て斬ればいいのに」

「あまりその必要性を感じなかったものでね」

「そうか」


  ちらっと一瞬だけ狙って投げた小物に視線を向ける。


「やっぱり中に金貨を隠し入れていたか」

「ご明察」


  その視線を辿られたのか、すぐに視線の先にあった小物を切り捨てられた。小物の中からは真っ二つに割れた金貨が姿を見せる。


「小物に目を向けるとは、迂闊だったな」

「そうだな。だが、所詮は牽制程度にしか期待していなかったがな」

「少しでもダメージを入れておきたいとは思わないのか?」

「どれだけ攻撃を加えようと、死ねば同じだ」


  二号の安い挑発を切って捨てる。二号はそれをつまらなそうに聞き流すと鼻を鳴らした。


「その余裕、いつまで続くか」


  そう言い終えると、大きく地を蹴って斬りかかってくる。ハガレはそれに合わせるように剣を構えて力を受け流す要領で防いだ。そして一旦剣を引いて喉を目掛けて突き出した。


「はっ」


  二号は軽くのけ反ってそれを回避した。そして姿勢を低くすると、腹部に目掛けて一閃。それをハガレは後ろへ跳ぶことで回避する。

  着地地点を予測して攻撃を仕掛けてくる二号を軽くいなしながら、なんとか体勢を整え、反撃の仕草をして牽制した。


「……」


  互いに互いの次の動きを読もうと視線が交わる。徐に懐から金貨を取り出すと、二号に目掛けて弾く。

  金貨に二号は一瞬だけ視線が奪われる。それをハガレは見逃さず、走りよって剣を突き出す。

  一振、二振り。荒々しく振りかぶり、振り下ろす。疲れが出ているからなのか、ハガレの動きには少しだけ隙があった。


「……っ」


  二号がその隙を見逃すはずもなく、剣を下から上へと振り上げる。ギリギリのところでハガレは反応できたが、少しだけ遅く右腕が切り飛ばされてしまった。


「ちっ」


  一言そう吐き捨てると、彼は自分の腕を掴んで二号に向けて投げつけた。クルクルと回りながら飛来してくるその腕を、危なげなく受け止める。


「ここまで来て逃げ出しやがるのか……っ!」


  丁寧な口調をかなぐり捨てて、苦々しい表情で呟いた二号。そんな彼の視線の先には背を向けて逃げ出すハガレの姿があった。


「中途半端に戦って、逃げる気ですか」


  戦うのなら、最後まで戦い抜き。逃げるのなら、いの一番に逃げろ。そう思ってきた二号としては、ハガレの行動は許し難いものであった。

  忠告はしたのだ。それを聞きながらも、この場に立つのであれば最後まで戦い抜けと、そう思った。

  自然と手に力が篭もり、ハガレの腕が嫌な音を立てる。


「はあ……だからこのスキルは嫌いなんだよ」


  ハガレはそんな二号の姿を視界の端に捉えながら、ボソッとそう呟いた。そろそろ限界かと、覚悟を決める。

  足を止めて振り返った。


「……逃げるのは終わりですか?」

「『地獄の沙汰も金次第』」

「は――」


  今までの爆発とは比べものにならないほどの爆発が巻き起こる。ハガレの体は風圧に耐えきれず瓦礫と共に吹き飛んで、近くの建物へと激突した。


「っ」


  体の中から異音が聞こえてきて、言い表せない不快感が駆け巡る。


「内蔵……やられたか」


  おびただしい量の血を吐き出しながら、なんとか立ち上がる。少しでも動く度に激痛が走り、呼吸が荒くなる。ふらふらになりながらも、爆心地へと到着。そこには、そこそこの深さのクレーターが出来ていた。



  ……人の気配は――ない。


「はあ……」


  あの状況から逃げ出せたとは到底思えない。となると、跡形もなく吹き飛んだのだろうか。

  敵の消滅。それを認識すると同時にふっと全身から力が抜けて倒れてしまった。


「腕一本。利き腕だからこその価値の高さか」


  ハガレのスキルは、ものを爆破させるスキル。その威力はそのものの価値によって左右され、その対象は自分の所有物であればなんでもいい。例えば――自身の肉体だったとしても。

  価値をつけられれば、スキルの効果範囲内と変化する。


  自身に莫大な価値をつけさせて自身を武器にして戦うことがハガレの切り札。だからこそ、金貨や銀貨などの硬貨しかこれまで爆破させなかった。

  わざわざ小物に金貨を入れたフェイントを見せて、硬貨以外には使用できないと刷り込ませて。


「利き腕の損失。団長を辞めるには十分過ぎる理由だな」


  今後の不便さは否めないが、と心の中で補足しておく。


「さて、」


  ここまでの爆発だと、誰かしら寄ってきそうなものなのだが。そう思いながらも周囲を見渡してみるものの、人の気配は感じ取れない。


「何時まで見てるつもりだ。出てくる気がないならさっさと失せろ」


  シンっと辺りが静まり返り、誰も姿は現さない。しかし、勘が外れたかと、そう思っているとザッと地面を踏む音が聞こえてきた。


「気づかれてましたか」

「……なんだガキか」

「いやいや。そんな状態だと、子供でも殺せちゃいますよ。なんで、言葉には気をつけてください」


  指をフリフリ近づいてきた怪しいガキを、ハガレは足下から頭まで一通り見やって息を吐く。


「そうか。なら、オレに頼み事するのはやめとくんだな」

「あれ? なんでわかるんです?」


  適当にそう返してやると、三号は意外そうに目を丸くさせ頭を捻った。


「こんな状況で襲いかからず話してくるやつなんか、用があるやつしかいないだろ」

「ふーん……。まあ要件があるのがわかったのはいいけどさ、なんで聞いてもないのに断るわけ?」

「お前を助けてどうなる。それにオレはもう腕を失った。戦場に出たとしても大して戦えない。そんなやつを戦場に出すくらいならお前が戦え」


  そう言ってハガレは興味を失ったとばかりに視線を外して空を仰ぎみる。


「守りたいのなら自分で戦え。最初っから誰かに頼ることを考えてるやつに守れるものなんてない」

「へー……ま、いっか。手伝ってくれないなら、どうでも」


  三号もまた、興味を失ったようでじゃっと短く言って踵を返した。


「助言、受け取るだけはしとくよ」

「勝手にしろ」


  次の瞬間には消えてしまった三号を横目に、ハガレは深く長い息を吐き出した。そして、今度は誰も受け取る人はいないと分かっていて、呟く。


「戻るか。自力で」


  この大怪我の中自力で戻ることを億劫に思いつつも、彼はのそのそと動き始めた。


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