狂い咲く最強
☆ □ ☆ □ ☆
「ふむ。まずは自己紹介を、お嬢さん。僕の名前は鳥井 御幸と申します」
恭しく頭を下げる。
「……一号。好きに呼んで」
「では一号さん。折角このようなデートを誘っていただいて申し訳ないのですが、状況が状況のためデートを今度に回したいのです」
「嫌」
「決して逃げないと約束します。ですので、今は見逃してもらえないでしょうか?」
普段は決してしない低姿勢からの申し出に、けれど一号は取り付く島もなく拒否する。
御幸としては、一対一を今度に回して今は住民の救出、賊の捕縛に急ぎたかったのだが、そうは問屋が卸さない。話が通じない以上、速攻で拘束するか殺すしかない。
「ただ、」
ちらりと相手を見て、冷や汗が背中を伝うのを実感する。
強い。
そう、本能的に悟る。アロガンと対峙した時以上の実力の隔たりが一号から感じ取れた。
「ふうむ。そうですか。じっくりと、落ち着いて戦える場所の方がお互い実力を発揮できると考えたのですが……」
だからこそ、どうにか言葉巧みにこの場を乗り切ろうと画策する。
「私はここで十分実力を発揮出来る」
「……ですが、このような場だと思わぬところから横槍が入る可能性も」
「そうなったら、その槍をへし折るだけ」
見たところ戦いたいだけのように感じたため、ベストコンディションで戦うことを申し出たのだが、どれだけ言い募っても一蹴される。
我が強いのか、それとも御幸の思惑を見抜いているのか。そのどちらにせよ、この場で戦うこと自体は逃れられそうにない。
例えば、逃げ出したとしても追いつかれるだろうし、逃げきれたとしてもいつ襲われるかも分からない状態で、住民の救出や賊の捕縛が出来るとは思えない。
となると、戦うしかないか。
しっかりと彼女の姿を真正面から見据える。
大きな鎧に身に纏い、声を聞かなければ女だと分からないほどの体格の良さ。けれど、その大きな体格とは裏腹に、動きが速く繊細だった。
動きを一つとっても、強者のそれ。
「戦ってくれる……みたいだね」
「女性からこんなにも求められたら、断るのは男の恥ですから」
据え膳食わぬは男の恥、だなんて言葉を思い出しながらそう答える。
「さて、それでは勝負を始めましょうか」
逃げられないのだとしたら、早く決着をつけることが今できる最善策。そう考え、御幸は剣を抜いて構えた。
「うん……楽しませて、ね?」
瞬間。
空気が爆ぜた。
「まっ……じかよ!」
反射的に剣を両手で持って衝撃に備える。だが、その剣ごと吹き飛ばされた。
どこかの誰かの家の壁を突き抜け、家具を壊しながらようやく止まる。
「かなり痛いなぁ」
多少のかすり傷はあるものの、上手いこと受け身はとったのでほぼ無傷といっていい。
「生きてる……! しかも無傷……!」
どうやらその様子がお気に召したようで、一号は声を弾ませていた。
「いいよ。王道って感じで。さっきの子、面白かったけど、こっちも楽しい!」
「喜んで貰えるのなら、僕としても嬉しいよ」
ぴょんぴょんっと小さく跳ねる一号。
可愛らしいその態度とは真反対に、やっていることは凶暴のそれ。
恐怖で竦んでしまいそうになる足を鼓舞して、今まで通りに振る舞う。
「『アイスエッジ』」
一号を囲むように氷塊が生成され、一斉に一号へと飛んでいく。
「……」
真剣な目でその行方を見守る御幸。氷塊が砕け、それにより霜ができて上手いこと視認できない。
かすり傷でも負わせれたなら、御の字だが。
「……っ」
ギリッと奥歯を噛み締める。
霜が晴れて、氷の欠片さえも付着していない一号の姿が顕になった。
視認したと同時に、駆け出した。
ぐるりと一号の周りを弧を描くように走り去り、一号から死角となる位置から剣を振るう。
「……っ」
しかし、彼女は一瞬もこちらに視線を向けなかったのにも関わらず、完璧に合わせてきた。
「『アイスエッジ』」
自身の背後に氷塊を生成し、自身の攻撃と合わせて一号へと襲いかかる。
流石に捌き切るのは無理と判断したのか、彼女は横へと飛び退いた。御幸はそれに合わせてスライドして、突きの構えを取る。
「『アイシクルラッシュ』」
劈く甲高い音が鳴り響く。鋭く尖った剣先が、剣の峰で受け止められていた。
一度引こうと床を蹴って飛び退いた。だが、一号はそれに合わせて懐に潜り込む。そして放たれる至近距離での一撃。
「『太刀筋』」
「『氷鬼』っ!」
ガキィンっと音が鳴り響き、氷の欠片が辺りに飛び散る。
「あれ……?」
はてと首を傾げると、一号はゆっくりと後ろに下がった。
彼女の目の前にあるのは、上半身が吹き飛んだ氷像。御幸はどこに行ったのかと辺りを見回してみるが、なかなか姿を現さない。
「逃げられた……?」
頭に過った可能性を、口に出してみたものの直感的に違うと確信した。ならば、と思いもう一度剣を氷像に向けて振る。
「『太刀筋』」
残った氷像が粉々に砕け散り、白い霧が立ち込める。
「僕のような存在感は、そう簡単には隠せないか」
ふっと、不敵に笑みを浮かべながらそんな声が聞こえてくる。
ピキピキっと音を立てながら、氷の欠片が人の形を形成していく。そして、数分前と変わらぬ姿の御幸の姿が完成した。
「いぬ……あ、アロガンか。彼と似たようなスキルか」
「彼を知っているのかい?」
突然飛び出してきた意外な名前に、御幸は思わず聞き返してしまう。それに対して一号は特に何も思う様子もなく一つ頷いた。
「アロガンとは……友達? 戦友……うーん、獲物?」
「段々物騒な方向に進んでいるよ、お嬢さん」
「……やっぱり友達。きゅーゆーってやつ」
「旧友……ね」
過去の死から復活した化け物。そんな彼女と友好関係にあったとは、彼は一体何者なのか。
「……意味はないね」
死人に口なし手がかりなし。今更彼女の言葉を裏付けるようなものもないし、はたまた嘘をついていると立証するようなものもない。
「彼は強いから、仲が良かったのかな?」
「うん。でも、別に強さだけで仲良くするか決めてるわけじゃないよ?」
「へぇ。なら是非とも仲良くしたいね、お嬢さんみたいな美しい方とは」
「うん、いいよ。だから、」
だから、と彼女は続けた。
穏やかな雰囲気は霧散して、どこか独特な空気が充満する。
「楽しませて、ね?」
獰猛に笑った。
獲物を狩る時の猛禽類を思わせるような、そんな瞳。
「ふっ。いいでしょう、僕の最大限の力を持って、貴女を倒してみせましょう」
だからこちらも笑った。
美しく、優雅に。余裕と自信を溢れているような、そんな笑みを。
「さあ、勝負を再開しましょうか」