表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/125

賢き者と愚かなる者

 

  ☆ □ ☆ □ ☆


  ジリジリと距離を詰められていく。

 

「……」

「……」


  互いに相手の出方を伺うような腹の読み合い。

  ナツミがサポート特化とまったく戦えないという訳では無い。真正面での戦闘となると負けることは無いが、不意打ちや油断による隙を突かれるとさすがの真緒でもやられてしまう。


「『具現化』」


  ナイフを生成し、投げてみる。距離はあまり離れていないものの、ひょいっと軽やかに避けられた。


「さすがにこれが当たるわけないよなぁ」


  肩を竦めてみせつつ、隙を伺いながら横にすり足で移動する。それに合わせるようにナツミも体の向きを変えた。

  またしても相手の一手先を読み合う展開。その均衡を破ったのは、今度はナツミだった。


「なあ、」


  不意に言葉を投げかけられ、一瞬だけ動きが止まる。けれど、すぐにすり足を再開しながら言葉を返す。


「どうした」

「聞き忘れてたんだけど、なんであたしだって分かったんだ」

「裏切ってたのが、ナッちゃんだってわかった理由か」

「ああ」


  聞き返すと、軽く顎を引いてそうだとは返してくる。


「まず絞り込むために消去法を使った。魔の領域に数年間ずっといた宮村、魔王軍に捕まっていた吉岡は除外できる」


  これでまずは候補が二人減った。


「続いて、魔王軍との内通が難しいであろう騎士鳥井、そして常日頃から集団で動いている山田は、魔王軍との接触を誰にも気づかれずに行うのは無理だ。つまり、その二人は除外できる」


  そして、さらに二人除外される。


「んで、残ったのがナッちゃんと兄ちゃん。その二人だったら、ナッちゃんじゃないかって思ってな」

「なんで最後の最後で投げやりなんだよ」

「いやあ、あれには無理だろ」

「……確かにそうだな」


  投げやりな、その言葉にけれども彼女は頷いた。それは、真緒が暗に何を根拠にしているのかを悟ったから。

  そして、話は終わりと判断したナツミは剣を構え直した。


「それじゃあ、仕切り直しといこうか、ねっ」


  首筋を目掛けて剣先が迫ってくるのを、真緒はすんでのところで回避する。

  お返しとばかりに鳩尾に回し蹴りを叩き込む。ナツミの体が軽く浮いて、それに合わせるように額を掴んで地面に叩きつけた。


「やっ……ぱり、身軽だな」

「はっ、そんなに褒めるなよ照れるだろ」


  ナツミは両手を軸に飛び起きて、その勢いついでに顎を狙う。それを容易く避けられてしまったものの、体勢の立て直しには成功した。


「どうした、これで終わりか?」

「はんっ、こっからだっての。『視覚奪取』」


  視界が一瞬明滅して、その後真緒の目には自身の姿が映った。


「『シャッフル』」

「があっ……!」


  視界がコロコロと変わり少しだけ気分が悪くなる。低くなったり高くなったり、背景が前から後ろに流れていたり、壁が前方から迫ってきたり。魔物が襲ってきていたり、食べられる瞬間だったり。

  慣れない感覚に戸惑っているうちに、腹部から鋭い衝撃がはしった。


「ぐっ……!」


  呻き声をあげながら、反射的に後ろに飛び退いた。正確な情報は受け取れないため分からないが、恐らくはナツミが攻撃を仕掛けてきたのだろう。

  だが、なぜ、どうやって。といった疑問が残る。

  ナツミのスキルは自身を中継役としたことが前提のスキル。つまり、真緒が視界を入れ替えられているのなら、同様にナツミの視界も入れ替え続けられているはず。


「『感覚共有』」


  続いて発せられた声が、辛うじて真緒の耳に届く。

  そして流れ込む情報の数々。視覚だけでなく、音、匂い、痛み、しまいには恐怖などの感情まで。

  あまりの情報の多さに真緒の脳が耐えきれず、強制的に意識を刈り取るよう司令を出した。


「ま……だだっ」


  しかしそれを、真緒は気合だけでつなぎ止めた。途絶えそうな意識を、治まらない頭痛も、徐々に悪化してきている嘔吐感も。

  すべてを意識の奥へやる。


「舐めんじゃねぇぞ! ナッちゃん!!」


  がむしゃらに、動き出した。

  横に大きく走り出す。――少しだけ刃が皮膚を切り裂いた。

  大きく跳んでみせる。――直後足下スレスレに風を切り裂く音が聞こえた。

  真正面に向かって走ってみる。――肩に鋭い痛みがはしった。


  突き刺さったのだ、剣が肩を。


「……捕まえた」


  けれど、攻撃をくらった側である真緒はニタリと笑った。

  剣の刃を手が切れることも厭わず掴み引き寄せる。そして、前方に向かって拳を突き出した。


「つっ……!」


  確かな手応えが拳から伝わってくる。

  微かに聞こえてくる足音。そして剣に篭っていた力が抜けた。

  ……剣から手を離したか。


「肉を切らせて骨を断つ!」

「肉は切られても骨は断ってねーだろ」

「これから断つ予定だ」

「あっそう」


  こんな会話を繰り広げている間にも、視界が何度も切り替わる。


「あー、もうっ。うざってぇ」


  悪態を吐きながらも真緒は目を閉じた。


「そっちがそれ使ってくるんなら、わたしはその余計な情報を遮断してやる」

「そんなので戦えるのか」

「さあな。ただ、このまま立ってたらやられるだけだろ? なら、こうやった方が勝機はある」


  口で呼吸するように意識する。もちろん、それだけで匂いが全く入ってこないことはないが少しでも情報は遮断できる。

  感情は無視する。自分には関係がないと、言い聞かせて。恐怖も絶望も不安も焦りも、心の奥底に押し込める。

  耳を澄ます。大量に入り込んでくる情報の中で、ただ一つの自分だけの聴覚を求めて。


  たった一つの感覚を研ぎ澄まし、情報を精査する。

  天才と呼ばれるナツミしか成せなかった情報の精査を、一つの感覚のみとは言え成功させた。


  ――踏み込むような、足音が聞こえた。


「そこだぁ!」

「っ」


  ――後ずさるような、足音が聞こえた。


「逃がすかよっ」


  ――呼吸が、すぐ近くから聞こえてきた。


  腕をクロスさせガードする。すると少し遅れて腕に衝撃がはしった。


「はっ」


  痺れる腕を酷使して、横薙ぎに振るう。

  大きく飛び退く音がして、腕は空中に弧を描く。


「『具現化』っ」


  見なくても分かる。きっと上手く生成出来た。ならば、と引き金を引く。

  パァンっと小さな破裂音。それと同時に前方から小さな呻き声が聞こえてきた。


  生成したのはモデルガン。多少のダメージはあるだろうが、決定打になるほどの威力はもちろん無い。


「うおりゃあぁああああっ」


  前方に向かってタックルして、細い体を掴んで押し倒す。


「捕まえたぞ、ナッちゃん。『具現化』『付与』」


  縄を生成してナッちゃんの腕だろう位置に近づける。すると、縄は自動的に両腕に巻きついた。


「拘束完了っと」


  ふぅ、と息を吐いて倒れ込む。

  付与した効果は『自動拘束』と『破壊不可』。創り出せる物としては、バールと同等レベルの一品だ。


「……ナッちゃん、いい加減スキル解けよ。ナッちゃんだってこのままは辛いだろ?」

「やなこった」


  べっと舌を出して拒絶してくる。


「でもさ、わたしを口封じするのはもう無理なわけでしょ? なら、いいじゃねーか」

「せめて最後まで足掻いてやるさ。スキルを解かない限り、お前は万全な状態で動くことは出来ないだろ」

「いやまあ、そうだけども」

「それに、まだ剣が突き刺さったままなんだから、このままいけばお前は死ぬ……かもしれない」

「そうなる前に手は打つけどよー」

「というか、なんでそこまであたしに拘るんだか」


  はあっと息を吐きながら、不可解そうにそう呟く。


「いやほら、仲間で友達じゃん。わたしら」

「その友達よりも、サトウ 真人を信用したやつの口から出る言葉か」


  ナツミはそう小馬鹿にするように言い返す。


「あー、あれな。あれ大半は嘘だぞ。適当だ」

「は?」


  思い出したようにそう言い始めた真緒に、ナツミは訳が分からないとばかりに声が漏れる。


「元々、消去法以前にナッちゃんじゃないかって予想は建ててた」

「本当かよ」


  今即興で思い至ったデタラメなんじゃないかと、ナツミは疑う。だが、そんな彼女の態度に当たり前だろう、と返した。


「露骨な情報の漏れを感じたのが、ギアルガンドだったらしいじゃねーか」

「ああ、それで」

「それに、あいつから聞いたぞ。爆破の犯人にされたって話聞いた時、他の連中は魔王城を爆破したと思った中一人だけ、」

「防衛塔だって、最初に言い当てた……か」

「ああ。防衛塔なんて、大した財宝も無ければ魔王が住んでいるわけでもない。そんな場所をな」


  楽しそうに笑いながらそう話す真緒を横目に、失敗したなぁと顔を手で覆う。


「ナッちゃん、頭いいくせに変なところでミスするんだから」

「うるせぇ」

「ってか、なんでまた防衛塔なわけよ」

「バレずに爆弾仕掛けられるとこなんて、そこぐらいしか無かったんだよ。適当なところで爆発させても、意味ないしな」


  事実、あそこは誰が出入りしていたかの記録を残している。そこにサトウが入ったと改竄すれば、サトウが裏切ったと魔王軍は勘違いする。

  そのおかげで、あの停滞した状況を打破することに成功した。ただ、それすらもアーロゲンドが予測していたような気がすることが少し癪だが。


「で、こっからあたしをどうする気だよ」

「だから、どうもしないって」


  尚もそう言い募る真緒に、ナツミは白い目を向ける。だが、目が見えていないせいで真緒はそれには気づけない。


「ナッちゃん、わたしと一緒に旅に出ないか?」

「は?」


  否定的なニュアンスを存分に織りまぜた言葉を返してみたが、真緒はそれに取り合うことなく話を続ける。


「夢破れて何も無くなったんなら、新しい夢を探せばいい。そう思わないか?」

「勝手に夢が破れたって決めつけんなよ」

「ははっ。破れてるだろ、どう考えても」


  あの日のことを思い出す。

  太陽になって、彼を照らすと宣言したあの時を。

  けれどもそれは成し遂げれなかった。


「兄ちゃんは、もう真人さんとは違う。別人さ」

「……だけど、真人さんと同じような経験を積めば……!」

「根っこから違うんだよ。兄ちゃんは兄ちゃんで、真人さんは真人さん。ちょっと似たようなところがあっても、別人さ」


  俺は俺だと、そう言った。

  彼は、自信ありげにそう言いきったのだ。


「わたしと旅に出てくれ。一人旅も楽しいものだが、二人で旅も楽しいだろうし」


  一人で行きたいところはもう行き終えた。だから、誰かと行きたかったところにナッちゃんと行きたい。


「旅をして、新しい何かを探せばいい。あの人に縛られ続けることはない」


  その言葉には、どこか真緒が自身に向けているようにも思えた。


「裏切ったのに、危害を加えようとした相手と旅に出るって、どんな恥知らずだよ」

「旅の恥はかき揚げって言うだろ」

「言わねぇよ。なんだよその言葉は」


  視野を広げる。その必要があることは、ナツミ自身分かっていた。分かっていて、出来なかったのだ。

  視野を広げるということは、今の自分を捨てることになることだと、分かってしまうから。

  そうなった未来を想像して、嫌になる。考えられなければよかった。そんなこと、思いつかなければよかったのにーっと。


「わざわざ旅に、自由気ままな旅に、そんなに深く思い悩む必要は無い。捨てて成長することもあれば、持ち続けることで成長することだってある」

「縛られるなって、さっき言ってただろ」

「縛られることと、持ち続けることは別物だよ」


  普段とは違う、落ち着いた声音でそう言った。


「ようは考えようだよ。ずっとあの人のことを想い続けたいって思うのなら、死んであの世に行った時の土産話を増やすって考え方でもいい。こういうのは、最初の一歩が肝心なんだ」


  ナツミの心を溶かすように、落ち着いた声音で、暖かい声音で、続ける。


「暇潰しに手伝ってくれよ。旅に出よう。新しい何かが見つかるかもなんてのは、一旦置いておいていいから。わたしと、旅行に行く。それだけを考えて」

「新しい何かを探せばいいって、さっき言ってただろ」

「別に自分探しの旅ってだけじゃないんだしさ、いいじゃん。ただ楽しむだけの旅に変更しても」

「いや、自分の言葉に責任をだな……」

「わたし、責任って言葉嫌い」

「お前なあ……」


  適当で、大雑把で、向こう見ず。

  そんな彼女が、少しだけ眩しい。


「分かった。付き合ってやるよ」

「え、まじで? 二言はなしだからね、やっぱやめたとかなしだからな!?」

「分かったって」


  諦めたようにため息を吐いて、立ち上がる。そして、スキルを解いた。


「うおっ!? なんか耳がキーンってなってる!」

「しばらくの辛抱だ」


  そう言いながら、ナツミは振り返ると倒れ込んでいる真緒に向かって手を差し伸べた。


「お前の自分探しの旅に連れてってくれないか?」


  どこかで言った言葉と似ているな、と思うナツミを他所に、真緒はニッと嬉しそうに微笑む。


「もちろん。後悔のないように好きにやって、夢を、目標を見つけようぜ。もし見つかったら、わたしが全力で手伝ってやるよ」


  ナツミの手を掴んで立ち上がる。

  真緒は真っ直ぐにナツミと目を合わせて、迷いなく間違いのないように言い切った。


「わたしは絶対に嘘はつかないからな」


  真緒の口から漏れ出た言葉に、少しだけ不可解そうにしながらもナツミは頷きを返してくる。


「よしっ、そうと決まったらさっさとこの場をなんとかするか!」


  不意に辺りを見回して、そう言う真緒にナツミは同意した。


「やるぜ、親友!」

「いや、親友って……まあいいけど」

「やだ、ナッちゃんのツンデレ具合可愛い!」

「ツンデレ言うな。さっさと行くぞ、真緒」

「オーケー、ナッちゃん!」


  軽口を叩き合いながら、街に入ってきた侵略者へ向かって足を進める。


「……先に治療優先してもいい?」

「そうだな」


  まずは、教会に向かうことにするのだった。

  信頼する友と共に。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ