裏切り者は
☆ □ ☆ □ ☆
「だあああ!! 倒しても倒しても敵が湧いて来やがる!」
「文句ばっか言ってないで手を動かして。ほら、後ろ
から来てる」
「ちっ!」
バールを横薙ぎに振って迫り来る腕を、破壊する。
「これ、いつまで続くんだ!?」
「……現在街の中にいる敵の数はおよそ150。もうしばらくはかかるな」
「ええー……うそぉ」
腕によじ登って接近する。そして剣が生成して眼に向けて突き立てた。
不協和音の混じった悲鳴をあげて、でかい図体が沈む。
「ふぅ。これで11体目。というか、あと149体とかマジかよ。さすがのわたしでも無理だぞ、その数」
「まあ……この街に戦える人が真緒しかいない訳じゃないし、無理のない程度で大丈夫でしょ」
「ま、それもそうかー」
真緒は額の汗を拭いながら、荒い息を整える。そして、ちらりと横目でナツミを見た。
普段と何ら変わらない、涼し気な顔。冷静で、感情を読み取れない表情。
一瞬の逡巡の後、徐に真緒は口を開いた。
「なあ、ナッちゃん」
「……? どうした?」
普段とは違う声音を聞いて、ナツミは怪訝そうに振り返った。
「あー……いや、なんでもない」
「……そう」
言いかけてやめた真緒に不振な目を向けつつも、言及するのはやめて作業へ意識を向ける。
「あ、少し休憩していて。ちょっと状況把握するから」
「りょーかい」
真緒はそう返して適当な場所に座り込む。
一度壊されて、再建された建物がまたしても壊されている。特に心を痛めることなく、ただボーッと眺め続けた。
「なんて言うか、不憫だよなぁ……ここの人ら」
なんて声に出してみるけれど、当然のように返事はない。生臭い血の匂いが鼻腔を擽り、視界は微かに震えている。
――ああ、やっぱりか。
「なあ、ナッちゃん。この街を見て、どう思う?」
そう問いかけながら、振り返ることなく前方に転がった。視界が明滅して、ゴツゴツとした瓦礫が見える。嗅覚も、聴覚も元に戻った。
「……気づいていたのか」
「まあな」
何となく、そうなんじゃないかと思っていた。信じたくなかったけれど、そうなんだろうなと思っていた。
真緒の視線の向こうには、彼女に向けて剣先を突きつけるナツミの姿がそこにはあった。
「どうして裏切ったのか、聞いてもいいか?」
そんな問いかけに、彼女は薄く笑った。
「別に大した理由じゃないさ。真人さんを生き返らせる、なんてつまらない噺に乗っかっただけさ」
「生き返らせるって……そもそも、あいつは――」
「ああ、あれはクローンだよ。あたしが作り出した。つまりはまー、あれだ。疑似蘇生を目指してたの。で、それを成功させるにはお金が必要でね。アロガンさんにも手を貸してもらってたんだけど、足りなくて。その不足分の資金援助をアーロゲンドに頼んだんだ」
そう言って、彼女は無知な自分を嘲るように笑を零した。
「クローンって、あたしが知っている情報を流し込むだけだから、本人らしさはあんまり無いのよ。だから、アーロゲンドに頼んで魔王軍に入れてもらった」
そして、しばらくの間元の真人と同じになるように教育をアーロゲンドが施させた。
「でも、アーロゲンドはあたしに何も言わず、彼を野に解き放った」
あとから聞いた話では、自律的思考を育むためとかなんとか言っていたが、きっとその大半は嘘だろう。
「……この街の襲撃はナッちゃんは関わってたのか?」
「まー、半々ってところだな。居場所は教えたけど、何を行うのかまでは教えられてなかった。ただ、真人の記憶の鍵となる砂糖と会わせるからって言われてな」
「なら、セシルちゃんの誘拐は?」
「あれは施し受けっぱなしだったから、その借りを返すため。あたしにとって、セシルはただの他人だし。まあ、どこかの誰かが吉岡を解放したのは驚いたけど」
これでお終い、とばかりに手を叩く。
実際、その後の王都とこの街への襲撃には何も関わっていないのだろう。
「なら、なんで今わたしを襲った?」
その問いかけに、彼女はさっきまでの薄い笑みを引っ込めて無感情に無表情に、色の抜けた顔で答えた。
「だってさ、気づいていただろ?」
「……」
「それ見て、他の仲間たちに気づかれるのも時間の問題かなって思ったんだよ。なら、今終わらせておくべきかなーって」
投げやりなその態度は、どこか子供らしく見えた。おもちゃに飽きて、放り投げる子供のように。
「ナッちゃんってさ、頭いいくせに時々頭悪いよな」
「喧嘩売ってんのか」
「喧嘩売ってないよ。馬鹿にしてるだけ」
「それが喧嘩売ってるんだよ」
執着心が強いくせに飽きっぽい。興味あるもの以外には関心を持たない。それが子供と言わず、なんと表現するべきだろうか。
「なあ、剣構えるのやめろって。ナッちゃんはサポート特化、わたしに勝てるんけないでしょうが」
やれやれと肩を竦めてそう言ってみる。
「……やってみないと分からないなんて言葉、知らないのか?」
「やる前からわかることだってあるんじゃない?」
ケラケラと笑いながら、そう答える真緒。
「そんなに勝てる自信があるなら来いよ。諦めさせてやる」
「なんでそんなに血気盛んなんだか……」
「いや、最初に手ぇ出してきたのナッちゃんじゃん」