泣き虫な偽物のヒーロー
☆ □ ☆ □ ☆
「むはははは! どうだこの逃げ足は! まさに韋駄天と呼ばれるに相応しいだろう!!」
「うぜぇ……果てしなくうぜぇ……!」
逃げ回り続ける八代を見て、憤怒はしかめっ面をさらに険しくする。
「挑発も時には戦術の一つよ! ぐらはははは!!」
「笑い方ぐらい統一しやがれっ」
「はらふぅっ!?」
道端に転がっていたただの石が、地面を砕く。破片が飛び散りそのいくつかが八代の豊満な腹にぶち当たった。
「遠距離攻撃……! 我に無いものを使いおって……!!」
「ちょっと当たったぐらいだろうよ」
「それでも痛いものは痛い」
軽口を叩きながらも、憤怒は八代の隙を伺う。しかし、なかなか隙らしい隙が見えてこない。
今だってそうだ。こんなにも無防備にのたうち回っているくせに、どこから攻撃を加えても、捌ききられる気しかしない。
人を馬鹿にしているかのような態度、大袈裟な動き、そのくせ人一倍よく回る舌と頭。
怒髪天を衝くような激情が胸中に駆け巡っても、深く息を吐き出すことで処理する。
そのついでに、目を細めて吐き捨てた。
「逃げ回ってばっかだけど、戦う気あるのか?」
その言葉を聞いて、八代は突然動きをピタリと止める。
「ない」
即答した。
「は……?」
冗談なのか本気なのか分からず、眉をひそめる憤怒。そんな彼女をスルーして、八代は意気揚々と話し始めた。
「我、痛いの嫌いなんだもん。というか、痛い思いをしてまで戦うなんて、我には全然理解出来ぬ」
腕を組んでしきりに頷く八代。
「ところで、汝はなぜ戦っておるのだ?」
ふと思い至り、そう尋ねる。
「やりたくてやってんじゃないよ」
「なら、なぜ今、この瞬間、我の前に立ちはだかっておるのだ」
「……別に関係ないだろ」
「説明出来ぬのか」
「何だっていいじゃねえか、命令されたからでも、自主的でも」
投げやりなその言葉に、八代は確かにな、とそう返す。戦う理由に、特別な意味なんてそうそうない。立場上、状況的に、命令されたから。そんな理由が大半だろう。
「だが、汝は違うであろう。どんなに言葉を並べ立てようとも、行動原理が自身の身勝手な感情なのは一目瞭然であろう」
「随分勝手なこと言ってくれるな」
「ぬはははは! 適当に言っておるわけではない。貴様にとって、戦いとはそうなのであろう? 己の感情を吐き出すための、遊技場」
なんでも分かっていると、八代は笑う。その姿を見て、憤怒はギリッと強く奥歯を噛み締めた。
「……黙れ」
「黙れときたか。断る。我は汝の指図を受ける気など毛頭にないわ!」
格下だと思っていた相手から、自分のことを理解している、だなんて態度をとられるのは腹立たしいだろう。
八代は知っている。自分を格上だと思い込んでいる相手にとって嫌なことはなんなのか。
「貴様は底が見えておらぬ! どれだけグラスに水を注ごうと、底に穴が空いていたら意味がないであろうが」
「何を言って……!」
「なぜ、自分がそう思っているのか、考えているのか。その原因を分析せずに、ひたすらに目の前の怒りだけを発露する。その姿、実に滑稽! どうだ、今一度自分の姿を鏡で見てはどうかな?」
憤怒の言葉をさえぎって、八代はべらべらと口早に捲し立てる。
――ぶちっ。と、何かが切れた音がした。
「黙れって言ってんだろうがっ」
辛抱たまらずに飛び込んでくるその姿を、八代は薄く笑って視認する。
中距離、遠距離から攻撃されては、八代に勝ち目はない。だから、ここで挑発して馬鹿にしてキレさせて、近距離戦に持ち込む必要があった。
そしてその目的は、達せられた。そして、こちらに有利なフィールドまで移動することにも成功した。
王都で一番の広場。周りに大きな建物はなく、真ん中に噴水が一つあるだけ。
「フハハハハ! 甘い甘い、その程度の攻撃、目を瞑ってでも避けひでぶっ!?」
余裕綽々といった様子の顔に拳が突き刺さる。
「浅いっ」
「ちょ、待って! ストーップ!!」
八代の制止も気にすることなく、憤怒は地面を踏み締めて懐へ潜り込んできた。
「ふんぬぅっ!!」
奇声をあげながら、体を捻り回避する。くるりと空中で一回転し、片手を地面に付けて飛び上がった。
それに合わせて憤怒も飛び上がろうと足に力を込めるも、それより先に八代は動く。
「ほうれっ『重力加速』」
空中を舞い散った石が、弾丸の雨となり襲いかかる。
「クソッタレが」
憤怒はそう吐き捨てながら、地面を蹴り距離をとった。
「な、なかなかやるではないか」
顔を拭いながら言葉を投げかける八代。だが、と大仰に手を広げて言葉を紡ぐ。
「その程度で我に勝つなど、百年早いわ!」
大剣を振りかぶって距離を詰める。八代は大剣を上から下へと振り下ろすが、それは難なく避けられてしまった。そしてカウンターとばかりに顎を狙ってくる憤怒の拳を、顔を仰け反らせて回避する。
すかさず蹴りを繰り出し、距離をとる。
「見た目の割に動けるようだな……!」
「なぁに、長年この体型で動いていると、どのように動けば最適なのか。自然とわかるものよ」
ふんむと息を吐き出し、呼吸を整える。
八代の感じた限りでは、憤怒と彼の実力は若干憤怒が上。このまま正面からの衝突を繰り返せば、先に崩れるのは八代の方だろう。
その証拠に八代の攻撃は軽々躱されるのに対し、憤怒の攻撃は何とか凌いでいるといった感じだ。
「ぬはははは! だがしかし、我は負けぬよふはぁ!?」
笑う八代にまたしても拳が突き刺さる。今度は大きく吹き飛ばされ、噴水にぶつかり止まった。
「浅い……!」
忌々しげにそう吐き捨てる。
手応えはあった。だが、思った以上の手応えはない。威力を調節されたかのような嫌な違和感があった。
「うぅ……びしょびしょ……」
噴水の中から愚痴をこぼしながら立ち上がった。
そしてハッと我に返ると腰に手を当て笑い出す。
「甘い甘い! チョコレートの中に砂糖を入れるぐらい甘いわ!」
「なんだその例え」
「むしろ、水も滴るいい男とパワーアップしたように感じるぞ」
「なわけないだろ」
「服が濡れて重くなるぐらいがいいハンデであろう。さぁ、どうした。かかってくるがいいわ!」
にぃっと笑って挑発する。
昔から、おどおどとした昔の態度が、今のようなキャラを作った時の態度がウザがられ嫌われたことが何度もあった。
つまり、八代にとって挑発は得意中の得意。無意識に無意味に彼はこれまで相手を怒らせてきた。
「……随分と余裕なようだな」
「フハハハハ! これが余裕と言わずなんと言う? 貴様の相手など、我にかかれば赤子の手をひねるようなもの」
「舐めてくれるね」
「舐める? いや、違うぞ。これは正確なジャッジだ。侮ったわけでも、下に見ている訳でもない。ただ事実を唱えているだけのことよ」
濡れた髪をかきあげながら言葉を繰り出す八代。彼が一言発する度に、憤怒の額に青筋が一本二本と浮き出てくる。
「圧倒してる訳でもないあんたに言われても、こっちは何とも思わないんだよ」
「圧倒できていない? 否、していないのだよ。貴様の実力を測るため、わざと手を抜いていることに気づいていないのか?」
「は? 随分な自信だね」
険しくなってくる目に、真っ向から見つめ返す。
怯えてはダメだ。目を逸らすな。
不安がってはダメだ。声を震わせるな。
恐怖に呑み込まれてはダメだ。逃げ出すな。
「当たり前であろう! 我こそが最強! 貴様なんぞに負ける道理などないわ!!」
言い切った。
怯えも震えも恐怖も感じさせない立ち振る舞い。泣き喚いて逃げていたあの頃とはまるで違う、堂々とした態度。
そんな態度だったからこそ、彼女の怒りへのひと押しに繋がった。
「――っ!」
「フハハハハ! 受けて立とう!! 『隕石疾風』」
八代は殴り飛ばされ、憤怒は噴水の底へと押し潰される。けれど、吹き飛ばされた八代の意識が一瞬飛んだのか、憤怒にのしかかっていた重圧がすぐに消えた。
「大したことないじゃないか」
濡れた頬を乱雑に拭いながら、そう吐き捨てる。
「ふんぬぅ……」
顔を顰めながらもゆっくり立ち上がる八代の姿は、いかにもボロボロだった。服の至る箇所が破れ、そこから見える肌が痛々しいまでに擦れ切れている。外からは見えないが、中もボロボロなようで少しでも動くと体内から鋭い痛みが走る。
対して憤怒は、多少のかすり傷はあるもののほぼ無傷。肌に引っ付く濡れた服に不快感を覚えながら、八代へと睨みつけた。
「はっ、やっぱり口だけか」
吐き捨てられたその言葉に、しかし八代は余裕のある笑みをもって返す。
「貴様のスキルはいわば物に作用する力を増幅させる性質なのだろう。我を吹き飛ばしたのは、押し出される力を増幅させた。投石も同様に」
「……突然何を言い出してんだ」
つらつらと言葉を並べ立てる八代に怪訝そうな視線をぶつける。けれど、八代はそれに反応せず続けた。
「貴様が壁にぶつかったこと。それによってある程度候補が絞り込めた。筋力増幅でも、念力による物体の操作でもない。また貴様の行動の一つ一つから、候補を絞り込み反射か物に作用する力の増幅かの二択となった」
人差し指で指し示し、八代は結論を述べる。
「そして、貴様は今濡れておるだろう? 反射であるなら、水に濡れることはない」
何かしらの条件で解除された可能性もあるが……、反応を見るにあっているのだろう。
「壁にぶつかったのは0を1にするスキルではなく、1を10にするスキルだったから。存在しない力を増やすことは出来ない。そして、その効果範囲は自身が触れたもののみ」
最後まで言い切ると、深く息を吐き出した。
これでこちらの言い分は終わりだと、目で伝える。
「だから何だってんだよ」
未だに理解出来ていないのか、憤怒は苛立ったように水のたまった地面を踏みつけている。
「分からぬのか? 我は貴様のスキルを把握したということよ」
「だーかーら、それが今更どうなるってんだ。もうほとんど決着はついているだろうが」
「ふむ。確かにな」
八代は腕を組んでしきりに頷くと、にぃっと笑みを作った。
「『重力加速』」
「は……ぁ!?」
先程と同等かそれ以上の重圧が憤怒の体にのしかかる。
顔を歪め地に膝をつく。そして遂に支えきれなくなって手を着いた。
「な……にしやがぁっ……た」
「何が起こったのか分からない。貴様の敗因はそれだ」
悠々と歩み寄り、屈んで目線を合わせる。
憤怒の瞳に映る八代の表情は、笑うでも見下すでもなくただただ当たり前のことを眺めるような、そんな表情だった。
「言ったであろう? 貴様のスキルを把握したと。逆に、貴様は我のスキルを把握していなかった。だからこんな簡単な罠に引っかかった」
これがもしも、仲間の誰かとの戦いであったならこんなに上手くいくことは無かっただろう。
「スキルを発動させるには、条件が必要となる。対象者の状態だったり、自身が対象に触れる、視界に入れる、近づくといった必要がある場合もある。スキルは単純。予測しようと思えば、すぐに思い至るようなスキル。ならば、着目すべきは発動条件だ」
ピンと人差し指を立てて、懇々と説明を続けていく。
どんなに強力なスキルであっても発動させなければ何も無いのと同じ。発動させてしまっても、十分な効果が発揮できない状態ならば問題ない。要するにそういうことだ。
「だが、貴様はそれを怠った。だからこそ、今こうしているのだ。発動条件は自身が触れたもの。つまり、今貴様が被っている水は我のスキルの対象となる」
液体のように、繋がっているものは先っぽに触れたとしても全体に影響が出る。つまり、噴水の中に入った時点で噴水の水全てがスキル対象内だったわけだ。
「重いだろう? 服だけでなく、身体全体が」
服だけが重くなったのなら、こうはならない。重くなり過ぎれば服が破け落ちるだろうし、軽過ぎれば意味は無い。
だから、濡らしたのだ。服を重くするのではなく、身体を重いだろうするために。
「服が濡れて、肌が若干湿ったであろう?」
「……」
体が濡れることでたとえ全裸になったとしても、対象から逃れることは出来ない。別の水で流すか、乾き切るまでの間は。だが、この場ではそれで十分。
「つまり、我の完全勝利! フハハハハ!」
見下し、笑う。
そして、地面に這いつくばって睨みつけてくる憤怒と視線を合わせる。
「勝利の美酒に酔いしれるのもいいものだが、貴様に提案がある」
「……」
重圧を少しだけ軽くして、そう話しかけた。
「我の下へ来い。さすれば命と衣食住の保証をしてやる」
山田 八代は、異世界へと来て何年も経てなお人を、人に近い姿形をした生物を殺すことに抵抗がある。ゆえに、今この提案を行ったのだ。
この提案をするには圧倒的に有利な立ち位置でなければならない。だからこそ、わざわざこのような状態へと持ち込んだ。
恐怖を悟られぬよう、愉悦を瞳に宿して。焦りを気づかれぬよう、余裕を崩すことなく。
「我の盗賊団の団員のほとんどが、何かしらの犯罪を行っているものばかり。今回の件で敵対したからといって、貴様に攻撃するような人はいない」
そう言いながら、彼女に向けて手を差し伸べた。
ここで手を取れば、恐らく八代は国から彼女を守るだろう。けれど、もしも手を取らず敵対するようなことがあれば――。
「ふ……ははっ」
不意に、憤怒は笑い声をあげた。
どこか虚ろで空っぽな、そんな声音だった。
「……うるせぇうるせぇうるせぇんだよ。誰の下にもつかないもう誰の言うことも聞きたくないんだよふざけんなよ好き勝手言いやがって」
酷く冷たい声で、つらつらと言葉を並べ立てながら憤怒は立ち上がる。
「『重力加速』っ!」
さっきよりも何倍も大きな重圧がのしかかる。
彼女の足から悲鳴をあがった。けれど、地に膝がつくことはない。
「私らが何したって言うんだよこんな世界になんて最初っから来たくなかったんだよなんでだよ意味わかんねーよ」
全身から、支えきれないと悲鳴があがる。
「そうやって! いっつもいっつも奪いやがって! わたしは、ただ、ただっ!」
骨が折れるような嫌な音が立て続けに聞こえてくる。けれど、彼女は倒れない。怒りに取り込まれ、体がボロボロになっていることにも気づかないまま、立って八代を殺さんばかりに睨みつけている。
「許さない許せない許すわけない……あんたら全員殺して魔王も殺してあたしたちだけの世界を手に入れる……」
憤怒が彼女を取り込んでいく。変な方向へ足が曲がる。殺気走った血走った目が真っ赤に染っていく。
「絶対に! ころし――」
ふわりと、憤怒を包み込む様に風が吹いた。
「……え」
目がこれ以上ないぐらいに見開かれ、全身から力が抜けていく。
「どう……して……?」
あの瞬間、感じ取ったのは死の匂い。
他でもない、怠惰という名の彼の死。
「ぬ……ど、どうしたのだ?」
突然の変化についていけず、目を白黒とさせる八代。
「あー……そっかぁ、死んじゃったかぁ……」
乾いた笑い声をあげる憤怒。
怒りすら湧いてこない。悲しいのに、悔しいのに、怒りが湧いてこない。感情を受け止めるお皿に穴が空いたかのように、怒りがボロボロとこぼれ落ちていく。
「結局……なーにも出来なかったか」
烈火のように噴き出していた怒りも、今や遠い昔のようにどこか他人事のように感じてしまう。
「……ねえ、さっさと殺してよ」
「……は、はい?」
予想外の言葉に思わず素で返してしまう八代。そんな彼に少しの興味も示さず、憤怒はただただ空を眺めていた。
「わ、我の下に来れば身の安全を――」
「そういうのいいから。早くして」
「いや、でもだな? 死んだらもうそこで終わりなのだぞ? ほら、一回の過ちでそんなに自暴自棄にならんでも――」
「いいから早くして」
一つ前よりも語気を強めて、そう急かす。
「ぬぅ……分かった」
大剣を持ち上げ、振りかぶる。
「フハハハハ! 我、完全勝利! 我は寛大だからな、遺言ぐらいは聞いてやってもいいのだぞ?」
頭を振って意識を切り替えると、余裕の笑みを浮かべてそう問いかける。
先程の言葉を鵜呑みにするのならば、彼女は八代と同じように別の世界から来て、酷い目にあった。それならば、最期に恨みでも受け取ってやろうと思ったから。
だけど――、
「……悪いな。嫌なこと、させちゃったみたいで」
「……っ」
彼女がそう言い切ると、八代は何も言わずに大剣を振り下ろした。グチャっと潰れる音がして、ビクリと一瞬動いたかと思うとそれからパタリと動かなくなった。
「う……っぷ」
生々しい感触、生臭い血の匂い。そして潰れた頭。
そのどれもが受け入れられなくて、思わず地面に吐いてしまった。
「ちくしょう……ちくしょう……」
上手くやったと思った。上手くやれていたと思っていた。殺さずに、生きて反省させることもできると、本気で思っていた。
でも、無理だった。あの目を見たら、どうやっても無理なんだって悟ってしまった。
無力な自分が気持ち悪い。仮面をつけなくては何も出来ない自分が情けない。
最期に恨みでも聞いて、捌け口になって、罰せられた気持ちになろうと思っていた自分が、どうしても嫌になってくる。
それに気づかれて、気を遣われて……。
「う……うぅ……ちくしょうっ!」
怒り任せに拳を地面へと振り下ろす。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
何度も何度も吐き気が込み上げてくる。
「……ぁ」
不意に、つむじ風が頬を撫でた。
暖かな、優しい風が。
ちらりと、彼女がいた場所へと視線を移す。けれど、そこには灰しか残っていなかった。
「最期、どんな顔してたかなぁ……」
灰になって分からないけれど、顔を潰したから分からなかったけれど、振り下ろす瞬間に見た表情は、とても穏やかだったかのように見えた。
ずっと怒りに染まっていた彼女の険しい顔が、その時だけは優しく見えた。
「……何をしている、山田 八代。貴様は盗賊団の頭領であろう」
自身に向けて叱責し、彼はゆっくり立ち上がった。
「助けれなかった命はあとで数えろ。今は、今救える命を数えるのだ……!」
振り返っている場合ではない。
今この瞬間、命の危機に瀕している人がどこかにいるかもしれない。
「さらばだ、憤怒。貴様の常世に対する怒りは、この我がしかと受け取った」
仮面を被った、偽物の自信でしかないけれど。それで救える命があるのなら、それでいい。
挫けぬことだけが取り柄の、『不屈の漢』なのだから。挫けぬように、仮面を被ろう。
「汝に対して理不尽な目に合わせた魔王は、我が盟友が倒すであろう。であるならば、我は世界を敵に回そう」
悪の組織の頭なのだから、ちょうどいい。
「理不尽な怒りに囚われた、優しい少女よ」
どうか、今度はあの穏やかな顔で過ごせる人生を送ってください。
「安らかに」
そうして彼は歩き出す。
決して振り返らず、仮面を被って。
偽物であろうと、自分の中でヒーローであり続けるために。弱くとも、強い自分になるために。
「成してやろう、成してみせよう、友のため」
不敵な笑みを浮かべて、彼は歩き始める。
友のため、仲間を助けるため、人々を守るために。
「……先ずは傷の手当てをしよう」
……めちゃくちゃ痛い。すっごい痛い。泣きそう。
憤怒から貰った一撃によるダメージを少しでも癒すため、治療道具があるであろう教会を目指すことにした。