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生きた証を

 

  ☆ □ ☆ □ ☆


  気づいた時には、もう手遅れだった。


「アンさん! 離れて!!」

「へ……?」


  最初よりもぬかるんだ床、暗さによる黒とはまた違った色合いの天井。きっと、スキルの前兆なのだろう。そう思い、指示を飛ばしたが一歩遅かった。

  黒い煙と赤い煙が、アンさんを飲み込みながら混ざり合う。


「『断裂斬』っ!」


  アンさんを傷付けてしまうかもという可能性を振り払い、秀一は剣を振るう。斬撃が煙を切り裂きアンさんへの道を作り出す。


「熱っ……!」


  アンさんを抱えて飛び出す瞬間、煙が秀一の肌に触れた。肌を直接炙られたような、鋭い痛みが走る。


「だ、大丈夫っすか!?」

「……大丈夫だよ。ただ、出来るだけ周囲の警戒を怠らないで」


  秀一は薄々、余裕がなくなってきていることを感じつつあった。


「けど、状況は悪い。玉砕覚悟で突撃する必要があるかも」


  努めて冷静に、そう伝える。焦ったところで意味などないし、自分が冷静さを欠けばそれがアンさんにも伝わってしまう。


「……そうなったら、オレを囮にしてください」


  足を引っ張っている自覚があるからこその、その申し出。けれど、すぐさまその提案は却下される。


「いや。最初にも言った通り、君が死んだらこの作戦は終わりだ。だから、囮になってもらう訳には――」

「大丈夫っすよ。死にませんから」

「そもそもとして、相手にされない可能性もある」

「大丈夫っすよ。信じてください」


  どれだけ却下しても、根拠のない自身で押し切られる。


「ミヤムラさんなら、隙を作ってくれるって信じてます。なんで、オレが死なないってことを信じてください」


  隙を作って、アンドレが攻撃を加える。言葉で表すには簡単だが、それがどれだけ難しいか分かっているのだ、アンさんは。それが、自分のせいだということも。

  だが、彼は守られながら足を引っ張って、最後の最後、重要なところだけを任される訳にはいかなかった。あってないようなプライドと、男の意地。たったそれだけのために、そんな我儘を言う。結果が、さらに足を引っ張ることとなっても。


「自分が信じるから、相手も信じて欲しいっていうのは傲慢だよ」


  そう簡単に認める訳にはいかない秀一は、そう反論する。


「相手を信じないのに、自分は信じて欲しいって方が傲慢じゃねぇかな」


  けれど、アンさんには届かない。

  そう言い残して、彼は怠惰へと向かっていく。


「随分舐めた真似しやがったなぁ、おいっ!」


  昔、アロガンに言われたことを思い出す。

  己よりも強い者と相対した時、相手がどう動くかを常に考えて動け、と。

  その言葉のおかげで、アンさんがこれまで生きてこられた。そう言っても過言じゃない。

  考えて、考えて、考え抜いて。そうやって生きてきた。だから、


「かかってこいやぁぁぁぁ!!」


  そう雄叫びをあげながら、がむしゃらに突っ込んでいく。

  周囲はその雄叫びに呼応するかのように、煙が吹き出しアンさんに迫る。それをいち早く察知して、屈む。


「黒と赤が混ざらねぇと、何も起きないみたいだなぁ!」


  煙自体に熱があったのなら、あの時点でアンさんは丸焦げにされていた。しかし、そうはならなかった。

  だから、彼は一つの仮説を立てたのだ。赤と黒の煙が混じった時にのみ、効果を発揮させるのではないかと。

  黒と赤の煙が混ざる前に、アンさんは怠惰のすぐ側まで到達する。そして勢いそのまま斬りかかった。


「ちぃっ!」


  やはり手応えが全く感じられない。だが、既に目的は達せられている。一瞬でも、秀一への意識を逸らすことが出来たのだから。



  他人を信じる、だなんて人生であまり経験がなかったように思える。大抵の事は出来たし、そのおかげか頼られることが多かったからだ。

  そして何より、他人を信じることが怖かった。それは、前魔王が、砂糖が死んでしまった事で顕著になったように思える。他人に頼って、任せて、取り返しのつかないことになったら怖いから。だから、秀一は人を信じきれない。


『相手を信じないのに、自分は信じて欲しいって方が傲慢じゃねぇかな』


  その言葉は、何よりも心に突き刺さった。どんな偉人の言葉よりも、どんな綺麗事よりも、正確に自分の欠点を当てていたから。

  それでも、彼は彼の生き方を変えられない。そう簡単に変えられるものではない。だからこそ、見方を、考え方を変えることにした。


「例え彼が失敗しようとも、俺ならそれをカバー出来る」


  傲慢なのは分かっている。だけど、今はそうやって偽って自分を納得させるしかない。

  アンさんが決死の覚悟で作った隙を無駄にしないために。

 

「はああああっ!」


  一歩で一気に距離を縮めて、斬り掛かる。


「『断裂』」


  その斬撃は、時を超え距離を超える。距離を弄っているのであれば、攻撃が届かないはずがない。けれど、もしも幻覚の類なのであれば届かない。だが、


「よしっ!」


  上半身と下半身が分断される。どうやら、心配は杞憂だったようだ。

  初めてできた大きな隙。これを逃す手はない。


「アンさんっ!!」

「うおりゃあぁぁぁ!!」


  アンさんは拳を握りしめ殴りかかる。

  アンさんのスキルは、他者のスキルを強制的に解除させるものらしい。限定的ではあるが、強力なスキル。だから、直接的な攻撃のみに限りスキルの強制解除を行える。


「あァ」


  けれど、断面からどす黒い煙が吹き出して、アンさんを絡めとろうと迫り来る。

  それに対し、秀一は間に合わないと悟りつつも一歩踏み込みアンさんの下へ向かう。


  ――やはり間に合わない……!


「『アークウォール』」


  間一髪のところで、水の壁が煙の行く手を阻み飲み込んでいく。そして、その水の勢いそのままに怠惰の頬を殴り飛ばした。

  ピキっと空間が割れる音がする。そして、上から下から迫ってきていた煙は霧散していく。

  倒れる怠惰。そこにすかさず剣先を突きつけた。


「これ、死んでいるか……?」


  アーロゲンドのスキルだけで動いていたのなら、この時点で死んだ状態に戻っているはずだ。

  一秒、十秒、一分。待てども動き出す様子はない。


「もう死んでいるんだと思うのですが……」


  そう声をかけてくるのは、背中に青い尾ヒレのようなものがついた美男子。


「さっきから思ってたんだけど、誰?」


  『アークウォール』の辺りから突然現れた少年。アンさんを守ってくれたことから、敵ではないことは分かるが……。


「私はまあ、彼の護衛ですよ。アロガンから頼まれてたんです」

「そうなの……?」


  ちらっとアンさんに視線を向けて、本当かどうか尋ねてみると、苦笑いを浮かべてこくりと頷いた。


「言うか迷ったんだけども、一応こいつ魔族だから。言い出しづらくて……」

「別に責めてるわけじゃないよ」


  おかげで作戦を成功させることが出来たのだから、喜びはしても責めることはない。そうこう話していると、怠惰がぴくりと動いたように見えた。

  瞬間、三人同時に警戒態勢をとる。出来るならば、さっさとトドメを刺しておきたいものだ。だが、下手に刺激すると反撃を受ける可能性がある。


「ぁ……んんっ、どうも初めまして」


  のそりと起き上がる怠惰。しかし、その態度は先程までのとは全然違っていた。


「大丈夫だよ。これ以上力は残ってないし、多分そろそろ消滅するだろうから」


  場の空気を敏感に感じ取り、落ち着かせるかのようにそう言ってのける。


「それが本当かどうか、確かめる術がこちらにはないんだけどね」


  態度の変化を訝しみながらも、冷静に振る舞いそう反論する。その言葉に、怠惰は確かにと納得した。


「なら、一つだけ遺言と言うか忠告というか。言い残したいことがあるんだけど、いいかな?」

「……手短にするなら」


  断るべきなのだろうことは分かっていても、怠惰の柔和な態度からトドメを刺すことを強行するのは気が引けた。

  秀一のその言葉に、ありがと、と返すと口を開く。


「この後、清川さん……いや、暴食のもとへ急いで向かって。七号っていう名前の身体中にツギハギした跡がある女性が接触する前に」


  そう言い終えると同時に、パラパラと怠惰の体が指先から灰へ変化しだした。


「あらら。……どうする? ずっと見張っておくかい?」

「そうさせてもらうよ。演技じゃないとは限らない」

「信用されてないみたいだね。ま、それも当たり前か」


  ははっと小さく笑っているうちに、足の指先から首まで灰になる。頭が床へ落ちて転がっていく。


「他になにか言い残したいことはないのか?」

「言い残したいこと、かぁ。……僕は、この世界で――」


  静かに消滅を待つ怠惰に何を思ったのか、アンさんはそう尋ねた。けれど、その問いかけの答えの途中で怠惰は完全に消えてしまう。

  言い表せない静寂。必要な事だったのに、アロガンの仇であったはずなのに、どうしてもこれで良かったのかと自問自答してしまう。

  だが、そうやって考える時間は今はない。


「……行くよ」


  手短にそう言って、秀一は歩き出す。

  敵だった彼に対して、同情なんて欠けらも無い。それでも、同じ境遇だった以上自分と重ねてしまうところもある。


  だから、どうか安らかに。


  過去の英雄は、倒される。何も残すことが出来ないまま、何かを成し遂げることも出来ないまま。


  戦いは、少しずつ終わりへと進んでいく。


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