因縁の相手
☆ □ ☆ □ ☆
正直に言うと、ちょっと失敗したかもと思ってしまう。一人じゃ無理だ、キツい。1対3とか、卑怯でしょ。
「『蜘蛛』! からの、『矢の雨』!!」
張り巡らせた罠の数々。けれど、数は多けれど種類は少ない。組み合わせを変えても、彼女たちはすぐに適応してくる。
今だってそうだ。縄が絡みついたはずなのに、双子の姉妹は互いの縄をすぐに解くし、獣耳の少女は自力でぶち破る。
「ロー、いけそう!」
「クー、ここは慎重にいきましょう。鼠は猫に噛み付くと言いますし」
「ロー、何言ってるのか分からないよ?」
「ふ、不覚……!」
ガクシと膝をついて項垂れる六号。だが、この隙は隙ではないということを、これまでに痛いほど学んできた。この茶番も、おそらくはこちらを油断させるために行っているのだろう。
「……」
八号はこちらを警戒しているらしく、ジリジリと距離を近づけながら今にも襲いかからんと爪を剥き出しにしている。
単純な戦闘力であれば、六号、九号よりもこの八号の方が手強い。野生の勘なのだろうか、罠を発動しても三割の確率で避けられてしまう。
「うーん……結構まずいね。でも、負けらんないんだよ、私」
苦々しくそう呟いて、意識を切り替える。
初見となる罠はまだ幾らかある。それを発動するタイミングを間違えなければ、まだ勝機はある……はずだ。
レイはずっと動き回っていて、今にも倒れてしまいそうなほど疲弊している。それでも倒れないのは、倒れたら死ぬという恐怖と、彼の隣に立つという自負による気合いからだった。
「まあ……気合いがあっても……意味ないんだけどね……!」
踵を返してくるっとターン。勢いをつけて三人の間に飛び込む。
こっちだって、ここ数年そこそこの修羅場は潜ってきたつもりだ。戦えないわけじゃない。
懐から針金を取り出して、三人の間を抜けながら九号に上手いこと絡ませる。すると、六号はそれを見て一瞬だけ動きを止めた。
「『鋼蜘蛛』っ!!」
鋼鉄で作られた縄が六号の身体を縛る。一旦二人を戦闘不能まで持ち込めた。あとは……!
「はちご……」
視界にちらりと映った拳を見て、反射的に飛び退いた。けれど、半歩遅くその拳が地面を砕いた衝撃に巻き込まれる。
軽々と体が宙を舞い、重力のままに地面に叩きつけられた。全身に衝撃がはしって息が一瞬止まる。視界がチカチカと明滅して、意識がはっきりと定まらない。
けれど、そんな状態であっても、今この瞬間は立ち上がらなければならない。でなければ、死ぬ。
「はあ……はあ……」
肩を上下に動かしながら、何とかその場に立ち上がる。目の前には、一ヶ月ちょっと前ぐらいに見た狼男――より少しだけ小さな狼少女が立っていた。
爛々と光らせる瞳からは、堪えきれていない闘志が読み取れる。
こっちはギリギリなのに、まだ手を隠してたの。
舌打ちをしたい気持ちをぐっと堪えて、力の入り切っていない瞳で睨み返す。
さっきまでも気合いで動いていたが、今はさらに酷い。なけなしの意地と、絞り出すかのような気合い。吹けば飛ぶような、そんなギリギリの状態。
それに対し、相手は多少手傷は負っていても、万全に近い状態。
ふっと、集中と共に力が抜けた。
「こりゃダメだ」
乾いた笑いが辺りに木霊する。
そんなレイの様子を見て、罠かと勘ぐったのか八号はさっきよりも慎重に、じりじりと近づいていく。
けれど、彼女は穏やかな表情でそれを待つのみ。
「なあに終わらせようとしてんだ、おい」
そんな場に振って湧いてきたのは、ガサツで乱暴で、嫌な記憶を思い起こしてくる声。この場にいるのは知っていたけれど、正直会いたくはなかった人物。
「……なんですか」
常より低い声で、ぶっきらぼうにそう返す。
「おいおい、冷てえじゃないかよ。知らない仲じゃないだろ?」
「知ってますけど、二度と会いたくないタイプなんですが……」
顰めっ面をするレイを見て、ゲラゲラと笑うグスタフ。
「ひでぇなあ、おい」
尚も笑い続けるグスタフを見て、八号は徐に近くにあった瓦礫を掴む。そして、大きく振りかぶるとグスタフを狙ってぶん投げた。
「うぉりゃっ」
飛来してくる瓦礫を、振り向く勢いそのままに破壊する。その瓦礫の破片が周囲に飛び散り、レイの頬を掠めた。
「ちょっと、当たってるんですけど!?」
「ああ、悪い。気をつけろ」
「ろ!? るじゃなくて、ろ!?」
「おい、ふざけてねぇで集中しやがれ」
「誰のせいだと……」
いけないいけない。気にしてる場合じゃない。普通に嫌だけど、これが終わったら関わる気なんて一切ないけど、今は貴重な戦力だ。共闘すると言うのなら、上手く使おう。
「で、決定打は何か持ってんのか?」
「一応ありますけど、使いたくないのでないです」
「おい、あるなら使えよ」
「使ったら死にます。確実に」
「なら最終手段だな」
使わないって選択肢、ないんでしょうねぇ。
抗議の声をあげてもいいが、そろそろ相手もいい加減焦れてきた様子。このまま下手に話し込むと、隙をつかれてしまう可能性がある。
そのことはグスタフも承知なのか、とりあえず相手をするぞと視線の動きだけで伝えてきた。レイはそれに小さく顎を引いて応える。
「あの獣はこっちで始末してやらぁ。あのガキ二人はお前に――」
「あ」
六号が、九号が、八号が、皆一斉に同じ方向を見た。そこに何かあるわけじゃない。けれど、彼女たちは何かを感じとっていた。
「やっと……解放されたんだ」
狼少女は元の姿に戻ると、踵を返して去っていく。
「ロー、大丈夫なの?」
「クー。大丈夫、ローが守る」
いつの間にやら拘束から逃れていた二人は、手を繋いで背中を向ける。
「……これ、どうしましょうか?」
「……あー、くそ。わかんねぇよ。……面倒だし殺すか」
「え、ちょっ」
ガリガリと頭を搔くと、グスタフは彼女たちに剣先を向けた。それを止めようと手を伸ばすが、一歩足りない。
「はい、『テレポート』」
けれど、グスタフの姿は次の瞬間には忽然と消えてしまった。
「……よかった、気づいてないか」
それを行った少年は、こちらに気づいていない様子の三人の姿を眺めながら、そっと息を吐く。そして、レイへと視線を向けた。
「さて、突然で悪いんだけど、新しい戦いの場に出て貰うよ」
「え、いやだから待っ……!」
手を広げて突き出して、少しでも距離を取ろうと動くが直ぐにその距離を縮めてきた。そして、少年、三号の手がレイの肩に触れる。
「『テレポート』」
レイの姿がグスタフと同じように忽然と消え、それに続いて三号も消える。
その様を、八号はバレないように横目で見ていた。