9話 猫喫茶と大天使
その後……
訓練場を壊してしまった音はかなり広範囲に響いていたらしく、ほどなくしてマイ先生が。
僕とミカエルさんは事情を説明して……
それから、こってりと絞られた。
ミカエルさんは途中で逃げてしまったので、説教は倍となり……
なかなかに大変だった。
そして……翌日。
授業を終えた後、僕はミカエルさんを連れて街へ。
約束した通り、色々な話をしたいと思う。
その場所に選んだのが……
「ふぁあああああっ♪」
にゃあにゃあと鳴きながら、喫茶店の中を猫が行き交っている。
それを見て、ミカエルさんは恍惚とした表情を浮かべていた。
ここは、猫喫茶。
猫を放し飼いにしている喫茶店という、珍しいタイプのお店だ。
「やっぱり、街に出た時はここよね、ここ。猫喫茶以外にありえないわ。はふぅ、ここは天国なのかしら?」
天使であるミカエルさんがそんなことを言うと、ちょっと笑えた。
ちなみに、光の翼は収納しているため、周囲の人はミカエルさんが天使だと欠片も思っていないだろう。
光の翼がなければ、人と天使って、ほぼほぼ見た目の違いはない。
「ミカエルさん、本当に猫が好きなんですね?」
「当たり前でしょ!」
ものすごい勢いで肯定された。
「こんなに小さくでかわいくてモフモフでかわいくて気まぐれでかわいくて……こんな素晴らしい生き物、他にいないわ!」
「あははっ」
「ちょっと、なに笑ってるのよ」
「猫のことを語る時のミカエルさん、すごくかわいらしいなあ、と思いまして」
「なっ……!?」
ミカエルさんが赤くなり、ふいっと視線を逸らす。
ややあってこちらに視線を戻し、もごもごと小さな声で言う。
「こいつ、人間なのに……なんで、こんなにドキドキさせられるのかしら? 人間のくせに……」
「ミカエルさん。とりあえず、席に座りましょうか」
「……そうね」
店員の案内で、窓際の席へ。
僕は緑茶とまんじゅう。
ミカエルさんは、紅茶とケーキ、それと猫のエサを注文する。
ややあって、最初に僕たちの注文が届けられた。
猫のエサは、最後にのんびりと楽しむためのものらしい。
「ふぅ……お茶がおいしいです」
「……」
「どうしたんですか、ミカエルさん? じっと、こちらを見て」
「メニューだけを見ると、あんた、完全におじいさんじゃない」
「あはは……自分でもそう思うんですけどね。ただ、おじいちゃんおばあちゃんと一緒に暮らしていたから、趣味趣向がうつってしまったのかもしれません」
「へー、おじいさんおばあさんと……ねぇ」
ケーキをぱくりと食べつつ、ミカエルさんが相槌を打つ。
「あんたみたいな子供が先生になるなんて、よくおじいさんとおばあさんが許してくれたわね」
「あ、もう二人はいないんです。少し前に……」
「そっか……ごめん。悪いこと聞いたわね」
「いえ、気にしないでください。それなりに割り切ることはできましたし……それに、僕が落ち込んでいたら、おじいちゃんとおばあちゃんも安心して眠れないでしょうし」
「な、なにこの健気な生き物は……くっ、やたらと破壊力があるわね」
ミカエルさんは胸元を抑えるような仕草をして、顔を赤くする。
どうしたんだろう?
僕はなにもしていないんだけど……
「それで……話って、特に決まってないんでしょ? どんな話をするの?」
「えっと、そうですね……ミカエルさんのことが聞きたいです」
「あたしの? おもしろい話なんてないわよ」
「なんでもいいんです。ミカエルさんのこと、少しでも知りたいので」
「……そーゆー台詞、やめてくれない? なんか、ドキドキするわ」
「え?」
「な、なんでもないし!」
ちょくちょくミカエルさんの様子がおかしい。
勝負をしていた時は、とてもかっこいいんだけど……
でも今は、どこか落ち着かない様子だ。
顔も赤い。
これが、僕のスキル『年上キラー』の効果なんだろうか?
無条件で、相手のことを照れさせる?
うーん、いまいちよくわからないな。
「まあいいわ。気を取り直して……とりあえず、あんたが好きに質問して。それに対して、あたしが答えるから」
「そうですね……なら」
少し考えた後、僕は簡単な質問を投げてみる。
好きな食べ物とか趣味の話。
そんな他愛のないものだ。
ミカエルさんは、変わらずにぶっきらぼうだけど……
でも、最初に出会った頃と比べると、けっこう優しくなっているような気がした。
勝負に勝ったからなのか?
『年上キラー』の効果なのか?
その両方な気がした。
――――――――――
「けっこう遅くなってしまいましたね」
猫喫茶を後にしたら、空は赤く染まっていた。
思っていた以上に話は弾み……
気がついたらこんな時間だ。
「楽しかったですね、ミカエルさん」
「……あたし、適当な返事してしてなかったと思うんだけど、それなのに楽しいの?」
「はい、とても」
「あーもう……また、そんなかわいい笑顔をしちゃって、こいつは……なんでこんなに胸にクルのかしら?」
「ミカエルさん?」
「なんでもないし。早く寮に帰りましょ」
ミカエルさんが歩き出して……
数歩進んだところで止まり、こちらを振り返る。
「なにしてるの? ほら、一緒に帰るわよ」
「はい」
「ホント、うれしそうな顔をしちゃって……でも、そんなところがたまらなく……って、あたし、ホントおかしいわ……調子狂うし」
ぶつぶつとつぶやいているけど……そんなミカエルさんの機嫌は、決して悪くない感じだ。
というか、良く見えて……
この調子なら、仲良くなることができるかもしれない。
先生と生徒の間で信頼関係を築くことができるかもしれない。
その時を想像して、僕も笑顔になる。
そのまま、ミカエルさんと一緒に寮へ……
「あん? お前、クロノじゃねえか」
「レイズ……さん?」
聞き覚えのある声に振り返ると、最後に所属していたパーティーのリーダー、レイズさんの姿が。
冒険を終えた帰りなのか、仲間と一緒にいる。
「……誰よ、こいつら?」
「……昔、僕が参加させてもらっていた、冒険者の方々です」
小声で尋ねてくるミカエルさんに説明する。
戦士であり、パーティーのタンクであるダズさん。
ヒーラーである神官のエリネアさん。
彼ら三人は、この街……クロスノクスで活躍する、Cランクの冒険者だ。
ベテランであり、依頼達成率は90パーセントを超える。
普通は70パーセント前後なので、そのことを考えると驚異的な達成率だ。
その実力から、Bランク昇格は間違いないと言われている。
「やっほー、久しぶり。元気してた?」
エリネアさんに気軽に話しかけられる。
「あ、はい。特に問題はなく……エリネアさんは?」
「私も元気よ。どこかの誰かさんに足を引っ張られることがなくなったから、もう快適で快適で仕方なくて。きゃはははっ!」
「……」
僕が役立たずだったことは事実なのだけど……
それでも、一時はパーティーを組んでいた相手にそういうことを言われることは、辛い。
「エリネア、そう責めるものではありませんよ。確かにクロノはまるで役に立ちませんでしたが、子供ですからね。仕方ないでしょう」
「そうだけどさー」
「とはいえ……クロノ。あなたにも責任がないとは言えませんよ? 子供なら子供なりに、自分にできることを考えて、しっかりと努力しなければいけません。常にもっと上を目指すという、強い心を持つことが大切なのですよ」
「はい……すみません」
努力してきたつもりではあるが……
ダズさんは、結果を示さないと決して納得してくれない。
ああするべきだった、こうするべきだったと、何度も叱られた。
どうすれば、納得してくれたんだろう……?
「で、クロノはこんなとこでなにやってんだ? なんか、妙な依頼を請けたってギルマスから聞いてるが……ま、どんな依頼だろうがまともにできるわけないか。失敗してギルマスに顔を合わせるところがない、ってとこだろ?」
「あ、いえ……ちゃんと仕事はしています。大丈夫ですよ」
「本当かよ? ウソだろ。クロノなんかにできる仕事、あるわけねーし。っていうか……その子は? けっこうかわいいじゃん」
レイズさんの視線がミカエルさんに向いた。
対するミカエルさんは……
「コロス……!」
ものすごく怒っている!?
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