7話 天使と勝負
「勝負って……どういうことですか?」
話をしたい。
そんな望みを叶えたいのならば、勝負をして勝利しろ、ということだろうか?
でも、なんでわざわざ勝負をするのか。
その理由がわからなくて、軽く混乱してしまう。
「先生の話を聞くっていうことは、あたしの時間が大なり小なり奪われるわけでしょ?」
「そう、ですね」
「あたし、意味なく自分の時間が奪われるのはイヤなの。納得できないわ」
「つまり……貴重なミカエルさんの時間を消費するわけだから、それ相応の対価を示せ、ということですか?」
「そういうこと。でも、あんたは対価なんて出せない。ならせめて、力を示しなさい」
「力を?」
「あたし、弱いヤツは嫌いなの。大嫌い」
そう言うミカエルさんは、本心から言っているように見えた。
力なき者を、心底嫌っているようだった。
なぜ、そんな言葉を口にするのか?
なぜ、そんな風に思うようになったのか?
気になるけれど……今は、後回しだ。
そのことを知るためには、話をしないとなにも始まらない。
「なるほど。それで、力を示すために勝負をしろ、というわけですね」
「そういうこと。どうする? あたしは別に、あんたが勝負に乗らなくても……」
「わかりました、受けましょう」
「……あっさりと引き受けるわね」
「ミカエルさんの様子を見る限り、他に道はないようですから。なら、どうにかできないだろうか? なんて余計なことを考えることなく、素直に勝負を引き受けた方がいいです。ミカエルさん風に言うならば、無駄な時間を消費することがない、という感じでしょうか」
「へぇ……なかなか言うじゃない」
ミカエルさんが不敵に、それでいて楽しそうな顔になる。
僕の今の発現は、ミカエルさんの闘争心を煽ってしまったみたいだ。
「さっそく勝負といきたいけど、あんたは平気? 仕事は?」
「大丈夫です。これも、仕事の一環ですから」
ミカエルさんと話をして、仲良くなること。
それも仕事の一つであり、やらなくれはいけないことだ。
「それじゃあ、訓練場に行きましょう」
「はい」
――――――――――
訓練場は、グラウンドと屋内競技場の隣に併設されている。
広さは、教室を四つ並べたくらいのもの。
そんなに広くはない。
ただ、訓練用の結界が展開されている。
訓練場は、ちょっとした要塞並に頑丈になっていて、Aランクの魔法が炸裂しても壊れることはないという。
……今回は、Sランクの魔法を使えるミカエルさんが相手なので、不安は残る。
「ルールは……そうね、相手を気絶させるか、それとも降参するか。制限時間はなし。それでどう?」
「はい、構いません」
「安心していいわ。あんたが人間だとしても、一応、手加減してあげる。死ぬことはないと思うから」
「いえ、手加減はしないでください」
「……は?」
ミカエルさんがきょとんとした。
その間に、僕は言葉を並べる。
「僕は、真正面からぶつかりたいです。そうすることで、ミカエルさんに言葉を届けられるような気がしますから。それに、話を聞いてもらうために勝負をするのに、そこで手加減をされてしまっては、意味ないといいますか……ちゃんと聞いてもらえないような気がします」
「へぇ」
ミカエルさんが感心したような顔になる。
「子供だけど、考えはしっかりとしているのね。でも……」
笑顔が一転、怒り顔になる。
空気が凍る。
重力が何倍にも増したかのように、圧が増す。
「あたしを舐めないでくれる? ガブリエルの祝福を授かったからといって、このあたし……火を司る大天使ミカエルを倒せると思わないことね」
「っ……!?」
すさまじいプレッシャーに、思わず気絶してしまいそうになる。
奥歯をぐっと噛んで、なんとか耐える。
これが、最強の天使の迫力。
その中でも、上位に位置する大天使のプレッシャー。
語彙力が貧弱でもうしわけないけど、すさまじいの一言に尽きる。
ミカエルさんの前では、僕はとてもちっぽけな存在だ。
彼女が息を吹くだけで、僕はあっさりと飛んでいってしまうだろう。
それでも。
彼女が望み、他の術がないなら、僕は勝負をしようと思う。
最弱で、何度もパーティーを追放されてきた僕だけど……
がんばる心だけは、誰にも負けないつもりだ。
「一瞬で終わらせてあげる」
「いきます!」
そして……勝負が始まる。
「エクサブリザードッ!!!」
今の僕にできる、最大級の攻撃。
フィンネルさんの祝福で得た、Sランクの水魔法を放つ。
出し惜しみなんてしていられない。
最初から、全力全開だ。
しかし……
「児戯ね」
ミカエルさんは嘲笑して、
「エクサフレア」
対の属性となるSランクの火魔法で、僕の攻撃をあっさりと打ち消した。
思わず動揺してしまう。
フィンネルさんに祝福を授けてもらい、僕も水魔法が一通り使えるようになった。
だから、うまくいけばミカエルさんに勝てるかもしれない……なんてことを考えていた。
しかしそれは、増長していただけなのかもしれない。
この程度では、ミカエルさんには届かない。
「さぁ、どんどんいくわよ。エクサフレアッ!」
「っ!?」
今度は、ミカエルさんの方から魔法が。
手加減はしていないらしく、荒れ狂う業火は、一瞬で僕を消し炭にするだろう。
「エクサブリザードッ!」
フィンネルさんから授かった氷魔法で、ミカエルさんの魔法を迎撃する。
同じSランクの魔法で、対となる属性。
きちんと相殺することができた。
「へぇ」
なぜか、ミカエルさんが感心するような顔に。
「あんた、ガブリエルの祝福をきちんと使いこなしているのね」
「どういうことですか?」
「普通の人間は、祝福を授けられたからといって、いきなり全部の力を引き出すことはできないの。せいぜい、30パーセントがいいところね。100パーセントの力を引き出すには、それ相応の修練が必要になるわ。でも、あんたは、いきなり80パーセントくらいを引き出している。才能なのかしらね」
才能と言われても、正直困る。
僕は、ガブリエルさんが守護天使になってくれなかったら、なにもできないまま。
何度も追放されるような最弱の冒険者なのだから。
「でも、そこがあんたの限界ね」
ミカエルさんの圧がさらに強くなる。
「Sランクの魔法程度であたしを倒せると思わない方がいいわよ?」
「程度、って……」
その言い方だと、まるで、さらに上のランクがあるみたいじゃないか。
でも、Sランクの上なんて話は聞いたことがない。
……いや、待てよ?
力が足りないなら知識を……と思い、一時期、色々な文献を読み漁っていたことがある。
幸いにして、その知識は今に活かされて、先生をやることができている。
その過程で……
Sランクのさらに上のランク、という記述を見たような覚えがある。
まずい。
そんなものを使われたら、僕の勝ち目はゼロになる。
奥の手を使う前に、なんとかしてミカエルさんを倒さないと。
「メガブリザードッ!」
ワンランク下げて、Aランクの氷魔法を放つ。
目標は……ミカエルさんではなくて、その周囲の床と壁だ。
「どこを狙っているの? もしかして、コントロールミス? だとしたら、笑えないわね。ホント、つまらない結末」
「エクサブリザードッ!」
訝しんでいる間に、今度はSランクの氷魔法を。
その目標は、同じく床と壁。
氷が幾層にも積み重なり、それらは爆発的に膨れ上がる。
そして……
「なっ……!?」
氷がミカエルさんを飲み込んだ。
「うまくいった……かな?」
あえて床と壁を狙い、コントロールが失敗したように見せて……
こっそりと氷の層を積み重ねておく。
相手が油断したところで、一気にSランクの氷魔法を叩き込み、極大の氷を生成して閉じ込める。
さながら、氷の結界というところか。
「これで、勝負がついてくれるといいんだけど……」
ピシリッ、と氷の表面に亀裂が入る。
「……そんな簡単にはいかないかあ」
氷が一気に砕けて、ミカエルさんが解放された。
本日19時にもう一度更新します。