3話 先生らしく
「なんですの、この子は!? かわいくてかわいくて、とてもかわいいですわ!」
頬ずりされて、頭をなでなでされて、もう一度頬ずりをされた。
こ、この状況はいったい……?
「はぁ……そういや、あんた、子供好きだったわね」
ミカエルさんが、どこか呆れた様子で言う。
戦意はすっかり削がれたらしく、落ち着いていた。
「子供はかわいい。かわいいは正義。それが世の真理ではなくて?」
「知らないわよ、そんな真理。っていうか、その子、誰?」
「ぷはっ」
なんとかガブリエルさんの抱擁を抜け出して、僕は教壇に立つ。
マイ先生が整えようとしてくれた段取りとか、色々とメチャクチャだけど……
こうなったらもう、ぶっつけ本番、アドリブでいくしかない。
やるぞ、僕!
「えっと……僕は、クロノ・バーネットといいます。今日から、このクラスの担任を務めることになりました。よろしくおねがいします!」
最初に、ミカエルさんとガブリエルさんがぽかんとして……
「「えええええぇっ!?」」
と叫んだ。
次いで、
「「「……」」」
残りの生徒たちはちらりと視線をよこすだけで、特に反応はなし。
なかなかにカオスな状況だなあ、これ。
――――――――――
5分後。
ひとまず、ミカエルさんとガブリエルさんは落ち着いてくれたらしく、それぞれ自分の席へ。
他の生徒たちも、きちんと席に座っている。
マイ先生は、「ごめんなさい、やらかしたわ……」と一言、僕にだけ聞こえる声で謝罪をして、副担任らしく教室の端へ。
そして、僕は中央の教壇に立つ。
まずは教室内を見回す。
ミカエルさんとガブリエルさんは最前列で、隣同士。
今はおとなしくしてくれていて、じっとこちらの話を待っている。
その他の生徒は……
寝ている子、本を読んでいる子、おしゃべりをしている子……様々だ。
これは……近頃問題になっている、学級崩壊に近いのでは?
たぶん、僕の前任者やマイ先生は、何度も注意をしてきたと思う。
それでも効果はなくて……
力づくで言うことをきかせようとしても、天使にそんなことは無意味。
さっきのマイ先生みたいに、返り討ちに遭ってしまう。
なるほど。
ギルドマスターが言っていた問題児という言葉の意味が、よく理解できた。
あと、この依頼の難易度も理解した。
とてつもなく高レベルで、僕なんかが……と思わないでもないけど。
もう後ろ向きなことを考えることはやめよう。
せっかく掴んだチャンス。
全力でぶつかりたいと思う。
「で……あんたみたいな子供が先生なんて、どういうこと?」
ミカエルさんが鋭い視線を飛ばしてきた。
怯むことなく……
しかし攻撃的にならないように、あくまでも柔らかく答える。
「ギルドからの依頼で、本日付で着任することになりました」
「ギルド? ……ああ、人間の冒険者の互助組織だったっけ? そこで、あんたに先生になってほしい、と?」
「そういう感じです」
「なんで子供が……」
「わたくしは賛成ですわ」
途中、ガブリエルさんがそんな言葉を挟む。
なぜか、キラキラとした目で僕を見ている。
「どのような方であれ、わたくしたちの先生が務まるというのならば、年齢なんて関係ないのではなくて? 子供でも大人でも、どちらでも問題ありませんわ」
「あんたそれ、絶対に、あの子をまた抱きしめたいだけでしょ」
「そ、そのようなことはありませんわ」
ガブリエルさんが目を逸らす。
抱きしめたいんだ……
でも、なんでだろう?
僕はまだ、なにもしていないんだけど……
もしかして、これが、スキル『年上キラー』の効果?
ガブリエルさんは、見た感じ、15歳くらいだけど……
それでも、僕にとっては年上だ。
だから、魅了してしまっている……?
でも、ミカエルさんの態度はツンツンしたままだ。
絶対というわけじゃなくて、個人差があるのかな?
「とにかく……わたくしは、クロノくんを先生として歓迎いたしますわ。っと……失礼しました。先生にくん付けはいけませんわね。以降、クロノ先生と呼びますわね」
「はい、それでお願いします」
「あら」
「どうかしましたか、ガブリエルさん?」
「いえ……先生のような方なら、てっきり、好きに呼んでください、と言うような気がしまして」
「そうですね。プライベートなら、それで構いません。しかし、僕は今、先生としてガブリエルさんの前に立っています。生徒と先生という関係である以上、礼儀はきっちりとしなければいけません。そんな最低限のこともできなければ、物を教えるなんて不可能だと思いますから」
丁寧語になってしまっているのだけど……
これはもう癖みたいなものだから、勘弁してほしい。
「へぇ……ただのかわいい子供かと思いきや、これは……」
ガブリエルさんの笑みが、別種のものに変わる。
とてもおもしろいものを見つけたというような、感心しているような。
そんな類の笑みに。
「もう一つ、質問をよろしいでしょうか?」
「はい、なんでもどうぞ。今日の一限目は、互いを理解するための質疑応答タイムにする予定でしたから」
「先生は、わたくしたちと、どのように接するおつもりですか?」
「と、いうと……?」
「知っていると思いますが、わたくしたちは天使。人間に似て、まったく異なる存在ですわ。極論すれば、異世界人。そして、将来はあなたたち人間を導く立場。そのような者を相手に、まともに教育ができると思いまして」
「できます」
「あ、あら……即答なのですね」
意外な反応だったらしく、ガブリエルさんは驚いた顔をしていた。
そんな彼女に、僕は僕の考えをしっかりと伝える。
そうすることで、少しでも僕のことを……人を理解してほしい。
「僕たちは言葉を交わすことができます。意思を交わすことができます。それなら、色々なことを教えることができるはずです。いえ、教えるだけではなくて、時に、僕が学ぶことも……そうして、互いに教え合い、学んでいくことこそが一番だと……僕は、そう思います」
「なるほど……子供とは思えないくらい、しっかりした考えですね」
「ありがとうございます」
「ですが、それはあくまでもクロノ先生の理想にすぎないのでは? 所詮、理想は理想。現実の前に敗れてしまうもの。夢ばかり追っていては、いずれ、自分を見失うことになってしまいますわよ?」
「いいえ、そんなことはありません」
「ま、また即答するのですね……その根拠は?」
「そもそもの話ですが……理想が叶わないなんて、誰が決めたんですか?」
理想というものはハードルが高くて、叶わない確率の方が高いかもしれない。
それは確かだ。
でも、あくまでも難しいというだけで、可能性はゼロじゃない。
1パーセントだとしても、実現する可能性はある。
「それならば、僕は1パーセントに賭けたいです」
「……それは否定しませんが、現実は、夢敗れる者の方が多いのでは? そのことを考えると、理想なんて追わない方がよろしいのでは? 傷つくことがわかっているのなら、なにもしない方がいいのでは?」
「そうですね、そういう考え方もあると思います」
「あら。今度は認めるのですね?」
「傷つくことは、決していいことではありませんからね。かくいう僕も、諦めようとしたことがありますから」
苦笑して……
それから、言葉を続ける。
「でも……がんばりたいと思います。今、がんばっています」
「それは、なぜなのですか?」
「だって……その方が気持ちいいじゃないですか」
僕は笑いながら言う。
「やらない後悔より、やった後で後悔した方がいい。よく言われていることですけど、だからこそ、これって真理だと思うんですよ。そう思いませんか、ガブリエルさん?」
「……」
ガブリエルさんはきょとんとして、
「ふふっ……あはは……あはははははっ!」
大きな声で笑った。
涙をこぼしてしまうくらい激しく……
とても楽しそうに、心の底から笑う。
「なんていう方なのでしょうか、クロノ先生は。まさか、まさか。人間にこのようなおもしろい方がいるなんて……あぁ、かわいらしいだけではなくて、なんて興味深い。なんて愛おしい」
「ガブリエルさん……?」
「クロノ先生。色々と試すようなことを質問してしまい、失礼いたしました」
「謝ることなんてありませんよ。今は、そういう時間ですから。遠慮することなく、たくさん質問してください。それに……」
「それに?」
「そうしたら、ガブリエルさんとたくさんお話ができます」
「あはははっ!」
ガブリエルさんは、また楽しそうに笑った。
「本当におもしろい方」
「そうでしょうか?」
「私が今まで接してきた人間は、欲にまみれ、魂が汚れていました。たまにまともそうな方がいても、結局のところ、己のことしか考えていない。しかし……クロノ先生は違いますわ。とても純粋で、とても綺麗な魂を持つお方……そうですわ。わたくし、決めました」
「なにを……でしょうか? もしかして、僕を先生として認めてくれるんですか?」
「それもありますが……わたくし、水を司る大天使ガブリエルが、クロノ・バーネットという個人を認め、祝福を授けることにいたしましょう」
「え?」
ガブリエルさんは席を立ち、僕の目の前に移動した。
そっと、僕の頬に手をやると……
「……んっ……」
「っ!?!?!?」
おもむろに唇を重ねてきた。
本日19時にもう一度更新します。




