16話 そして、これからは……
アリエイルさんとフィンネルさんのケンカ。
学校に現れた魔物。
アリエイルさんの誘拐事件。
先生として赴任してから、たった一週間の間に色々なことが起きた。
今まで生きてきた中で、間違いなく、一番濃密な一週間だったと言える。
でも……
疲れただけではなくて、とても充実していた。
大変ではあるものの、楽しくて達成感があって。
心が踊っていた。
これからも、こんな日々を送りたいと思う。
僕は、冒険者よりも先生の方が合っているみたいだ。
そんなわけで……
「マイ先生。定期報告で、ギルドマスターに伝えてくれませんか? 僕は、これからもここで、先生としてがんばっていきたいです……って」
そんな結論を出して、マイ先生に伝えた。
僕の返事を聞いたマイ先生は……
「よ、よかったぁあああああ……」
「マイ先生?」
なぜか、とても力が抜けた様子で、心底安堵しているみたいだった。
「今までの先生みたいに、クロノくんまで辞められたら、どうしようかと……」
「えっと……すみません。なんか、心配をかけてしまったみたいで」
「ううん、私が勝手に不安に思っていただけだから、気にしないで」
「それで……僕は今、冒険者としてここに派遣されている形になるじゃないですか? でも、先生の道一本に絞りたいんです。だから、冒険者を辞めてここの先生になる、ということはできないでしょうか……?」
「大歓迎よっ!」
「うわっ」
マイ先生は魔界の中で天使を見つけたような感じで、僕の手を両手で掴む。
「もうクロノくん以外ありえないというか、いてくれないと困るというか……キミはもう、この学校にとって欠かせない人よ!」
「そ、そうでしょうか……?」
いまいち自信がないのだけど……
Aランク冒険者のマイ先生にそう言ってもらえると、多少の自信になる。
「それじゃあ、クロノくんは、本格的にここの先生になるということでいいのね?」
「はい、おねがいします」
「了解よ。明日、ギルマスに会いに行くから、その時に伝えておくわ。すぐに調整してくれると思う」
よし。
これで、僕は本格的にここの先生になることができる。
フィンネルさんにアリエイルさん。
そして、他の生徒たち。
みんなを無事に卒業に導いてみせる。
それが、僕が見つけた新しい夢であり、目標だ。
「ところで、マイ先生もしばらくはこの学校に?」
「ええ、そうね……あのドぐされギルドマスターの命令でね……はは、うふふふぅ……」
こ、壊れている……?
この件については、深く触れない方がよさそうだ。
――――――――――
三日後。
マイ先生はギルドマスターのところへ報告に行き……
そして、諸々の話をまとめてくれた。
結果、僕は正式に天使学校の先生として就任。
冒険者ではなくて、教師になった。
なんていうか……生まれ変わった気分だ。
がんばりたいと思う。
「よしっ」
教室の扉に手を伸ばして……
「クロノ先生」
「あ、フィンネルさん」
振り返ると、フィンネルさんの姿が。
もう少しで授業が始まるんだけど……
まあ、そこまで厳しくしなくてもいいか。
まだ時間はあるわけだし。
「おはようございます」
「おはようございますですわ、クロノ先生。今朝は、とても気持ちいいですわね」
「そうでしょうか?」
「ええ、そうですわ。なにしろ、朝からクロノ先生に会うことができたのですから」
「はあ……」
それで、なんで気持ちよくなるんだろう?
たまに、フィンネルさんはよくわからないことを言う。
「それに、今日はとても気持ちのいい天気ですわ。空は晴れ渡り、雲ひとつない快晴……すばらしいと、クロノ先生も思いませんか?」
「はい、そうですね。とても気持ちのいい天気です」
「でしたら、そのような日に授業なんて野暮なこと、できませんわね?」
「えっと……?」
「これから、わたくしと一緒にデートに行きませんか?」
「デート……ですか?」
「はい。ぜひ、クロノ先生と一緒に行きたいところがありまして。大人の宿といいますか、まあ、そういう場所といいますか……ふふっ、うふふふ」
「え、えっと……?」
「大丈夫ですわ。怖がったり怯える必要なんて、まったくありません。わたくしが、全てリードしてさしあげますわ。クロノ先生は、ただただ、わたくしに身を委ねて、初めて味わうであろう恍惚感に身をぐふぅっ!?」
ゴンッ、とフィンネルさんの頭にげんこつが落ちた。
そのげんこつの主は……アリエイルさんだ。
「あんた、朝っぱらからなに発情してんのよ。しかも、先生を相手に……本当の変態だったのね」
「わたくしは、ただ、クロノ先生と親睦を深めようと思っただけですわ! わたくしの邪魔をなさらないでくれます!?」
「するわよ。先生が悪鬼羅刹に捕まろうとしてるのを見つけたら、さすがに放っておけないじゃない」
「なんですって、わたくしを悪鬼羅刹などと……おや? ところで、ミカエルさん。あなた、先生のことをきちんと先生と呼んでいますね?」
「……まあ、先生は先生だし。普通のことじゃない?」
「あんた、とか呼んでいたというのに?」
「今はそんな気分なのよ」
「へぇ……」
フィンネルさんが、じーっとアリエイルさんを見る。
その視線から逃げるように、こちらを向いた。
「おはよ、先生」
「おはようございます、アリエイルさん」
「アリエイルぅっ!?」
挨拶を交わしたところ、フィンネルさんが大げさに驚いた。
どうしたのだろう?
「ど、どどど、どうしてクロノ先生がミカエルさんの神名を……!?」
「あ、フィンネルさんも知っていたんですね。普段はミカエルさん、って呼んでいるので、知らないのかと思っていました」
「同じ天使ですので、さすがに神名くらいは知っております。それはともかく……どうして、クロノ先生がミカエルさんの神名を!?」
フィンネルさんが睨みつけるようにアリエイルさんを見た。
サッと、アリエイルさんが目を逸らす。
その態度で、なにかしら確信したみたいだ。
フィンネルさんは顔を青くして、ワナワナと震える。
「ミカエルさん、あなた……クロノ先生の守護天使になりましたわね!?」
「……ええ、そうよ。それがなにか?」
「なにか、ではありませんわ!!! わたくしが先に、クロノ先生の守護天使になったというのに、後から割り込むような真似を……! しかもしかも、祝福を授けたということは、クロノ先生とキスをっ!!!」
繰り返さないで。
それ、けっこう恥ずかしいので。
「そうね、したわ」
「っ……!!!?」
「で、それがどうかしたの?」
「は、はぁ……!?」
「あんなの、別に、祝福を授けるための儀式だし? 変に気にすることないし? むしろ、そういうことに目くじら立ててるガブリエル、きもーい」
「ぐっ、ぎっ……こ、このわたくしにケンカを売っているのですか?」
「そんなことないわ。ただ……先生は、もうあんた一人のものじゃない、っていうことよ」
「ぐぐぐぐぎぎぎぎっ……!」
フィンネルさんが血の涙を流すような勢いで吠える。
そして……若干顔をひきつらせつつも、不敵な表情で口撃する。
「あらぁ……ミカエルさんとあろう方が、人間に祝福を授けるなんて。さすがに、これは予想外でしたわ」
「まあ、あたしも予想外ね。人間なんて、とは思っていたけど……でも、先生は特別だから」
「そ、そうですの……ホント、意外ですわその平らな胸と同じく、心も底が浅いと思っていましたから」
「……なんですって?」
「胸はありませんが、心の器量は大きいのですね。ふふっ、感心しましたわ」
フィンネルさんは、その豊かな胸部を見せつけるようにする。
それを見て、アリエイルさんの目が逆三角形に吊り上がる。
「……コロスッ!!!」
「やりますの!?」
「今日という今日こそ、その生意気な口、燃やしてあげるっ!」
「いいですわ! その貧弱な胸で、わたくしに敵うと思わないことですね!」
「ヒャッカイコロスッ!!!」
「あぁ……」
最初、出会った頃と同じように、二人はケンカを始めてしまう。
困ったことだ。
でも……
どこか懐かしいような感じがして、ついつい笑みがこぼれてしまう。
これはこれで、いい思い出になるかもしれない。
それに……
こういう事態を収めてこそ、先生というものだ。
フィンネルさんとミカエルさんと……
そして他の生徒たちが無事にこの学校を卒業できるように、尽力しよう。
それこそが、僕の新しい夢。
「二人共、ケンカはダメですよ」
「「でも……」」
「ダメです。それよりも、そろそろ授業を始めますよ」
僕は二人を教室に送り出して……
そして、授業を始めるために。
先生として、本格的な活動を開始するために。
「みなさん、おはようございます」
新しい一歩を踏み出した。
これにて完結となります。
子供が主人公の学園ものとかおもしろいかなあ、と思って書いてみました。
どうだったでしょうか?
ここまでお付き合いいただいた方、ありがとうございます。