15話 事件の終わりと新しい……
「このようなことをして、タダで済むと思っているのか!? この方は、クロスノクスを治める領主なのだぞ!」
「そ、そうだっ、この儂こそが、この街を治める領主であるっ!!!」
「だから、なんですか?」
「お前のような子供など、簡単に消すことが……」
「メガブリザートッ!」
「がっ!?」
うるさいので、執事らしき男を黙らせておいた。
色々と聞きたいことがあるから、こちらは直撃を避けておいた。
Aランクの魔法故に、かすっただけでも相当なダメージだけど……
骨の一本や二本で済むのだから、感謝してほしい。
本当なら、それ以上を持っていきたいところなのだから。
「さて……と」
「ひ、ひぃっ!?」
肥えた男に向き直る。
男は腰が抜けて立てないらしい。
這いつくばるようにして、逃げようとするが……
「ブリザード」
氷魔法で壁を作り、その退路を塞いだ。
「逃がすわけないだろう」
「あっ、あああぁ……!?」
「あなたは、僕の生徒に手を出した。それだけじゃなくて、他にも色々とやっているみたいだね」
「そ、そんなことは、そんなことはぁっ!?」
「今更、ウソなんて通じないから。全部……終わりにさせてもらうよ?」
右手に魔力を収束させる。
激しすぎる怒りのせいか、逆に心が落ち着いていた。
だから、魔力の制御も普段以上にうまくいく。
「ひぃっ……!?」
怯える男に向けて、魔法を解き……
「……まって」
「ミカエルさん?」
ミカエルさんにストップをかけられて、発動寸前の魔法を解除した。
強引なやり方になったけれど、今の僕なら、なんとかなるみたいだ。
これが、大天使の祝福の力か……
改めて、その力を実感する。
それと同時に、祝福を授けてくれたフィンネルさんに深く感謝する。
「どうしたんですか、ミカエルさん。まさか、この男を許すとでも……?」
「いいえ、許さないわ」
ミカエルさんは迷うことなく、きっぱりと言い切る。
その発言を受けて、男がさらに顔を青く白くした。
「ただ、そいつはあたしが骨まで焼き尽くす、って決めているの。だから、譲って」
「それは……」
迷う。
どうしようもないクズではあるが、領主らしい。
そんな男をミカエルさんが手にかければ、罪に問われる可能性も……
「あたしが捕まるかもしれないとか、そんなこと考えてるでしょ?」
「はい。僕は構いませんが、ミカエルさんをそんな目に遭わせるわけには……」
「……こんな時になんだけど、あたしたち天使は、純潔をなによりも大事にしているの」
「へ?」
「純潔を捧げる相手は、生涯でただ一人。それは、天使の心と魂の象徴のようなものであり、誇りよ。それを、あたしは汚されそうになった」
「……」
「許せないし、許すわけもない。このあたしの手で、断罪する。そうしないといけないの……わかってくれる?」
「……わかりました」
ミカエルさんのところに歩み寄り、その力を封じているであろう首輪を外した。
「ミカエルさんに任せます」
「ありがと」
ミカエルさんが手の平を男に向けた。
男の顔にハッキリとした恐怖が浮かぶ。
「ひっ、ひぃいいいいいっ!? やめっ、やめてくれぇっ! 金だ、金をやるっ! いくらでも払おうじゃないか! なんなら、国にかけあい爵位だって……」
「あたし、言ったわよね?」
「やめてくれやめてくれやめてくれぇえええええっ! 儂が悪かった、反省している、こんなことはもうしない、絶対にしない! だから、だから助け……」
「骨まで焼き尽くしてあげる……エクサフレアッ!!!」
極大の炎が男を一瞬で飲み込んだ。
激しい業火が荒れ狂い……
ミカエルさんが宣言した通り、男は骨まで焼き尽くされた。
――――――――――
住居の不法侵入に、許可のない私的な捜査に、そして過剰防衛。
他にも、細かい罪状を含めると10以上。
僕とミカエルさんは、そんな罪に問われてしまうのだけど……
しかし、それらは全て帳消しにされた。
理由としては、色々なものがあるのだけど……
一言で説明するのならば、ミカエルさんが天使だから。
そもそもの話、天使であるミカエルさんを誘拐するなんて、ありえない愚行。
ヘタをすれば、仲間の天使が人類に牙を剥くわけで……
そんなことになった時の被害は計り知れない。
なので、ミカエルさんを助けるため、事件を収束するための無茶ならば仕方ないと、僕の行動はお咎めなしに。
ミカエルさんの過剰防衛も、天使という理由もあるのだけど……
そもそもの話、領主は腐りきっていたらしい。
色々な種族の女の子に手を出していて……
時に、死に至らしめてしまうことも。
それは一回ではなくて、数え切れないほど。
国から領地を預かり、民を治める領主としてやることではない。
外道以外の何者でもなくて、たとえ生きていたとしても、死罪は確定。
そんな理由もあり、ミカエルさんも無罪放免。
さすがに、事情聴取などは受けたものの……
僕たちは騎士団や憲兵隊などに捕まることはなく、その日のうちに寮に戻ることができるようになった。
――――――――――
「ミカエルさん、怪我はありませんか?」
「大丈夫」
「心の傷とか、そういうものは?」
「大丈夫」
「なにか遅効性の毒とか……」
「あーもうっ、大丈夫だってば!」
帰り道。
あれこれと尋ねていたら、ミカエルさんが大きな声をあげて、こちらを睨みつけてきた。
「特になにもされてないってば! 傷つけられてはいないし、危ない時もあったけど……まあ……あんたが助けてくれたし」
「だからその……」と間を挟み、ミカエルさんはもじもじとする。
こちらを見て、次いで視線を外して、再びこちらを見て……
「……ありがと」
最後は視線を軽く逸らしつつもこちらを見て、ぽつりと言う、器用な真似をしてみせた。
「はい、どういたしまして」
「まったく……変な人間。かわいいだけじゃなくて、なんか、他の人間とぜんぜん違うし……あんた、なんなのよ?」
「ただの子供ですよ」
「ただの子供は大天使の祝福を授かったり、そんなことできないわ」
「そう言われても……」
僕としても、返事に困る。
よくわからないスキルを持っているだけで、その他、特別なことなんてなにもない。
「まあいいわ。それよりも……お礼、しないとね」
「そんなものいらないですよ。僕は、先生です。ミカエルさんが危ない目に遭うのならば、全力で助けますから」
「そうだとしても、このままなにもしない、っていうのはあたしが落ち着かないのよ。あんた、誰かに助けられた時、お礼なんていらないって言われたら、はいわかりましたって簡単に引き下がるの?」
「そう言われると……」
「あたしの自己満足のためのお礼でもあるの。あんたは、それに付き合えばいいの」
こんなこと口にしたら怒りそうなので、心の中でつぶやくのだけど……
ミカエルさんって、素直じゃない人だ。
「なにか欲しいものはある? お金とか言われても困るけど、天使にできることがあるなら、なんでもしてあげるわよ」
「お礼を想定していなかったので、特に思い浮かばないですね……」
「どんだけ無欲なのよ、あんた」
ミカエルさんがあごに手をやり、考えるような仕草をとる。
ややあって、なにかを閃いた様子で「あっ」と小さくつぶやいた。
「そっか、それならお礼に……でも、あのバカと同じことを……いや、だけど……」
「ミカエルさん?」
「……よし、決めた」
ミカエルさんは僕の頬に手をやり、至近距離でこちらの顔を覗き込む。
なんだろう?
どことなく緊張しているような……
それでいて、どことなく頬が染まっているような……
「……んっ」
ミカエルさんはそのまま顔を寄せて、唇を重ねてきた。
「っ!?」
突然のことに驚いて、動くことができない。
ミカエルさんは、すぐに離れると、照れた様子でやや早口に言う。
「へ、変な勘違いはしないように。こうしないと、祝福を授けることはできないから……だから、こうしただけ。他意なんてないわよ?」
「えっ、いや、あの……って、祝福……ですか?」
「このあたし、火を司る大天使ミカエルは、あなたの守護天使になるわ。それが、お礼よ」
「でも……いいんですか? けっこう、大事なことなんじゃあ……」
「あんただから……ううん。先生だから、守護天使になりたいと思ったの。お礼っていう意味もあるけど、それ以上に、先生の人柄に惹かれたの。だから……素直に受け取っておきなさいよ」
「……わかりました。ありがとうございます、ミカエルさん」
「あ、そうそう。あたしの神名は、アリエイルよ。これからは、そっちで呼んで」
「はい、アリエイルさん」
僕が名前を口にすると、ミカエルさん……改め、アリエイルさんは照れくさそうにしつつも、優しく笑うのだった。