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13話 助けて

(失敗した……!)


 手足を縛られて、視界と口を塞がれたミカエルは、心の中で舌打ちをした。


 それは、早朝のことだ。

 ミカエルがスヤスヤと寝ていると、部屋の窓が突然開いて、そこからマスクをつけた三人組が現れた。


 ミカエルは強大な力を持つ天使ではあるが、熟練の戦士というわけではない。

 物音で目は覚めたものの、突然のことに混乱して、男たちを撃退するという選択肢が頭の中に思い浮かばなかった。


 できたことといえば、魔法で分身体を生み出すこと。

 そこが限界で、男たちに首輪をつけさせられてしまい、力を封印される。

 そのまま麻袋に詰められて、いずこかへ運ばれてしまう。


(まさか、封印の首輪なんて……!)


 天使の力を完全に封じてしまうという、ミカエルの天敵のような魔道具だ。

 そんなものを用意して、自分を誘拐しようなんてこと、普通は考えない。


 仕方ない、と言えるかもしれないが……

 ただ、感情はついていかない。


 この自分が、いいようにしてやられた。

 しかも、人間を相手に。


(絶対にコロス……! 骨まで焼き尽くすっ!!!)


 自由に動けない状況ではあるが、ミカエルは心の中で激しい怒りを燃やしていた。


 その一方で、冷静にものを考える。

 手足を縛られ、封印の首輪をつけられている以上、抵抗することはできない。

 しかし、誘拐するということは、自分を殺すつもりではないはずだ。

 様子を見て、隙を探り……

 拘束を抜け出してみせる。


 ミカエルはそう考えていた。

 しかし、それは甘い考えだった。


「よーし、到着だ」

「っ……!?」


 ミカエルは麻袋の外に出された。


 そこは、知らない部屋だ。

 豪華な調度品があるところを見ると、持ち主は、それなりの立場の者なのだろう。


 部屋の中央に巨大なベッド。

 そこに、豚のように肥えた男が下着姿で座っていた。


 ベッドの隣に、執事らしき格好をした男が。

 振り返ると、自分を誘拐したであろう男が二人、女が一人。

 それぞれマスクを脱いで……


「あんたら……!」


 男たちの顔を見て、ミカエルは唸るように犬歯をむき出しにする。

 先日、クロノと一緒に街に出た時、絡んできたレイズたちだ。


「よぅ、先日ぶりだな。あのガキは元気でやってるか? まさか、天使だったとはな」

「このっ……人間ごときが、あたしに触れないで!」

「なにもできないくせに、威勢よく吠えますね」

「その人間に、あんたはこれからたーっぷりとかわいがられるの。きゃはははっ、たくさん楽しむといいよ」


 レイズたちはニヤニヤと下品な笑いを残して、執事らしき男と一緒に部屋を出た。

 扉が閉められて、ガチャと鍵がかけられる。


「ふははは! 街で見た通り、とても良い顔をしておるな」


 肥えた男がベッドから降りて、ミカエルの顔に触れた。

 悪寒のようなものを覚えたミカエルは、嫌悪感から、とっさに噛みつこうとした。


 しかし、それは男の予想内だったらしい。

 男はミカエルの噛みつきを簡単に避けると、逆に頬を打つ。


「あうっ……!?」

「まったく、躾がなっておらんな。まあ、その方が調教のしがいがあるというもの」


 男はミカエルをベッドに乗せた。

 吐息を荒くして、その体にのしかかる。


「あ……う……」


 ここまでくれば、否が応でも男の目的が理解できる。


 男の目的が自分の体であると理解したミカエルは、顔を青くした。

 今は、封印の首輪のせいでなにもできない。

 普通の人間と変わらない。


 抵抗することは……不可能だ。


「くっ……あ、あんた、あたしに手を出すつもり!? そんなことしたら、どうなるか……骨まで残さずに焼き尽くすわよ!」

「いいぞ、もっと吠えるがいい。その方が楽しい。さあ、さあさあさあ!」

「ひっ……!?」


 男の異常な欲望、性欲を肌で感じ取り、ミカエルは思わず震えてしまう。

 怯えたような声を出してしまう。


 人間を遥かに超えた力を持つといっても、その心は普通の女の子と変わらない。

 純血の危機に晒されてもなお吠え続けるような心の強さはない。


「うっ……!?」


 男の手がミカエルの肩に触れた。

 背中が泡立つような、おぞましい感覚が広がる。

 とてつもない嫌悪感に、どうにかなってしまいそうだった。


 それらの感情がぐちゃぐちゃに心をかき乱していく。


(うそ……やだ、こんな……あたし、こんな男に……?)


 その時を想像してしまい……

 ミカエルの心は折れてしまう。


 恐怖が心を支配する。

 涙があふれ、頬を濡らす。


「や、やめっ……やめて……お願いだから、やめて……!」

「あぁ、いいぞ。その顔、その声……この瞬間は、何度味わってもたまらぬな。かよわい少女の心を征服して、体を儂のものにする。これこそが、最高の狩りだ」

「やだ、やだやだやだっ……」


 男は嗜虐心に満ちた笑みを浮かべて、ことさらゆっくりと、ミカエル本人に見せつけるようにその胸に手を伸ばす。

 ミカエルは身をよじり、必死になって逃げようとするが、手足を縛られているせいでそれは叶わない。

 封印の首輪のせいで、天使の力を発揮することもできない。


「っ……!!!?」


 ミカエルは無慈悲な現実から逃げるように、目を閉じた。

 涙がさらにあふれて、頬を伝う。


 そんな中で、自然と一人の少年の姿が思い浮かぶ。


(助けて……助けて、先生っ……!)


 必死になって祈る。

 その祈りは……届くことはない。

 終わりだ。


「やだぁああああああああああぁぁぁっ、せんせぇえええええっ!!!!!」


 否。

 終わりではない。


「ダイヤモンドダストッ!!!」


 怒りに満ちた、獣のように鋭い声が響いて……

 直後、部屋の窓が無数の氷の刃で切り裂かれた。

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