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12話 誘拐

「おはようございます、クロノ先生」


 朝。

 寮の部屋を出たところで、フィンネルさんに笑顔で挨拶をされた。


「おはようございます……?」


 天使学校の生徒も教員も少ないため、寮は同じだ。

 ただ、寮は三階建てになっていて、教員は三階を利用している。


 生徒が三階に入ってはならない、という決まりはないのだけど……

 でも、気軽に足を運ぶようなところではないので、フィンネルさんがいることを不思議に思い、挨拶と同時に首を傾げてしまう。


 そんな僕を見て、フィンネルさんが恍惚とした表情を浮かべる。


「あぁ……朝から、クロノ先生のきょとん顔がいただけるなんて。あいかわらず、とてもかわいらしい。ふふっ、今日は良い一日になりそうですわ」

「どうしたんですか、フィンネルさん。もしかして、僕になにか用事が?」

「いえ、用事というほどのものではありませんが……朝を一緒にできたら、と思いまして」

「そういうことですか。はい、喜んで」


 基本的に、食事は寮の食堂で全部食べている。

 朝と夜、決まった時間に料理が提供されて……

 昼は、希望者に弁当が配られている。


「フィンネルさんは、朝はパンと米、どっち派ですか?」

「わたくしは、断然、パンですわ。バターとジャムをたっぷりと塗るのが、たまらなくおいしいですから。クロノ先生は?」

「僕は、米派ですね。味噌汁と一緒に食べるのが好きです。漬け物もあると、なお良しですね」

「あら。クロノ先生は、意外と東方のものが好きなのですね。もしかして、一時、東方に滞在をしていたことが?」

「いえ、それはありません。ただ、おじいちゃんとおばあちゃんが東方の出身みたいで、いつも食卓に米が並んでいました」

「なるほど。クロノ先生の家庭の味は、東方の味に近いのですね」


 フィンネルさんとおしゃべりをしつつ、食堂へ向かう。

 食堂は一階だ。

 他に談話スペースや、寮専用の医務室などがある。


 階段をトントンと降りて一階へ。

 それから、食堂に繋がる扉を……


「クロノくん」

「はい?」


 振り返ると、マイ先生の姿が。

 マイ先生も朝ごはんを……というわけではない?


 やけにピリピリとした様子で、焦りの色を顔に貼り付けていた。


「ミカエルさん、見なかったかしら?」

「ミカエルさんですか? 僕は見ていませんけど……」

「わたくしも知らないですわ」


 フィンネルさんを見ると、首を横に振られてしまう。


「そう……これ、どういうことなのかしら? どう判断したものか……」

「なにかあったんですか?」

「あったかもしれない、というべきか……こっちへ来てくれる?」


 人前で話す内容ではないらしく、マイ先生についていき、寮の庭へ移動した。

 何事かと興味を持ったらしく、フィンネルさんも一緒だ。


「まだ確定したわけではないので、内密にしてください。フィンネルさんも、決して他言無用よ」

「ええ、わかっているわ。それで?」

「……ミカエルさんが行方不明になったわ」

「えっ……!?」


 落ち着いて聞いて、と僕に言い、マイ先生は詳しい事情を説明する。


 今朝。

 マイ先生は、ミカエルさんの部屋を訪ねたらしい。

 目的は、先日の争いの和解。

 副担任である以上、生徒と争いなんてしている場合ではないと思い、ミカエルさんと話をするべく部屋を訪ねたらしい。


 しかし、反応はなし。

 まだ寝ているのかもしれないと思い、マイ先生は、一旦ミカエルさんの部屋を後にした。


 それから1時間後。

 誰もが起きているような時間に、もう一度、ミカエルさんの部屋を訪ねた。

 それでも反応がない。


 さすがに不審に思ったマイ先生は、合鍵を使い、部屋の中へ。

 すると、ミカエルさんの姿はどこにもなくて……

 部屋の窓が割られて、強引に開けられていたという。


「それは……もしかして、ミカエルさんは誘拐されたんですか!?」

「わからないわ。彼女、問題児の一員だから、自分でやったことかもしれないし……ただ、事件の可能性は高いと思っている。少しだけど、部屋に軽く争った跡が残っていたの。隣の部屋の子も、夜明け前くらいに物音を聞いたと言っているわ」

「っ……!!!」


 一瞬、意味もなく走り出して、アテもないのにミカエルさんの姿を探して回りたくなる衝動に駆られた。

 でも、我慢する。


 本当に誘拐だとしたら、そんなことをしても意味はない。

 ミカエルさんの行方に繋がる手がかりを、しっかりと探さないといけない。


 その他、ミカエルさんの姿が見えないことに、色々な可能性があるけれど……

 あくまでも冷静に、落ち着いて考えないといけない。

 焦り狼狽した状態で、まともな答えを導き出すことなんてできないのだから。


「すぅ……はぁ……」


 軽く深呼吸をして、心を落ち着かせた。

 うん、これで大丈夫だ。


「しかし、解せませんわね」


 フィンネルさんが不思議そうに言う。


「もしも誘拐だとしたら、犯人は、ミカエルさんを打ち負かすほどの力があるということに。天使を……しかも大天使を打ち負かす存在なんて、ごくごく少数に限られるのですが」

「もう一つ、疑問があります」

「クロノ先生、その疑問というのは?」

「軽く争った跡が残っていた、というところです。ミカエルさんは、その……犯罪者相手に遠慮をするような性格ではないと思いますから。抵抗した場合、軽くでは済まないと思うんですよね。それこそ、部屋がめちゃくちゃになるような……そんな状態になるのが自然だと思います」

「確かに、クロノ先生の仰る通りですわね。ですが……敵が、わたくしたち天使を遥かに超越した者だとしたら? それならば、少し抵抗するのが精一杯だった、という説が出てくるかと思いますが」

「あとは、ほとんど抵抗できずに無力化されたか……どちらにしても、考えるだけでは答えは出てきませんね。マイ先生、ギルドへの連絡は?」

「すでにしてあるわ。今頃、ギルドマスターが選んだ冒険者たちが、街中を捜索していると思う」

「それなら……」


 少しの間、考える。

 今、僕がするべきことは?

 できることは?


「……マイ先生。ミカエルさんの部屋を見てもいいですか? なにか手がかりが残されているかもしれません」

「ええ、もちろん。私は、他の生徒たちに話を聞いてみるわ。もしかしたら、誰かがミカエルさんの行方を知っているかもしれない」

「なら、わたくしはクロノ先生を手伝いますわ」

「いいんですか?」

「ええ、もちろん。ミカエルさんのことは嫌いですが……しかし、クロノ先生のためならば、わたくしは助力を惜しみません」

「ありがとうございます」

「……おふっ」

「フィンネルさん?」

「クロノ先生の笑顔の感謝……尊いですわぁ」


 なにやらよくわからないことを口にしていた。


「それじゃあ、急ぎましょう」

「ええ」




――――――――――




 僕とフィンネルさんは、すぐにミカエルさんの部屋に移動した。

 マイ先生がきちんと情報を管理してくれているらしく、誰かが興味本位で立ち入ったり覗いたりということはない。


 二人で部屋を調べるのだけど……


「……特になにもありませんね」

「……ありませんわね」


 マイ先生が言っていたように、小物が床に落ちているなど、少しだけ争った跡があった。

 でも、それだけ。

 ミカエルさんが姿を消した手がかりのようなものは、なにもない。


 なにかしら手がかりがあると期待していたんだけど……

 無駄足だったのだろうか?


「……あれ?」


 頭を悩ませて、なんとなく天井を見上げた時、違和感を覚えた。


「どうされたのですか、クロノ先生?」

「いえ、なんか……空間が揺らいでいる?」


 天井の端の端……部屋の隅の一部が、蜃気楼のように揺らいでいた。

 錯覚とか見間違いとか、そういう感じはしない。


「あら? あれは……?」


 フィンネルさんにもゆらぎが見えるらしい。

 どういうことだろう?


「よいしょ……っと」


 この際、気になるものは徹底的に調べておいた方がいい。


 椅子を足場にして、僕はゆらぎと対面した。

 目の前に移動しても、ゆらぎは変わらぬまま。

 そこで、軽く触れてみると……


「わっ!?」


 光が弾けた。


 何度か目をこすり、視界に色が戻る。

 改めて前を見ると……


「……妖精?」


 ゆらぎは消えて、火で作られた妖精のようなものがいた。

 でも、こんなところに妖精がいるわけないし……どういうことだろう?


「それは、分身体ですわね」

「分身体? フィンネルさんは、この妖精の正体を知っているんですか?」

「ええ、知っていますわ。わたくしたち天使が使う、基本的な魔法の一つ。己の分身を生み出して、あれこれとやらせることができますわ。ただ、サイズが小さいため、できることが限られていて、あまり使われない魔法ですが……」

「ということは……これ、もしかして、ミカエルさんがとっさに残したもの……?」


 僕とフィンネルさんの視線を受けた妖精は、くるくると宙で回転して……

 やがて、窓の外に飛び出してしまう。


 待ってください、と言おうとしたら、それよりも先に妖精が止まる。

 後をついてきて、と言うように振り返る。


 もしかしたら、この先にミカエルさんがいるのかもしれない!


「フィンネルさん、このことをマイ先生に報告して、人を連れてきてもらえませんか!? 冒険者がいいです! 僕は、この妖精を追いかけます。ところどころで、道案内として氷の結晶を残しておきますね」

「クロノ先生、お一人で? それは、危険な目に遭うかもしれませんし……」

「放っておいたら妖精は一人で進んでしまいそうですし、時間がありません。ここは、二手に別れるのが最善です」

「……わかりました。しかし、くれぐれも気をつけてくださいませ」

「はい、無茶はしません」


 僕はしっかりと言い、窓の外に出て、妖精を追いかけ始めた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 途中のフィンネルの会話の「過程」は「家庭」ではないでしょうか? [一言] これからも更新頑張ってください。
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