11話 裏依頼
「……ったく、おせえな」
夜の酒場でレイズは時間を潰していた。
酒が好きというわけではなくて、週に一度、通うか通わないかという程度だ。
今夜は酒を飲みに来たわけではなくて、冒険者としての依頼を請けるために、酒場に足を運んでいる。
依頼内容は、Eランクの魔物の討伐。
最下位がGランク。
そして、レイズはCランク。
簡単な依頼だ。
しかし、なぜか報酬はありえないほどに高い。
その上、詳細な依頼内容は、入り組んだ裏路地を進んだ先にある、隠れ家的な酒場で話すというもの。
普通に考えて、怪しいこと極まりないのだけど……
高額な依頼料に惹かれ、ひとまず話だけは聞いてみることにした、というわけだ。
「まだか? ひょっとして、謀られたか?」
そろそろ待ち合わせ時間なのに、依頼人らしき者は姿を見せない。
苛立ち、騙されたのではないか? という疑念が生まれる。
それから、さらに10分……
「すまない、待たせてしまったかな?」
ようやく、依頼人が現れた。
歳は20後半というところだろう。
野暮ったい格好をしているが、どことなく品を感じられる。
お忍びの貴族か。
あるいは、貴族に仕える執事などの類だろう。
レイズはそう判断した。
そして同時に、金になると考えて、遅刻したことを咎める言葉は飲み込む。
「いいさ。ここの酒は、あまり飲まない俺でもうまいって思えるほどだからな。一人でのんびり楽しんでいたよ」
「それは、なにより。ここは、僕の主のお気に入りでね。自慢できる店なんだ」
主ということは、やはり執事の類だろうか? とレイズは考えた。
自分の正体に繋がる単語を、考えなしに発言するほどバカには見えない。
おそらく、わざとだろう。
自分の正体を匂わせることで、この依頼は金になる、と思わせる。
なかなかに頭が回るヤツだ。
レイズは警戒心を高めつつ……しかし同時に、高額な報酬に期待をするようになる。
男は酒とつまみを注文した後、レイズに語りかける。
「さっそくだけど、依頼の話をしてもいいかな? それとも、少し雑談をするかい?」
「いや、依頼の話で問題ない。あんたも、無駄な時間は使いたくないだろう?」
「ああ、その通りだ。よかった。キミは、なかなかに話せる人物みたいだ」
そこで注文した品がやってきた。
男は酒で喉を潤した後、分厚いソーセージを一口食べる。
しっかりと味わった後、話を続ける。
「実は、Eランクの魔物の討伐というのは、ウソの内容だ。本当に頼みたいことは、別にある」
「まあ、そういう可能性もあるんじゃないか、とは思っていたさ。で……本当に頼みたいことっていうのは?」
「天使の捕縛」
ソーセージをつまもうとしていたレイズは、思わずフォークを落としてしまいそうになった。
目を丸くして、何度か瞬きを繰り返して、問い返す。
「今、なんて?」
「僕が頼みたい本当の依頼は、天使の捕縛だよ」
「ちっ……幻聴や聞き間違いじゃなかったか」
この依頼は失敗だ。
落胆を隠しきれず、レイズは舌打ちをした。
冒険者は人々の生活に深く関わっており、欠かせない存在とされている。
日々、色々な依頼が舞い込んでくるが……
冒険者を利用しようとする者が善人だけとは限らない。
違法な行為を要求するなど、悪人が依頼を発行することもある。
もちろん、ギルドではそのような依頼は受け付けていない。
そのような依頼を紹介していたら、自分たちの街は混沌としてしまうし……
なによりも、国に目をつけられてしまう。
そんなことになれば、最悪、ギルドを潰されてしまう。
故に、悪人からの依頼、違法性のある依頼は徹底的に排除している。
とはいえ、敵もさるもの。
完全に排除することはできず、色々な方法で敵は生き残っている。
その中に、裏依頼というものがある。
表向きは、なんてことのない普通の依頼を発行して……
後に詳細な話をした時、本来の目的を話す、というものだ。
「悪いな。俺は、裏依頼は請けないことにしているんだ。確かに報酬はうまいが、危ない橋は渡りたくない」
レイズは、将来を有望視されている冒険者だ。
好き好んで危ない橋を渡るような自殺願望はない。
「この話は聞かなかったことにしておいてやるよ。諦めるか他のヤツに回すか、まあ、そこはあんたの自由だが……俺とあんたの縁はこれきりだ」
レイズは席を立とうとして、
「金貨1000枚」
その動きを止めた。
「……なんだって?」
「報酬は、金貨1000枚。それと、前払いで100枚。計1100枚……悪い話じゃないと思うんだけど、どうだろうか?」
普通の商人が一ヶ月真面目に働いて得られる報酬は、金貨10枚前後だ。
つまり、一般人の収入の100倍。
それを一度に手に入れられる?
「……もう少しだけ、話を聞いてもいいぜ」
欲に心が傾いたレイズは、椅子に座り直した。
それから酒を飲み、軽く身を寄せて、男に問いかける。
「依頼内容は、天使の捕縛って言ってたな? どういうことだ?」
「街のはずれに、天使たちが集められた学校が作られたことは知っているかい?」
「ああ。確か、天使との交流のために作られたとか」
「そこに、20人の天使がいてね。その中で、こちらが目をつけている天使がいるんだけど、その子を捕らえてほしい」
「その目的は?」
「僕の主は、女性が大好きでね。たくさんの女性を買い……いつしか、人間だけに飽き足らず、色々な種族に手を出すようになった。今度は天使の番、というわけさ」
「なるほどな」
レイズは、じっと男の目を見た。
軽い口調で、飄々とした態度ではあるが、ウソはついていないと判断する。
「どうだい? 引き受けてくれるかな?」
「金貨1100枚は、すごくうまい話だ。危険を犯す甲斐もあるが……やっぱ、ダメだな」
「おや、なぜだい?」
「天使なんてバケモン、相手にできるわけないだろ。相手は、Sランクの冒険者並の力を持っているんだぜ? 俺らじゃ相手にならねえよ」
「それが、なんとかなるとしたら?」
「……どういうことだ?」
「これを」
男が一枚の紙を差し出した。
レイズは訝しげな顔をしつつ、それを見る。
「これは……」
学校の見取り図に、警備に関する情報が記されていた。
ただ、ところどころ黒で塗りつぶされているため、全容はわからない。
「タダで情報を与える気はないからね。今は、肝心な部分は黒く塗りつぶさせてもらっているよ。依頼を請けるのなら、それの完全版を渡そうじゃないか」
「これがあれば……いや、しかし……」
「それともう一つ。こちらも提供しよう」
男はポケットから首輪を取り出した。
細かな細工が施されていて、一目で高級品とわかる代物だ。
「そいつは?」
「天使の力を完全に封じてしまう、『封印の首輪』だよ。これをつけられた天使は並外れた身体能力を行使できなくなり、魔法も使えなくなる。どこにでもいるような、普通の人になってしまうのさ」
「聞いたことがあるな……そいつは、本物なのか? 俺を騙そうっていうんじゃねえだろうな?」
「もちろん、本物さ。僕としても、主のために依頼を成功させてほしいから、ウソをつくなんてことはしない。きちんと報酬は出すし、万全のサポートをしよう」
「……」
レイズは無言で考える。
裏依頼を請けたことがバレれれば、とんでもないことなる。
冒険者資格の剥奪、ギルドからの追放……
最悪、国の憲兵隊に逮捕されてしまう。
ただ、金貨1100枚の報酬はとてもおいしい。
依頼を達成するためのサポートも万全だ。
どうするか?
レイズは、己の道徳心と欲望を天秤にかけた。
グラグラと揺れ動いて……
「……いいぜ。その依頼、請けた」
欲望を優先することにしたレイズは、口元に小さな笑みを浮かべた。
「助かるよ。君たちのような冒険者なら、きっとうまくいくだろう。僕の主は満足してくれて、報酬を得た君たちも満足する。ウィンウィンだ」
ふと思い出したような感じで、男が質問を口にする。
「ところで、他の仲間に了承をとらなくても平気なのかい? 依頼を話して断られて、憲兵隊などに通報される……なんていうオチは勘弁してほしいのだけど」
「大丈夫さ。あいつらは、俺の言うことを聞くからな。それに、1100枚もの金貨がもらえるなら、喜んで了承する」
「なるほど。それなら問題はないかな?」
「ああ、期待しておいてくれ」
「期待しているよ」
男はにっこりと笑い、鞄をテーブルの上に置いた。
「では、資料を渡そうか」
黒で塗りつぶされていない学校の見取り図などがテーブルの上に並べられた。
その他、機密情報が多々。
全て、男の主が金とコネを使い手に入れたものだ。
簡単に気密情報が漏洩してしまう辺り、学校の警備システムは不完全もいいところだ。
もしもこのことをギルドマスターが知れば、血管が切れてしまうほどに責任者を怒鳴り散らしていただろう。
「そしてこれが、主が求める天使の似顔絵だ」
そう言って男が差し出した紙には……ミカエルの顔が描かれていた。
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