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10話 気にしません

「あー……決めた。今、決めたわ。あんたら、全員、コロス」


 ミカエルさんは、これ以上ないほど物騒な顔をして、とんでもなく物騒な台詞を口にした。


「ちょ……ミカエルさん。突然、どうしたんですか!?」

「こいつら、あんたにメチャクチャ失礼なこと言ったでしょ?」

「えっと……それは……はい」

「あたしがあんたをバカにするのはいいの。でも、あんたが他の人間にバカにされるのは、なんか、メチャクチャ腹が立つわ」


 どういうこと!?


 なんでそういう結論になるのか理解できず、僕は慌てて、混乱してしまう。


「おいおい、なに怖い顔してるんだよ。俺ら、クロノのことをバカにしてたわけじゃねーぞ。ただ事実を言ってるだけだよ。なあ、みんな?」

「そうですね。クロノが役に立たない、どうしようもない冒険者ということは事実。私たちの言葉は真実であり……そして、真実は時に過酷なもの」

「ってゆーかー、賠償金もらいたいくらいよね。仕方なくパーティーに入れてやったのに、まったく役に立たなかったんだからさー。意味なくない?」

「……」


 追い打ちをかけるような三人の言葉に、僕は落ち込ん……でいるヒマなんてない。

 ミカエルさんが、さらに怒気を膨れ上がらせて、さらに慌ててしまう。


 まずいまずいまずい。


 なんでミカエルさんが怒っているのか、それはわからないけど……

 このままだと、街中で攻撃魔法を炸裂させるとか、そんな事態に発展しかねない。

 そんなことになれば、天使との交流が白紙になってしまう可能性も……


 そうなれば、学校の運営も中止。

 僕は先生でいられなくなり……まあ、それはいいや。

 僕のことは、なんとでもなる。


 ただ、ミカエルさんは……

 なにかしらの責任を負わされるかもしれない。

 それだけはダメだ。


「なあ、俺らと一緒に飲みに行かないか? もちろん、奢りだ。そんな使えねーゴミみたいなガキと一緒にいるよりも、万倍も楽しいだろ」

「このっ……!」

「あの!!!」


 ミカエルさんがキレて光の翼を顕現させようとした瞬間。

 僕はこの場にいる誰よりも大きな声を出した。


 三人と……それと、ミカエルさんの視線がこちらに向けられる。


「実は、その……そう! この方は、とある貴族の令嬢で、僕の今の仕事の関係で街を案内していたところなんです!」

「ちょっと、あんたなに適当なことを……」

「なので!」


 ミカエルさんの言葉を打ち消すように、さらに大きな声をかぶせていく。


「もしも、なにかしらあった場合は、後でとても面倒なことになるかもしれないので……」

「なんだよ、そういうことか……チッ、惜しいな」


 あからさまにがっかりした様子で、レイズさんは舌打ちをした。


 一応、僕の説明に納得してくれたみたいだ。

 ミカエルさんから離れて、残り二人のところへ戻る。


「行こうぜ、なんかシラけた」

「そうですね。あのような子供に構っている時間なんて、私たちにはありませんからね」

「ふふっ、まったねー、バーネットくん。私のペットとしてなら、いつでも歓迎してあげる」

「あはは……」


 僕は適当な愛想笑いを浮かべて、三人を見送る。

 幸いにも三人が引き返してくるようなことはなくて、そのまま街の雑踏に消えた。


「ふう……なんとか、やり過ごすことができましたね」

「……ねえ、どういうこと? なんで、あたしの邪魔をしたの?」


 ミカエルさんが刺すような勢いで睨みつけてくる。

 腕を組んでいて、人差し指でトントンと肘の辺りを叩いていて……

 時折、舌打ちをしていて、ものすごく機嫌が悪そうだ。


「えっと……やっぱり、怒っていますか?」

「当たり前でしょ! なんなのよっ、あの人間たちは……! 見た感じ、大した力ないくせにあんたをバカにして! そんなことができるほど、強くないでしょうが。雑魚はどっちよ、あいつらじゃない! あーもうっ、腹が立つわね!」


 怒りが爆発したミカエルさんは、とうとう、その場で地面をガシガシと蹴りつけ始めた。

 よほど鬱憤が溜まっているらしい。


「あの……ありがとうございます」

「は? なんであんたがお礼を言うわけ? っていうか、あたしは邪魔をされて怒っているの。状況、わかってる?」

「はい、もちろん」


 だって、ミカエルさんが怒っている理由は……


「僕のことを気にしてくれているんですよね?」

「なっ……!?」

「僕、そういうことってなかなかなくて……だから、うれしいです。ありがとうございます」

「そ、そそそ、そんなわけないしっ!?」


 ミカエルさんが全力で否定した。

 明後日の方向に視線を逸らして、ひどく落ち着かない様子で、つま先で地面を蹴る。


「あれはただ、あの人間たちが気に食わないだけで、他意なんてないんだから! あんたのためとか、あんたのためとか……そんなわけないし!?」


 ミカエルさんは顔を赤くしつつ、必死に否定する。

 子供の僕でも、これがミカエルさんの本意じゃないことくらいわかる。

 心の底では、きちんと僕のことを気にかけてくれているはずだ。


「ミカエルさんは、やっぱり優しいですね。だから、猫にも好かれるんだと思います」

「っーーー!!!」


 ミカエルさんは声にならない羞恥の声をあげて……


「……あーもうっ、まったく!」


 最後は、どこかふてくされたような感じで、吐息をこぼす。


「……それで?」

「え?」

「なんで、あたしの邪魔をしたわけ? まだ、理由を聞いてないんだけど」

「ああ、そのことですか」


 なにかしら問題が起きてしまった場合、ミカエルさんに責を問われるかもしれない。

 そのことを説明した。


「あたしのため、っていうわけ?」

「はい。僕は先生ですから。生徒であるミカエルさんを守るのは、当然のことです」

「あたしのためなんて……別に、そんなの……ふふっ」


 複雑そうな顔をして、最後に笑みになる。

 ミカエルさんは、どんなことを考えているのだろう?

 今は、よくわからない。


「でも、あんたは悔しくないわけ?」


 話が飛んで、僕の感情の問題に。


「あそこまでボロッカスに言われて、男なら一発二発、反撃してやればいいじゃない。今のあんたは、昔と違うの。ガブリエルの祝福を授かったんだから、あんな連中、敵じゃないわよ?」

「そうかもしれないですけど……でも、僕のことはいいんです」

「いい、って……なんでよ?」

「今の僕の最優先事項は、ミカエルさんのことですから。だから、僕のことは気にしません。ミカエルさんのことだけを考えています」

「っ……!?」


 ミカエルさんが赤くなる。

 耳までりんごみたいになっていて、ものすごく照れているみたいだ。


 でも……なんで?

 僕は先生として、ごくごく当たり前のことを言っただけなんだけど?


「ホント、調子狂うわ……なんで、コイツ相手だと必要以上にドキドキするのかしら……?」

「ミカエルさん?」

「……なんでもないわ。まあ、あんたの問題だから、これ以上あたしが関わるのも変だし……気にしないでおいてあげる」

「ありがとうございます」

「でも……その……」


 迷うような間を挟んで、ミカエルさんが言う。


「本当に困った時や、許せないとかそういうことを思った時は、あたしに言いなさい。あたしは、あんたのことを認めているし……ちょっとなら、手を貸してあげる」

「……ミカエルさん……」


 まさか、ミカエルさんがこんなことを言ってくれるなんて。

 仲良くなる、という当初の目的は達成できたのでは?


 気を抜くことはできないし、増長することは厳禁。

 でも、今は喜んでもいいと思う。


「ありがとうございます、ミカエルさん。その時は、よろしくおねがいします」

「ええ、頼りにしなさい。大天使の力、好きにしてもいいわ」

「まあ、そんな機会はないと思いますけどね」

「あんた、欲というか、自分を大きく見せたいっていう男なら当たり前にある感情が欠けてない?」

「レイズさんたちが言っていたように、僕はまだまだ弱いですから。最弱の冒険者です。だから、腹が立つとかそんなことはありません」

「ふーん……ま、あんたがそう言うならそれでいいけどね」


 ふと思いついたような感じで、ミカエルさんは言葉を続ける。


「でもさ、あんたって怒ることはあるの?」

「え?」

「あんなにボロッカスに言われても怒らなかったし……あんたが怒るところ、いまいち想像できないなー、って」

「うーん、そうですね……」


 僕が怒るタイミングと機会といえば……


「自分自身に関することで怒ることは、たぶん、ないと思います」

「あんた、心は天使みたいなヤツね……」

「ただ……ミカエルさん。それにフィンネルさんや他の生徒……みなさんになにかがあった時、危害を加えられた時は、怒ると思います」

「どんな感じに怒るの?」

「えっと……が、がおー……って?」

「ぷっ……なによそれ。ぜんぜん怖くないし、というか、かわいいし」

「か、かわいい……」


 褒めてくれているのだろうけど、一応、僕も男であり、複雑な気分だ。

 そんな僕を見て、ミカエルさんがニヤリと笑う。


「なに、かっこいいって言われたい?」

「それは、まあ……」

「あんたが怒るところを見たら、そう言う機会もあるかもね」


 ミカエルさんはいたずらっぽく笑い、そんなことを言うのだった。

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