1話 任命されました
「クビだ」
僕が参加している冒険者パーティーのリーダーであるレイズさんが、冷たい声で言う。
何度、その言葉を告げられてきただろう?
こういう展開になることは、初めてじゃない。
今まで、何度もあった。
何度も経験してきた。
それでも、慣れることはなくて……
ひどく落ち込んでしまう。
「最低ランクの魔物を一人で倒すことができない。援護や補助に優れた能力を持っているわけでもない」
「え、えっと……それじゃあ、せめて荷物持ちとして……」
「できないだろ、その荷物持ちも。自分の分の食料や水を運ぶので精一杯。仲間の分なんて手にしたら、お前、潰れるじゃねえか」
「それは……」
なにも言い返すことはできなかった。
だって、その通りなのだから。
「文字通り、役立たずっていうわけだ」
「……すみません」
「謝っても意味ねえよ。お前がクビってことは、もう確定だ。俺だけじゃなくて、パーティー全員の意思だ」
「そう、ですか……」
「お前さ……冒険者を舐めてんの?」
「そ、そんなことは……!」
「舐めるとしか思えねえんだよ。そりゃあな、お前のようなヤツでも、活躍してるのは世の中にはいるよ。でも、そういう連中は才能に恵まれているんだ。でも、お前は違う。才能がない、ただのゴミだ」
ひどい言われようだった。
でも、それもまた事実であり……
僕は言葉を紡ぐことができない。
「まあ、どうしてもっていうなら、俺がとりなしてやってもいいぜ?」
「ほ、本当ですか!? なら……」
「ただ、その時は、お前は盾になってもらうぜ。肉の盾だ。それでもいいっていうなら、パーティーに残らせてやってもいいぜ」
「そ、それは……」
「はははっ、無理だよな。でも、それくらいしかお前の使い道なんてねえんだよ。雑魚は雑魚らしく、そこらでおとなしくしてろ。うろちょろして、俺の視界に入ってくるんじゃねえぞ。いいな?」
「……はい」
「じゃあな。10歳のガキは、家でママのミルクでも吸ってな」
そう……僕がパーティーを追放された理由は、10歳だからというものだった。
――――――――――
冒険者というものは、己の体を武器に生きる糧を稼ぐ職業だ。
魔物と戦い、その素材を売る。
護衛や盗賊退治を請ける。
あるいは、薬草の素材などを代わりに採取する。
そのようにして生計を立てている。
ただ、一人で活動している冒険者は少ない。
危険の多い仕事だから、大きな怪我をして動けなくなったりしたら、そこで終わり。
そうリスクを避けるために、パーティーを組む人がほとんどだ。
一人で活動していくことはできない。
僕も、10歳でありながら冒険者として活動していた。
理由は単純、生きるためだ。
親の顔は知らない。
僕は捨て子みたいで……
優しいおじいちゃんとおばあちゃんに拾われた。
でも、二人は少し前に他界。
一人になった僕は、生きていくために冒険者になることを選んだ。
冒険者は何歳でもなれるからだ。
ただ、全てが自己責任。
思っていた以上に厳しい世界で……
今さっきのような理由で、僕は何度も何度もパーティーを追放されていた。
「……はぁ」
「これ、どうぞ」
ギルドで落ち込んでいると、ジュースが差し出された。
顔を上げると、受付嬢のアルルさんが。
アルルさんは優しく微笑むと、隣の席に座る。
「そんなに落ち込まないで。クロノくんは、がんばっていると思うわ」
「ありがとうございます。でも……実績が伴わないと、やっぱり意味はないと思いますから……はぁ」
「……憂い顔のクロノくんもかわいいけど……まったく、あの冒険者、私たちのアイドルにふざけたことを言ってくれて……」
なにやらアルルがつぶやいていたが、落ち込んでいる僕の耳には届かない。
「……アルルさん」
「なに?」
「僕、やっぱり冒険者に向いてないんでしょうか……?」
「そう決めつけるのは、まだ早いんじゃない? クロノくんは、まだ10歳。この先、たくさんの可能性があると思うわ」
「でも……僕のスキル、よくわからないものですよ……?」
人は生まれつき、一つのスキルを習得している。
いわば、才能のようなものだ。
そのスキルの内容で、一生が決まるといっても過言じゃない。
僕のスキルは……
「『年上キラー』……こんなスキル、なんの役に立つんでしょうか……?」
なんて意味のわからないスキルだろう。
『剣士』とか『魔法』とか、そういうスキルならもっと活躍できたはずなのに……
それなのに、『年上キラー』って……どういうこと?
「それは……」
アルルさんが困った顔になる。
「……クロノくんのスキルって、ようするに、年上を魅了する、っていうことよね? だからこそ、私たち受付嬢は、みんなクロノくんの味方をしているわけで……今のクロノくんなら、十分に有用なスキルだと思うんだけど、この純粋なクロノくんにどう説明したものか……」
またしてもアルルさんがなにかしらつぶやいていたけれど、落ち込んでいる僕に心の余裕はなくて、ついつい聞き流してしまう。
「お金がないから、って冒険者になりましたけど……ここら辺が潮時なんでしょうか」
「そんなことないわ! 冒険者を辞めるなんて、そんなことは考えないで。そんなことになったら、私たちの癒やしタイムが……」
「癒やしタイム?」
「あ、いえ。おほほほ」
アルルさんはごまかすように笑い、そして、何事もないように話を続ける。
「クロノくんは、ちょっとしたスランプに陥っているだけよ。大丈夫。あなたにしかできないことが、きっとあるわ」
「そうでしょうか……?」
「そうよ、私が保証するわ」
「うむ。わしも保証しよう」
ふと、第三者の声が響いた。
見ると、たっぷりのヒゲを携えたギルドマスターの姿が。
「あら、ギルドマスター。どうかしたんですか?」
「うむ。実は、クロノくんに頼みたいことがあってな」
「僕に……頼みたいこと、ですか?」
なんだろう?
ギルドマスターからの頼まれ事なんて、聞いたことがないんだけど……
「クロノくん、キミ……先生になる気はないかのう?」
「え? 先生ですか?」
意味がわからない。
どういうことだろう?
こちらの混乱は予想していた様子で、ギルドマスターはゆっくりと話を続ける。
「ちと話が逸れるが……クロノくんは、天使を知っておるかのう?」
「は、はい……天界に住む、僕たち人と似て異なる種族、ですよね?」
この世界は三つに分かれている。
まずは、僕たち人間が暮らしている地上界。
そして、魔物などが生息している魔界。
最後に、神々が住まうとされている天界。
その天界に、天使がいる。
神様の血を引いていて、背中に光の翼を持つという、特殊な種族だ。
そんな天使の力は一騎当千。
魔力の扱いに長けていて、Sランクの魔法を軽々と使いこなす。
まさに、最強の存在だ。
「なら、話が早い。実は、その天使たちが通う学校があるのじゃよ」
「天使たちの……学校?」
「最近になり、人類と天使たちの交流がスタートしてな。その交流の一貫として、天使が通う学校を建設したのじゃ。名前はまんま、天使学校じゃ」
「……天使学校……」
「そこで、わしら人類のことを学んでもらい、交流を深める。そんな目的で、天使たちを迎えたのじゃが……そこで問題が発生したのじゃ」
「どんな問題ですか?」
「入学した天使たちは、皆、思春期。とても敏感な年頃のせいか、問題児ばかりでのう……そんな天使たちにまともにものを教えることができず、次々と先生が辞めてしまっておるのじゃ」
わからない話でもなかった。
思春期の女性は、とても難しい年頃とおばあちゃんに聞いたことがある。
それに、相手は天使。
人と価値観が違うところもあるだろうし……
先生を務めるということは、とても大変なことだと思う。
「そこで、わしは天使学校の先生にふさわしい者を探していたのじゃ」
「もしかして……」
「うむ。クロノくん、キミこそが先生にふさわしい」
「えぇ!?」
ギルドマスターの前で失礼かもしれないけど、でも、ついつい驚きの声をあげてしまう。
だって、仕方ないよね?
僕なんかが先生になるなんて……
誰かに物を教えられるほど賢くないし、なによりも10歳だ。
子供が先生になるなんて話、聞いたことがないよ。
「そ、そんなことを言われても……僕なんかには、とても……」
「いいや。キミこそが適任なのじゃ。なぜならキミは、『年上キラー』のスキルを持つ。それならば、あのじゃじゃ馬たちを飼いならせるじゃろう」
「でも……」
ギルドマスターは、なにやら確信を持っているみたいだけど……
僕としては、うまくいく自信なんてまるでない。
失敗する未来しか見えない。
そんなこと、僕は……
「クロノくん」
成り行きを見守っていたアルルさんが、そっと口を開いた。
その顔は、とても優しい。
「これが、クロノくんにしかできないことかもよ?」
「それは……でも……」
「まずは、がんばってみよう? ね? もしも失敗したら、その時は、私たちが話を聞いてあげるから」
「……アルルさん……」
僕は目を閉じた。
そして、考える。
正直言うと、自信はまるでない。
でも、アルルさんが背中を押してくれている。
ギルドマスターが信じてくれている。
なら、僕は……
「……わかりました。どこまでできるかわかりませんけど、やってみたいと思います」
僕にできることをやってみようと、そう思った。
本日19時にもう一度更新します。