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「おっと、いつの間にか着いていたね。ここの二階が映画館だよ」
田舎特有の有り余った土地を生かした、結構大きめなデパート。近隣住民からは『本店』という名称で親しまれており、地元民の友人がこぞって『本店』としか呼ばないため、本当の名前を知らない。もしかしたら本店支店の本店じゃなくて、そういう名前かもしれない。
大学から最も近い娯楽施設なため、見知った顔がちらほらいる。映画館以外にもカラオケやゲーセン、ボウリングなどがあるので、遊ぶ場所といえば専らここだ。というか、ここ以外は電車を使わないと公園くらいしかない。
スーパーや服屋、日用雑貨店など、生活に必要なおおよそのものも、大体ここに来れば何でもあるので、毎日通っているといっても過言ではないほど、行き慣れた場所だ。
「ここって、商売をしているところ……なのよね?」
「商売……まぁ、そうだね」
「不思議な感覚だわ。高い建物自体も珍しいけれど、何を売っているのか分からないところが特に不思議。やっぱり、これも文化の違いなのかしら」
魔法という超常現象を起こせるアリスが、何の変哲もないデパートを物珍し気に見ている様子は、何だか不思議な感覚がした。
「文化の違いっていうよりは、色んなお店が集まっている建物だからだと思うよ。それに、映画は屋外じゃ見れないからね」
「ふぅん。言われてみれば、サーカスも大きなテントの中でやってたわね」
逆に僕はサーカスを見たことがないから何とも言えないけれど、まぁ、そんな感じなんだろう。
「じゃあ、二階に行こうか」
先導してエスカレーターに乗ると、アリスは恐る恐るという感じでエスカレーターに乗った。
「こ、この階段、動くのね……」
初めて乗るエスカレーターがどうにも落ち着かないらしく、両手でしっかりと手すりに掴まり、そわそわと肩を震わせている。
エスカレーターで上に昇っていくにつれて、徐々に明かりが薄らいでいく。映画館の待合室特有の、この重々しい感じの雰囲気が結構好きだ。独特な空気というか、別世界のような心地を感じる。
「それで、結局エイガって何なの?」
「改めて言われると、説明が難しいなぁ。小説の内容を人間が再現してみた感じ……なのかな」
「演劇みたいな感じかしら?」
「あぁ、そっちの方が近いかも」
そうか。考えてみれば、芝居とか演劇とかは普通にあるのか。それなら多少馴染みある文化だろうから、受け入れやすいか。安心した。
それにしても映画、映画かぁ。映画館で観るのは結構久しぶりな気がする。上映時刻表を眺めていると、CMとかで題名だけは聞いたことがあるようなものが半分くらいある。あとは国民的アニメの劇場版くらいで、他は全く知らない作品たちだ。
「それで、何を観るの?」
「すぐに観れるものだと、恋愛ものと、ホラーと、アニメがあるね」
一人で観る場合や大学のいつもの面子ならば、全く知らない映画を観るというギャンブル行為も悪くないが、アリスにとっては初めての映画なのだ。できるだけ良い思い出にしてやりたい。
アニメのやつは原作を知らないので止めた方が無難だろう。ホラーは……痴態を見せるわけにはいかないので除外。となると、残ったものは恋愛ものになるが、恋愛ものは好き好んで観るジャンルではないので、あまり興味が湧かない。いや、食わず嫌いは良くないのかもしれない。でも、異性の友人と恋愛ものを観るってどうなのだろうか。何と無しに気まずい気がする。うぅむ、非常に迷う。
「おっ、ユウキじゃねぇか。何でこんなところにいるんだ?」
「ゲッ……ダイチこそ何でいるのさ」
「何でって、バイト先がここだし」
次の時間帯は何があるかなぁと、上映時刻表や宣伝絵を見ていると、ヘラヘラとした笑みを浮かべたダイチがいた。僕が一人で映画館に行くことはあまり無いということを知っているため、少し意外そうな顔をしている。
「なんでぇ。観たいやつがあんなら俺に言えば良いのによ。そしたら社割を使ってやるから安く観れるぜ?」
「いや、観たいものがあるわけじゃないんだ。この子が映画を観たことがないっていうから、観せてあげたくて」
そう言ってアリスを手で示すと、アリスは驚愕したように目を見開いて手を口に当てていた。ダイチの方も驚いた顔をしているが、こっちは僕が女の子とデートをしている光景に大して驚いているのだろう。失礼なやつだ。
「…………ダイン、な、何でここに?」
「ダイン? 俺の名前はダイチだけど」
「ダイチ? ……あぁ! 貴方がダイチなのね。うわぁ、ユウキが言っていた通り、本当にダインにそっくり!」
驚いていた理由は、知り合いに似ていたからだったようだ。そこまで驚いている理由は分からないけれど、遠くにいる友人なのだろうか。それと合わせて、僕から話を聞いていた通り、ということは、ダインというのは恐らく異世界の住人なのだろう。