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君が魔王を倒したあとの約束  作者: 中邑 水熙
ポップコーンはキャラメル味
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 夢か現か、未だに区別がつかない今朝の出来事から1時間が経過した。あれから10分くらい呆けたあとに、全力ダッシュでテストを実施する講義室に向かってみたが、無情にも鍵が掛けられたあとだった。


 教授に開始時間を間違えたことをメールで説明したら、レポートを提出すれば、テストを受けた人たちよりも評価は下がるが、単位は貰えることになったので、何とか助かった。


 そのレポートをデータ解析室のパソコンで書いている途中、肩を叩かれたので振り向くと、人の不幸が嬉しくてしょうがないように、笑いを堪えきれていない悪友がいた。


「よぉユウキ。間に合わなくて残念だったな。そう落ち込むなよ。もう単位は落ちてるんだから、気分まで落ち込むことはねぇだろ? っふふ」


「はっ倒すよ。っていうか、別にそんなに落ち込んでないよ。若山教授に言ったら、レポートを提出すれば単位は貰えることになったし」


「おぉ、それは良かったな。……ん? じゃあ何でそんなにテンションが低いんだ?」


 テンションが低いと指摘されて、頭がチクリと痛んだ。レポートを書くのが面倒くさい、というのはテンションが下がっている一因ではあるだろう。けれど、理由の大部分を占めているのは、件の女性だ。


 起床から今日は何かが変だった。勝手に『おはよう』なんて言葉が口から零れるし、初対面の女性に『久しぶり』と言われるし、しまいには、一瞬で自宅から大学に移動するなんて、魔法としか説明がつかないようなことが起きた。


「ダイチはさ、魔法って信じる?」


「ついに頭が……いや、元からか」


「待って、まだ話の枕だから。取り合えず魔法は信じているかだけイエスかノーかで答えて」


 こいつにどう説明したもんかと、探りを入れたつもりだったが、初っ端から憐れむような眼で見てきたので、慌てて取り繕う。


「……魔法ねぇ。昔から○ラクエが好きだったから、○ーラとか、○ラゾーマとか叫んでたけど、まぁ今は信じてないわな」


 ○ーラは分かるけれど、○ラゾーマは何で使いたいと思ったんだよ。街一帯を焦土にでもする気か。


「僕もそんな感じなんだけどさぁ……」


「それで、何でそんなことを聞いたんだよ。内なる魔力でも覚醒したか?」


 ケラケラと笑うダイチを見て、次の言葉を言うか言うまいか少し詰まる。この話題を振った以上、話すとは決めているけれど、暫くこのネタでいじられると考えると、少しこっ恥ずかしいので躊躇ってしまう。


「まず、今朝ダイチから電話があって慌てて準備をしてたんだよ。それで、その勢いのまま玄関の扉を開けたら、女性にぶつけてしまって」


「おいおい何してんだよ。……ん? ユウキの部屋って、確か突き当りだったよな?」


 僕の家に来た時を思い出したのか、ダイチは不思議そうな顔をした。それから「あぁ、宗教勧誘か」と一人得心したように呟いた。僕の家にやってくる女性なんてそれくらいしかいないと思い込んでいるのだろう。なんて失礼な奴だ。


「で、その女の子が魔法で僕を大学まで送ってくれたんだ」


「なるほど、統合失調症というやつだな。ユウキがさっき落とした単位テストに出てきた」


「……普段ならその喧嘩を買うところだけれど、割とその可能性は高いんだよなぁ」


 いつもならジョークの類と切り捨てるのだが、今朝の出来事が幻覚だとしても、いや、幻覚に決まっているのだが、幻覚であるほうが身体的には危ないというサインなので、とっとと家に帰って寝るに限る。


「まぁ、何にせよ寝ることだな。どうせ徹夜でゲームでもしてたんだろ?」


「まだ2徹だよ。いや、なんだかんだで1時間くらいも寝てるから徹夜はしていないね」


「テスト前にする行動じゃないんだよなぁ……」


 これはしょうがないことなんだ。なんせ、2日前に発売されたあのゲームは、お値段が1か月の食費と同じくらいという高価格であったが、エンゲル係数と睡眠時間をかなり縮小させたほどの面白さなのだから。


 もしかしたら、今朝見た女性も、ゲームに影響された幻覚だったのかもしれない。夢とは思えないほど細部がリアルだったし。けれど、あんな感じのキャラクターなんていたっけなぁ。


「レポートも終わったし、これを提出したら帰るよ。テストもさっきのだけだったし」


「おう、大事にな。ちょっとだけとか言ってゲームすんなよ。……あ、そうだ、学食の奢りについてなんだが」


「あぁー? 電波が悪くて聞こえないぞぉー?」


「電波で会話してねぇだろ」


 下限の文字数ギリギリのレポートを提出して、パソコンをシャットダウンする。最近知った、ALTとF4を同時に押したあとENTERを押せばシャットダウンできるという知識を、ダイチに見せつけるようにして自慢げにキーを押す。「え、今のどうやった」と問い詰めてくるダイチには一瞥もすることなく、荷物を持って帰宅する。


 帰路の半ばで、腹が空いたのを感じた。そういえば、朝飯を食べていないんだった。昼飯になるようなものは、何か家に残っていたっけか。しまったな、大学にあるコンビニで何か買えば良かった。まぁ、きっと何かしらは家にあるだろう。また出かけるのも面倒くさいし、最悪の場合、お菓子でもあればそれで済ませよう。


 徒歩で10分ほどかけてのんびりと歩くと、自宅の玄関が見えた。ふと、今朝の出来事が思い出される。さっきのダイチの会話から、電話が現実の出来事だというのは確定だ。そして、大学の前で着いた時のチャイムの音も、恐らく現実だろう。となれば、全力ダッシュでギリギリ何とかなるという時間で、大学に到着したことになる。


 白昼夢を見ながら大学に着いたとして、寝ぼけながらそんなに早く移動できるものだろうか。疑問は尽きないが、分からないことを考えてもしょうがない。きっと、何かしらが何かしらで起こったことなのだろう。そんな心の平穏を保つ呪文を頭の中で唱えて、玄関の前に立つ。少しだけゲームの続きをやったら、すぐに寝よう。そんなことを考えながら鍵を回して扉を開く。


「ただいまー」


 今朝の『おはよう事件』は不意の出来事だったが、『ただいま』はいつも言っている。これは何というか、小心者的発想のようなものだ。もしも、空き巣とかがいる場合、この声を聞いて逃げてくれないかなー、空き巣から強盗にジョブチェンジしないでほしいなー、という小心者的自衛法だ。金に加えて命まで脅かされるなんてたまったもんじゃない。現代日本の若者をなめるなよ。危険なんざクソくらえこそが信条だ。


「おかえりー」


 だから、そう。この『ただいま』は、返事を求めてのものではない。え、何。幻聴? 怖……。



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