第6話 不完全かも
俺は窓から差し込んだ光で目が覚めた。
昨日は熱い夜を過ごした気もするし、夢だったような気もする。
にしても綺麗な部屋だな。
丸めたティッシュの一つも落ちてねぇ。女子の部屋ってこんな感じなんだな。
いい匂い……は、あんまりしないな。香水の文化は発達してないのか?
よーし、じゃあ、作り方でも広めて一儲けするかぁ。
……そういえば、昨日の芋女どこ行ったんだ?
外か?
って、ココ二階じゃん。ってことは下か。
えぇっと、俺の服、どこいった~?
俺は心が広い。なので、昨日と同じ服を着ても怒らない。
心地よいとまで思う始末だ。
俺は本当に心が広い。
「タクミく~ん。ご飯できたわよ~」
「もぉ! お母さん恥ずかしいから黙ってて!」
「なんでよ~」
やはり一階に居たか。
どれどれ、始まりの町で育った生娘の料理、かなり楽しみだな。
ていうか、転生して初めてまともな飯を食うんじゃないか?
この町の主食は米か、はたまたパンか。
肉? 魚? それとも未知の食材が豪華絢爛か。
「は~い。今降りますよ~」
俺は意気揚々と扉を押し、鼻歌を歌いながら食卓へと向かう。
温かい朝飯と晴れやかな挨拶は、一日のリズムを作る。
充実とは、非常に簡単なのだ。
「いや~、すいません。昨日、娘さんと盛り上がっちゃってぇ~あっはっは!」
「え?」
「ん?」
なんだ、今の不味かったか?
いや、それにしてもうまそうだな。朝から気合入りすぎだろぉ。
「ね、ねぇ。君……」
「んん? どうした? 早く食べようぜ」
これから毎日こんな贅沢な飯が食えるのかぁ。
有能スキルも手に入れたらしいし、この世界のモブのレベル高いなぁ。
さてさて、何から手をつけようか。
「君……誰?」
やっぱ肉だな。それとパン。
香ばしいソースもふんだんに
「ちょ、ちょっと! 何勝手に食べようとしてんの!」
「いってぇ!」
痛い痛い! この女、力強ッ!
手首折れる!
「な、なにすんだよ! ただ飯食おうとしただけだろ?!」
「それがヤバいの! いいから食おうとすんなって! お前誰なんだよ!」
急に何言い出すんだ……! 俺のこと覚えてないのか?!
「も~。何騒いでるの?」
「お母さん! 警察呼んで! 知らん人が入ってきてる!」
し、知らん人だと?! ふざけんな! 昨日の恩を忘れたのか?!
「お、おい! お前! ふざけるのもいい加減に」
「うるせぇ! 家から出てけぇ!」
どかぁぁん!
次に俺が目を開くと、道の真ん中で空を見上げていた。
黒に近い灰色の雲が、じめじめとした空気と一緒に流れてきたみたいだった。
こりゃ、明日あたりに雨が降るな。
どうやら、さっきの女に蹴り飛ばされたらしい。
地面にも頭を打ったのか、視界がぐらぐらと揺れる。
血……は、触れた感じだと出てなさそうだが、一応確認しておいた方がいいかもな。
えっと、手ごろな鏡は……ガラスでもいいや。
どれどれ、自慢のハンサム顔はどうなってるのかね……。
「え?」
あ、あれぇ? 俺、こんな顔だっけ?
確か、女神様に会った後、前世とは違う顔になってたのは確認したけど……。
「こんなに目小さかったか? 歯並びも悪くなってるし」
いや、そんなイメチェン程度のモノじゃない。
明らかに骨格から、なんだったら体格に至るまで、明らかに別人の容姿になっていやがる!
「ど、どうなってんだ……これは」
昨日と容姿が変わったから、さっきの女も「誰だ」とか言ってきたわけか……?
なら、いつ変わった?
少なくとも、昨日の夜の内はそのままで……
「おいタクミ。そこで何をしてるのニャ?」
「ん? なんだクリスタか……今お前に関わってる暇なんてねぇんだよ」
猫は路地裏で遊んでろ。
……ん?
「クリスタ、お前は俺が分かるのか?」
「ふふん。当然当然。なんたって女神様一番の使いニャんだからニャ」
ま、まじか! 良かった……。
こんな奴に感謝する日がくるなんてッ!
「人生わからないものだな!」
「わかった気になるな人間。というか、貴様、女神様との約束破ったニャろ?」
「や、やくそく?」
そんな事したか? ……駄目だ。記憶にあるのは女神様の潤んだ瞳だけだ。
「まぁ正確には約束ではニャいんだが、ほら、貴様は目立てない、そう言われたニャろ?」
「お? あぁそうだったな。今世モブです、みたいな」
「貴様はそれを破ったのニャ」
「な、なんでそんなのわかるんだよ」
心当たりはある。
おそらく、昨日のオッサンを一発ノックアウトした件だろう……。
しかし、バレるわけにはいかない。
これ以上クリスタと女神様に馬鹿にされたくない!
それに、もしかしたら、言いつけを破るとキツい罰が下るかもしれない。
「なぜわかるか? そんなの簡単ニャ事。貴様の顔が切り替わってるのだからニャ」
「……やっぱ顔変わってるよな!」
クリスタによると、一応目立つことはできるらしい。
しかし、目立った次の日には、記憶はそのままで、別人に生まれ変わってしまうそうだ。
もちろん、魂を直視できるような特別な奴は、俺の中身が同一人物であることを察せれる。
クリスタは気づいて、芋女が気づかなかったのはその為だ。
「簡単に言えば、目立てば顔面リセットで、愚民からの印象もリセット。忘れてほしくなかったら、つつましく暮らせ。というわけだニャ」
「まさか、ルックスが作り替わるなんて……」
驚愕なんて、そんな言葉では言い表せなかった。
せっかく運命的な出会いをしたのに……。
「……それとタクミ。貴様、スキルも習得しきれてないニャろ」
「え? バカ言うな! 俺は確かに女神様から魔法の力をいただいて……」
「じゃあ、なぜあんな女子に負けたのかニャ?」
「……あ」
確かに、スキルの名前は『勝利の子』。
なのに俺は、蹴り一発でノックアウト……。
「で、でも! 俺は昨日おっさんを倒して
「まぁまぁ、詳しいことは教会で聞いてみることにするニャ」
クリスタは羽を広げて手を差し伸べてきた。
捕まれというのか? 仕方がない。
「じゃあ、まぁ教会まで頼むは」
「快速で行くニャ」
「うん、勘弁」
教会からは美しい歌声が聞こえた。
俺は、彼女の歌声だと一瞬で判断した。やはり、骨の髄まで麗しい。
「ぽっちゃりシスターのマリーさんの声ニャんね。吾輩、彼女のお尻に押し潰されそうになったことが何度もあってニャ~。貴様も気をつけろよ?」
「……だまれ」
いつ来ても立派な聖堂だ。
ほんとに愛され、崇められてるんだな……。
「あ、ヴィクトリア様~」
「あら? 誰かしら……」
「吾輩です! クリスタですニャ!」
「……あぁ。……なんでまだいるの?」
「タクミを連れて帰ってきたのニャ! ほれ、早く来い!」
うるせぇ猫だ。急に手離しやがって……後でスープにして食ってやる。
「あ、あの女神様」
「まぁひどい怪我……話半分で飛び出すから……」
あ、これ俺が悪いやつだ。
「やはり、まだスキルを完全に習得していなかったッ! 吾輩の目に狂いは無かったのですニャ」
「何言ってるの……あなたの責任でもあるのよ?」
「あ……ごめんなさいニャ」
うぇい、失態ポイントおめでとさん。
「と、ところで女神様~。スキルも良いんですが、顔リセットの方もどうにかして欲しいんですが」
「え?」
「ほ、ほら右も左もわからない僕にとっては、人脈って生命線でしょ?」
あわよくば、スキルと呪い解除の二刀流。昔から人の懐に潜り込むのは大得意。
さぁ、どうなる?
「あぁ、それでしたら簡単な話です」
「お」
流石女神! 話が分かってるぅ!
「そこの猫を丸ごと食べなさい」
「……え?」