第5話 これかも
「冒険も……目立つ事もできない??」
な、なんだそりゃ……。てことは、俺の前世では叶わなかった、モテたり、友達とつるんだり、そんな馬鹿みたいな理想像は今回の人生でも不可能なのかよ……。
「そ、それは……どんなに努力しても無理なのか?! せめて冒険くらい……」
「申し訳ございません。コチラにも色々と理由がありまして、貴方様をこの街から外出させるわけには……」
「……。」
なんだよ……。せっかく今回は必ず努力して……そんで、孫に自慢出来る様な人生を送ろうと思ったのに……ふざけんなよ。
「全てコチラの手違いです。よってお詫びの能力をと……」
「あぁ。そういう意味のお詫びだったのか……。理解はした」
「それなら良かったです……」
「けど、納得はしてねぇよ……」
「……。」
少なからず、いくら努力をしても目立てない、モブのままってんなら、それこそ転生した意味がねぇ。
もっと言えば、生きてても死んでても関係がねぇだろ。
あの腐りきった日本でも、才能か努力がありゃ、誰でもかれでもお先真っ白な未来が待ってるってのに……。
「……。さて、時間もありませんので早速能力の譲渡に移ります。よろしいですね」
「……あぁ」
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「……。顔、変わってたのか。気付かなかった」
教会の真正面に堂々と建っている雑貨店。その窓ガラスには、転生前の顔面とは似ても似つかん間抜け面が映っていた。
自慢の色っぽくも厚い唇も、キリッとした濃い眉毛も、跡形もなくなってんじゃねぇか。
まぁ、転生したんだから、そりゃあそうか。
「はぁ~あ。なんか期待して損したな……。神は死んだってのはホント……いや、死んでたのはさっきの女神の脳みそか」
マジで終わった頭してたな。何が“万人に勝てる能力”だよ……。そんなの要らねぇから、せめて自由の身にして欲しかったぞ……。
女神様っつても、人間の奥の奥にある望みには気づけないもんなのね。
薄暗くなってきた街。
空耳なんだろうが、どこからか六時を知らせる音楽が流れてきそうだ。
男も女も、路上に座り込んだ俺に見向きもしねぇ。
ホントに、ただのモブなんだな俺。
「いっその事、襲っちまうか……」
さっきは、よくわからんガキに邪魔されたが、もう日も落ちだしている。
昼間よりも襲いやすくはなってる筈だ。それは間違いねぇ。
考え無しは危険である。んな事は分かってる。だからこそ、目星をつけようか。
あのアホそうな青い長髪の女。
露出も多いし、色んなヤツに挨拶してるし。むしろ俺の目の前を通り過ぎるまで、襲われなかったのが不思議なくらいだ。
いけるか? 俺に……。
それこそ、あんな女神の言っていた事を信じるのは変だろ。俺もそう思う。
いや、どちらにしろ、このままあの女神の言う通り、“人畜無害なモブ”として死ぬくらいならよぉ。いっその事大罪人にでもなってやろうぜ“スズキ・タクミ”!
にじり寄る。何も恐ることは無い。
社会的地位も、学歴も、今後の人生も。一時の性欲と天秤にかけるにはあまりに重いが、転生したのならば話は別だろうが。
強姦の前では全てが無力!
「「おい! 女止まれッ!」」
「「……。」」
俺は青髪女の右手首を掴んだ。しかしどうだ、女の左手首を全く知らんオッサンが掴んでいるではないか。
「誰だオッサン。手ぇ離してやれよ」
「お前こそ誰だよ。地味な顔しやがって」
「ふん。俺の顔じゃねぇから傷つかないね」
「何言ってんだ」
死んだ時の光景はイマイチ覚えてないわけだが、それこそあの体験のおかげでこんなオッサンに威圧されても怖かねぇな。
「あ、あのさ……。人の手掴んだまま喧嘩しないでくれるかな……」
「ちょっと待ってろ女。このオッサンに用事が出来た」
「俺はお前に用はねぇ。この女、俺の店から大事なブツ盗みやがった……」
「ブ、ブツ……?」
ブツって、ドラマとかでしか聞いた事ねぇ抽象的な言い方だな、オイ。よっぽど拗らせてるぜコイツ。
……それにしても、“ブツ”なんて言葉、どういう時に使うんだっけか。
「……ッ」
「へへ。ほぉら、顔色が変わったぞ嬢ちゃん。さてと、大人しくしてもらうぜ」
「や、やめ……ッ!」
「おい! オッサンやめろ!」
「あぁ?? まだなんかあんのか?! 事情は言っただろうが」
「い、痛い! 女の子の扱いも知らないの!? この髭オヤジ!」
「はいはい、続きは鉄格子越しで頼むぜ、泥棒女」
「ッ! おい! 俺の言い分も聞けよ!」
コイツら道端でイチャイチャと! 純愛はお呼びじゃねぇんだよ! 鉄格子越しだと!? いったいどんなプレイなのか!?
「……ちっ。いい加減にしろ地味顔! お前がコイツを庇う理由がどこに……
「コイツは俺の女だ! 誰にも渡さねぇ!」
「……え///」
「……?? あ?」
「あ?」じゃねぇよ。察する能力低いな……。異世界人が馬鹿ってのはマジなんだな。現世に返り咲いて、真実だったと広めてやりたいもんだ。
「……なるほどな。つー事は、お前が盗ませたんだな。この女に」
「……は? 何言ってんだよ」
「今更しらばっくれんなって。あ~はいはい、了解了解。じゃぁ大人しく、一緒に来てくれよ」
コ、コイツ、俺に何する気だ? 胸ぐら掴まれたぞ!
……ふっ、まったく。やめておいた方がいいのによぉ。
中学の時の成績表に“喧嘩”という項目は無かったが、恐らくあったとしたらば、俺は“5”であろうと言う自負がある。
それこそ、披露する場面は乏しかった。
が、たった一度だけ喧嘩をして周りをビビらせた事がある。そういった経歴もあるからこその、この自信。
そう、何もガイジのように、理由なくイキってるわけではないのだよ。
しっかし、あの時の“女生徒”はビービー泣いてたなぁ。ホント、なんで俺に勝てると思ったんだか。
「何穏やかな顔してんだ地味顔……。ほんとムカつくな」
「ち、ちょっと離してあげてよ! ホントにこの人は関係なくて!」
「そんな細かい事、もうどうでもいいわ。とりあえず一発殴る……おらッ!」
「え」
やっば! この人殴っちゃう気だぞ! それ人としてどうなの?!
たすけて~ッ! 神様~ッ!
……いや、待てよ。
「オラァァァ!」
「お、お前なんかにッ! 負けるわけないだろッ!! おりゃッ!」
「……ッ!? おぉ!?」
ゴスッ!!!
渾身の右ストレート、顔面ヒット。
鼻の頭に当たった……よな。完全にオッサンのびてるし……。
……こ、これは俺の実力なのか? それとも、本当にあの女神の言う“万人に勝てる能力”の効果?
こ、こんな年上の男に勝てるとは、夢にも思わなかったが……。えぇ、マジでか?!
「す、すげぇ。女神パワー」
は、ははは。腰抜けちまった。小便だだ漏れだこりゃあ。あ~あ。
「あ、あのさ」
「んえ? あぁ青髪の女……。なんだよ、見んなよ」
「わ、私はそんなまどろっこしい名前じゃないよ! リーム・ライトっていう立派なのがあって……その。リームって呼んでよ」
なにモジモジしてんだコイツ。
つーか、何か襲うとかそういう気分でも無くなっちまったな……。どうするか。
ぎゅるるる~
「やべぇ、腹、減ったな……」
「……!! だ、だったらさ! 私の家来なよ! 豪勢じゃないけどさ、お礼にご馳走するよ!」
「……え。マジで? ……つーか良いのかよ。俺みたいなヤツ泊めて」
さっきまでしようとしてた事と矛盾してるように思うだろう。けどよぉ、賢者タイムってこういうモンだろ? 俺は何も悪くない。
「え、えっと……そ、それはそうだけどさ。けど、お願い! これじゃあ私の気が収まらないんだよ……。ね?」
「……。」
コイツ。見れば見るほど可愛いな。
それこそ、どっちかといえばショートヘアの方が好みの俺。故にどストライクとまではいかねぇが、なかなかの色っぽさとアホさ。
女に言い寄られるのって、案外悪い気はしねぇな……。
「よ、よし。そんなに言うんなら良いだろう。ついてってやるよ」
「! ホント!? ホントにホント!?」
「……お、おう」
急に迫られると、恋愛ゲームを網羅した俺といえど、少し照れるな……。
「えへへ。やった~。じゃあ来てよ。案内する」
「あ、オイ!」
ガシッ
あ、あっぶねぇ。暗闇の中をスイスイ進まれて、危うく置いてけぼりにされる事だったわ……。
間一髪でコイツの手首掴めて良かった……。この街の事詳しく知らねぇし、置き去りにされたら、それこそ終わり。
無一文だし。
「……あ、あの/// えっと/// 手……」
「ホント、ちゃんと俺のケアしてくれよな……。……つぅかお前、何盗んだんだよ。大の男があんなにキレるなんてのは、なかなかヤバイもんを……」
「え? そ、それは……その」
「……なんだよ」
「お、おイモ……。その、つい美味しそうだったから///」
「……。」
この街があんな馬鹿な女神信仰する理由が分かった。
街の連中も馬鹿なんだわ。きっと。