第2話 死んだのかも
か、体が動かねぇ……。目の前も霞んでるし……最悪だ。
さっきのガキ、手品師か何かか? 馬鹿でけぇ火の玉……あんなの初めて見た。
いや、正確には初めてじゃないか。ゲームでは何度も見た光景だった。そう、“ゲームでは”。
……う~む。ココはホントに現実世界じゃ、ないんだよな。
体が死ぬほど痛てぇけど……。普通夢って痛くないもんじゃないのか? としたらだ……まさか、この状況って。
そういえば、“死ぬほど痛てぇ”と言えば、なんだか嫌な記憶があるんだが、なんだったけか。
「にゃー」
……。何か寄ってきやがったな。
見ず知らずのガキにぶっ飛ばされて、女奪われて、道端に捨てられた可哀想な俺に、これ以上何を求めるんだよ。
つぅか、舐められてる? このザラザラの舌……って、猫?
「にゃー!」
「……やっぱりか。オイ猫、俺から離れろ! 見世物じゃねぇ!」
「指図するニャッ!」
「……。」
……へぇあ?
「全くもって人間は無礼だニャ。この“女神様の使い”である吾輩に対して命令口調、にゃれにゃれ。ついでに言うと、転生して初めに行った事が強姦未遂。ハァ……女神様の温情も不意にしそうだニャ~。まぁ、貴様がやって来てすぐに“贈り物”を渡せなかった吾輩にも責任がある。とは言え」
「黙れ黙れ、おい! 喋りすぎだぞ猫!」
なんだこの猫……。二足歩行だし、服着てるし、何より……羽?? これ何円くらいで売れるんだ……。
「む~? なぜ吾輩が黙る必要があるのニャ! それに、命令するなと言っているッ!! 許すまじッ!!」
バッサァッ!!
あ、めっちゃ飛んでった。やっぱ飾りじゃなかったんだな、羽。にしても、テンション上がると飛ぶのか? そういう構造なのか、あの猫。幼児用のおもちゃみたいだな。
つーか目立ち過ぎだろ。周りの奴らも驚いて……ってあれ? 街のヤツら、別に気にしてねぇみたいだけど……。日常茶飯事なのか?
「喰らえぇ!!」
「!?」
バキッ!!
「ぐえっ!」
い、痛てぇ!! 肩のちょい横殴られた! ゴリッて音したぞ! マジ痛てぇ!!
「~~~!」
「ふん! なにを悶絶してるだニャ。“あの時の痛み”に比べれば、安いもんニャろ」
「は?? あ、あの時の痛みって……。まぁ確かに、イジめられてた時の記憶が蘇るが」
「ちが~う! そんな十年も前の話じゃニャくて! つい最近、というかさっきの事だニャ!」
……ますます分からん。
ていうかなんでコイツ、俺が中学に通ってたのが十年前って知ってんだ。
「あぁそうか。貴様の記憶には重い蓋がしてあるのだニャ。忘れてた忘れてた」
「……。」
「それもこれも全て、女神様の温情や愛情の賜物」
「話が全く見えん。火の玉小僧とかしゃべる猫とか。しまいには女神様だと? 宗教勧誘なら断る!」
「そんニャ事言って~、実際は貴様の中で答えは出てるんニャろ?」
「……。」
コイツの“自分で気付いてみろ”みたいな態度、マジで腹立つな。
しかし、事実俺の中では、この化け猫の言うようにとある答えが出ていた。かなり現実味の無い話だがな。
が、もしそんな仮説が正しければ、この猫も、火の玉も、女神様とかいうスピリチュアルな言葉が出てくる理由も、全て繋がる訳だが。
「……。『異世界転生』。」
「フッフッフ。そのとーり! 貴様は路地裏で惨殺された後、この魔法が発達した世界に転生した“万年モブ”の“鈴木匠”だニャ!」
殺してやろうかこの猫は。
「……路地裏で惨殺されたってなんだよ。そんな事された覚えが」
「だ・か・ら! その記憶には重い蓋がしてあると言っおるニャろーが!」
「……おぉ」
やけにキレるなこの猫。ホントに女神様の使いなのか? 神獣つーか、血の気の多さ的にただの魔獣だろ、こんなの。
「まぁ今すぐにその“記憶の蓋”を取り除けば、貴様は否が応でも事実を知る事にニャるが、脆弱な貴様の事だ、ショック死してしまう事請け合い! 優しい吾輩は、そんな事しないのニャ」
「……ふっ」
「ニャ?」
「あーそういう事ね。要するに証拠を見せられねぇんだ。なんだよ、女神様の使いとか言うから期待してたのによ~。攻撃も物理攻撃だったし、さっきのガキの方が余っ程RPGしてたぜ。その点お前は、ただのビックマウス。つっても猫にマウスって言うのも変な話だがよ」
「くだらないジョークだニャ。まぁ貴様の人生の幕引きよりは、よほど面白味があったぞ?」
カッチーン
「うるせぇ! お前みたいな病原菌まみれみてぇな猫に、とやかく言われる様な人生送っとらんわ! ニャースの紛いモンがッ!」
「よく言えたものだニャ! 明晰夢だと認識した途端、女に擦り寄って悪事を働こうとしていたクセに! 片足を豚箱に突っ込んだ豚野郎が!」
「~~ッ! 愛嬌があったから許してやったいたが、もう我慢なんねぇ! 羽は手羽先、身は鍋にでもぶち込んでくれるは!」
ガシッ
「ふにゃ!/// そ、そんな所を触るニャ/// 思い出せ! 死の瞬間を!」
「おい、何言って……ッ!」
眩しッ! てか、うぐぇ……。頭が、痛い。
ぎ、気持ちわりぃ……。
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ありゃ?? これは……秋葉原か? いわゆる俺の庭だが、真上から見下ろすなんてのは初めてだな。こんなんだったのか。
……そうか、何となく思い出したぞ。俺はさっきまで秋葉原にいたんだ。限定フィギュアを買うために。
確か、あのショップのショーケースに飾られてて……。
……ちょっと行ってみるか。
「なんだ。まだ残ってるじゃねぇかよ」
限定品だというから、わざわざ初日に合わせて金貯めてたのに……。まぁ、ある種のモチベになってたから別に良いけど。
時間は、ってあれ? まだ十時? おかしいな。俺がカバンを盗まれた時にはもう十時回ってたんだが……。
時間が遡ってる?
「おぉ、無事に入れたようだニャ。タクミ」
「……。なぁ猫。コイツは、どうなってんだ」
「うむ。君はどうやら過去に戻ったとでも勘違いしているようニャが。別にこの景色は、単なる“リアル過ぎる記憶”というだけニャ」
「リアル過ぎる……記憶」
「ほれ、もうすぐお前があの店のガラスにへばりつき、プラスチック製の女の下着を覗き始めるぞ」
「……なんで、ソレ知って……」
「女神様もドン引きなされていたぞ……っと、おぉ来た来た」
猫の言う通り、フィギュアショップの壁を這うように、寝癖だらけの背の低い男がキョロキョロしながら登場した。
「みすぼらしいニャ~。その辺の有象無象と変わらぬ、いわゆる“モブ”! まぁ、この後の事を考えると、一緒くたにはしずらいけどニャ」
「この後……ハァ……ハァ。うぐぅ……」
「おや、思い出してきたニャか? もうすぐでみれるニャよ。脳天気な人間よ」
「ハァ……ハァ……。い、嫌だ」
「お前はこの後、無謀にもカバン泥棒を追いかけ、路地裏におびき出され」
「ハァ……ぅう」
「重量のある武器で腕の骨と頭蓋骨を折られた。血はとめどなく溢れたが、声は一切上げれず」
「だ、黙れ……よ……ぅぅ」
「絶命した貴様は、四肢や頭部、果てには胴体までバラバラにされ、一度は奪い返したカバンに詰め込まれた」
そうだ……。
俺は……。
「モブの分際で貴様は、盗難に会うという運命に抗って、無惨に死んだのニャ」