第1話 夢なのかも
ついさっき財布をすられた。というか、入れてたバックごと持ち去られた。
別に無警戒だったつもりは無いんだが、限定フィギュアの“股の食い込み”を拝もうと、邪魔なカバンを置いたスキにさーっと。
秋葉原治安悪ぃな、オイ。
食費も光熱費も切り詰める『いきなり黄金伝説』みてぇな生活を送って、やっとこさ貯まった金を握りしめ、わざわざ電車を乗り継いで、秋葉原まで来て。
そんな努力は無駄でしたってか? おい神様。おい運命。
こんなにもハッキリと馬鹿にされんのは学生時代ぶりだぜ。
まぁ最近じゃあ親とすらマトモに口聞いてねぇからな。単純に馬鹿にしてくる相手がいなかったってだけだが。
そういえば、今年は中卒になってから、ちょうど十年目か……。
あ~あ、どこで間違えたんだよ俺の人生。
……いや、間違えたのは俺じゃない。
あんなクソみたいな中学に通わせやがった親や、いじめをしてきた猿ども。そう、間違えたのはむしろアイツらの方だ。
俺がマトモな教育を受けられなかったなんてのは、日本にとっても大きな痛手だぞ。
そう。俺はきっと何らかの才能がある。それは間違いない事だ。一部無料の占いアプリによると、俺は人生で三回はモテ期が来るらしい。楽しみだ。
“将来が約束されてる”。それを再認識する度に、なんとも心が安らぐ。人生ってのは楽だな。
それこそ、その辺歩いてるオタク共と、俺の放つオーラはまるで違うぞ。自身もなさげだし、オマケに推しへの愛も足りんな。何しにココに来てんだ。
オイオイ、この青年にいたっては、深々とだっせぇ帽子なんて被って……見てて辛くなるぜ。
グッシャグシャのカバン抱きかかえてるし、カバンの持ち方も知らねぇのか?
……。
?? あれ? このカバン……。どっかで見たな……。
って、俺のカバンじゃねぇか?! この帽子野郎ッ! さっきの泥棒野郎かッ!
「お、おいっ!! キミぃ」
俺が両手を振り上げながら大声を出すと、周りの歩いてるヤツらと、泥棒野郎はビビりやがった。
……にしても声が裏返ったな。朝からろくに喋ってなかった弊害だ。
まぁ、自分でもビックリするくらいの大声は出たし、我ながらやっぱり天才なのかもな。
「……? あ!」
泥棒野郎め……気付いた途端逃げやがったッ! ぜってぇ捕まえて“ほけんきん”ぶんどってやるッ!!
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「ハァ、ハァ。どこ行ったよぉぉ」
歩道の真ん中で足をバタつかせて威嚇してみるが、泥棒野郎は現れない。ちくしょー……。
いや、逆に考えろ。
ビビって出てこれねぇんだ。優しくすれば……。
!?!
居た~~~!
あの野郎、かなり疲れてんな。ふん、俺と同じレベルの体力とは賞賛に値するぜ。俺的には、“俺の体力の限界=一般人の緊急搬送レベル”と公式に政府から発表されるのも時間の問題と思ってるんだがな。
!? アイツ、ろ、路地裏に入っていきやがった……。よし、いい度胸じゃねぇか。とっちめてやる。
「オ、オイッ! 泥棒野郎! そっちは行き止まりだぜ! 秋葉原を知り尽くした俺とお前みてぇな青二才じゃ差があり過ぎんだよ!」
ゴミ箱に右足を引っかけながら、じんわり熱くなった足裏で地面を踏む。
な、なんかこの追い詰めていく系の展開、コーフンするッ!
「ハァ……ハァ……ま、まだ追ってきてたのかよ」
「んぁ? おいサブロー、追っかけてきたら振り切れって言っただろーが」
「す、すいません……」
帽子男も含め、そこには三人居た。誰だ?
コイツら極道のコスプレしてんのか? やけにイカつい。まぁ、俺との戦力差は五分。もしくは俺の圧勝かだな。
……にしても、あぁいうオッサンが平日の昼間にオタクの聖地に来てるってのは、世に言うギャップ萌えなんだろうな。女子の考える事はよくわかんねぇ。
「チッ仕方ねぇな。なぁ兄ちゃん、コッチ来なよ。このカバン返すから」
「……え?」
「君のなんだろ? 僕達たまたま拾ってさ」
「え、えっと……」
? どういうつもりだオッサン。降伏するって事か? ま、まぁそれなら別にいいが……。
全くもって“ひょーしぬけ”だ。
「じゃ、じじ、じゃぁ……返してくれよ。早く……」
「ぷっ! あーはっはっはっ! なにビビってんスかッ!」
「……ッ! ビ、ビビってねぇからッ! バカなの? 死ぬの?」
しゃ、癪に障る奴らだ。俺をコケにしてぇ……。
「なぁ兄貴。もう良くないスか? こんなのに時間かけてたら日が暮れまスよ」
「そだな。反応もワンパターンだし……。面白くねぇや」
「よ、よし。しっかり返してもらったからな! 二度とこんなマネすんなよッ!」
ふー、ふー。怖かったぁ。さっきまでヒョロヒョロのモヤシに見えた帽子野郎も、極道みてぇな奴らと一緒に居ると、それだけで強く見えてきやがる。
と、とっととトンズラして……“アイラたん”の限定フィギュアを……。
ガッ!!
「いてゃ!!」
いってぇ。なんだ? 思いっきり押さえつけられた……。コイツら、まだ用事終わってねぇのかよ……。暇人が。
俺を押さえつけてきたのは、一番後輩っぽいサブローとか言う帽子野郎。けっこー力あるじゃねぇか……。
って、え?
オイ、コイツなに持ってんだ?!
「さてと……。サブロー、ソイツの手足折っとけ。あぁ後、猿轡忘れんなよ。叫ばれたら厄介だ」
「ウッス」
「や、やめ うグッ!」
口ん中に布の塊みてぇなのを押し込まれた。唾液を吸われて口内が乾く。じゃなくて! 声が出せねぇッ! 舌が動か……ッ!
グシャッ!
「~~~~~ッ!!」
業務用のバカでかい斧みてぇなのを、伸びきった右腕に振り下ろされた。聞き馴染みの無い、何にも例えがたい音と共に、じんわりと腕が寒くなってくる。
「へぇ、結構イけるなソレ。次左やってみろよ。今度は腕飛ぶかも」
「はっはっはっ。そりゃ見物だな。サブローやれ」
「ウッス」
グシャリ!
「おぉ良いね~。頭もやっとけ」
「多分死にますよ、コイツ」
「良いんだよ。後はバラして……そうだな、さっきのカバンにでも突っ込んどけ。持って帰んのもめんどくせぇが、顔を見られた以上仕方ねぇ」
「っスね」
グシャッ! ゴッ! ガッガッガッ!!
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……。
ココ、秋葉原……じゃないよな。
いや、現代の日本はオタク文明が著しく発達してる。街単位でのコスプレも容易いのかもしれん。
そういうイベントって事も有り得るし……。
にしても、周囲に高いビルが無くなってるし、代わりに並ぶのは“レンガ調の背の低い家々”だ。
オマケに、今俺が立っているのは舗装のされきったアスファルトの道などではなく、不規則な石畳。
祭りでも開かれてんのかってほどに歩行者天国。
パーティー会場とかによくある、逆三角の布地の飾り付け。
露店も多く並び、香ばしい匂いが風邪で流れてきやがる。
まるでRPGゲームに肉体が介入しかたのような感覚だ。
ゲームの主人公は、こういう街並みに唖然とし語彙力を失うんだろうけど、俺はゲームのし過ぎでそんな新鮮な感動は受けなかった……。
むしろ、ガッカリした。
夢、なんだろうな……多分。
いわゆる明晰夢というヤツ。自分が夢を見ていると認識している状態。
どおりで、街ゆく奴らに人型が多いわけだ。
俺の発想力程度では、ああいった姿形にくらいしか出来ないんだろう。もっと現実離れした見た目ならワクワクもしたはずだ。
純粋な人間と、申し訳程度のケモ耳、尻尾が生えた亜人族がだいたい7:3。
ん、待てよ。
明晰夢っつーことは、何やっても自由って事なんじゃねぇのか?
それこそ、こういう夢ってのは、ソシャゲのガチャで言う“星5キャラ”、もしくは“SSRキャラ”。
こんな奇跡的な体験をみすみす逃すほど、現実世界で充実してねぇんだよ!
空中飛行も、エロい事も、犯罪まがいの自己満行動も、全て俺の自由だッ!!
ど、どうするか……。とりあえずあの女だ! 清楚系のピンクロング。童顔のクセしてなかなかの巨乳だ。露出も多いし……。
あれは、誘ってんだよな??
にしても、流石は俺の夢の住人。
好みど真ん中のド直球!
俺は盛る期待を抱きつつ、下手に紳士ぶってアホそうな女に近寄る。あぁやべぇ……コレはやべぇって。
「お、おお、お嬢さん! 俺と楽しい事しようぜぇ」
「……。」
……。無視された……。せめて振り返れよ。高校時代のトラウマが……う。
い、いや挫けるなよ。俺の夢で俺が拒絶されるなんてありえねぇ。安心しろ俺!
「おい! 止まれってッ!」
テクテクと我関せずで歩いて行く女の手首を掴み、叱責するようなテンションで呼び止める。
女は、やけに驚いた表情で後ろを振り返る。
いや、驚きよりも嫌悪感の方が強そうだぞ……? ふざけんなッ! 俺の妄想のくせして……。
「? え? わ、私ですか?」
「そ、そうだよ! 悪いのか!?」
「え、えっと……」
チッ。純情ぶりやがって……!
……いや、よくよく考えると前戯なんていらなくねぇか?
パッと襲ってすぐ捨ててを繰り返さないと……夢見てる時間なんて限られてんだからよぉ。
「まずは服を脱がさねぇとッ!」
「え、ちょっと!」
「待てッ!」
「!? だ、誰だよ! 邪魔すんな!」
「ぼ、僕は“ナーバル”ッ! この世界を魔王から救う“勇者”だっ! まだ冒険し始めだけど……」
「……。」
なんだこの厨二病のガキは……。イタさ百点満点だな。手も震えるし。
お、そうだ。このガキをボコボコにすりゃあ、この変に抵抗する女も、すぐに堕ちるんじゃねぇか? 普通そうだよな……。
「へ……へへへ。バカなガキだぜ! 血祭りだぁ!」
「ひ、【火属性:魔法】『愚火球』ッ!!」
「んぁ? ……ッ??!」
火の……玉? って、はぁ!!?
ドォォォォンッ!!!
作品タイトル模索中のため、ブクマをしていただけると幸いです。