21話 異変は続く
もともと、俺は自分で自分のことが把握出来ていなかったわけではない。
自分の魂の穢れがどれほどのものであるかも知っているし、前回の犬人への蹂躙中に起きた事項も知っている。
もっとも、ミスラが落ち込んでいるのとは無関係だとは思うが。
何せ魂というのは自分のものか、自分の魂の干渉しているものかの二つしか見ることが出来ないのだ。
もし無関係の魂まで見ることが出来る奴がいたのならば、それはミルファランス様の書類で言うところの”死神”というやつだろう。
なんとか少しずつ動くようになってきた新しい手足をゆっくりと動かし、バッグに手を入れる。
魔法樹の棒を手に取ると、急に体に力が湧いてき始める。
しかし、それも数十秒もすればその力の湧き上がりもまだ体が万全でもないにもかかわらず落ち着いてしまった。
これは、魔法樹の棒に込められていた魔力が先に尽きてしまったということだろうか。
拾った当初に込められていた魔力を少し取ってしまっていたので、それもおそらく関係しているのだろう。
しかしゼロでなければ動くことは出来る。
ならばこのまま東の街へ行って、おそらく大量にいるであろう犬人の群れを叩くしかないだろう。
しかし、今の俺にはなぜか[上級封印]がまだかかっていた。
ワンランク下がっているとは言え、倒した筈の今まだ残っているのはおかしい。
もしや、まだ心臓が動いているから、発動しているのだろうか。
だとしたら息の根を止めておくべきだろうな。
しかし上級魔法を今使えない俺が一生物の息の根を止めるというのは、刃物の一つもない今この状況では辛いものがある。
というか難易度が普通に高い。
何せ犬人は、最強魔法が使えるならまだしも通常ならば人間をはるかに超える防御力を誇っているのだ。
そこで俺はふと思い出し、近くの犬人剣士から剣を奪ってその剣士の胸に突き立てようとする。
これは、俺が[気配霧散]からの[気配移転]を使った時に指揮官クラスが自国の剣を首に突き立てられて死んでいたのを目撃したからだ。
ちなみに霧の中でも目撃できた、ということではなく、自国の剣が首に突き立てられて死んでいる生首を見た、ということだ。
もっとも、肩より下は爆散してしまっていたが。
しかし、その試みは叶わずに敢え無く俺の剣はギンッという音を立てて弾かれてしまった。
どうやら、犬人の体を貫くには犬人の腕力が必要らしい。
それにしても、金属音と共に弾かれるだなんて犬人の体は鉄か何かなのだろうか。
しかし、そうなると難しくなってきたな、と思っていると、俺はとある一つの案を思い浮かべる。
それを実行し、上級魔法使いを突き飛ばすと、きれいにかかって、数分もしないうちに炭と化した。
俺が使った魔法、それはストックしていた[雷罠]である。
この魔法には、一切の上級魔法が使われておらず、そもそもこれ自体は魔法初級者である俺が最初に作った魔法なのだから、上級魔法である筈がなかった。
理論上行使可能な魔法が作れたと分かってから、他の[土槍]を作ったりなどをしていたわけだ。
しかし、[雷罠]で心臓を止めたにもかかわらずまだ俺の元には[上級封印]が残っていた。
これはまだしばらく[雷罠]で戦うことになりそうだな......。
俺はそんな憂鬱を抱えつつ、[雷罠]のストックを始めつつ、東の街へ向かっていった......
———
ボクは、かなり困惑していた。
なぜなら、いきなり現れた犬人の集団がボクを囲って剣で切りかかって来たからだ。
更に、[気配霧散]を使おうとしてみても、何かの魔法をかけられたのか発動がしない。
追加で、[上級封印]という、聞いたことのない魔法がいつのまにか自分にかけられてしまっていて、[氷の大迷宮]発動前の転移対象選択で魔力がいつもの4から5倍ほど持っていかれていたため、即座に中止をした。
しかし、そうなってくると魔法は使えないと言うことになる。
どこからどこまでが魔力消費が上がっているのかがわからない以上、無闇に魔法を発動するのは危険だと踏んだからだ。
だが、魔法が使えなくなったところでこちらはユズキにより創造された最強スライムなのだ。
なんならスライム界の王になれる気すら最近はしているほどだ。
最初はあんな魔物と一緒にされるのは大変気に入らなかったが、見ているうちに可愛いと思い始めて、別に可愛いのだから一緒にされてもいいのではないか、とも思った。
まぁボクはユズキの隣で暮らすわけだからスライムの王になんてなる気は無いけども。
いや、ボクの場合は女王か。
そんなことを考えているうちに体は自然に動き、気がつけば自分の周辺の犬人の首を自分の指から発生した触手により刈り取ってしまっていた。
何か化け物を見るような目でこちらを見てくる軍隊たち。
一歩、また一歩と後退していくものも数名。
なんとも情けない事だ。
前回のように猪突猛進で突き進んでまたユズキに甘ったるいと言われるような攻め方をするよりは幾分かマシだが、軍人として敵前逃亡は頂けない。
別に情報を上に伝えるためならば気配を隠して情報を探る部隊を作ればいいだけの話だ。
いや、もしかして他の者と違って迷彩柄の軍服を着ている少し離れた数名の集団の胴体がそうだったのだろうか。
だとしたら上に少しでも伝わるように仲間を犠牲にしてでも全力で逃げるべきである。
敵前で、後退を少しずつするなどありえないだろう?
ちなみにこれらの知識は、魂魄魔法を介して繋がっているユズキの記憶を探ることでから少し仕入れたものだ。
眷属は召喚主の記憶を少しはたどることが出来るのである。
あまり深くは記憶が探ることが出来なかったが、色々な情報を手に入れることはできた。
しかしあのサブ......なんとかとはなんだったのだろう。
難しい単語がやけに並んで、戦争の状況は、とか指示した攻撃はどうなった、とか言っていたが、ユズキの上司は軍人の指揮官だったのだろうか。
いや、ユズキはサギシという職業だと前に森で話してくれていたので、軍人では無いのだろう。
となるとサギシとは軍に関与する、又はそれに連なる仕事なのかな?
そう考えるていると、気がつけば周りの景色は血の色一色、緑の草原は存在していなかった。
永遠の別れを済ませた首と胴体、まだ胴体や首に依存する魂。
それらは全て一斉に肉と離脱すると、ある一方へと進んで行っていた。
それは、たしかに先程別れた筈のユズキのいる方向だった。
ユズキと合流したい気持ちを抑えつつ、ボクは北の街へ向かおうとしたのだが......。
足に、途端に何かが刺さるような感覚。
スライムは物理攻撃が効かないわけではなく、それは確かに痛みを脳へ送る。足元を確認すれば、まだ首が繋がっている魔法使いらしき人物がこちらに向けて雷の槍を飛ばして来ていた。
水でできたこの肉体に雷は当然よく効き......
数秒後には、体全体が雷撃で痺れていた。
動け無くなったボクの元に魔法使いは近寄り、首輪らしきものをボクにつけようとする。
しかし、ボクはスライムだ。
状態異常など、すぐに告白してその魔法使いの首を撥ねとばす。
しかし、その魔法使いはニヤリ、としていて、死後すぐに抜けた魂は明らかにユズキとは違う方向に向かっていた。
それだけならまだ良かったのだが、しかしボクは視てしまった。
その魔法使いの魂は、あまりにも輝いていて、そして美しく、かつ。
とても、”美味しそう”だった。
まるで食欲をそそらされるようなその存在を、気がつけばボクは丸呑みにしていた。
結論から言えば、非常に美味だったのだが、ここでボクはある疑問が生じる。
なぜボクは物体でないはずの魂を”触れる、もしくは食べる”ことが出来たのか。
あるいは、ボクはボクの思っているボクではないのかもしれない......とも。




