14話 交差する感情
あれからしばらく、犬人の指揮官を拷問した後、そいつらは全員エイガルト王国の騎士団団長でもあるプロタイトさんに引き渡しをしておいた。
俺を見てか、足の腐った魔物を見てか一瞬顔が青ざめていたが、前者であるなら酷い話だ。
しかし、俺をジーッと見つめていたことから、全身血まみれである事に気がつけた為そこは感謝感謝というところだろう。
この服をどうしたものかと懊悩していると、プロタイトさんが取り敢えず、と代わりの服を用意してくれた。
プロタイトさんには後で支払いもしなくちゃいけないな。
これいくらぐらいするんだろう。
それと、問題はもう一つあった。
戦闘が終わった後から、ミスラがあまり喋らなくなったのだ。
具体的には、俺が話しかけると必要最低限の返答しかせず、俺に話そうとしているのか口を開くが、直前でやめたりするなど。
明らかに避けられている事がこれらのことから分かるだろう。
しかし、俺はミスラに何かやった覚えはないし、何か怒られるようなことも気まずくなるような事もした覚えはない。
ならば原因は何にあると言うのだろうか。
いや、言わずもがな戦闘が何か関与していることは俺でも分かる。
戦闘前は普通だったのだからそれは当然だろう。
だとすると、知的生命体への戦闘経験がトラウマになっているのかもしれないな。
たしかに、ミスラが人と同等の知的生命体に戦闘行為を行ったのはこれが初めてだ。
なれば、閉じ込められた時の怒声や罵声、阿鼻叫喚などが心にダメージを与えた、と言うのが妥当だろう。
指揮官をバンドで止める時も複雑そうな顔をしていたのでそれで恐らく確定とまでいってもいいのではなかろうか。
真相がわからないまま、俺は取り敢えず、代わりの服を買いに行く事にした。
——
ボクは、怖くてしょうがなかった。
犬人との戦闘が、ではない。
あの程度の魔物ならどうって事ないし、自分達に敵意を向けた相手に情けをかけるほどの慈悲も持ち合わせてはいない。
自分で使った魔法も、既に効力は確認していた為あのような地獄が目の前で起きることも分かっていた。
バンドで犬人を止める時も対して感情は持たなかったし、むしろ攻めようとしてきた事に怒りすら感じていた。
拷問の風景も、まあ攻めようとしたのだから足が腐らせられる程度で済んだのなら相手も歓喜だろうと思って全く何も思わなかった。
怖かったのは、一番身近なものだった。
“ユズキ”
それはボクを創り上げた主であり、チキュウとか言う不思議な世界から来た住人だそうだ。
いきなり住むところを神さまが消しとばした結果、自分以外のみんなは死んでしまって、自分だけ魂がどーたらこーたらで生き残った。
そんな事しか聞いていなかったからこそ、ボクはユズキの事をいきなり住む場所も何もかもを奪われた可哀想な人であると信じることことすれ、疑いの目など一時も向けた事はなかった。
そんなユズキが蹂躙劇を見せたことは、たしかにブラッドウルフを秒殺できるあたりで不思議はなかった。
問題はそこではない。
ユズキは、いつも笑顔だった。
笑顔に種類こそあれど、どんな時でも貼り付けた笑顔をしていた。
拷問するときと狂ったような笑顔も、怖さこそあれ、それはまた一つの笑顔の形であると受け取っていた。
しかし、蹂躙を起こす前に、指揮官にどのような罰を与えてやればいいのか、と聞いた時に、それはおきた。
「取り敢えずそこに置いといて」
その言葉には大した意味はない。
しかし彼は、その瞬間から蹂躙終了まで、ずっと、どこまでも、果てしなく”無表情”であった。
まるで顔が宇宙に広がる無限の闇の空間の如く暗く、千年間微動だにしない幻の花の如くその顔は変化しなかった。
ピクリとも、口角は動かず、眉は動かず、そこに感情は含まれていないようにも見えた。
しかし、視えてしまったのだ。
彼の顔から、いや、体全体からあり得ないほどに”憎しみ”と”怨念”と”悲哀”が溢れ出ている事に。
隠しきれない怨念と憎しみと悲哀は結合しあい、負の連鎖を引き起こし、犬人の心を蝕んでいた。
そして、最後に、これが一番怖かったのではなかろうか。
ボクは、魂魄魔法から生まれた為簡単な魂なら見る事ができる。
そんな事が生半可に出来てしまったから、視えてしまった。
一度だけ、金剛石に傷を与えたものが一人だけいた。
まるで狂戦士を思わせるようなその肉体の全力を持って、僅か数マイクロミリくらいの傷をつけて見せた。
確かにそれは”ダメージ”であった。
視えてしまったものとは、この世の物とは思えないほどに”穢れきった”魂だった。
傷から溢れ出し、その魂はその狂戦士を包み込んだ。
すると、どうだろう。
魂が、狂戦士の魂が、包み込んだ魂の群れに誘われるように、連れて行かれるように、いや、自分から望んでそこに向かうが如くその”穢れ”の一部と化した。
魂を失った器は倒れ伏す前に金の触手に心臓を貫かれ、肉体的にも魂的にも死んでいた。
そして、それが始まりであった。
死んでいった者達の魂はまだ確かに肉体に依存していた。
肉体は死せど、魂はまだその肉体に付いていた。
それを、一つ一つ丁寧に”穢れ”が包みこみ、そしてそれに誘われて肉体を魂は外れ”穢れ”の一部へと入って行く。
統合されたその魂は、まるで一つの生き物のようにうねり、魂を回収して、またユズキに戻った。
その穢れは、確かに怨嗟であり怨念であり憎しみであり悲しみでもあった。
そんな直視する事も憚られるような物を、ボクはうっとりするように見ていた。
気持ちが悪いものだったが、美しくもあった。
そこには、生きることへの執着や、死への恐れ、様々な感情が渦巻いており、それは一種の芸術のような物があったからだ。
そんな事を考えているボク自身が、穢れた魂を視て美しい、と考えるボクが一番気持ちが悪かった。
結局、ユズキも魂も怖いわけではない。
明らかに異常な感性と感情を持っている自分自身が、一番気持ちが悪く、一番怖い者であった。




