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Act.1 学び舎の事情。 03

(何が『私の食事を邪魔しないで』よ――――ッ)


 食堂から出るまでは悠然として足取りであったが、出てから足早に、そして二分後にはほぼ駆け足になっていた真紀は、10分後の今では師範の詰め所で机に突っ伏していた。


(恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……ッ)


 そうなのだ。

 今更になって、御法真紀は自分がやらかしたことに悶絶しているのである。

 さすがに揉め事から本気の喧嘩が始まるだなんて思っていなかった真紀であるが、師範としてはさすがに止めないといけないとは思った。思ったのだが、どういう口上でどういう風に止めたらいいのかということがさっぱり見当もつかなかった。これが軍隊ならば「貴様ら営倉入り3日だ」くらいですむのであるが、よく考えればここは『講武所』で軍隊ではない。軍人ではなく、兵法者を養成する機関である。軍隊的な規律はまったく無縁ではないにしても、もっと別のご都合が働いていても不思議ではなく、真紀はその時になってようやく気づいたのである。

 喧嘩を止めるにしても、どういえばいいのか。

 よくよく考えれば、喧嘩は辞めなさいといえばそれだけですむことではあるのだが、その時の真紀にはテンパっててそこまで思い至らなかった。

 とにかく師範としての威厳を見せつつ、それでいて慈愛のある態度も示し、寛容でもあったりしながら後輩である未来ある若者を更正させねばならない。冷静に考えればそこまで思う必要はないのだが、真紀は本当に本気でテンパっていたので、瞬間的にそこまで思い込んだのである。

 結果として二人を抱きしめたのは、かつて修行時代の妹弟子やら弟弟子にしていたことを再現したものであるが。


『姉弟子のおっぱいは、人をダメにする』


 と言った妹分は、今は何処で何をしているのだろうか。ひと通りの修行を積んだ後は兵法者として雄飛するでもなく、そのまま田舎に帰ったと聞くが。

 ともあれ、御法真紀はその時はそれがベストだと思ったし、「私の食事を邪魔をしないで」というのも、その時は二人の喧嘩を不問に伏しつつも自分の威厳を示すいい感じのセリフだと思ったのだ。

 その時は。

 食堂から出たら、一気に冷静になった。なんなのだ。なんなのだ。一体、自分は何様のつもりであんなことを言ったのだ。したのだ。


「恥ずかしい……」


 声にも出していた。


(どういう顔をして、あの子たちの前に出ればいいんだろう……?) 


 考えると顔から火が吹き出そうだ。

 だが、それでも何分かしたら幾分か頭が冷えた。


(ここの学生だからって、私が相手する可能性があるわけでもないか)


 生徒の数は確か留学生やら合わせて千人だか千五百人はいるとか聞く。師範の数も確か百人くらいいるはずである。自分は一応、講義とか任されるし、直弟子とかとらないといけないらしいが、それでも最初は二人まででいいはずだ。しかも今の時期の中途での採用である。学生たちはほとんどが何処かの誰かの師範の弟子入りをしているだろう。つまりは、あの二人――三人を弟子にとる可能性はまずない。講義だって自分みたいな兇状持ちのそれをわざわざ聞きに来るような酔狂者もそんなにいないだろう。面白い話もできないから、すぐに来る生徒も減るはずだ。


(うん、いける。大丈夫)


 真紀は顔を起こす。


「そうね。そうだよね。食堂だってあそこを避ければ……」


 なんとかなりそうな気がしてきた。

 問題は、あの二人……三人が、自分に復讐なんかを誓ってきたりした場合だが……。


(まあ、その時は、その時として――)


 今日、さっき少しだけやりあった三人のことを思い出す。あの《魔法世界》の子はちょっと観た感じで色々な技やら魔術やらを使っていたが、多分、本職ではない。小か大かは解らないが、かなりの『魔法』を使う。そんな匂いがする。そんな子が『講武所』に入れるのかなどは解らないが、入っているのだから、なんらかのツテなりコネなりがあったのだろう。

 そして黒髪の日本人の、あの子。多分、何かしらの古流を学んでいる。それは解る。けど、流派までは解らない。ただ、色々と使えるのだとは解る。ボクシングとか空手技も使っていたが、あそこらは余技で、後付的に習ったものだろう。元は一つの流派だけ学んで、その中にある多くの技を習得している――そんな感じがした。


(そして、最後のあの子――)


 なんだろう。

 あの子は。


「……『顕』……『験』?……かなり使えそうな気はしたんだけど」


 どうにもはっきりしなかった。

 結構強い感じもしたし、割りとどうでもいい感じもあった。


(つい手を出しちゃったけど……)


 あんな「殺意」をぶつけられた以上、兵法者としてただそのまま放置しておくというのも沽券に関わる……いや、そんなのは今から付け足した理由でしかない。殺意やら殺気やらをぶつけられるのは兵法者にとっては日常茶飯事だ。そんなものいくらでも放置しておけばいいだけのことだ。


(なんだろう……?)


 微かにでも、自分はあの子を脅威と感じたということなのだろうか。

 だから――


「ま、上手く立ち回って、今後はあの子たちと会わないようにすればいい。それだけのことだよ、うん」

 ……そんな風に一人で百面相じみた表情を見せている御法真紀を、他の師範たちは薄気味悪いものをみているかのように、遠巻きに見ているのだった。



   ◆ ◆ ◆



「ティナ、大丈夫?」

「ん……」


 自室のベッドに横になっていたティナではあるが、同室の明にそう声をかけられてようやく反応できた。

 昼飯のあの時、何処の誰とも知れない新任らしき師範?に胸で呼吸器を塞がれて窒息死するところであった彼女であるが、解放されてからはごく軽い酸欠状態であると診断され、保健室で榊美緒共々酸素を吸ってから、やがてどうにか自分の足で自室に帰り、さっきまでそのまま横たわっていたのだった。


「もう、こんな時間か……」

「午後の講義、全部休んじゃったね。――はい、テイクアウトで中華のAランチ買ってきた」

「ありがとう。この分は、後で払うわ」

「その内でいいよ」

「そういうわけには、いかない――」


 言いかけたティナの目前の、ほんの五センチほど前に、明の顔があった。

 中性的というより、幼いとも言える、少年のような顔。


「いいから」


 硬直したティナに、噛んで含めるようにゆっくりと言い聞かせる。


「……うん」

「よろしい」

「アキラは、本当に……」

「何?」

「なんでもない」


 ティナは言葉を濁してパック入りの料理を開ける。揚げ鳥のくるみソースかけだ。

 彼女はゆっくりとそれを食べながら、ぽつりと。


「今日のあのひと、あの師範のひと――私の仇だ」

「……ティナ?」

「ごめん。今、あなたにはどうでもいいこと言った」


 狡いな、私は、とティナは言いながら思う。こんな風に言えば、こいつはなんというか、知っているのに。知っている癖に。本当は、それを言って欲しい癖に。

 明はベッドの横に跪くと、ティナへと顔を上げた。


「私は、貴女の騎士だよ。貴女だけの騎士だよ。私の忠誠は、貴女だけにある。だから、関係がないだなんて、そんなことを言わないで、私の、私だけのお姫様」

「うん……」


 ヤバい、と思う。涙が出てきそうだ。こんなこと言われたら、私でなくても泣いてしまう。私だったら、私なら、本当に、本当に涙をこらえるのが精一杯で、もう――。


「ティナ?」

「――なんでもない。アキラは、本当に恥ずかしいヤツよね!」

「ティナ、それはないよ」


 抗議の声を上げる明を見ながら、かろうじてこらえきることができた涙と、だけど滲んだ瞳をみせたくなくて、ティナは顔を覆った。


(ありがとう、アキラ。私の、私だけの騎士。だけど、あいつは駄目なの。あいつは、あいつだけは駄目なの。あいつは、私が、私がこの手で、私が倒さないと駄目なのよ)


 本来ならば、戦う理由はもうない。あの女と自分が戦う理由は、何処にもない。そのような誓約をしての戦いであったからだ。そのように皆納得しての戦いだったからだ。

 だけど。

 だけど、だけど、だけど。

 自分は、自分だけは駄目だ。

 皆のためなんてもう言えない。死んだ彼のためなんて、もっと言えない。

 ティナは、かつて《魔法世界》で姫であった少女は思う。


「兵法者、御法真紀――決して、決して私は許しておかない。貴女に勝つために、貴女を倒すために、私はこの街に、この国にきたのだから」



   ◆ ◆ ◆



 その時の榊美緒は、自室のベッドで横たわり、「おっぱい」と呆けた顔で繰り返し呟いていた。



   ◆ ◆ ◆



「えーと……あなたたち二人が、私の直弟子――に、なるのかな?」


 翌日、御法真紀はあてがわれた学習室で、目の前に立つ、なんだかぶすったれた顔をしたティナと、「はい」と元気よく叫ぶ明の二人の顔を見て、困惑していた。



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