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プロローグ 大兵法者の憂鬱。 04

「決闘――――」


 真紀はその言葉を反芻し、老人の意志を汲み取った。

 すでにない国の騎士として、ありもしない剣を持っての、決闘の申し込み。

 そんなもの、そんなこと。


(ただのおままごと、みたいな――)


 そんなことを、元とはいえ、本物の騎士だった人物が今ここで、自分に対してする意味は。

 御法真紀は立ち上がった。


「兵法二天一流、御法真紀――その決闘の申し出、承ります」

「ありがたし。よくぞ我が申し出を受けてくださった!」


 老騎士は莞爾と笑い、それから腕を組み直す。


「しかし――お互い、闘争に向いた格好ではありませなんだな。これはこのゼークト、一生の不覚」

「ええ」


 傍から見たら、上下ジャージの女と、ジョギング姿の老人公園の隅っこで決闘ごっこを興じているようにしかみえないだろう。


「では、こちらから提案させてもらうが……然るべき時、然るべき場、然るべき装いが整うまで、決闘は延期とさせていただけまいか」

「ええ。もとより、決闘とはそのような――然るべき者たちがするべきこと」

「うむ。然るべき、介添人を立てて、な」


 ――――。

 真紀は、その時にはこの老騎士がなんのために、こんな茶番劇を始めたのかを理解していた。


「我は、主君の忘れ形見を立ち合いに招き、介添人としたい」

「私は――」

「真紀よ、兵法者、御法真紀よ。貴女には、貴女の弟子を、貴女の後継者を、貴女の未来を継ぐ者に介添人となっていただきたい」

「――――――」

「我々はな、我らはな、過去しかない者はな、未来ある者、未来を担う者にこそ打ち破ってほしいのだ。解ってくれ。御法真紀よ。我らを破りし今よ。そして過去よ」

「…………解りました」


 御法真紀は、その日、三年ぶりに笑った。


「兵法者、御法真紀。貴方という過去を、私自身という今を打ち破るため、我が兵法を継ぐに足る者を育て上げ、介添人といたしましょう」



 満足に立ち去っていく老人の後ろ姿を見ながら、真紀はようやく思い出す。


(ああ、あの人が火の国の騎士のゼークトか)


 王家を護るために最後まで戦うことを誓い、そしてただ一人残された姫を護り孤軍奮闘したという老練の魔法騎士。その力はかの代表戦士には及ばずとも、火の国においては十指に入るとも謳われたという。

 生き延びたという話は聞かないが、よもやこの場で、この自分に対しての嘘はいうまい。

 真紀はそれだけは確信していた。

 いつかあの騎士は、守り抜いた姫を傍らに、何処かで自分と立ち合うに違いない。

 そしてその時の自分の傍らには――。


「そうか。私はあの老人と決闘をしなくてはいけないのだな」


 その日のため、その時のため、自分も育てなければならない。

 この国の、この世界の、もしかしたら《魔法世界》も、そして自分の跡を託すに足るだけの、そんな若き兵法者を。



 ……かつて、地球と《魔法世界》が衝突した。

 その原因は未だよく解っていない。《魔法世界》の側の儀式の失敗だったとも、地球側の何かの実験の結果だとも、それについての推論やら仮説は星の数ほども出され、そのほとんどがろくに検証されないままになっているのが現状だった。

 はっきりしているのは、あの日――2030年のグリニッジ標準時で18時27分のあの時刻から、世界の全てが変わってしまったということ。

 二つの世界の衝突による物理的な物理的な衝撃は凄まじく、双方の世界に地表に浴びせかけた突然のそれに対応できた者は少なくとも地球側にはほとんど存在せず、地球側の死者の少なくとも三分の二はこの衝撃によるものと考えられている。

 しかし、事態はこれだけにはとどまらなかった。

 翌日から世界はまるで変わっていた。物理法則はそのままに、かつては霊的、精神的……宗教や形而上学の領分でしかなかったものごとが「発現」するようになっていたのだ。

 怨念が実体を持つようになり、魔術が威力を伴うようになったのである。

 それが魔法世界からの『魔法』が流入したことだということには、早くから多くの者が気づいていた。

 皮肉にも霊的な資質に目覚めた者たちによる予知、遠隔視、魔術などによって、《魔法世界》は認知され、事態の把握はされたのだった。

 そして地球に魔法が流入したことにより、《魔法世界》は『魔法』が薄れた。

 それまでは全ての者に何かの『魔法』が使えたのが、その衝突以降は『魔法』を使える者と使えない者とが生まれた。

 この『魔法』の流入はまだ続いていて、やがて地球と《魔法世界》で等分になるのではないかと考えられているが、それがいつになるかはまだ解っていない。数十年先のことかもしれないし、数千年先かも解らない。

 この二つの世界の衝突による変容は多くの混乱を生んだが、それもそれぞれの世界の住人たちの接触による新たな悲劇の前には、些細なものだった。

《魔法世界》と地球の接触面は、太平洋上のとある島の上空に黒い半球体として早くから視認されていたが、そこを通じて調査隊が送られるまでには都合三年かかった。

 そこからの展開は、地球の歴史で何度となく見られたものの焼き直しであった。

 接触からの友好と衝突、断絶、そして戦争。

 十年で、一通りのことを二つの世界の住人はやった。その間に多くの血は流れ、今も流されて、これからも流れ続けるだろうと言われているが――それでも、最初期のそれに比べれば、現在は幾分か穏やかになった。


 2045年現在、地球と《魔法世界》との間の混乱は小康状態にあるが、混迷の度合いはより深まりつつあるようにも思える。

《魔法世界》から『魔法』が失われていくのに比例するように地球からの武器の流入は続き、日本、伊太利亜、中国、英吉利……衝突以降に地球の主導権を握った新列強とも言える国々は、その影響力を《魔法世界》にも及ぼさんとしていた。


 なお、地球と《魔法世界》の接触期の初期より、公式な地球側からの調査を待たず身につけた特殊な魔術、武術だけを頼りに非公式な単独の探求者が何人も《魔法世界》に渡っていたことが確認されている。

 それらの何人かは地球の、日本に由来する武術の遣い手たちであり、《魔法世界》においてさえその威力を存分に発揮した。

 いや、それは明確な脅威として認識されたことだろう。

 ただ一人にして多くの軍勢にも比肩する怪物たちは、さすがに数はさほど多くはなかったが、それでも数多の痕跡を《魔法世界》に残した。

 彼らは自らを先人に倣い、兵法者(ウォーアーティスト)と称していた。

 そして彼ら兵法者は、今やこの二つの世界のバランスを揺るがしかねない存在となりつつあった。


 大日本帝國は、新世代の兵法者を養成する機関――『講武所』を設立し、その真意を各国は探りながらも多くの人材を派遣し合った。

 そしてその師範の一人として、かつて《魔法世界》に決して消えぬ痕跡を残した兵法者、御法真紀は招かれたのであった。


「……けど結局、私に人の指導なんてできるのかな……?」


 一時期のテンションで盛り上がっては見たものの、戦い以外のことなど自分にはろくにできないことを改めて思い出し、彼女は暮色に染まりつつある公園で途方にくれたのだった。


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