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Act.5 刃の夜。 02

「――――ッ」


 静かな呼吸からの無声の気合と共に、暗闇の中で蝋燭の揺らめく火を照り返した一条の刃が閃く。

 続いての納刀のかちりという音がして、するりと火の位置がずりおち――

 ぱちん、と部屋の灯りが点灯した。


「…………アキラ、稽古はいいけど、わたしがシャワー浴びている間にすませてくれない?」

「ごめん。――て、姫、また体拭いてない!」


 胡座で床に直に座っていた明は、刀をその場に置いて慌てて立ち上がった。

 そのまま濡れっぱなしで全裸のティナの横を通り抜け、バスルームからタオルを何枚か運んできた。床にも何枚か置いている。ティナの歩いた跡だった。


「もう、姫はいつまでたってもズボラなんだから……」

「ズボラゆーな」


 まだ自分の身体を自分で拭くのに慣れてないだけだ、と言い訳とも言えない言い訳をする。


「普通の一般人は、それくらい自分でするんだよ……」

「いーのいーの。わたしお姫さまで、アキラはわたしの騎士。わたしをお姫様扱いするんだから、あなたがわたしの身体くらい拭くのは当たり前でしょ」

「騎士は身体を拭いたりは、あまりしないんじゃないかなあ……」


 そう言いながらも、優しく丁寧に同居人兼彼女のお姫様の身体から水気を拭き取っていく。手慣れたものだった。

「ん……」


 目を閉じてされるがままになっていたティナであるが、ふぁさっと頭にタオルを被せられて顔をあげた。


「――髪、それくらい自分で拭いといて」

「騎士の称号剥奪すんぞコラ」

「そういうの、もっとお姫さまらしく言ってくれない?」

「汝の言動は不敬である、よって我が側仕えの任を解き、騎士号も剥奪せん――や!?」


 何すんのよ、と数歩引いたティナの足の間から、タオルが落ちた。明がそこの隙間、太腿の間の狭まっているところに無理やりタオルを押し込んだのである。


「――拭くから、足、もっと広げて」

「はーい」


 さっき文句を言ったくせに、すぐにその場で一足分広げた。髪にあてたタオルを軽く叩くようにして水気をとっていく。


「あんまりうまくできないから、あとでアキラがちゃんとしてよね」

「はいはい」


 そう言いながら、明はティナの内腿をタオルでついと撫であげる。足の付根辺りまで届くと一端止めて、優しい手付きで拭っていく。


「アキラ、上手くなったね」

「……そりゃあ、毎日しているからね」


 最初にやった時は緊張したけど――そう言った声はぼやくようだった。


(なんにでも慣れるものだね……)


 つくづく思う。

 神護寺明は、ティナを自らにとって仕えるべき「姫」と定めた。その日、その夜に、最初にやらされたのがこれだった。


『身体拭いて』


 何を言われているのか、まるで解らなかった。

 高貴な者は、身の回りのことは召使いにやらせるものなのよ、と言われてなんなく解った。それからなんとなく勢いでやることになって、それがほぼ毎日続いているのである。

 ――とはいえ、なんで自分がこんなことをしなければならないのかについて、葛藤がないわけではない。


(本当は自分でなんでもできるくせに……)


 甘えているのだろう、とは思っているが、そのことは口にはしない。

 ティナはそんなことを指摘したって認めないだろうし、下手に怒らせたらそれこそ自分で全部やるようになるだろう。

 それはそれで、明も嫌だった。

 手間ではあるが、こうして彼女の「姫」に奉仕するのは、ある種の喜びはないでもないのだ。

 さすがにいつまでもこのままというのもよくないし、少しずつでも自分でやってもらうようにはしているのだけど。

 そんなことを考えている内に、明はあらかたティナの身体を拭き終えた。「終わったよ」というと、彼女のお姫様は「ご苦労」などと鷹揚に言って、そのまま自分のベッドの上に腰掛ける。

 明は溜め息を吐いた。


「前から言っているけど、お風呂上がりに服くらい着ようね」

「パンツ履かせてー」

「……足上げて」

「はーい」


 箪笥からティナの下着をとりだして、甲斐甲斐しく足を通していく。最初にこれをやった時は、緊張と羞恥で頭がぐちゃぐちゃになった。いや確か、五分もした頃にはなんか一周回って冷静になっていたような気もする。

 眼の前の「姫」はなんら彼女のことを意識していない。

 ごく当たり前にそれをやらせている。

 それに気づいた時、自分もそうしようと決めた。これも騎士の務めなのだと割り切ることにした。

 ――割り切れないから、葛藤しているのであるが。

 明の「姫」であるところのティナは、されるがままに服を着せられていたが、やがて明が座っていた場所へと目をやり、「ふーん」と言った。


「……ティナ?」

「――さすがに、悔しかった?」

「なんの、話」

「午後からの稽古」

「…………そりゃあ、」


 その続きは口から出てこない。何を言おうとしたのかも忘れた。ただ、唇を開いただけだったのかもしれない。


「アキラは悔しがると、すぐ稽古に逃避するんだから……」

「だって、」

「だって?」

「…………」


 やはり、明には答えられなかった。



 二人の言う午後の稽古というのは、お察しの通りに彼女らの直属の指導教官である御法真紀との稽古のことで、当たり前のように二人は真紀にボコボコにされた。それも真紀の専門の剣術ではなく、素手の組討中心の稽古によって、である。

 いかにもシャワーを浴びたばかりのいい薫りをさせながら、真紀は本当にあっさりとティナと明を制圧した。

 笑ってしまうくらいに圧倒的だった。

 最初にティナがつっかかった。

 アーニスにサファーデの組み合わせの彼女は、素手での戦闘でも戦える。

 真紀は不用意に間合いに入ったかのように見えた。

 最初に繰り出したのは右のショートパンチ――から左、と進めようとして、ティナは自分の両手を御法真紀の片手で封じられているのを見た。

 最初のパンチを躱しながら右手でティナの右肘を押さえ、そのまま顔の前に上げていたティナの左手も抑え込んでしまったのだ。


「え――――」


 真紀の前進は止まらず、押されて背中から床に倒される。

 続いての明は、真紀が間合いに入ればローキックを食らわせるつもりだった。

 履歴書には書かなかったが、近所の少年空手教室で空手をやった経験があった。

 古流遣いに相手にはとりあえずローキックというのが定番だ。

 真紀は進みながら右の手刀を頭上に掲げた。

 それが振り下ろされると、応じるように明の右ストレートが反射的に出る。


「え――――」


 空振った。

 というか、出した瞬間になんでこんなことをしてしまったのかと思っていた。明らかに距離が遠すぎる。真紀の打ち下ろしはフェイントであったが、それにしたってなんでこんなあからさまなのにひっかかってしまったのか。

 勿論、理屈は解る。極太な体幹による、安定した姿勢からのゆったりとした接近に合わせての振り上げ、切り下ろし――そのままの前進の速度だと間合いに入られる、と頭は反応してしまったのだ。

 実際は振り上げた直後で真紀は足を停めていたのであるが、あまりにも自然な停止にそれが解らなかった。

 空を突いた明の右ストレートが伸び切ったのとほぼ同時に、真紀の入身からの左掌。


「……このように、間合いと拍子を操作することによって、素手の武術にも剣術の技法は活かすことが可能です」


 勿論、専門の格闘家相手にはこう簡単にはいきませんが――

 丁寧に説明する真紀に、明は「もう一本」と立ち上がりながら叫ぶ。

 今の戦いに納得がいかなかったのではない。

 ただ、あまりにも単純な、術とも言えぬ引掛けにかかった自分に腹がたったのだ。


「アキラ――」


 ティナの止める間もなく真紀は「いいよ」と頷き、明は踏み込み――


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