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Act.4 昔話。 02

 ――笑われるかな?

 そう思っていたが、美沙夜は頷く。


「解るわよ。男は子供の頃、みんな地上最強になることを夢見るっていうけど、全能万能であることを望むのは男も女も一緒……その後でジェンダーに絡み取られて、最強だなんて言わなくなるけど……兵法者になるということは、男女の差も何もかもをひっくり返してしまう」


 きっと、真紀のような、最強無敵を望む女の子も増えているだろうなあと言う。


「美小夜さんも、そうだったの?」


 全然、そんな感じではなかったと思いながら、聞く。

 美小夜は微かに笑う。


「私も、かつては最強を夢見ていましたとも。柳生流の精髄を極めて、無双の剣豪と呼ばれることを目指していたわ――まあ、恥ずかしいから、そんなことは言わなかったけども」

「あはは」


 恥ずかしいと言われると、いかにも美小夜らしいなと真紀は思った。そういえば今思い出した。あの時、彼女は「柳生流を天下のご流儀と呼ばれるまでに復興し、一万人の門弟を育てたい」と言ったのだった。

 ……無双の剣豪になるというのと、そんなに変わらないなあと真紀は思った。


「しかし……そこまでやっといて軍隊になお入ったのは――ああ、あれ? ()()()()()?」

「まあ……否定しないけど」


 個人でやれることはやり尽くした。まだ探せば何かあるかもしれないが、取り敢えずはやった。となると、あとは個人でできないことをやってみる――そう考えたのは確かだった。


「苦手なことを少しずつ克服しようと、思って」

「それで集団活動のために軍隊、か。安易ではあるけど、まあ……あの当時の選択としては、あなたの中ではベストだったんでしょうね」

「個人では戦えなかった相手とも戦えたのは、嬉しかった」


 脳裏に浮かんだのは、あの火の国の代表戦士だった。

 多分、あの人以上の戦士にも騎士にも剣豪にも、今後会えないだろうなあとは、口の中だけで呟いた。

 それだけでも、軍隊に入った価値はあったと――今でも、思う。


「まあ……軍隊に入ってなければ、今でもあなたはあちらでうろうろとしていたでしょうけど。そういう意味では、結果論としては、あなたが軍隊に入ったのは、私にとっては、少なくとも、今の『講武所』の子たちにしたら幸運だったわね」

「……嬉しくない」


 軍隊生活に未練はない。出世などは気にしたこともなかった。それでもやはり、失敗は嫌だったし、それでよかったなどと言われるのは――


「また、会えたしね」

「美小夜さん?」


 ぽつりと零れ出た言葉に、真紀はついまじまじと先輩剣豪の顔を見た。


「――知ってる? 三十七人の同期で、今も生存が確認されている兵法者はたったの十一人。そして現役で、少なくとも兵法者を名乗っているのは私とあなたを含めても、四人しかいないのよ」

「…………」


 二十六人が、あの《魔法世界》でなんかの形で消息を断った。死んだのか、あるいはそうではなく、何か理由があってのことなのか――それはもはや、解らない。

 いや。


「……旅先で、何人かの生き死にやリタイヤは確認しているけど」


 真紀は首を振る。


「それでも、全員は知らない」

「私はあなたたちと違って、旧帝都周辺からそんなに離れなかったから、よく知らないんだけども、辺境はやはり過酷だった?」

「うーん……まあ、色んな魔物とかはいたし、強い魔法使いも戦士もいたけど、一番つらかったのは、やっぱり環境の違いと、孤独、だったと思う」

「孤独、か。その辺り、みんな覚悟を決めていたと思っていたけど」


 覚悟か。

 確かにみんな、それ相応の覚悟なり決意なりはしていたと思う。それはそれまでの稽古や戦いの日々にて培われたものであり、なまなかなものではなかったはずだ。

 だが、異世界での単独行というのは想像を絶して孤独だった。この世界において頼れる者はいないという現実は、直視し続けるにはあまりにも辛すぎた。

 ――のだと、思う。

 真紀は、真紀も孤独で辛かったが、それで心折れたりはしなかった。日常的に起きる戦いに心震わせていた。こんな日々が続けばいい、だなんて夢にも思ってはいなかったが、真紀には過酷でもあっても、そんな、おかしくなるようなものではなかった。


(いや、そうなっていたという時点で、私はおかしくなっていたのかもしれない)


 戦いに逃避していただけなのかもしれない。

 そう考えてみると、自分は同期の誰よりも心が弱く、だからこそ生き残れたのかもしれない、とも思う。


「……異世界を一人で旅していると、やはり多かれ少なかれ、おかしくなっていったんだと思う。――天心(てんしん)独妙流(どくみょうりゅう)のミラ、覚えている?」

「覚えているわ。あの子も帰ってこなかったわね。銀髪のミラ・E・黒澤……お人形さんみたいだった……」

「私があの子と再会した時、奴隷を二人連れ歩いていた」

「――奴隷?」


 美小夜は目を見張った。

《魔法世界》では人権意識が地球とはかなり異なる。奴隷制度のようなものも残っている地域があるとは聞いていたのではあるが、それにしても、美小夜の記憶にあるミラとはまったくそぐわない話しだった。


「十代前半の、少年少女の奴隷。兄妹だったのかな……今となってはわかんないけど……ミラはその二人に毎晩、いやらしい奉仕をさせていたんだって」

「…………」

「当人が、嬉しそうに話したんだよ。顔とか様子とか、旧帝都で別れた時のままだった。だけどあの子は一年もたたずおかしくなっていた。腕前は、怖いほど冴え渡っていたけど」

「…………」

「再会して別れて、それから三日後、宿屋で殺された。多分、奴隷だった子たちにやられたんだろうって話になってた」

「…………あの子がねえ」

「逆に、奥山(おくやま)神影流(しんかげりゅう)真泉(まいずみ)さん、あの人は奴隷に堕ちていた」

「真泉――恋詠(こよみ)姐さんが!?」


 真紀は頷く。

 奥山神影流の真泉恋詠は、彼女らの同期で最年長で、その腕前は五指に入るものだった。十八歳にして『顕』に至り、その太刀筋の剛直はあらゆるものを粉砕するとさえ謳われた。それでいて、柔らかい物腰と包容力――のようなものに、みんなは姐さん姐さんと慕っていたものであったが。


「なんか賭け試合で負けたって話で、あの人がなまなかの相手に負けたとも思えないから汚い罠にでもはめられたか、それともよほどの強敵だったのか――助けにいったんだけどね。拒否された。自ら負けて奴隷になったんだって、言ってた」

「自ら!?」

「そう言っていた。何があったかは知らないけど、もう兵法者を続けられない、疲れたって」

「姐さんが…‥」

「今はご主人様に仕えるのが幸せだって、いやらしい格好して私に言ってたよ」


 今も奴隷のままなのかは解らない。奴隷と言っても年季というのがある。それに、あの手の奴隷なんてそんなに長く続けていられるものでもないだろう。確か、今も存命ならば美小夜の一つ上だったから二十六歳。主人の屋敷に続けて仕えられていたのならば幸運な方で、捨てられてしまえば、元性奴隷のやれる仕事などはそう多くない。街娼か、あるいは……。


(兵法者としての復帰は、もう無理だろうな)


 恋詠のことを思い出すと、頭の中が冷える。麻薬に濁った目で真紀を見ていた。拒絶に繰り出した一撃――もう、戻れないのだと悟る他はなかった。

 この二人ほど極端でないにしても、多くの兵法者が異世界の慣れない環境の中、孤独に心挫かれていった。


「そうか、あの二人がねえ……」


 美小夜はそう呟いてから、くいとひと仰ぎにコップの酒を飲み干した。強い酒なのに、と真紀は思ったが、口にはしなかった。今の話を聞いて素面でいられなくなったのだろうと思った。

 違っていた。

 美小夜はさらにもう一杯、飲んでから、さすがに顔に朱を浮かべて、何か覚悟を決めるかのように目を閉じる。


(な、何……?)


 かつてない、気迫を感じる。こんな鬼気にも似た、恐るべき集中を、覚悟を、真紀は美小夜から感じたことがなかった。

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