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NODUS 介け抱く者

作者: 澁谷晴

  1


 カルドランド王国西部の都市、クロムウェル。

 ソフィア・ゲイルはこの街で生まれ、育った。


 クロムウェルは祝祭が続く場所だ。通りをいつだって大勢の人々が、余所行きの格好や仮装で練り歩く奇怪な都市。あるいはソフィアが知らないだけで、毎日どこかの人々にとっての祭日なのかもしれない。行きかうのは地元民のみならず、帝国人、東のコルニスタン人、ラエルのエルフ、フィルベルグのドヴェル、獣人、風生まれ(ウィンドボーン)水底の民(ベンシック)――老若男女誰もが浮かれ、騒ぎ、酔いしれている。


 街にはいつも出店が並び、からくり仕掛けの巨人が道を進み、王侯貴族のような格好をした誰かが部下を引き連れ凱旋行進みたいなことをするし、酔っ払いが「聖誰々に乾杯!」とか「なんとかの日万歳!」と言ってのんだくれている。一年中「今日だけは無礼講だから!」との声が聞こえる、色鮮やかな街――撒き散らされた色水や果物や花びらや紙ふぶきのせいだ――ここで十六歳を迎えたソフィアは、慣例に沿って運命(フェイト)の鑑定を受けることになった。


 彼女が通う学校ではその日、生徒たちが一人ずつ部屋に通され、鑑定士の爺さんから「君の運命はこれだ」と魂に刻まれた情報を教えてもらう。自分の番が来たのでソフィアが入室すると、その時点で爺さんの顔色が変わった。


「おや、君は……いや、気のせいかも知れぬ。かけなさい」


 不安を抱いてソフィアが爺さんの前に腰掛けると、彼は〈鑑定〉の技能スキルを用いてソフィアの魂を見た。


「おお、やはりだ。君は……君の運命(フェイト)はひどく眩しいな。これは神より祝福を受けている証だ。すばらしい。不世出の才、と呼んでよかろう。これほどの輝きは今までに数えるほどしか見たことがない」


「それは良かった」ソフィアはまだ手放しで喜んでいいか判断つかず、慎重に言った。肝心なのはどんな運命かだ。料理人、音楽家、教師、商人。果たしてどのような――


「君の運命は〈介抱泥棒(ラッシュワーカー)〉だ。間違いない」爺さんは堂々と宣言する。


「え?」


「介抱泥棒」


「それって……」


「意識の胡乱な相手――たいていは酔っ払いだ、その懐の財布とか、身につけている時計や指輪、あるいは外套や靴を盗むのを生業とする者達さ」


 ソフィアは唖然としてしばし沈黙してから、


「いや、でも、必ずしも私が介抱泥棒になると決まったわけじゃ――」


「すでに決まっておるよ。あるいは運命がいま少し弱ければその自由もあったろうが、これほどの才では今後どのような道を歩もうと、介抱泥棒としての運命を全うすることになるだろう。神が、この世界が、そう導くのだから。がんばって立派な介抱泥棒になるがよい。では退出を」


 ソフィアは無表情で部屋を出た。



   2


 ソフィアの同級生はほかにも何人か、彼女ほどでないにしろ強き運命(フェイト)の持ち主がいた。


 学級委員長のまじめな少年は〈漁師フィッシャー〉の運命だった。しかし彼は泳げないので海が嫌いで、しかも魚も大の苦手だった。


 文武両道の優等生が〈物乞い(ベガー)〉となるのだと告げられた。悲惨だが、しかし彼はまだましだ。ソフィアと仲の良い級友ロイクは、〈連続殺人犯シリアルキラー〉の運命を持つということだった。しかも彼のそれはソフィアの才よりも強く、この先何度生まれ変わろうと、どんな世界に生まれようと、必ず殺人鬼になるであろう、とのことだった。


 最初は青い顔をしていたロイクだったが、放課後にはもう晴れ晴れとした顔になっていた。


「オレは今まで何のために生まれてきたのか、考えたこともなかったけど、今日それが分かったんだ。これはめでたいことじゃないか。ソフィア、オレは一流の殺人鬼になってみせるよ。もうじき、オレの殺した被害者のことが毎朝報道されるようになるだろう。模倣犯も現れるだろうし、いつまでたっても逮捕できず警察は非難を浴び、だけど一人の優秀な刑事か探偵が、オレを追い詰めてくるだろうさ。そいつは必ずオレを処刑台送りにしてやるんだって意気込んで、この街始まって以来の戦いが繰り広げられるだろうさ。


 オレは今、本当に生まれたんだよソフィア。オレは〈連続殺人犯シリアルキラー〉の運命を全うする。だからソフィアも、最高の〈介抱泥棒(ラッシュワーカー)〉になるんだ」


 なんと答えたものか分からず、ソフィアは「うん」とだけ告げて下校した。


 家に帰って両親に今日のことを話すと、父親は「仕事を始めるタイミングが肝要だ」と言い、ソフィアが「それは本当に介抱泥棒になるか、ならないかをいつ決めるのか、という意味か」と聞いたところ、「違う、夜がどれだけ更けてから盗みをするかだ。あまりに早すぎると酔客は少ないだろうし、遅すぎると同業者がいいのを全部持っていったあとで、ベルトやネクタイなんかを奪うはめになる」との答え。


 母親は、泥棒するなら夜の闇に潜むための黒い服を買ったほうがいいと言う。これに父親が、実際は黒だと闇の中でかえって目立つので紺色がいい、それにソフィアは忍び込むんじゃなく盛り場や駅を仕事場にするんだから普段着のほうがいい、などとアドバイスした。


   3


 結局ソフィアは思考を放棄し介抱泥棒になることにした。祝祭の続くこの街なら獲物には困らない。それは幸運というべきか。


 一匹狼もいいが、さまざまな役どころ(ジョブ)に対応したギルドがあるのでこれを利用する。彼女は自分なら恐らく盗賊ギルドだ、と考え、さっそくギルドのある境界区域へ足を踏み入れる。


 境界区域はこの世とは違う理の〈魔界〉〈向こう側〉とのはざまにある場所で、ここの奥底に行けば行くほど運命フェイトは本来のものに近づき、強い力を発揮できる。しかし奥へ入るほどに危険な魔物が生息しているし、魔界へ近づき過ぎれば二度と戻ってこれなくなるという。もちろんギルドがある場所の深度ならば問題はないだろう。


 地図で調べた盗賊の根城〈漆黒街〉――通称〈ドブ底〉に足を踏み入れると空気が変わった。街じゅうの祭りの喧騒は消え、悪臭と血のにおいが立ち込め、日が差し込まず薄暗く、怪しげな格好のいかにもな悪漢がたむろし、乱闘の声、あるいはまさに乱闘している人々、銃声、死んだばかりと思われる遺体、白骨死体、壁に一面貼られた手配書、などがソフィアを渦巻いた。しかし彼女はまったく恐怖していなかった。それどころか、居心地がいいとすら思えた。やはり、自分の運命は――


 そう思っていると、目の前に誰かが立ちはだかった。

 それは古臭く、しかし上質な鎧に身を包んだ女騎士だった。

 彼女はソフィアを親の敵を見るような目でにらみつけ、言った。「そこな小娘! 貴様、わたしを侮辱したな!」


「は?」


「とぼけても無駄だ。わたしのみならず我が祖先をも貶めるその態度、もはや許しがたい!」女騎士は手袋をソフィアの足元に叩き付けた。「決闘だ! 貴様に制裁を加えてやろう! 我が名はロザリーン・イーガン! いざゆかん!」


 問答無用で騎士ロザリーンは上段に構えた剣を振り下ろす。ソフィアは真っ二つにされる自分を幻視したが、そうはならなかった。

 体育を苦手としていた彼女からは想像もつかない速さで、相手の腕を掴んで投げる。ほとんどソフィアは力を入れていなかった。全力で剣を振るったロザリーンの力を逆に利用したのだ。


 石畳に激突した衝撃に朦朧とする女騎士。ソフィアはしゃがみこむと彼女の肩にいたわるように手を沿え、


「大事無いですか、突然転んで。きっと路面が濡れていたのでしょう。骨が折れているかもしれません。この(ポーション)をお飲みなさい」


 と小瓶を差し出した。いやお前が投げたんだろう、と反論する間もなく口を塞がれ、ロザリーンは促されるがまま薬を飲み干した。

 間もなく傷は癒え、ゆっくりと体を起こす騎士にソフィアは柔らかな笑みを向けた。 


「私はソフィア・ゲイル、盗賊ギルドに用があるのです。連れて行ってくれますか」


 狐につままれたような顔で、ロザリーンは頷くことしかできなかった。

 もちろん、目の前の少女が〈介抱泥棒(ラッシュワーカー)〉の才覚を有することなど知る由もなかったし、覚醒直後にもかかわらず介抱する相手(獲物)を探すのではなく自ら作り出すほどの域に達していることや、その能力をさっそく用いて自分から回復薬と所持金を盗み取ったことなど、気づくはずもなかった。


   4


 路地の奥は光の差し込む広場となっており、露天が円形の壁に沿って出ていた。盗品市だ。盗人たちがあちこちから手に入れた品々が売られている。どこぞの大時計の長針。誰かのミイラ。見たことのない足のたくさん生えた海産物。怪しげな薬。伝説の武具と称されるガラクタ。

 ソフィアはロザリーンから奪った金で回復薬や解毒剤を購入した――この先またいざこざがあるかもしれないから。彼女が持っていたのは王国の通貨〈フレイム〉ではなく、境界区域でしか使えない、魔術によって作られた〈フェイト金貨〉だった。それらは運命の神カイルナーヴァが描かれ、歪んで一枚一枚形が微妙に違っていた。


 最初の仕事(盗み)を終えてソフィアは思う――自分は泥棒だが、相手は介抱が必要な者だけ。そして自分は必ず介抱しなければならない。先ほどの決闘でも回復剤の代わりにロザリーンに毒を飲ませて完全に命を絶つこともできたが――もし毒を持っていたなら、の話だが――それは禁忌だ。それが〈介抱泥棒(ラッシュワーカー)〉としての矜持。自らの運命(フェイト)はそう言っている。


 市場を抜けると一層薄暗い小道があった。階段を下り、地下路に入る。少し開けた場所があり、薄汚れたテーブルが並んでいた。ぼんやりとした灯りの下、昼間から酒を飲む人々。ここは酒場らしい。奥には扉があり、屈強な護衛がその両脇に立っている。


 大柄な、目つきの悪い男が話しかけてきた。


「よお、お嬢さん。さっきのは見てたぜ。鮮やかなもんだったじゃねぇか」帝国訛りの口調で男はソフィアに言う。「新入りにこっちが求める水準はまあ超えてたな。大したもんさ。ロザリーン、あとは俺が案内すっからよ、お前さんはまたそこらで稼いできな」


 どうやら男はソフィアが介抱泥棒を働くのも見ていたようだったが、それをロザリーンにばらすつもりはなさそうだった。

 女騎士が立ち去ると、男は酒を呷りながら彼女について説明を始めた。


「あいつの役どころ(ジョブ)は〈強盗騎士ロバーナイト〉ってんだ。何世紀か前には、あいつのご同輩がたくさんいたもんさ。決闘をふっかけて合法的に相手の持ち物を奪い取る、たちの悪いやつらだ。あまりに目に余るってんで、決闘を禁止する法ができた。だから今じゃあいつは文字通り、騎士の格好をした強盗に過ぎねえわけだな。口上と鎧で格好付けてるのを除きゃ、俺と変わりがねぇ」


 男はホーニゴールドと名乗った。彼は羽振りの良い〈追い剥ぎ(ハイウェイマン)〉で、確かにその身なりは職業とは対照的に洒落ており、大きな宝石のついた煌びやかな剣を佩いていた。


 酒を飲み干すとホーニゴールドは机に酒代の金貨を置き、ソフィアを連れて扉に向かった。護衛の男たちは彼を見て頷き、通した。

 さらに階段を下りて石造りの通路を進む。ホーニゴールドは歩きながら、


「俺はな、ギルドの新人を見極めんのが仕事なのさ。集団行動できるやつか、腕は確かか、約束は守れるか、どれも重要さ。お前さんには最初っから目を付けていたよ、ソフィア・ゲイル」


「まだ私は名乗っていないはずだけど」


「鑑定士の爺さんは色んなとこと繋がっててな。うちらにも当然一報が来たわけよ、イキのいいのが入りましたよってな」


 まるで魚みたいだ。


「さて、既に合格はほぼ内定ってことで仲間たちを紹介しようじゃねぇか」


 二人が入った部屋は食堂らしかった。魔導具によるものか、廊下と違って空気は清浄だ。何人の構成員が食事をしたり酒を飲んだりしている。

 小柄な風生まれ(ウィンドボーン)の盗人が酒宴の余興だろうか、ナイフでお手玉をして周囲の仲間から拍手を浴びている。表の通りでやれば器いっぱいの金貨が手に入ることだろう。あの曲芸師(ジャグラー)は少年じみた見た目よりずっと年嵩で、凄腕の盗賊だとホーニゴールドは言った。


 棺桶を引きずって入ってきた、ローブを纏ったエルフの少女と、聖職者らしい青年が騒がしく言い合っている。


「おお、また新たなる犠牲者を確保したのですかな、拙僧にも見せたまえ」


「おい! そいつはあたしのだぞ、またあんたは副葬品をくすねる気だろ」


「滅相もありません、しかし些かその棺桶は重すぎるでしょう。ほんの心ばかりの施しですよ、金貨を数枚」


「やめろっつってんだろ、バカ野郎!」


 少女は〈死体盗掘者(リザレクショニスト)〉、墓場から死体を盗んで医者や屍術士(ネクロマンサー)に売る盗賊だとホーニゴールドが説明する。青年のほうは確かに聖職者で間違いはないのだが、葬儀のさいに金銭を掠め取る破戒僧(アポステイト)だ。


 空中を漂う亡霊がいた。どんな場所にも忍び込めると豪語するこそ泥(プロウラー)だ。その他盗品商(フェンス)巾着切り(カットパース)空き巣(ハウスブレイカー)金庫破り(セーフクラッカー)、あるいはただの悪党(サグ)たちが悪巧みをし、今日の手柄を自慢していた。


   5


 次にホーニゴールドは幹部であるシギュンのところへ案内した。彼女はドヴェルの密造酒職人(ムーンシャイナー)で、工房は散らかったガレージといった感じだ。並んだバスタブで作る密造酒は高級ワインさながらの値段で取引されているらしいが、エンジン・オイルや香水、魔物の分泌物など得体の知れない材料が混じっている瓶もあり、運が悪いと健康被害を被るリスクも存在している。それでも、闇市でシギュン手製の酒を手に入れたいという好き者は後を絶たない。


 シギュンはドヴェルの女性が皆そうであるように、髪をむやみやたらに伸ばしており、全身が覆い尽くされていた。


「あんたが入りたいというのならかまわない。最終的な入会の儀式はギルド長がやるんじゃがな。ルールはいくつかあるが、重要なものだけ話しておこうか」ハスキーな声で幹部は、謎の混合液をかき混ぜながらソフィアに言う。「殺しはご法度じゃ。自分の身に危険があるとき、反逆者が相手のときは別じゃが、殺して奪うのはな。もし殺しちまった場合、聖職者とか屍術士、しかるべき相手に頼んで蘇生させとくことじゃな。


 ああ、それとな、身内から盗むのは禁止しておらんから、自衛はしっかりとしておくようにな。あんたは恐ろしく強いフェイトの持ち主のようじゃが、まだ覚醒して間もないのじゃろう、ソフィア・ゲイル? こっちにもそれなりの曲者・凄腕が揃っとるからな。ダガーピークやサンクチュアリ、レナーデに比べれば平和な街じゃが、盗人はどこにでもおるからな。ま、わたしが言いたいのは、盗まれて泣きついてきても、何もしてやれんということじゃ。


 ではなホーニゴールド、最後の試練を」


 シギュンへの挨拶の後やって来たのはギルドの最深部、広大な空間だった。

 そこには盗賊の神、よからぬ企みと詐欺、影の神ハルミナの像があり、フェイト金貨や酒が供えられている。どうやらここは礼拝堂らしい。不穏なことに、血の染みらしきものが床にはいくつも残っている。


 司祭らしき老人が隅のほうに腰掛けていた。彼はホーニゴールドと目を合わせると、無言で頷く。

 

「ここは魔界に近い、お前さんなら分かるだろう。つまりは、運命(フェイト)の力も増幅するってことさ」ソフィアに向かい合って立ち、ホーニゴールドは言った。「最後の試練は、俺と戦って勝つことだ。怪我をさせねぇように多少は手加減するがね、しても問題ないし、最悪死んでもすぐにあの爺さんが蘇らせてくれる。


 言っとくけどな、俺はロザリーンのようにはいかねぇぜ。お前のフェイトを見せてみろよ、ソフィア」


「望むところです」


 臆することのない少女に、ホーニゴールドは笑み、背後に立つハルミナに向かってか、こう告げた――「神よ、我がよからぬ行いに祝福を」


 すると彼の肉体が急激に膨れ上がった。もともと二メートル近い体躯は三メートルほどに伸び、全身に灰色の毛が生え、口は裂けその獣の相を、魔法の燭台の青白い光のもとに晒した。狼だ。


人狼(ウェアウルフ)だったとは。それならあなたの仕事もたやすいことでしょう」


「いかにもそうさ。月の夜は誰も、膨らんだ財布を下げて街道を歩いちゃならねぇのさ。ゆくぞソフィア、武器を持て」


 礼拝堂内には短剣や長剣、馬鹿げた大きさの鎌などいろいろな武具があったが、ソフィアはそれらを一瞥しただけで手に取ることはなかった。

 ホーニゴールドも武器を用いるつもりはないようだった。人狼の肉体と牙、爪はそれだけで凶器だ。二人の盗賊は無言で頷き、戦いが始まった。


   6


 最初にしかけたのは人狼のほうだった。猛烈な速さで飛び掛る相手を、ソフィアは素早く横に跳んでかわした。

 獣の肉体は力強く柔軟で、かなり手加減しているということが明確に分かった。彼が獣の本能のままに処刑を行おうと決意したなら、たちどころに相手は死体へと変わっているだろう。だが、もちろんソフィアも運命の鑑定を受ける前と同じ、ただの非力な少女ではない。

 とはいえ人狼の体躯をロザリーンのように投げることは、なかなか難しそうだった。身長差がありすぎる。相手は小柄なソフィアのほぼ二倍だ。


 何度か無傷で攻撃は回避することはできたが、疲れからか、次第にソフィアの動きは鈍り、ついに爪が頭を掠め、切られた髪が少しばかり舞った。


「避けてばかりかいソフィア。どうやら介抱されるのはお前になりそうだな?」


 ソフィアはホーニゴールドの挑発を聞いても動じることはなかった。

 それどころか、戦闘中だというのに意外な行動に出た。

 彼女は涼しい顔でその場に腰掛けてしまったのだ。


「何だ? 試験はまだ終わってねぇぞ? 諦めたってのかい?」


「いえ、ただ少しばかり疲れたので休ませてもらってるだけで。だけどあなたも、具合が悪そうですよ、ホーニゴールド?」


「なんだと……」


 そのとき彼を異変が襲った。手足が急激に痺れ始めたのだ。その場に蹲り、どういうことかと考えを巡らせる。


 魔術か薬物かは分からないが、ソフィアが何かをして、麻痺毒を仕込んだのではないか。〈失調〉の巻物(スクロール)かバジリスクの骨の粉でもあれば――しかし彼女のことはずっと見ていたが、どこかでそれを調達する様子はなかったし、これほど一瞬で麻痺が回るような毒を簡単に仕入れることができるとは思えない。考える間にも毒は回り、力なく人狼の巨躯は倒れた。


 そこでホーニゴールドは自分の肩に、小さな針が刺さっていることに気づく。どうやらこれの先に、毒が塗られていたようだ。恐らく最後の攻防のさいに受けたものだろうが、こんなものをいつの間に用意していた?


 一息ついたソフィアは立ちあがり、ホーニゴールドに歩み寄る。そして、ロザリーンにしたように、慈母のような声で彼を介抱し始めた。


「大丈夫ですか? きっと熱中症でしょう。動かないほうがいいですよ。この薬を飲めばすぐに良くなります……」


 ソフィアの手には最高級の治療薬があった。これもまた、そこらで簡単に手に入るものではない。ホーニゴールドはある可能性にいきつく。この魔界に近い場所で、彼女の介抱泥棒(ラッシュワーカー)としての運命フェイトが高まり、恐るべき技能(スキル)として一時的に発露したのではないか。

 ギルドマスターや一部の凄腕が持つという〈ハルミナの道具箱〉。必要なときに必要な道具を、あらかじめ用意していたかのように取り出し使うことができるスキルだ。こんな新入りがまさか――と思っていると、彼はあることに気づく。


 ホーニゴールドは〈追い剥ぎ(ハイウェイマン)〉として、所持金を見定めるスキルを持っているのだが、それが自らの異変を教えていた――財布の中身が急激に減りつつある。もちろん資産のすべてを持ち歩いているわけではないが、所持金も決して安い額ではない。

 それが暴かれ、持ち去られようとしている。


「おいやめろ……やめろソフィア!」


「どうしたのですか。私はただ介抱しようと――(たす)けようとしているだけですよ。さあ、身を楽にして……」


「もういい、参った、合格だ! お前さんは合格だ! だからそれ以上金を取るな! やめろ!」


 ホーニゴールドは叫んだがしかし既に遅かった。大慌てで治療薬を飲み干し、回復したときには手持ちのほとんどがソフィアによって奪い取られていた。



   7 


 回復したホーニゴールドは今すぐソフィアから金を奪い返そうかと思ったが、この場所ではまずい。再び麻痺させられ、介抱され、残りも奪い取られてしまうのがオチだろう。しばらくは彼女に手を出すのはやめようと決意せざるを得なかった。


「どうやらお前の手に負えるタマじゃなさそうだな、ホーニゴールド」司祭の老人が笑いながら話しかけてきた。


「そのようで。たっぷりと稼いでもらうことにしましょうや。じゃあソフィア、ハルミナ様の像の前に立ちな。これより宣誓の儀式だ」


 老人がソフィアと向き合い、厳かに言う。「ソフィア・ゲイルよ。これをもって、貴公を我がギルドの一員と承認しよう」


 彼こそが、クロムウェルの盗賊ギルドの長であった。彼から渡されたのは、鍵の形のペンダントだった。


「その鍵はどの扉も、宝箱も開けることはない。だが真の盗賊ならあらゆる鍵を開くことができるはずだ。鍵を盗むか、持ち主を脅して開けさせるか、合鍵を作り上げるか、力ずくでこじ開けるか――己の能力と判断をもってして。どんな困難をも乗り越える意志と可能性をお前は持っているだろう、ソフィア。ギルドはお前の運命(フェイト)に期待する」


 ソフィアは頷き、女神ハルミナに向けて一言――「神よ、我がよからぬ行いに祝福を」


 こうしてソフィア・ゲイル――稀代の介抱泥棒(ラッシュワーカー)は盗賊ギルドの一員となった。


   8


 同じ日、境界区域の別の場所。

 腕利きたちが集う賞金稼ぎ(バウンティハンター)ギルドの壁に、一枚の手配書が貼り出された。

 そこには一人の少女の肖像と、彼女の罪状が書かれている。


 ソフィア・ゲイル。介抱泥棒ラッシュワーカー


 罪状:傷害、窃盗、魔法薬の不法使用。


 あらゆる手を使って相手を介抱し、その隙に根こそぎ所持品を奪う凶悪犯。 

 潜在的運命(フェイト)は強く、いずれは恐ろしいほどの盗賊となるだろう。

 介抱されぬように細心の注意を払うこと。


 賞金:五十万フェイト。

 生死を問わずデッド・オア・アライブ




   NODUS 介け抱く者 END

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