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第一話 暁を覚えず


 いつからこんなことになっていたのか、どうしてなのかとか、思うことはたくさんあった。

 でもその時は何よりも、優しいこの人を、だからこそ騙すことが、ただ辛かった。

 あなたがどうか、今までのことをただの夢だと思って忘れてくれますように。


 それでも夢を見ようとするのなら――どうか、その夢から醒めますように。

 さようならだけは言いたくないから、こう言いましょう。

 おはよう、日はもう、とっくに昇ったよ。



 ***



 目が覚めると、午前11時を過ぎた頃だった。


 僕の通う高校が定める登校時刻は午前8時半まで。

 別に特段何ともないただの遅刻だが、そんなものでも実際、日常においてはかなりの厄介事であることを、ともすれば私たちは忘れがちである。


 当事者でもない限り。


 この時間では朝御飯を抜くこともやむを得ない。

 三食をきちんと食べる、ということがないがしろにされがちなこの現代においてこれは僕のアイデンティティーを形成するまでに至っていたこだわりであったので、普段滅多にしない寝坊でそれに穴を開けてしまうのは大きな痛手であった。


 最後に朝食を抜いたのはもう随分前だった気がする。友人はそれに対して、なぜそんな細かいことを気にするのか全く分からない、というようなことを言っていた気がするが、無論当時の僕には全くもって「細かいこと」ではなく、それはそれは大きな後悔であった。


 こだわりというのは人によってこうも異なるものか、と価値観の違いというやつを学習したのはこの時であったと記憶している。

 それ以降はその反省から毎日欠かさず朝食をとっていたというのに大変悔しい。己の不甲斐なさを恥じるのみである。


 しかしこうなってしまっては、今さら無理矢理「これは朝御飯である」と朝食を断行してもそれは最早完全に早目なだけの昼御飯であり――そうすると今度は昼食を遅らせることになってしまう。

 是非もなし。

 朝食は諦め、昼御飯を買いに近くのコンビニまで歩こうと身を起こす。ゆっくり歩けば時間も丁度よい頃合いになるだろう。


 ちなみに学校に遅れていることに関しては何の罪悪感もない。朝食を抜くことを決定したのは少しでも早く学校に行かねばという自省から来るものではなく、あくまで充実した昼食、そして夕食のためである。

 学校に何時間遅れようと遅刻であることに変わりなく、同義だ。


 僕は細かいことは気にしない主義なのである。




 「春眠暁を覚えず」と聞けばご存知の方も多かろう、かの有名な孟浩然による漢詩「春暁」の始まりの一文、その冒頭の部分であり、「処処啼鳥を聞く」と続く。


 なんだか、もちろん知っていようといったような感じになってしまい恐縮である。


 有名な物事はあくまで知っておいた方が良いというだけで、知っておく義務はないのにと、最近は思う。

 が、この類いの意見は、充分な知性と学歴をつけてからでないと、寝言に分類されることは分かっているので、寝ている時以外は口にしていない。


 そう考えると勉強というのもなかなか大切なことであるじゃあないか、と思い直すまでが一連の流れなのだが、なにぶんやる気が伴わない。

 結局この反省が活かされるのは月に一度程度のものとなっている。


 そんな僕でも何とか教養として知っているこの「春暁」が、休暇明けの、言い換えるとつまり年度始めの実力テストに出題されていたらしい。

 らしいというのは、僕がそのテストを受けていないゆえであるが、その理由に言及するのは後ほど。


 この冒頭部が意味するところは、少なくとも僕が理解出来た範囲で言えば「春の快い気候のおかげで朝はついつい寝過ごしてしまう」といったところだ。


 今は四月の中旬。

 そう、桜が散りつつあり夏の気配も感じられるという、贅沢なこの季節に僕が寝坊してしまうのも、だから無理もない。

 孟浩然のことは詳しくないが、かの有名な彼と僕のような凡人が同じ気分を味わえたであろうことは、寝坊したデメリットと天秤にかけてもメリットの方があまりにも有り余る。


 これも孟浩然の成せる業か果たして自然の偉大さかと、寝坊が正当化されつつあるのを感じながら学校を休むことを早々に決定した。


「財布は――と、あったあった」

 財布を忘れてコンビニへ行っては「いや何しに来てんだよ」とセルフツッコミを繰り返す僕とは今日でおさらばである。

 おさらばでありたい。……おさらばであればいいな……。




 まあ実際、学校を休んでもさして問題はない。

 実はついこの間までの僕は、病院のベッドで眠っていたからである。

 ぐっすりと。


 よく寝たといえば、まあよく寝たのだろう。

 些か眠りすぎであった気もするが。


 年度始めのテストを受けていなかったのもこのためだ。

 ここ十数日で意識が回復し、診察を受け、まだ全快ではないがとりあえず退院してもいいだろうということだった。

 それゆえ、今日あたりから高校へ戻ろうかと思いますと先生に連絡を入れていただけであった。

 なので「やはりまだ少し体調が優れないので、学校は明日からにします」といえば、それで済む話だった。




 天気は快晴。

 新作のおにぎりをいくつか手にとってコンビニを出る。


 コンビニおにぎりに一家言ある僕は、とっくに普段よく見るラインナップは全クリしてしまっている。

 そのため最近は、新作を見つけ次第片っ端から食うという天上人の遊びに興じている。


 新作として売られていたものの数ヵ月した後には忽然とその姿を消すおにぎりがたまにあるのだが、これを食っていた時の優越感がたまらない。


 それを嬉々として友人達にあのおにぎりの味は云々と逐一語るのが半分趣味になっているが。

 先日病室にお見舞いに来てくれた高校以前からの親友である中目君は、その迷惑さを仮にも病み上がり――病気だった訳ではないから正確な表現ではない気がするが――である僕に二時間以上も懇切丁寧に語ってくれた。


 どうやら彼は少々コンビニのおにぎりに対する理解の姿勢が足りぬと見える。

 未知に対して無関心なのは、グローバリズムが高まるこの時代の潮流から取り残されそうで僕はとても心配である。




 街道では、春というには少々暑すぎる陽の光の下を、しかし花吹雪だけは涼しげに舞っていた。

 近くを流れる柔らかな川の音が醸し出す爽やかさもあって、この街道も爽涼な雰囲気を湛えている。


 急ぐ用事もない平穏な昼頃となれば一人花見(というにはやや葉桜気味ではあるが)と洒落込むのもやぶさかではない。

 「学校を休んで一人花見」なんて、凄まじく優雅である。


 ただし傍から見ると学校に凄まじく馴染めていないヤツ感も出てしまっているところだけが不満だ。


 どうにかしてそんな印象は事実無根であるアピールをしたいところだったが、そういえば病院で眠っている間に学校の皆は二年へ進級し新しいクラスが編成されているはずなので、自分のクラスにはまだ友達が少ないあたり、真実味を帯びていると言えなくもなかった。


 ふと川沿いを見やると座ると心地よさそうな、青々とした緑が広がっている。

 場所はここら辺でいいか。


 都会に近いが都会ではないこの町は、恵まれた立地にありながらも明媚な風景を有している。

 いわゆる言いとこ取りな町であり、そのおかげで川沿いのここは都会の騒音は遠く、鳥のさえずりが近い。




「やあ、もう大丈夫なのかい、ヤマツリ君」


 瞬間。突然に声を掛けられた。

 いつの間に――。

 近くには誰もいなかったはずだが。


 僕の名前は確かに矢祭という。

 そんなに多い名字でもない上、疑うまでもなく周りには僕と、声を掛けてきたこの男しかいない。


 つまり僕が声を掛けられたのだが、この男のことは記憶にない。


 かと言って今のこの僕の場合に限っては、それが初対面とは言い切れないのである。


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