新天地、事前背景と関わって来る人々な訳で
人族領と言われるその大陸は【ルナルース】最大の広さを持っている。
大陸の広さはとんでもなく、この大陸に人族が根を下ろして既に四半世紀近く経つのだが、
未開の場所が未だ大陸全体の40%を占めると言う所からも、その広さが伺えた。
そんな中、未開地を除く人族領の40%の土地を占め、強大な力を誇り【帝国】統治が行われている領が在る。
その名は【グラルラーゴ領】。【グラルラーゴ家】の現領主『エミル・グラルラーゴ』彼を主とし【帝国】統治が行われていた。
その強大な力に対し、他の領は【連合領】と言う形で対抗をする。
【6方星円卓】名の通り6つの領から為る連合だ。
【ナイトホーク領】【ナイトホーク家】・・・如何にもな名前のソレは【グラルラーゴ領】に続く2番目に広い土地を持ち、軍事面に優れる。
その【ナイトホーク家】を筆頭として組織された【6方星円卓】。そこには【席】と言うランクが存在し、若い番号に成る程に発言力が増して行くとの事。
人族領はこの2大派閥を中心として動いているのだが、今回の戦争に置いては足並みが揃って居ない。
お互いがお互いの領に『不可侵をしない』と言う最低限の条約だけを結び、好き勝手に戦っていた。何とも非効率な話だ。
そんな2大派閥だったが、1つだけ絶対の条約が結ばれているらしい。
大陸に置ける未開の地、【ブラインドエリア】と名称された場所への【目覚めの日】と呼ばれる開拓計画の共同推進である。
【ブラインドエリア】とはどんな所か?大陸の南東側に広がる広大な森林地帯で、陸路は険しい山岳に阻まれ、海路は激しい潮の流れと暗礁、さらには断崖に阻まれ上陸は不可能。
名実共に陸の孤島状態なのだ。そのエリアの開拓と言うのだから生半可な物ではない事は容易に想像出来るだろう。
移動手段は2ヶ月に1度飛ぶ飛空挺のみ。飛空挺は山岳地帯を越え、【パイオニア・メインベース】と呼ばれる山岳地帯の麓に作られた発着場兼防衛隊詰め所に降りる。
そこで荷物と人員を降ろし、飛空挺は戻って行く。そこから幾つか点在する【コロニー】と呼ばれる開拓村へ物資と人員が配置されて行くのだが、移動手段は・・・徒歩のみと言う過酷さだ。
主に集められるのは家や土地を失った農民、冒険者と呼ばれる何でも屋、そして軍人だ。それらが各【コロニー】に配置されそれぞれの役割を果しつつ開拓をして行くのである。
そんな【ブラインドエリア】に新たに降り立つ女性騎士が1人。まるで場にそぐわない彼女が何故こんな所へ来たのだろうか?
それはヴォルフ達が魔族領を脱出する2ヶ月前に遡る・・・
人族領内、【グラルラーゴ領】にほぼ隣接する形の領地、【6方星円卓】に席を置き【4席】に位置するその領。
名は【ホワイトオウル領】。主な産業は農業であり、【6方星円卓】における食料自給率の実に35%を補っていた。
その【ホワイトオウル領】中心に建つ領事館内で今正にある話し合いが行われている。
参加人数は3人、公務室内に置いて豪華な椅子に浅く座り、これまた豪華な机に突っ伏している女性。
名は『ミリアリス・ホワイトオウル』【ホワイトオウル家】長女で有り、【ホワイトオウル領】の現領主だ。潜在能力は4つ有り、政治に特化した能力を持っていた。
相当に疲れている様で、ショートの金髪は酷く跳ね、礼服も皴だらけだ。本来ならキャリアウーマンの様にキリリとして美しい顔も憔悴している様で、目の下にはクマまで出来ている。
「・・・・・・ア~スティ~~~~、やってくれたわね~」
そう言いながら顔を上げ、恨めしそうにソファーに座る女性を睨む。そのソファーに座る女性の対面には、同じくソファーに座る男性が居た。
スマートなフォルムでは有るが、体格が少々頼りない彼は『アスト・ホワイトオウル』。【ホワイトオウル家】の長男であり、現在は1席の【ナイトホーク領】で公務の仕事をしている。潜在能力は姉と同じ4。此方も政治、経済に強い能力持ちである。
「・・・全く、お前は我が家を潰す気か!?」
そんな彼が半ば呆れた様に目の前の女性に言い放つ。そんな彼の目の下にもミリアリスと同じ様にクマが有った。
そんな二人の視線を一身に受けるポニーテールの女性は目線を明後日の方に向け、紅茶を啜る。一頻りカップを傾けていたが、間が持たなくなり、いそいそとカップを皿の上に戻すと口を開いた。
「・・・・だって、あんな事されて反射的に動いちゃったんだもん」
そう言うのは【ホワイトオウル家】次女『アリアスティリア・ホワイトオウル』現在成人したばかりの15歳である。小さな頃からやんちゃだった彼女は、現在騎士見習いとして勉強中なのだが、【6方星円卓】各領から嫁に嫁にと迫られており少々嫌気が差していた。
それもその筈、潜在能力が5つ有り、囲う事が出来れば将来の展望が明るい事が確実なのである。
アリアスティリア・・・アスティーは昨日の出来事を思い返す。
【6方星円卓】の2席である【デュアレスクロウ家】の舞踏会に【ホワイトオウル家】として招待をされ、参加して居たのだがアスティーの心は此処には無かった。
(・・・今は戦争中なのに・・・こんな事してる間にも沢山の人々が苦しんだりしてる筈。それなのにこんな事にお金と時間を掛けるなんて!)
彼女の思いももっともなのだが、おおよそ政治は綺麗事だけでは回らないのも真理である。この舞踏会もその政治を円滑に回す為には必要なのだが、彼女はまだ其処まで成熟はしていない。
「これはこれは、アリアスティリア。良く来てくれた」
「うげっ!」
「ん?」
「いえ、少し咳が」
アスティーに声を掛けて来たのは【デュアレスクロウ家】の長男だ。一応騎士と言ってはいるのだが、礼服の上からでも目立つ腹の脹らみや顔に複数の吹き出物など・・・不摂生の塊と言っても過言ではない様相にアスティーは嫌悪していた。
(こんなのでも潜在能力が4だなんて・・・)
潜在能力が幾ら高くとも、本人がそれを生かそうとしなければ持ち腐れ。それを体現している正に悪い見本と言えた。
「しかし、相変わらずの美貌だねぇ。君の姉も良いが君の方が素敵だよ」
「あ・・・はぁ。それはどうも」
アスティー自身綺麗とかそう言うものには興味が余り無かった。確かに自分から見てミリア姉様は綺麗だと思うのだが、自身が綺麗とか素敵だとは思って居ないのである。
その後も長男のつまらない話を延々と聞かされては、適当な相槌で返すと言う事を続ける。流石に長男も自分が蔑ろにされている事に段々と苛立ちを募らせ、とうとうそれが爆発した。
「ふざけるな!何だその態度は!?俺がその気になればお前らの領地なんぞ直に如何にでもなるんだぞ!!!」
「な、何を言って・・・」
「4席が2席に歯向かうなぞ烏滸がましいんだよ!!!お前は黙って俺の物になれば良いんだ!!!」
そう荒立って無理矢理アスティーを抱きすくめようと腕を引っ張り・・・尻を鷲掴みにしたその刹那。
「こんのぉぉぉ!!!」
反射的に右腕を振りかぶる。と、
(あ、マズイかも)
一瞬思ったのだが勢いの付いた右腕は止まらず、
バッッッチィィィィィンン!!!!
スナップの効いた平手が長男の左頬を見事に張った。それを受けた長男は傍のテーブルに吹き飛び、その上に有った料理やらなんやらを全身に被りつつ失神をする。
シン・・・と「場」が静まり返る。当り前であろう、主賓の長男が酷い事になったのだ。
(・・やってしまったーーーーーー!!!)
引きつった笑顔をしつつアスティーは暫く動けずに居た。
・・・其処からは相当エライ事になった。流石にマズイ事をしたと自覚が有り、直にミリア姉様とアスト兄様に連絡を取る。
二人は『何を使えばそんなに早く来れるのか?』と思える位の速さで【デュアレスクロウ家】に駆け込んで来た。そして来賓した皆に一々謝りを入れていく。
それが済むと今度は【デュアレスクロウ家】の現領主と面会をし、これ又卑屈な位丁重に、腰を低く謝罪をする。何度も何度もである。
「・・・まぁ、此方のバカ息子にも非は有りますゆえ・・・」
などと領主は言うが、その目には相当な怒りが宿っているのが容易に見て取れる。
そのままその日は終了。次の日朝一で再度謝罪に向かい、延々と謝罪をしたのである。
ミリアは自身の配慮の無さを後悔していた。自身が忙しいからとアスティーに代わりを頼んだが、そこには『もう成人したんだから大丈夫だろう』と言う思い込みが有ったと思う。
だが、誰だって初めから上手く立ち回れる訳では無い。アスティーはまだ社交場の経験が浅くああ言った場を上手く躱す術など皆無なのは分かっていた筈なのに。
思えば両親が亡くなった時、アスティーはまだ3歳だ。12歳の私が領主を引き継ぎ、11歳のアストは家を存続させる手助けをと【ナイトホーク家】へ入った。
アスティーに色々教える時間も話す時間も無かった気がする。それでも私を慕い、良い子で在ろうとしたアスティーに自身は甘えてしまっていたのだ。
「・・・アスティー?」
「・・・・ハイ・・・」
「やってしまった事を無かった事には出来ないわ」
「・・・ハイ・・・・・・」
「そして、その責任も負わなければいけない事も分かるわよね?」
「・・・・でもミリア姉様!」
「言い訳は止めなさい!」
「っ!」
「・・・責任を取る方法は『多く無い』わ」
ミリアはそう言いつつ書類を机の上に広げる。アストは立ち上がり、その書類に目を通すと「ギョッ」とした。
「おい!ミリア!いくら何でも・・・」
「これしか方法が無いのよ・・・」
そう言いつつ組んだ両手に力を込める。自身の力が弱い所為で、3人しか居ない家族を危険に晒さなくてはならない不甲斐無さを呪う。
「アスティー、これから1年間【ブラインドエリア】の警備をして来なさい」
「え?」
余りの事に思考が付いて行かず困惑するアスティーを尻目にミリアは続ける。
「そうすれば今回の件・・・不問にすると言う譲歩を引き出したわ」
「・・・分かりました。受けます。それ」
「アスティー!お前」
「良いんですアスト兄様。流石に今回のは・・・私やり過ぎました」
そう言って苦笑いをするアスティーを見て、ミリアは益々自身の不甲斐無さに怒りが込上げる。
「・・・悔しいわ。私にもっと力が有れば・・・」
そう言わしめる程に【席】の座位は大きい。
「因みに、他の選択は?」
重苦しい空気を変えようと、必死になり話題を変えようとするアスティー。
「・・・聴きたいの?」
「・・・え~っと・・・聴きたい様な、そうでも無い様な」
「妾よ」
ピシッ!っと一気に硬化するアスティー
「・・・ま、まさか相手って・・・」
「あのバカ長男」
「謹んで警備任務お受けいたします!!!!!」
「・・・プッ・・・そうね。流石に私もあの馬鹿を義弟とは言いたくないわ」
「そうだな。俺もお断りだ。俺があの場にいたらアスティーの代わりに殴ってた所だ」
「あら、アストにそんな事出来るの?結構虚弱じゃなかった?」
「おい!ミリア!」
不安を無理矢理払拭させる様にお互い馬鹿な話をする。それしか無い。だが、時間は止まらない。
暫くして正式な書状が届いた。
『アリアスティリア・ホワイトオウルへ通達【ブラインドエリア】の警護任務を命ずる』
「・・・何が待ってるんだろ・・・不安だけど、少し楽しみでもあるかな」
ゆっくりと飛び立つ飛空挺からミリア姉様に手を振りつつそんな事を考えていた。
こうして『アリアスティリア・ホワイトオウル』の物語は動き出す。