7歳、魔王に三行半を叩き付ける訳で その4
ヴォルフ隊へのオーダーは2つ。
一つは逃走用に飛空挺を1隻確保する事、もう一つは魔導通信施設の制圧である。
広大なヴァルヴォリオル領主官邸は四方を山岳に囲まれた天然の要塞だった。
交通手段はほぼ飛空挺のみである。徒歩での山越えも可能なのだろうが、現実的では無い。
つまりそこに隣接する、駐屯地から脱出するのにも例外無く飛空挺が必要なのだ。
しかも問題は他にも有る。山岳帯の頂上付近には当たり前の様に対空兵器が設置されていた。
[メガバリスタ]・・・うん、まぁそのまんまだ。全長10mに達するそれは最早人処か魔人十数人ですら扱えない。
なので常駐する魔道師5~6人の魔力で動かしている。発射されるのは丸太を1本加工したでかい杭。
・・・正直効率が悪過ぎだとは思うのだが、そもそもこの世界では、高速飛行や高高度飛行が出来る大型の飛行物は存在しない為、
これで事足りる様だ。実際今の俺達には脅威なのだから。
で、それを妨害する為に通信施設を制圧し、時間稼ぎをする訳だ。
飛空挺にはヴァルヴォリオル家の紋章が画かれているので、直には攻撃をして来ないだろう。
それに切り札もある訳で。何って?そりゃそん時に判るさ。
って事で時間を戻そう。ヴォルフ処刑実行の前日7時四半過ぎだ。
(そろそろ行動を開始した頃かな?)
そんな事を考えながら俺は牢獄の扉を開けた。
憲兵が丁度食事を牢の中へと移動させた所らしい。
傍でヴォルフを罵る憲兵を横目に、壁に掛けてある鍵に手を伸ばす。
「オイ!ちょっと待て!!」
まぁそうなるわな。憲兵に呼び止められる。
「ん?何かご都合が悪い事でも?」
しれっと俺。
「当たり前だろ!ってかこれはお嬢様」
憲兵の片方が厭らしい目をしながら喋りかけて来る。
・・・あぁまんま豚面だわ。テンプレ過ぎてゲンナリだ。
もう片割れは・・・こっちは昆虫系。まぁ豚面よかマシか。
「ラグルード様から、貴方が此処に来るようなら好きにしても良いと仰せ付かりましてねぇ」
ギャギャギャと笑う。・・・前言撤回、こっちもキモイわ。
「あら、そう。で?女日照りが産まれた時から続いてる貴方達は飛びついた訳ね」
屈託の無い笑顔で言ってやる。
「・・・・ククッ・・・ガハハハハハハッ!!!」
其れを聞いたヴォルフが牢の中で爆笑した。
「はっはっは~おもしれ~じゃね~か・・・」
それとは対照的に怒りを露わにし、槍を構える憲兵2体。どちらも右利きか。
「四肢切り落としてから犯してやんよ!」
「そりゃ良い、落した四肢は俺にくれよ。美味そうだ」
気分の良くない話が続きそうなので、さっさと片付ける事にしよう。
壁に掛けてあった鍵を素早く取り外すと向かって左、豚面へ投げつける。
「うぉっ!!」
鍵の投擲スピードに驚き、咄嗟に豚面は腕を上げてガード。
その隙に、俺は声に驚き豚面の方を向いた昆虫魔人との間を一気に詰める。
「ギッ!?」
余りの事に思考が追い付かない昆虫を尻目に、俺は昆虫の左側へ抜ける様に移動。
槍を握っている両手の間を左逆手で握り、右手は左手首をガッチリとホールド。
それとほぼ同時に左の踵落しを石突へ叩き込みつつ、左逆手で勢い良く槍を持ち上げた。
「ガギャ!」
その余りにも強い力は昆虫の左手に掛かり握力を超える。
そうなれば当然柄から手が離れ、槍は時計回りに回転。昆虫がまだ握っている右手も一緒に振られ、斜め上へ槍と一緒に持って行かれる。
俺は透かさず両手を放すと宙を舞う石突を左手でキャッチ、槍の進行方向へ思い切り引っ張り更に勢いを付けた。
「ゲギャ!!」
昆虫の肩が稼動域の限界に達すると、堪らず手から槍が離れ完全に俺の手に渡る。
そのまま俺は時計回りに鋭く回転し、勢い其のままに昆虫の右側頭部へ柄を叩き付けた。
ゴシャァァン!
ヒットした頭には見事な窪みが作り出される。
昆虫は口から何かの液体を吹き出しつつ、牢屋の格子に全身を打ち付け動かなくなった。
「「なっ!?」」
豚面とヴォルフが同時に同じ言葉を発した所で、俺は間を置かずもう1体の処理を始める。
持った槍を、豚面の槍と体の間の隙間へ上から叩き込む様に差し込み、
槍の柄が豚面の左首根元に掛かる様にして手放すと、同時に左足で差し込んだ槍の下方部分を蹴り上げた。
「プギィィィ!!!」
梃子の原理が豚面に襲い掛かる。蹴り上げた柄が力点、作用点は豚面の体だ。
豚面も堪らず槍を手放し槍が2本中を舞う。俺は先程と同じ様に時計回りに鋭く回転、右肘を豚面の顎に叩き込んだ。
「カプァ!?」
と、豚面が力無く両膝を付いた所で背中側へ回り止めの首折り。
パキッ!
と、乾いた音と共に豚面はうつ伏せに倒れこみ動かなくなる。
ゴトン!ゴトッ!
その体の上へ空中を舞っていた槍が2本落ちた。
「ふむ、こんなところね」
床に落ちた鍵を拾いつつ一息付く。人外とは言え、自分から殺した。
しかし、殺しを経験したにも関わらず以外にも何も感じない。
(・・・腐っても魔族って事か。心が体に引っ張られるってやつかな?)
などと考えつつヴォルフの方を見る。珍しく呆気に取られている様だった。
「・・・ヴォルフ、さっきの私何点位かしら?」
俺がおどけながら牢屋の鍵を開ける。
「・・・あ、あぁ。スマン。余りにも俺の知ってるお嬢とのギャップが大き過ぎて・・・80点位だな」
あ、しっかり点数は付けるのね。
ヴォルフに肩を貸し、ゆっくりと牢から出る。その後俺は懐から回復薬を取り出しヴォルフに渡した。
「飲んで。傷が癒えるわ」
「スマン。頂戴する」
180ml程度の小瓶を一気に飲み干す。と、傷が徐々に消えて行く事にヴォルフは驚愕した。
「お、おいおいこりゃ・・・何なんだ?」
驚くのも無理は無いだろう。
確かにこの世界には回復薬は存在するが、あくまで『回復魔法を受けるまでの繋ぎ』としての役割が大きい。
だがある一定数の熟練度を超えている状態で生成すると、劇的に効果が上がるのだ。
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new製薬・96 new薬学・99
付属スキル
製薬⇒new[抽出・生成・効力増加・解析・解析++]
薬学⇒new[薬理学・薬理学++・微生物学・栄養学・製剤学]
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・・・・まぁ此処まで育てるより、回復魔法覚えて使う方が効率は良いけどね、普通は。
ヴォルフの傷もすっかり癒え、次の行動へ移ろうとする。
・・・と、牢獄に設置して在った監視水晶から声が発せられた。
「ククク・・・やっと正体を現したな、この雌猿めが!」
久々に聞いた声は相変わらず傲慢に満ちている。
「お久しぶりですね、お父様」
少し加筆&修正