優しい優しいりっちゃん
人を信じること。 それは、とても難しいことだと思います。
「僕、こんなに汚い人間なんだ………」
そう言って、りっちゃんは静かに涙を流した。
突然の出来事に、私はただ 黙って見守る事しか出来なかった。
うっ…ひっく、ひっく。
りっちゃんの鼻水を啜る音と嗚咽混じりの泣き声しか聞こえない空間。
私は、勇気を出して聞く。
「りっちゃん、一体 どうしたの? 何かあったの?」
りっちゃんは、目から次々と流れる涙を拭きながら答えた。
「僕は、汚い人間なんだ。 今まで信じてきた人を信じる事が出来ない。 それも、噂がキッカケで…」
「りっちゃんは、汚くないよ! でも、どういうこと? 詳しく聞かせてもらえるかな?」
泣いているりっちゃんを刺激しないように、優しい声色で訊ねる。
「実は、昨日 聞いちゃったんだ。 先輩の悪い噂を…でも、その先輩は凄く優しくて、誰よりも努力しているんだ! 誰にも負けないように、自分に厳しくあり続けているんだ。」
「うん。 良い先輩なんだね。」
「そうなんだよ。 でも、その噂は…みんなが知っているみたいで。 そういう現場を見たっていう人がいるんだって。」
「ちなみに、どういう噂なの?」
「先輩が…他の部員のシューズを傷付けて…ゴ、ゴミ箱に捨てたって。 自分のタイムが上がらない腹いせを後輩にぶつけているんだって。 みんなが噂してたんだ。」
「そうなんだ。 でも、りっちゃん…りっちゃんから見た先輩は、どうなの? どんな風に見えるの?」
「僕から見た先輩は、本当に優しくてかっこいいんだ!! 僕がタイムが上がらないって、悩んでいた時にどうしたら良いのか…一緒に考えてくれたんだ! それに、シューズ選びも一緒にしてくれたし…それに、それに!!」
「じゃあ、問題ないじゃない! 先輩は、優しくてかっこいいんでしょ!」
「でも………」
「りっちゃん、あのね…私は、思うの。 他人を理解し信じるのは難しい。 だって、その人の全てを見て、感じる事なんて…出来はしない。 よく、考えてみて。 一緒に暮らしている親のこと。 りっちゃんは、全てを理解している? 親が何を考えているのか、全て分かる?」
「うぅん、分からない…」
「そうでしょ? 一緒に暮らしている親の事すら、理解出来ないの。 先輩の全てを理解するのなんて、到底無理よ。 でもね、ここからが大事だと思うの。 りっちゃんは、先輩を優しくてかっこいい人だと言ったよね?」
「うん。」
「それでいいのよ。 人の全てを理解するのは無理。 でも、先輩が優しいこと、かっこいいこと、自分に厳しいこと。 その先輩の一部分は、見えている。 その部分を信じればいいと思うわ。」
「一部分?」
「そう。 一部分でも理解していて、自分は信じる事が出来る…そう思う事が出来るなら、私は…信じればいいと思うわ。 先輩の事、信じる事が出来る?」
「出、出来る! 優しい先輩を知っている…僕は、信じる。」
「そう。 なら、信じればいいと思うわ。」
「ありがとう! 僕、先輩の事を信じるよ。本当か、分からない噂に悩んでいる場合じゃなかったね…真実ちゃんに相談して良かった!」
そう言ったりっちゃんは、目は赤かったが、とびっきりの笑顔だった。
「じゃあ、部活 戻るね! 真実ちゃん、本当にありがとね。」
りっちゃんは、部室に走って行った。
「りっちゃんは、本当に優しい子だよ。 だって、他人を信じる事が出来るのだから。 私なんて、自分の事も…」
そう呟いた言葉は、誰にも聞き取られず消えていった。
人の全てを知り、理解することは無理だと思っています。でも、自分が見たその人の一部分に信じる事の出来る所を見付けることが出来たなら…その人を信じればいいと思います。