間話5-2 エルギン=スメルダ・アナカルシス(2)
次の日もエルギンはやってきた。おやつ時だったのでマーシャが美味しい焼き菓子を出してくれた。その時間を狙ってきたのかどうかは定かではないが、エルギンは焼き菓子とお茶をたっぷり振る舞われて、オーレリアと契約のし直しをした。少なくとも、とその会話を聞きながら、ビアンカはぼんやり思っていた。こんな焼き菓子とお茶が出るなら、おやつ時を狙って来るだろう。少なくともビアンカは狙う。
今日は事務的な話だからか、エルギンはスヴェンを伴ってきた。昨日帰ってからエルギンがスヴェンとマスタードラに何を言ったかはわからない。何も言わなかったのかもしれない。が、とにかくスヴェンは非常に礼儀正しく、てきぱきと手続きをこなした。オーレリアに布陣図を見せて事細かに説明をし、護衛に最大限の協力をするよう兵たちに徹底しておくと請けあった。そしてお茶と焼き菓子には一切手をつけなかった。これは仕事中だからか、それともエルギンから食べるなと言われているのか、自分の意志で食べないのか、どれだろう、とビアンカは考えた。
今日は居間にいるので、ニーナの部屋が少し遠く、起きても音が聞こえないかもしれない。いつ起きるのだろうと、少しだけ不安が兆した。昨日起きたのだから、孵化は巧くいったのだ。そうに決まっている。けれどデクターが必要としたという五日はもうすぎたのに、まだ目覚めないとは。
ひととおり話が済んだ。スヴェンは繰り返した。
「本当に契約金は新たにいらないのですか」
「いりません」オーレリアはきっぱりと言った。「そもそももらい過ぎなのよ。魔物相手で前線に出る姫君の護衛としてでも、棒十本は破格なの。周囲を兵に守られるわけだし、今のままで結構。ただ、先ほども言ったように、ニーナ姫にはデクター=カーンをつけてもらうわ。他の人間は認めない。その分の報酬もあなた方から出してもらう」
「承りました」
スヴェンはしっかりと請けあった。デクターの方へ向き直って、金額の確認をした。玉一個でいい、と先ほどと同じ金額を言われて、頷いて、革袋を差し出した。
それで全ての手続きが済んだらしい。スヴェンはわずかに姿勢を崩した。
「……それにしても姫はなぜ、ビアンカ姫とニーナ様に護衛をつけたんでしょうね。ニーナ様にはそもそも必要ないと思うし、ビアンカ姫にはデリクとかいう【アスタ】の用心棒が既にいるのに」
「さあ、知らないわ。急いでたみたいだから聞かなかったし。でも棒十本ぽんと出すんだから、よほどの理由があったんじゃないの」
「あの子にもう少し金銭感覚ってものを教えた方がいいんじゃないかな」
デクターが口を出し、スヴェンは鼻を鳴らした。エルギンは黙って何か考えている。さっきからずっとだ、とビアンカは思った。
「エルギン?」
声をかけてみると、エルギンはビアンカを見た。
そして言った。
「ついさっき、ラインディアから知らせが届いた」
「ラインディアから?」
姫が向かったという街だ。エルギンは卓に肘をついて、顔をしかめた。
「正確には、ラインディアの近くの街から。ルーウェン=フレドリックという、第一将軍の騎士からでね。イーシャットが言うには、姫が将軍への案内を頼むと名をあげた騎士だそうだ。だが、どうも良くわからない。フレドリックは手紙で、姫がウルクディアに向かったって言うんだ。それも、アイオリーナ姫と一緒に」
その時、ばん、と扉が開いた。
一同は一斉に扉を見、一斉に、絶句した。拭布にくるまれたニーナが、そこに仁王立ちになっていた。いつの間に起きたのか、たぶん、ここに顔を出す前にお風呂に入ってきたのだろう。髪はまだ生乾きで、服も着ていなかった。大きな拭布を体に巻き付けただけの格好で、肩や足や両腕がむき出しで、そこにからみつく若草色の紋章が、湿った白い肌になまめかしかった。拭布はしっかり巻かれているわけでもない、ニーナの左手がかろうじて合わせ目を押さえているという状態、まろやかな胸のふくらみがほとんど丸見えになりかけている。濡れた髪が体に張り付いて、ビアンカでさえどきっとするような格好だった。デクターとエルギンとスヴェンが慌てて目をそらしたが、ニーナは全く気にせず、エルギンを見据えて、言った。
「舞の名前が聞こえたわ。――おはよう諸君、待たせたわね。エルギン、その話聞くわ。ウルクディアが何ですって?」
「き、着替えてこないか、ニーナ」
「何で舞がウルクディアに行くの? あたしアナカルディアに行ったと思ってたわ。ああそういえば、昨日ラインディアがどうとかって」
ニーナは中へ入って来ようとし、
「マーシャ!」
エルギンが怒鳴った。
「ニーナが起きたぞ! 野放しにするなー!」
「野放しって何よ、失礼ね。いいから話しなさいよ」
「良くないだろうこのバカ! 鏡を見てみろ!」
「そうね、良くないわ」
オーレリアがため息をついた。
「ニーナ姫、そんな格好してたら、王子も話せるものも話せないでしょう。着替えていらした方がいいわよ。お手伝いしましょうか?」
なんであなたは目をそらさないのかと、思わずつっこむところだった。だがその前に、マーシャがきた。
「ニーナ様!」
マーシャは珍しく走ってきた。エルギンが、否、目をそらしていた男性三人がほっとしたが、マーシャはニーナの格好には頓着せず、抱きついて、おいおい泣いた。
「ああ、ニーナ様! ニーナ様、よくお目覚めで――」
「マーシャ。……心配かけて悪かったわ」
「だからそう言う話もここでするなー!」
エルギンが怒鳴る。いろいろ大変だなあこの人も、とビアンカは思う。そして立ち上がった。
「ニーナ、着替えましょうよ。話がちっとも進まないわ。ちょっと失礼」
そしてニーナを引きずってニーナの部屋へ連れて行った。
ニーナはあっという間に着替えを終え、再び居間に走った。その後を追いかけながら、ビアンカは、ニーナが今まで以上に元気になったことに気づいた。何というか、動きが全く違うのだ。たぶん病に倒れる前は、ニーナはこれほどに活力にあふれていたのだろうと想像した。ビアンカは病と闘うニーナと、デクターによって病を抑えられているニーナしか見たことがなかったが、もはや病の兆候などどこにも見あたらなかった。まだ髪も生乾きのままで居間に飛び込むと、宣言した。
「お腹がすいたわ、マーシャ!」
「はい、ニーナ様。ただいま!」
マーシャは本当に嬉しそうだった。彼女もニーナに負けないくらい勢いよく居間から消えた。
「さあエルギン、話してもらいましょうか。舞が何ですって?」
ニーナは拭布で頭をがしがし拭きながら、エルギンの目の前に腰をかけた。スヴェンはどこへ行ったのか、いなくなっていて、オーレリアとデクターは興味津々といった風にふたりを見ている。ビアンカはデクターの前に腰をかけた。エルギンの隣、先ほどまでスヴェンがいたところだ。
「……なんか久しぶりだな。元気になったね、ニーナ」
「お陰様でね」
ニーナはにっこりして、そうだわ、とデクターを振り返った。
「デクター、本当にどうもありがとう。もうすっかり、本当に、綺麗さっぱり元気になったみたい。何もかもあなたのお陰だわ」
「誕生日おめでとう、ニーナ」
デクターもにっこりした。
「昨日は無理矢理起こして、本当に悪かったね」
「いいのよ、起こされずに手紙を誰かに読まれるよりはマシだもの。ええと、オーレリア=カレン=マクニス? 初めまして。私はエルカテルミナ=ラ・ニーナ=ルファ・ルダ。舞から話は聞いてるわ。ビアンカと私の護衛、と昨日言ったわね? 私、どれくらい寝てたのかしら? 一から十まで全部きちんと話して欲しいものだけど、とりあえず、舞が何ですって?」
ニーナは再びエルギンに視線を戻した。エルギンは頷いた。
「姫はアナカルディアに向かうと言ってここを出たが、途中で、ヒリエッタ=ディスタが既にアナカルディアにはおらず、ラインディアに行ったのではないかと気づいたそうなんだ」
「ヒリエッタ=ディスタ?」
「ああ、そこからか。ええと……」
エルギンは手短に、なぜ姫がヒリエッタ=ディスタのことを疑うに至ったかについて説明した。ビアンカも興味深く話を聞いた。ビアンカにとってもほぼ初耳だった。姫は何も言わずにすっ飛んで行ってしまったので。
「でも魔物を呼び出すなんて……そんなこと出来るの?」
ニーナが訊ね、エルギンはさて、と言い、オーレリアが口を出した。
「出来るわ。魔物の体の一部を使えばね」
エルギンがオーレリアを振り返った。
「……なんだって?」
「だからつまり。なんて言うのかしら、魔物にもリルア石みたいなのがあるのよ。リルア石は魔力の強い生き物、銀狼とか人魚とかね、そういう生き物の体内から抽出できるって話は聞いたことある? 地下に埋まってるリルア石はたいがい地下からわき出たものだけど、その中には、巨人や人魚の死体から出たものも混じってる。というかね、生き物の体の中には全て、量の大小こそあれ、リルア石が液体状になって巡ってんの。つまり、魔力ね。生気や体力とはまた別だし、量が少ないからと言って素養がないかといえばそれはそう言うものでもないんだけど、この辺はややこしいから割愛するわ。
で、魔物にも、似たようなものがあるの。つまり、魔力が。力の強い魔物になれば、銀狼や人魚と同じように、自分の体内から魔力を結晶化することが出来るらしいの。それは魔物の体の一部でしょう。自分の身から離しても、それがどの辺にあって、どんな状態にあるか位はぼんやりわかる。リルア石と同じようなものだから、それを使って魔法道具みたいなものを作ることだって出来る。その道具を使って合図を出せば、魔物は自分がどこに行けばいいか悟ることが出来る」
「魔物は空間を移動できるのか? 姫は、【穴】を操ることが出来るんじゃないかって言ってたけど?」
「ああ、端的ね。それで正解、らしいわ。見たことはないけどね。空間を歪ませることが出来るのよ、魔物は。それもあって魔物は監獄のなかから締め出されている。監獄を弱めるのは歪みだから」
「監獄って?」
エルギンが訊ね、オーレリアは手を振った。
「この世界のことを巨人はそう呼んでた。銀狼もね。あたしもそう思うわ。うーん……ちょっとややこしいんだけど、あたしたちの住むこの世界、これは本当に、監獄みたいなものなの。監獄の外にはここよりはるかに広大な世界が広がっている。そこが魔物の世界。監獄の中と外を行き来することは人間には不可能よ。銀狼ならば鍵を開けられるけれど。だから銀狼は自らのことを番人と呼ぶわ。
で、えーと。魔物は監獄の中に来たいの。中にはおいしい餌がいっぱいいるでしょう。だからひずみが出来て監獄の外へつながるたびに、魔物は中へ入って来ようとする。ただ、魔物だって外から無理やりこじ開けることは出来ない。だから監獄の中にはめったに魔物は入らない。入っても銀狼があっと言う間に始末する。クレイン=アルベルトという魔物がどれくらい中にいるのかわからないけど、長い間いるとしたらどうして今まで始末されずにこられたのか、不思議でたまらないわね。もう執着を抱いているようなのに。
それで、ええと、どうして魔物を中へ入れてはならないかというと、それはもう、【穴】、ひずみね、ひずみを操ることができるからなの。監獄を弱めるからよ。監獄は万能じゃない、今だってこの世のあちこちに【壁】ができ始めている。【最初の娘】が巡幸を行い続けてもそのていたらくなのよ、魔物が中をひずませまくったら、そのうち外側へ通じる【穴】がぽこぽこ空き始めて、中の人間がぽろぽろ落ちるなんて事態になってもおかしくないわね。――話を戻すけど、つまり魔物は空間を歪ませて別の場所へ移動することができるの、ただ、自分の好きな場所に【穴】をあけるというのは難しいらしいの。誤差が激しすぎるんじゃないかしらと思うわ。魔物にとって危険すぎるでしょう、とても清浄な場所へ出てしまうかもしれないし、水の中に出てしまうかもしれないし、炎の中に出てしまうかも。一番ありそうなのは大地の底に出てしまうことね。
でも合図があれば行き先が分かる。誰かにもらえばそこに出られる。その合図は魔物の体から抽出した結晶で出せる」
「……何でもっと早くエスメラルダに来てくれなかったのかな……」
エルギンが呻いた。
「あなたに聞けば全部解決してたんじゃないか。何でそんなに魔物に詳しいんだ?」
「どうだっていいでしょ」
「……良くはないけど。でも話を戻そう。マクニス、ありがとう。さて、では、つまり、ヒリエッタ=ディスタがクレイン=アルベルトを呼び出せるというのははっきりしたわけだ。で、姫は途中でラインディアに行くことにした。ヒリエッタがそっちに行ったらしいから、アイオリーナ姫に警告しに……」
マーシャが扉を叩いて入ってきた。捧げてきた盆の上には食事が満載されていて、ニーナは礼を言って、みんなに断って、それから盛大に食べ始めた。ビアンカがうっとりするほどの食べっぷりだ。マーシャも壁際に控えてうっとりしている。
「続けて」
食べる合間にニーナが言い、エルギンは頷いた。
「その途中で僕の鳩を使って手紙を出した。それなのにその鳩はニーナへの手紙しか持っていなかった。疑問だったんだ。マクニスの言うとおり、たぶん抜かれたんだろうが、どうしてそれなら鳩の存在自体を抹消しなかったんだろうとね。でも通信舎は、何時頃、誰からの鳩がどこから届いたか、記録を取るんだって。まあ当然だね、鳩を補充する手配をしなければならないから。だから抜いた誰かも、鳩の存在自体を抹消するわけにはいかなかったんだ。担当も覚えてた。手紙がたくさん着いた日で、はっきりはしないが、姫の鳩が持ってた手紙は複数あったのは確かだってさ。彼に落ち度はない、緊急だとまでは思わなかったから、それだけ持ってきたりはせずに、通常どおり各人宛の籠に振り分けておいた。そして残業を終えて家に帰った。鳩が着いたのは日暮れ近かったんだよ。姫の手紙は通信舎で一晩過ごしたんだ。次の日出勤した彼は朝届いた手紙を振り分けて、通常どおりの時間に籠を届けた。だから一晩の間に誰かが忍び込んで手紙を抜いたんだろう」
エルギンが話す間に、ひとりの男が、部屋の入り口に姿を見せていた。黒髪を後ろでひとつに縛り、太いまっすぐな眉をした、初めて見る男だった。彼は一礼して中に入ったが、話を妨げないように戸口に控えた。
「見回りはないの?」
オーレリアが訊ね、エルギンは頷いた。
「当然あるよ。通信舎だからね、半刻ごとくらいに見回るはずだ。見回りの担当兵ふたりもずいぶんエルヴェントラに締め上げられたが、何も気づかなかったって」
「半刻……ねえ、記録が残ってたって言ったわね。何時頃、誰からの鳩が、どこから届いたか?」
と、オーレリアが再び言った。
「そうだよ」
「その記録ってどこにあるの?」
「通信舎にある。……エルヴェントラも言ってたよ。抜かなきゃいけないほどの重要なことが書かれた手紙が来るのをどうして知ったんだろうって。でもそんなことわかるわけないよな? だから、その誰かは、ただ記録を見たかっただけなんだろうって、言ってた。半刻ごとに見回る兵士の目を盗んで全部の手紙を読むなんて不可能だからね。相手の目的は初めから姫の手紙が着いたかどうかを知ることだけだったんじゃないか。どこの鳩を使ったかを見れば、行き先を探り出す重要な手がかりになる。だからそのために、姫が出掛けてから毎日忍び込んで記録を見てたんじゃないか。昨日姫の手紙が着いたことを知った相手は、だが、姫がどこの鳩を使ったかは分からなかった、だってここから彼女がつれて行った鳩だったから。だから籠を漁ってみた。すると運良く――相手にとっては、運良く、そこの籠にまだ姫の手紙が入ってた。読んでみたら自分にとって都合の悪いことが書いてあった。だから抜いたんだ。エルヴェントラはそういう結論に達した」
「ちょっと待ってよ……」
ニーナはとっくに食べるのをやめていた。パンを握りしめて、エルギンを睨んだ。
「それってどういうこと。舞の行き先を知るために、通信舎に忍び込んで記録を見た? 毎晩やってた? どうしてそこまでして舞の行き先を知りたいの? いったい何のために!?」
「姫には凄腕の護衛がついてる」
「ええ、運がいいことにね! 冗談じゃないわ――本当に本当に、ついてってもらって良かったわ。舞は今どこにいるって?」
「やっと話が戻ったな。ウルクディアに向かったと、ルーウェン=フレドリックは言ってる」
エルギンはそう言い、戸口の男を見た。
「イーシャット。座って、話してくれ」
「はい」
イーシャットと呼ばれた男は改めて一礼した。剽悍な顔立ちをした男だった。オーレリアを一瞥して嫌そうな顔をしたが、何も言わず、ビアンカの隣に座った。
「初めまして、ビアンカ姫?」
「あ、あ、はい」
ビアンカはどぎまぎした。姫、なんてつけられるのはとてもこそばゆい。
「エルギン様の諜報担当、イーシャットと申します。以後お見知りおきを。んで、久しぶりだな、ニーナ。すっかり良くなったようじゃねえか。元気になって良かったな」
「本当に久しぶりだわ、イーシャット。三ヶ月ぶり? 抱きつきたいところだけど、今は割愛するわ」
「お前もかよ……」
イーシャットはなぜだかそう呻き、居住まいを正した。そして、早口で、エスメラルダの近くで姫とアルガスとシルヴィアに会ったことと、彼らが行き先を変えてラインディアに向かったことを要領よく話した。ルーウェン=フレドリック、という名前も出た。第一将軍への紹介を頼むと姫が挙げた名だという。
「それで、そのルーウェン=フレドリック殿からさっき手紙が来てね」とエルギンが受けた。「そこからがどうも良くわからないんだ。姫とその護衛、つまりグウェリンだろう? それからもうひとりの護衛、その三人が、アイオリーナ姫と共に、ウルクディアに行ったと書いてあるんだ。イーシャット、持ってきてくれたか? ありがとう。――読むよ。謹啓、エルギン王子並びにエスメラルダ代表殿、【最後の娘】は護衛をふたり伴われ、アイオリーナ姫と共に急ぎウルクディアに向かわれた由、まずは取り急ぎご一報をと存じました。追ってウルクディアよりご連絡申し上げます。敬具、ルーウェン=フレドリック。たったこれだけじゃさっぱりわけがわからない。もうひとりの護衛って誰だ? そもそもどうして姫が自分で手紙を出さないんだ? フレドリックは一緒に行ってない感じがするじゃないか、これだと。どうして一緒に行かなかったんだ? ――エルヴェントラがさっきウルクディアへ、【最後の娘】が到着するそうだからくれぐれもよろしくと手紙を出した。手紙は遅くとも明後日には着くはずだ。姫より先に着くと思うんだが、もし姫より遅れて着くようなら問題だな……よりによってウルクディアだ。何でよりによってウルクディアなんだ?」
「……そりゃ問題だ」とイーシャットが言った。
「……ああ、問題だわねえ」とニーナが言った。
ビアンカは呻いた。
「な、何が問題なの」
「昨日あなたに言ったことと同じだよ、ビアンカ=クロウディア姫。あなたがクロウディアの名を背負えば国中から求婚者が押し寄せると言っただろう。姫もそういう立場なんだ。何しろ【最後の娘】だからね。今まで姫が赴いたたくさんの都市や団体には、エルヴェントラとバルバロッサ=ガイェラがこってり釘を刺しておいたんだよ、姫を無事に出さないとお前の都市の未来はないと思え、みたいなさ。でもウルクディアに姫が【最後の娘】として赴く必要はなかったんだ。そんなことしなくても自分から加わってきたしね。だからウルクディアはまだ知らないんだよ、姫に手を出したら……」
「バルバロッサ=ガイェラというのはイェルディアの代表でしてね」
イーシャットが説明してくれた。
「そりゃもうおっそろしいおっさんで。ニーナと姫を娘のようにというか、娘以上に溺愛してるんです。ウルクディアがもし血迷って姫を、代表のご子息とかに妻合わせようなんてしたらですよ……ああ恐ろしい……ウルクディアの将来は真っ暗だな。住みたくねえな。俺なら家財道具一式かついでとんずらする」
「まあラインディアからウルクディアまではどんなに急いでも三日近くかかるだろう。ルーウェン=フレドリックの手紙が届くのに一日半かかったとして、エルヴェントラの手紙がやっぱり一日半――ギリギリだな……」
「まあウルクディアだって即座にとっつかまえたりはしないでしょうよ。あいつが易々ととっつかまるわけもないし。たとえとっつかまってもいろいろ準備はあるだろうし、その準備してる間に手紙が届きますよ」
イーシャットが慰めるように言い、エルギンは深々とため息をついた。
「……だといいけどね……」
「それならどうしてひとりで外に出したの?」
オーレリアが言った。やや、冷たい声だった。
「神官兵でもつければ良かったんじゃないの? あたしね、【アスタ】からイェルディアまであの子を護衛したのよ。結果的に何の危険もなかったけど、それにしたって不思議だわ。【最後の娘】がどうしてひとりきりでいろんなところに行くのかしら。命の危険ばかりじゃなくて、貞操の危険まであるらしい、あなた方はここであの子の心配をするけれど、それならそもそもひとりで出す前に、神官兵の護衛をつけるべきじゃなくて? あたしに護衛を依頼したのは誰だと思って? 流れ者よ? 流れ者の方があの子の心配してるってどういうこと?」
「本当に全く、あなたの言うとおりだ。マクニス」
エルギンは静かに言った。何か、悔やむような言い方だった。
そして、立ち上がった。
「そろそろ帰るよ。挙兵の準備があるんだ。あんまりサボってるとエルヴェントラに絞め殺される。イーシャット、お前はどうする?」
「……帰った方がいいようですね」
「まだ答えを聞いてないけど?」
オーレリアの声が更に冷たさを増した。エルギンは苦笑した。
「僕たちがいない方がニーナが話しやすいだろうからさ。ニーナ、味方が増えて良かったな」
ニーナは静かにエルギンを見返して、ため息をついた。
「……ありがたいことだわ、本当に」




