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花の歌、剣の帰還  作者: 天谷あきの
第七章 シルヴィア=ラインスターク
88/251

シルヴィア=ラインスターク(11)



   *



 ギーナ=レスタナは来客中だということだったが、舞はちっとも構わなかった。舞以上の緊急の用事を持っている人間がいるはずがない。建物の中をずかずか歩く内に、おろおろと後ろをついてくる人間はどんどん増えていった。「お嬢様」「どうか」「来客が」「もうしばらく」「お願い申し上げます」「主に叱られます」


「お叱りは私が受けます」


 舞は執務室と札のかけられた戸を、叩きもせずにばん! と開けた。中にいた数人が呆気に取られる中を一瞥して、ずかずかずかと進んで、見覚えのある小男の前に立った。ギーナ=レスタナの頭は今日も見事にはげていた。つるつるしてさわり心地が良さそうである。


「ご無沙汰しています、ギーナ=レスタナ殿」


 舞は左手で敬意を示す印を描いて膝を軽く折った。


「先日はすばらしい贈り物をいただき、ありがとうございました。どうかご無礼をお許しください」

「………………【最後の娘】!」


 レスタナ都市代表がようやく声を上げ、すぐ後ろにいるジェスタと、戸口で鈴なりになっている人々が一斉に安堵の声を上げた。本物だと知って、行く手を阻めなかったのは失敗ではなかったのだとわかったからだろう。レスタナは舞を見、すぐ後ろに立っているアルガスを見、ジェスタを見、戸口で鈴なりになっている人々を見、立ち上がった。そして舞の手を取った。


「再びお目にかかれて誠に光栄で……先日はどうも……本日は良いお日柄で……いや本日もお美しく……」


 レスタナは咳払いをした。


「……どうなさいました、いったい」

「火急の用です。どうぞご無礼をお許しください」


 舞は客の方へも膝を折った。


「用件を申し上げても?」


 レスタナ都市代表は同盟の会合で舞に救われたことを、舞が思う以上に重くとらえていたようだった。それともこれも【最後の娘】の名の威力かもしれない。来客に断るでもなく、彼はすぐに頷いた。


「ええ、ええ。もちろん」

「では申し上げます。ヒルヴェリン=ラインスターク第一将軍のご息女が拐かされました」

「な」


 レスタナの口が、否その場にいた、舞とアルガスを除く人間すべての口がぽかんと開いた。舞はそのまま言葉を重ねた。


「至急兵を要請したい。ウルクディアに王の側近の屋敷がありますね。クレイン=アルベルトという。その建物に囚われておられる可能性が一番高いんです。屋敷を包囲し、アイオリーナ姫を救い出す手助けを是非願いたい」

「お待ちください――」

「待てるようならこのような無礼な方法で来客中に乱入したりするものですか。レスタナ殿、本当に一刻を争います。あなたの権限で出せる兵をすべて、【最後の娘】にお貸しください。アルベルトの屋敷と聞いて場所がおわかりですか? わからないようでしたら彼が説明します。アルガス、お願いします」

「承りました、【最後の娘】」


 アルガスが進み出た。執務机の向こうに、大きな地図がかかっている。たぶんこのウルクディアのものだ。アルガスはそちらに歩み寄って、しげしげ眺めて、


「ここです」


 一点を示した。レスタナはそれを見、アルガスを見、舞を見た。


「……………………あの」

「レスタナ殿。即物的なことを申し上げますが。エスメラルダとラインスターク第一将軍に恩を売る機会を逃すおつもりか」

「……まさか、そのような」

「ではお願いします。第一将軍はあなたのご尽力に感謝されましょう。もちろん私の主も、エルヴェントラも、皇太子も」


 レスタナはまだ動かない。舞は声を改めた。


「――レスタナ殿?」

「はい、【最後の娘】」

「兵を動かすのはそれほど難しいですか。私が戯れ言を言っていると思いますか。それとも情報が間違っているとでも? ウルクディアの兵はもちろん、ひとりの娘に顎で使われるような存在でないことは承知しておりますが――」

「とんでもない」


 レスタナはようやく、夢から覚めたように首を振った。

 そして居住まいを正した。


「【最後の娘】。よくぞわたくしを頼ってくださいました。不肖このギーナ=レスタナ、【最後の娘】のお言葉を疑うなど絶対にあり得ません。あなた様のお役に立てる機会を逃す者があるでしょうか。どうかわたくしどもの働きをご覧ください」

「ありがとう。助かります。では兵をその屋敷へ遣わしてください。警戒されてはアイオリーナ姫の身に危険が及びますから、完全に包囲するまで、できるだけ隠密に願います。私たちは先へ参ります。――行こう」


 兵の約束を取り付けて、少しホッとして、口調がゆるんだ。鈴なりになった人々がざざざっと道を開く中を、今度は一礼して通り抜けた。背後でギーナが矢継ぎ早に指示を飛ばし始めている。と、ジェスタ=リンドが追いついてきた。


「ご無礼を致しました。お許しください」


 リンドの言葉に、舞は笑った。


「こちらこそ。わけあって身分証を置いてきてしまったんです。私の顔を知る人はレスタナ殿しか知らなかったので。押し入るような真似をして、本当にごめんなさい」

「とんでもない」


 階段を降り、建物を出た。そこに集まっていた大勢の兵達の前で、リンドはもう一度、深々と一礼をした。


「私もすぐにその屋敷へ行きます。【最後の娘】、どうか我らがウルクディア兵の働きをご覧ください。では後程」


 リンドの態度を見て、周囲の兵士たちも、舞を【最後の娘】と認めたようだった。

 リンドはそこに残って兵達に事情を説明し始めている。それを後にして、舞は歩きだしたアルガスについていった。アルガスとフェリスタがついてきてくれて本当に良かったと、歩きながら舞は思った。特にアルガスがきてくれていなかったら、アイオリーナ姫がどこにいるのかわからないところだった。反省しよう。自分の方向音痴をもっと重く捉えなければ。


 城壁の前に出た。そびえる壁を右手に見ながらしばらく進む。と――


 羽音が聞こえた。見上げると黒い鳥が一羽、矢のように飛んで来ていた。舞は目をすがめた。そして手を振った。


「……シルヴィア!」


 鴉は舞に気づいて、急降下して来た。どこでなくしたのか、首にはあの鎖はなかった。けれどシルヴィアに間違いなかった。鴉は舞の手の中に飛び込んできて、つくづくと舞を見た。あなたも来たのか、と言われた気がした。


「やっぱり先に来てたんだ、アイオリーナ姫は……」


 言ううちに、紙が手の中に落とされた。丁寧に折り畳まれた、便せんのようだった。シルヴィアは舞の肩に移り、舞はそれを開いた。流麗な美しい筆跡が現れる。


「ウルクディア代表殿、拝啓――わあ、すごい。アイオリーナ姫ってこういう人なんだ。もう恋に落ちそう」

「何を言ってる……」

「……待って。ヒリエッタ。ヒリエッタ=ディスタ!」


 便せんがくしゃっと音を立てた。アルガスが覗き込んで、眉をしかめた。


「一緒にいるのか。まずいな」

「その上敵方だって気づいてないんだ。大変だ。でも無事なんだね、今のところは。それにアルベルトの屋敷で間違いない。急ごう……それにしても拝啓ってところが令嬢らしくて素敵だよね。うっとりしちゃうな」


 言いながら舞は通りかかった兵士にその手紙を渡し、ギーナ=レスタナに渡してくれるようくれぐれも頼んだ。それからまた速足で歩きだした。


 ほどなく城壁をそれ、ごみごみした裏町を通った。アルガスの歩みはよどみなく、一度しか行ったことがないのに、しっかり道を覚えているようだ。すごい、と思うが、あなたに褒められても、と思われそうなので黙っておいた。シルヴィアは舞の肩の上でじっとうずくまって、身じろぎもしない。


 立ち並ぶ家家の窓から、ウルクディアの住民たちが覗き込んでいるのを感じる。以前ここに来た時のことが思い出された。舞を投網や投げ縄で捕まえようとした、あのローグという男は、今一体どうしているだろう。


「この事態はウルクディアの兵にとってもいい機会かもしれないな」


 アルガスが呟くように言った。舞はそうだね、と頷いた。前ここに来た時、ウルクディアの兵達は舞を捕まえようとした。この町に住んでいた黒髪の娘たちも捕まっただろう。もちろん王の兵が駐屯していただろうし、命令されてやむなくではあっただろう、だが、町の人々との間に溝ができたのは間違いない。同盟に与し、もう黒髪の娘を捕まえることはなくなっても、その溝が埋まるのにはまだだいぶ時間がかかるに違いない。


 舞は足を速めてアルガスに追いついた。


「大勢で包囲するとやっぱり気づかれるだろうね。先に入って、アイオリーナ姫からアルベルトを引き離しておかないと……アイオリーナ姫がいるのはあの部屋だと思う?」

「……たぶん。シルヴィア姫が場所を知っているんじゃないか」


 舞はシルヴィアを見た。肩に乗ったまま一言も言葉を発しない鴉に。


「アイオリーナ姫の居場所、分かる?」


 シルヴィアは頷いた。舞は思わず微笑んだ。


「えーと……広くて大きな鏡があった部屋、そこかな」


 再び頷いた。なんて頼もしいんだろう、と舞は思う。


「鏡の中を見てないといいんだけどね……じゃあ……」

「俺が行く」


 とアルガスが言った。


「アイオリーナ姫と面識はないが、名は王子から聞いているはずだ。それにこの剣もある」

「剣。その紋章って――」

「王妃の紋章だ。アイオリーナ姫は知っているはずだ」

「え。ラインスターク家の紋章じゃなくて? 王妃の?」

「養父は草原の民を籠絡する時に、王妃とともに行った」

「……うわあ」


 そういえばヴェガスタが言っていた。アルガスが王妃に害をなすことはあり得ない――


「す、すごい人だった、んだ」

「アイオリーナ姫にこの紋章を見せれば信用されるはずだ。だから」

「……そう」


 とても危険だ、と思った。

 でも必要なことだ。アルガスはあの部屋の間取りも知っているし、名乗ればアイオリーナ姫も信頼する。一番適任だ。だから舞は、不安を押し殺して頷いた。


「……うん。お願いします。あたしはフェリスタに頼んで庭に入る」


 それは角を曲がった時だった。道はいつしか閑静な住宅街に入り込んでいて、見覚えのある風景になっていた。アルベルトの屋敷はもうすぐのはずだ。流れ者らしき人影が前方に見える、と、


「駄目だ」


 アルガスが低い声で言った。シルヴィアが首をもたげ、舞は足を止めた。


「駄目?」

「危険だ。アルベルトがいるんだぞ」

「知ってる。だから行くんだ。必要だもの」

「アルベルトはあなたを狙ってるんだ」


 馬鹿にしてるのだろうかと、一瞬思った。不穏な気配に気づいたか、シルヴィアが肩から降りた。近くの塀にとまって、ふたりを見ている。舞はアルガスを見上げた。


「わかってる。言ってるでしょう、だから行くんだって」

「危険すぎる。兵を集められただけで充分だ」

「アイオリーナ姫の側からアルベルトを引き離すにはあたしが行かないといけない、でしょう? わかるでしょう、アイオリーナ姫は本当に重要な人質なんだよ、さらった以上、絶対取り返されるわけにはいかない。そうでしょう、だから包囲されようとしてるのに気づいたら、アルベルトは真っ先にアイオリーナ姫を移そうとするはずでしょう。だから。あたしが行かなくちゃ」


 アルガスは舌打ちをした。初めて聞いた気がする。瞳が藍色に染まり始めている。怒っているのだと、分かっているが、構ってはいられなかった。怒っているのはお互い様だ。自分の瞳も色が変わればいいのに。


「危険なのは分かってるよ。でもそれはあなたもでしょう。違う? ひとりでなんか行かないよ。あたしだって命は惜しいもの。死にたくないし、エルギンが王になったら温泉ざんまいだ。こんなところで死んでたまるか。捕らえたり倒したりする気だってないよ。時間を稼ぐだけ。だからフェリスタに頼む」


 言ううちに当のフェリスタが、こっちに向かってくるのが目の隅に見える。アルガスは舞の言葉に、それでも首を振った。


「――駄目だ。あなたは【最後の娘】だ」

「だから!?」


 大声が出た。フェリスタも、その後ろにいる流れ者たちも、周囲の家家から覗いている人達も驚いたのが分かったが、気にしている余裕はなかった。


「必要なことをしに行くだけだ! あなたもそうでしょう、違う、アルガス=グウェリン! こないだだってそうだよね、あなただって死ぬ気はなかったでしょう、でも必要だから、ビアンカとミネアが危険だから、橋に一人で残ってくれたんでしょう!? それなのに――どんなに心配したかわかってる!? あんなこと平然とやっといてあたしには駄目だって!?」

「あなたと俺とでは立場が違うだろう!」

「どこが違う! あの時はそうするしかなかったんでしょう! 今のあたしもそうだって言ってるんだ! 自分は良くてあたしはいけないの、どうして!? あなたの言うことはさっぱりわけがわからない!」


 アルガスの瞳は今やすっかり藍色に染まっていた。アルガスは舞を、まるで憎んでいるかのように睨んでいた。殴り倒してでもアルベルトの屋敷に入れないように、できるならしたいと、思っているに違いない。低い、悔しげな声が聞こえた。


「――途中で撒いてくるべきだった」

「本当に運がよかった。ここからなら道が分かるもの」

「ここまで聞き分けがないとは思わなかった」

「それはこっちの台詞!」

「俺は流れ者だ。こういう仕事には――」

「だからそれが何だって言ってるんだ!」


 舞は足を踏み鳴らした。勢いがよすぎて体がはねた。


「流れ者だから何だって!? 流れ者だって同じ人間でしょう、言葉も通じるし、一緒にご飯も食べられる、ただ戸籍があるかどうかの違いだけじゃないか! あんな板っ切れ一枚に人の価値を決められてたまるか!」


 ぶはっ、と、フェリスタが吹き出した。舞とアルガスは同時にフェリスタを振り返った。


「何がおかしい!」


 声も重なった。フェリスタは即座に笑いを収めた。

 いや、収めようと努めた。出た声は少し苦しげだった。


「すまねえ、ちっともおかしくねえ。いやよく言ったぜ娘っ子。グウェリン、解雇されねえうちに諦めな。男としてはともかく、流れ者としちゃ、娘っ子の方に理があるわ。それが認められねえなら、流れ者なんかやめちまって、ルファルファの神官兵にでもなるんだな」

「フェリスタ――」

「娘っ子、手ェ出しな」


 アルガスの呪詛のような声には注意を払わず、フェリスタは上着の隠しに手を入れた。舞はまだ怒りの余韻が残っていて、一瞬意味が分からなかった。


「――手?」

「左手だ」


 フェリスタは舞の左手をつかんで、隠しから取り出した何かを舞の人差し指にはめた。それは銀色の、複雑な模様が金で入った指輪だった。初めは確かにぶかぶかだったのに、指輪はきゅるん、と言うような音を立てて舞の指に巻き付いた。やや太さが増して、今ではぴったりだ。


 と、アルガスがさらに怒気をはらんだ。舞は驚いてアルガスを振り返ろうとしたが、フェリスタがそれを止めた。真剣な顔が覗き込んでくる。


「こんな時に他の男を気にするんじゃねえよ」

「何――」

「説明は後だ。とにかく急がねえとな。娘っ子、お前も中に入るんだな? そうしねえといけねえってお前は思うわけだ。じゃあしょうがねえ、来な」


 フェリスタは舞の左手を掴んだままずかずかと歩いて行った。ほどなく、集まっている流れ者たちの前にたどり着く。


「こいつが今回の雇い主だ。女王の愛し子の片割れだ、信じられねえだろうが、正真正銘の本物だぜ。雇い主として不足はねえだろう、てめえら」


 山賊か海賊のような言い方だった。流れ者たちは先ほどの騒動をどう思っているのか、しげしげと舞を見た。十人ほどはいた。不足はなかったらしく、誰も不満の声を上げなかった。背の高い者も低い者もいた、黒髪も茶色の髪も栗色の髪も、いかつい顔も目尻の下がった温和そうな顔もいたが、全員に共通しているのは、ふてぶてしいような、これから始まる仕事を待ち受けるような落ち着きだ。全員を見回して、フェリスタは満足したように頷いた。


 それで、いつまで手を握っているんだろう、と舞は思った。そっと引き抜こうとしたが、フェリスタはしっかり握って放さない。舞は困惑した。流れ者の作法はいつまで経っても良く分からない。


「グリスタ」


 フェリスタに呼ばれて、黒髪の、そびえるような大男が眉を上げた。


「おう」

「知ってのとおりこいつぁ庇護の対象だ。どうしても屋敷の、敷地の中に入る必要があるんだと。わかってるな」


 グリスタは苦笑した。


「とんだお転婆だ。しょうがねえな」

「よし」


 フェリスタはニヤリとして、居並ぶ流れ者たちを眺め回した。


「草原の民は他にはいねえ。仕方ねえな。だが――」

「俺も入る。こんな小娘が入るってのに外にいられるかよ」

「俺も」

「俺もだ」


 流れ者たちは結局、全員が手を上げた。舞はむずむずした。アルガスは腕組みをして、まだ藍色の瞳のままで、成り行きを見ている。


「あの……どうもありがとう、お手数をおかけします」


 舞が頭を下げると、流れ者たちは顔を見合わせた。そして笑い出した。舞は呆気に取られたが、


「いや何、いいってことよ」とまだ笑いながらグリスタが言った。「そんでフェリスタ、いいかげんに手を放しな。娘っ子が困ってるじゃねえか」

「おっと。こいつぁ失敬」


 フェリスタが手を放して、舞はホッとした。と、グリスタが舞の左手の、指輪に気づいた。黒々とした眉が盛大に跳ね上がった。


「おいおい、フェリスタ――」

「いいじゃねえか。口を出すな。さてと、グウェリン、中の見取り図を書きやがれ」


 アルガスは無言のまま、石を拾い上げて、道端に大ざっぱな図を描いた。全員が覗き込んだ。南側に広々とした庭。屋敷は二階建てで、二階の窓の下には一階の屋根が急な傾斜で張り出している。二階の北側には廊下と階段があり、踊り場にも窓がある。思い返して見ればそのとおりの配置だった。一度しか見ていないのにこの記憶力はなんだろう。舞は舌を巻いた。


「兵が整ったら屋敷を包囲する。それにアルベルトが気づいたら、アイオリーナ姫を移そうとするはず。だから二手に分かれる必要がある。包囲が完了して兵が突入するまでアルベルトを引き付けておく方と、その隙にアイオリーナ姫を助け出すか、安全を確保しておく方と」


 舞が言うと、フェリスタは唸るような声を上げた。


「そんで魔物の方にはあんたが行かねえとならねえわけだ。また【穴】を開けて連れて行かれちゃ追いかけられねえからな」

「そう。アルベルトはなぜか知らないけどあたしを狙っているらしいから。それでもあたしの方に来るかどうかは賭けだけど」

「しかしアイオリーナ姫とやらが俺らをすぐに信用するかというとな」

「それはガスが。アイオリーナ姫はアルガスを知ってるんだって」

「……しかしグウェリンはあんたの護衛だろう」

「違う」


 低く、こちらも唸るようにアルガスが言った。


「護衛じゃない。案内人だ。全くいまいましい」

「あんだってえ?」

「エスメラルダを出た時には護衛の報酬を得られるほどの体力がなかった。そもそもこの人は護衛を拒む。案内人として雇わせるのが精一杯だった」


 フェリスタは舞を見た。


「あんだってえ?」

「……それについてはまた後で。とにかくガスはアイオリーナ姫の方に――」

「護衛じゃねえのにあんなに反対してたってわけか、お前」


 フェリスタがじろじろとアルガスを見、アルガスもその視線を受けて睨み返した。


「悪いか。だいたいあんたがなぜ止めない。どんな神経してるんだ」

「しょうがねえじゃねえかよ。止めて聞くような娘じゃねえし、がむしゃらに危険を求めてるわけでもねえ、いかなきゃなんねえから行くだけだ。だろう? なら【穴】ん時みてえにひとりで飛び込まれるよりゃ、目の届く場所にいた方がいいだろう。それとも何か、ぶん殴ってどっかに縛り付けておくってか。できるもんならやってみやがれ」


 この言い合いは一体なんだろう。周囲の流れ者たちは興味津々と言った体で、誰も止めようとしない。舞は困惑して口を出した。


「あのう……」

「おっとすまねえ。この話も後でだな。とにかくお嬢様の方にはグウェリンが行けると。何人要る、グウェリン」


 アルガスはしばらく考えた。

 そして諦めたように答えた。


「ふたりいれば助かる」

「よし、ルード、デイル。お前ら頼む。残りは娘っ子だ。あんたらが来る前に屋敷ん中を覗いて来たが、かなりの人数が潜んでいやがるようだ。兵ってのは後どんくらいで来るんだろうな」

「来る間際に入った方がいいよね」


 舞は言いつつ髪をまとめた。動きやすいように、頭の回りに巻き付けるようにして留める。シルヴィアが呆れるのではないかと思ったが、シルヴィアはやはり何の反応も示さなかった。先程の塀の上から場所を変えてもいない。うずくまった態勢のまま、こちらの動向が定まるのを待っているようだ。


「弓を持って来た。魔物は火を恐れるって聞いたことがある。火矢の準備をしておくか」


 流れ者のひとりが言い、フェリスタは頷いた。


「矢は充分あるか? 俺にもくれ。弓はある」


 言って懐から細長い革袋を取り出した。手首から中指の先くらいまでの長さで、中からは棒が数本出てきた。かちかちかちっ、とフェリスタの手の中で弓が組み上がって行く。どういう仕組みなんだろうと覗き込もうとした時、アルガスが言った。


「剣を抜け」

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