シルヴィア=ラインスターク(1)
残り五日
目が覚めたのは、夜が明けて、だいぶ経ってからだった。
いい具合に張り出した木の枝に、厚手の布をつるして風よけにしただけだったので、目を覚ました時にはひどく寒かった。身震いをして体を起こすと、胸元でじっとうずくまっていたシルヴィアが頭をもたげて舞を見た。黒い瞳が笑みを含んで、優しい軽やかな声が聞こえた。
『おはよう。早起きなのね』
そう言うシルヴィアは、もうかなり前から起きていたらしい。舞はあくびをして、再び身を震わせた。寒い。
「お湯沸かそう……寒い……」
『大丈夫?』
「うん。おはよう、シルヴィア。あああ、良く寝ちゃった」
話し始めても、アルガスはまだ眠っていた。やはり寒いのだろう、寝袋の中にうずくまるようにして微動だにしない。舞は風よけを畳んでしまい、たき火を熾して湯を沸かす準備をし、街道沿いを流れる川で顔を洗って水を汲んだ。戻って来てもアルガスは起きなかった。まつげに朝露がたまっている。
自分の使っていた寝袋と毛布を更にその上にかけてみる。
しばらくたき火に指先をかざしつつ、ぼんやりその寝顔を眺めているうちに、昨日感じた懸念が再び脳裏に広がり始めた。
向かうべきは本当にアナカルディアなのだろうか。
どうしてこんなことを思うのだろうか。どうして――
『姫。……急ぐのよね。置いて行こうかとか、考えてるの?』
シルヴィアの声に、舞は我に返った。
「へ? や、違う。通行証を借りられるなら、本当はそうしたいけど、借りても使えないだろうし……悔しいけど、連れて行ってもらった方がやっぱり速いと思うんだ。こんな顔色の人をこき使うのは気が引けるんだけど」
『本当ね。やっぱり無理だったかしら。動ければいいというものでもないわよね』
「や、案内人なんだから、動ければ充分だよ。あたしは、王宮の近くにいる草原の民に頼んで、なんとかヴェガスタに連絡を取ってもらおうと思ってたの。それか、中に連れて行ってもらおうって。でも草原の民を簡単に見つけられるとは限らないし、地下街に行けばいいんだろうけど、そもそも地下街にたどり着ける保証もないんだ。ひとりじゃ中にも入れないだろうし、門番の前で戸籍焼いたら入れるんだろうけど、そんなこと今したらエルヴェントラに殺される……」
イーシャットの言葉が再び響いた。姫、俺達みたいな仕事だと、方向音痴って結構致命的だぞ?
「全くだ……ほんとにもう……」
『なに?』
「ううん。それにガスがエスメラルダでゆっくり休めるとも思えないし。ルファルファの庇護を宣言したんだからあたしには責任があるんだ。ああ、なんでこんなにこんがらがっちゃったのかなあ……」
シルヴィアは首をかしげて舞を見た。
『起こしたら? 置いて行かないのなら』
「うん。……うーん。でもこれはちょうどいいって気もする。あったかいお茶でも飲んで、良く考えよう。すごく気になることがあるんだ。ああ、出掛ける前にやっぱりよくよく考えるべきだった。ほんとにそそっかしいんだからもう」
ちょうど湯も沸いた。舞は茶を入れて、湯気を顔に浴びながら少しずつ飲んだ。ようやく体が暖まって来た。別の器に入れた茶が冷めるのを待ってから、シルヴィアが優美な動きで飲み始める。
『おいしいわ。やっぱり朝にはお茶よね』
「ん……」
『……』
シルヴィアは黙って舞を見上げた。その視線を感じながら、思い浮かんだことをとりあえず口にした。
「ディスタ伯爵令嬢って」
『ええ。ヒリエッタ=ディスタね』
「どんな人?」
『そうね。貴族の令嬢だわ。頭のてっぺんから足のつま先まで。でも悪い人じゃないと思っていたわ。あなたが出掛けるのは、ヒリエッタのせいなんでしょう』
「うん。悪い人じゃないんだ? ビアンカはすごく嫌っていたけど」
『ええ、だってヒリエッタには悪気がないのよ。本当に、悪気はないの。ただ自分の中にある規則に従っているだけよ。他の人たちとはそこが、』
シルヴィアは言葉を切った。しまった、と思ったのが分かった。気まずそうに冷めたお茶を飲み、舞は、マーシャの貯蔵庫から出して来たパンとハムと卵を取り出し、小さな鉄板も取り出して卵を焼いた。おかずもあるのだが、これは夜に取っておこう、と思う。
ややして、気を取り直したようにシルヴィアが言う。
『ヒリエッタの中には、揺るぎないものが感じられたの。生まれつき身に備わっている規則のようなもの。序列のようなもの。そこに感情の入り込む余地はない、という気がした。例えば、マーシャのような人を嫌うことは誰にもできないでしょう。ヒリエッタも好きになると思うわ。でもヒリエッタは、マーシャと親しく言葉を交わしたりはしない。しないというか、出来ないんじゃないかしら。他に誰もいない場所でも。うまく言えないのだけど、そういうふうに出来てるんじゃないかと思って』
「……そう、か」
他に誰もいない場所でも。アルガスのこともあざやかに無視した。
卵が焼けた。舞はそれを半分に切って、パンも半分に割って、シルヴィアに差し出した。
『ありがとう。いただきます』
「どうぞ召し上がれ。質素で悪いね」
『とんでもないわ。とっても美味しい』
シルヴィアは本当に、実に美味しそうに朝食を食べた。最近食べっぷりが少し舞に似てきたかもしれない。つまり令嬢らしくなくなってきているということだ。舞もかじりついて、頭の中だけで考えた。
――他の人たちとはそこが、とシルヴィアは言った。
他の人たち。他の令嬢たちには、悪気があったのだろうか。
シルヴィアには求婚者が大勢いた、恨み事を言われたことも一度ではなかった、大貴族の養子となった遠縁の娘――
『それで、ヒリエッタは、ええと、普通なら考えられない速度で移動したから、それであなたが出掛けたわけよね?』
舞はうなずいた。
「うん。ほんとにそんなことあるのかなって気もするけど、でも、すごく嫌な感じがするんだ。彼女のいるところに魔物が出て来てるって気が……」
――ああ。
息を詰めて炎を見た。
向かうべきは本当にアナカルディアなのだろうか――
「ああ……ああ、ああああ!? 違う、違うよバカあ! なんか根本的に違う気がする!」
唐突な大声に、アルガスが跳ね起きた。シルヴィアは羽を広げた。
『あなたの思考って一足飛びなのね。アイオリーナと同じだわ。落ち着いて。良く考えて。何が違うの?』
「アルベルトが、彼女のいる場所に出てくるんだとしたら、アルベルトが出る場所には彼女がいるわけだよ!」
舞は荷物を探って地図を取り出した。アルガスはしばらく状況を整理するように辺りを見回していたが、そのうちまだ寝袋に入ったまま座り直した。舞がよれよれの地図を広げると、目をこすって、シルヴィアと一緒にのぞき込んできた。
「ええと、ええと、ええと」
『落ち着いて。大丈夫よ』
「こないだ、アルベルトは、どうやって先回りしたんだろう? 馬にも乗れずうずくまってばかりいたってルーウェンさんが言ってたんだよね。馬車に乗って移動するのも大変だったんじゃないのかな。それなのに……えーとエスメラルダがここで……」
と、アルガスの手が伸びて来た。まだしゃがれた声もした。
「そこはラク・ルダだ。逆さまだ。エスメラルダはここ」
「おっと」
「……アルベルトが待ち伏せていた森はここだ」
アルガスの指先の置かれた地点を見て、舞は唸った。
「うー……デボラさんが、あの時、ヒリエッタ様もみんなお出かけで、って言ってた。あの日に王妃宮を出立してたとしたら、馬車でここの、分岐点の集落? ここに差しかかるのっていつくらい?」
アルガスはしばらく地図を睨んで考えて、咳払いをひとつした。次に聞こえた声は、いくぶんはっきりしていた。舞はその間に熱い茶を注ぎ、アルガスに差し出した。
「ありがとう。……オーレリアが辻馬車で来たと言っていたな。九日かかったと。分岐点からは徒歩として三日……辻馬車は今本数が減っていて、三日に一度くらいしか出ていない。それを差し引けば、そうだな、五日ほどか」
「五日。あたしたちはあの日の夜まで待って、地下街に行って、朝まで待って、それで馬で出発してこの森まで……」
「計算は合うな。分岐点の辺りで俺達が追いつくはずだ」
「じゃあ」
舞は地図の上で街道を辿った。分岐点から左はエスメラルダ。右は、
「ラインディアに行った……?」
『なんのために……』
「なんのために」
舞は呻いた。決まっている。
ラインディアにはアイオリーナ=ラインスタークがいる。第一将軍の愛娘が。
少し、覚悟が要った。アイオリーナのそばには、第一将軍がいる。あの人が。
あの優しい人が。
ティファ・ルダで、ローラとセルデスを埋めてくれた――あの人が。
「行き先変更だ」
舞は少しして、呟いた。言う内に、覚悟が決まった。
もう一度あの人に会う、ということについての。
そしてシルヴィアを大切に大切に思っている人たちに、会う、ということについての。
「……あたしは、このままラインディアに行かなきゃ」
呟くと、アルガスは、少し気掛かりそうに舞を見た。ルーウェン=フレドリックを捜そう、とその目から視線をそらして地図を見ながら考えた。シルヴィアをひと目で見分けた、シルヴィアを心から愛している人を。協力してもらわなければならない。【最後の娘】がラインスターク将軍に会うなんて、普通の方法では絶対無理だ。
そのためには、フレドリックに話さなければならない。
逃げていていいことではない。
近いうちに公表しなければならないことなのだ。それが少し、早まっただけだ。
「俺もだ」
静かな声が聞こえた。
顔を上げると、アルガスはまだ舞を見ていた。
「俺もラインディアに行かなければ。このまま王子に知らせに行ったりしたら絞め殺される」
カーディスの軽やかな声が耳に甦った。
――アイオリーナと会ったことありますか?
――数々の宝石で慎重に作り上げられた芸術品ような人なんです。彼女は。
「……そうだね」
ほっとした。情けないことに。
「でも別に確証があるわけじゃないんだ。ディスタ伯爵令嬢は出掛けた、ってデボラさんが言ってた、また戻ったかもしれないし、別の誰かがアルベルトを呼んだのかもしれない、だからアンヌ王妃の方も放ってはおけない……」
「鳩がいるだろう。エスメラルダに手紙を書けばいい。王妃の方へも警告が必要だとエルヴェントラが判断したなら、なんらかの手段を講じるはずだ」
「……そう、かな。でも」
『あなたはひとりしかいないんだもの。一度にいくつもは無理よ』
シルヴィアが言って、翼を舞の膝においた。
『ああ……姫。どうしよう。……アイオリーナが』
「シルヴィア」
舞はシルヴィアを両手に乗せて、細い小さな背に手のひらを回した。
「ごめん、こんなに遅くなっちゃって……」
『何言ってるの』
「ラインディアにディスタ伯爵令嬢がたどり着くまでどれくら」
アルガスが手を上げて、舞は言葉を切った。アルガスの視線は街道の方を睨んでいる。顔色はまだよくないが、視線には力が戻っていた。左手が動いて、剣を握った。
「誰か来る」
ぱちぱちと火の粉のはぜる音と小鳥のさえずりが急に大きく聞こえ、街道の方から、確かに下生えを踏み分ける足音がかすかに聞こえてきた。舞も腰を浮かせ、シルヴィアを地面に降ろした。足音はひとりだ。と、
「おーい、姫だろ。さっきわめいてたの」
男の声が聞こえてきた。どことなくひょうきんな色をたたえた、ひどく懐かしい声だった。
「何やってんだこんなところで? 野宿――」
「イーシャット……!」
舞は飛び上がった。たき火を飛び越えて茂みをかきわけ、すぐに見えたひょろりとした体躯に勢いよく飛びついた。「うぉわ!?」と体当たりを受けてひっくり返ったのは確かにあの、イーシャットだった。背嚢と剣を放り出し、背中から地面に倒れ込み、
「おま、まだその癖抜けねえのか! いつまで小さなガキんちょのつもりでいやがる! 殺す気か!?」
舞はイーシャットの体の上でがばっと身を起こした。
「ちょうどよかった! 元気!?」
「どきやがれこの唐変木!」
舞は素直にどいた。イーシャットはやれやれと身を起こし、舞を睨んだ。
「いいか姫。お前は小さくてちんちくりんで吹けば飛ぶような小娘だが、あんな勢いで人に飛びついていいのは十歳までだ」
「馬はどうしたの? イーシャットも徒歩?」
「聞けよ!」
イーシャットは憤然と立ち上がった。舞はその太くて真っすぐな眉と精悍な顔立ちをつくづくと見て、自分も立ち上がった。
「急いでるんだ。本当にちょうど良かった。あたしはラインディアに行かなきゃいけない、だから今すぐアナカルディアに行って?」
「……それが長旅を終えかけてようやく風呂と飯にありつこうとしてる男に言うべき言葉か?」
「それどころじゃないんだ。本当に急いでるんだ。魔物を呼び込んでるかもしれない人物がアンヌ王妃のそばにいるかもしれないんだ」
「……さっぱりわけがわからねえ」
イーシャットは舞を睨んだが、とにかく、と言った。
「急いでるってのはわかった。聞いてやるからあの男を紹介しな。何で俺が睨まれなきゃなんねえんだ。……いや待てよ、どっかで見た顔だな」
「イーシャットも会ったんだ? 三年前。アルガス=グウェリン」
「グウェリン……ああ、あいつかあ! うえ、嘘だろ!? 三年でこんなに大きくなるかよ普通!」
イーシャットは舞の背を押して、ずかずかとたき火のそばへ行った。アルガスは礼をした。
「ご無沙汰しています」
「くそ、身長抜かれるとは思わなかった。よく来たな、マスタードラが喜ぶぜ。……待て。エスメラルダへ行く途中じゃねえな? 今から出掛けるんだな? こいつの護衛してくれてんのか? っとに、俺が戻るまで待てよお前は」
イーシャットは舞の頭を軽くこづいた。
「あの大声が聞こえなきゃ素通りしてたぜ。危ねえとこだった。で、何だって? っとに冗談じゃねえよ、ようやく家に帰る寸前だってのに。おら、マーシャの飯を寄越しやがれ」
矢継ぎ早に繰り出される悪態めいた口調が懐かしくて、舞は言われるとおりに背嚢から貴重な弁当を取り出した。マーシャが夕飯のために作っておいたおかずを少しくすねてきたものだ。シルヴィアとアルガスにも分けているうちにイーシャットは遠慮なくパンに乗せてかぶりついて、舞の器から遠慮なしに茶を飲んだ。
「旨! 最高! で、何だって?」
「ヒリエッタ=ディスタという貴族の令嬢が、魔物を呼び込んでる恐れがあるんだ。あたしは王妃宮の地下牢で魔物に会ったんだけど、同じ夜にヒリエッタも王妃宮にいた。それから【アスタ】でね、ビアンカに警告したときに、ビアンカを呼び出してたのはヒリエッタだったんだ。それから夜も」
イーシャットはエルギンからの手紙で状況は大体把握しているはずだ。だいぶはしょったがイーシャットは何も言わなかった。眉根を寄せて考えている。
アルガスが言った。
「ディスタ伯爵令嬢はビアンカと、それからあなたの身分を、初めから知っていた節もあるな。今から考えれば、だが」
「身分を?」
「彼女は徹底している。俺達流れ者は存在しないもののように振る舞う。黒髪の娘たちにも、町民が多かったからか、ほとんど口を利かなかったようだ。イルジットはもとアンヌ王妃の侍女だから声はかけたようだが……まともに口を利いたのはビアンカにだけだ。そしてあなたにも」
「ああ……そうなんだ。あたしは弱みを握ったからじゃないかと思ってた」
「弱み?」
「夜に……その。ほら。マーセラの神官兵が来た後、ガスがロギオンの方へ行ったでしょう。あたしは道を間違えて森の中に行っちゃってね。そこにヒリエッタがいたんだ」
「夜の森に? 貴族の令嬢が? 何してたんだ」
イーシャットが口を挟み、舞は困った。何と言ったらいいのだろう。
「その、口止めされてる」
「守る義理はねえだろう」
「そうだけど。察してほしいな。あたしは現場に踏み込むところだったらしいんだ。で、追い払いに出て来たのは彼女だったんだ、相手の男じゃなくて。だからその……その」
「お前の方向音痴にはつくづく呆れるよ。で、その相手の男が魔物だったと思った訳か。確かに魔物が自分でごまかしに出てくる訳にいかねえよな。ケガの功名というか、いや逆だな。お前よく無事だったな? 魔物はどうやらお前を狙ってんだって? その夜の森で捕まってても不思議じゃなかったってわけだ。このボケが」
「す、すみません」
「その後ビアンカ姫に警告して、さらに王妃宮の地下牢で、だったか。不思議だったんだ、地下牢では逃げ場もなかっただろう。お前の得意の逃げ足もつかえねえのにどうやって助かった」
「ガスが助けてくれたんだ」
イーシャットはアルガスを見た。黒い黒い瞳が緩んだ。
「そいつは……世話になったな」
「いえ」
「それでさすがのエルヴェントラも、お前に護衛をつける気になったってわけか。いいことだ。……んで? お前が大慌てで出掛けた理由も解って来たが、今ディスタ伯爵令嬢はどこにいるんだって? ラインディアに行くとか言ってたな、さっき」
「地図を見て。帰ってくる途中で、ここ……だよね、ここにアルベルトが先回りしてたんだ。ヒリエッタはそのちょっと前にここを通ったかもしれない。時間的には可能」
「で、ラインディアか。ふうん。わかった。俺がアナカルディアに行くのはいいが、行って何かできるか?」
「ヴェガスタかフィガスタに警告してほしいんだ。草原の民をひとりつかまえれば辿れるはず。ヒリエッタが本当にラインディアに行ったのかどうか、確信があるわけじゃない。手紙を書くから」
「……しょうがねえな。とっとと書きやがれ」
「ありがとう!」
舞は叫んで、背嚢から便箋と筆入れを取り出した。書くうちに、イーシャットが言った。
「けど魔物を呼び出すなんて本当にそんなことができんのか。ファーナはどうなんだ。やったことあんのか?」
「ない。全然知らなかった。今だって本当に確信がある訳じゃない。状況から、そうとしか思えないってだけ」
「魔物はそんなにいろいろなところへ出没できるってのか? おかしいじゃねえか。そんなら夜の森で、ボケに踏み込まれそうになったら、女に追い払いに行かせる前に移動すりゃいいじゃねえかよ」
「そこも謎だけど。ヒリエッタのいる場所に出現できる、ヒリエッタと一緒にいればどこにも行けない、かっこ仮定」
「そもそもお前はそそっかしい。せめて俺が帰るまで待つべきだった。お前はひとりしかいねえんだぞ、なんで自分で出てきやがるかな、魔物に狙われてるくせに。神官兵でもなんでも使えよ、エルヴェントラを通さずとも、直接頼めばいいだろうが。奴らだってお前の頼みに従うくらいの心意気はあるぜ。言っとくが、お前の言葉はニーナの言葉なんだからな? まあ護衛を連れて来たのは褒めてやるけどな」
「護衛じゃない。案内人だよ」
イーシャットはしばらく、舞が手紙を書きあげるまで黙っていた。アルガスと顔を見合わせたようだが、言葉は出なかった。ややして書き上げると、イーシャットは言った。
「ばあああーっか」
「ああ……オーレリアに会った時、何か懐かしいと思ったんだ……」
「貸せよ。まあいい。案内人でも雇う分別はついたようで何よりだ。ラインディアまでしっかり連れて行ってもらえよ、お前ひとりじゃ迷ってウルクディアにでも行くのが落ちだからな」
「うん」
「しかし魔物を呼び出すかもしれねえ女がラインディアに行ったって……エルヴェントラがよくお前の出立を許したな」
イーシャットは手紙をしまって、低い声で言った。
「アイオリーナ姫が、」
「うん、わかってる」
遮るとイーシャットは眉を上げた。シルヴィアの前で言って欲しくはなかった。シルヴィアは先程からずっと、黙って成り行きをみていたが、
『アイオリーナが……?』
初めて口を出した。舞はため息をつき、イーシャットは声を上げた。
「うお!?」
「……あたしってホントにそそっかしいよね……ごめん。イーシャット、この方は、第一将軍のご息女、シルヴィア=ラインスターク姫です」
『初めまして、イーシャット様。今までご挨拶もせず、失礼いたしました』
シルヴィアが優美に一礼をし、そして首をもたげた。
『それで、アイオリーナが?』
「なんでもないんだ、シルヴィア」
『なんでもなくないわ』
イーシャットはしげしげとシルヴィアを見たが、ようやく腑に落ちたようだった。一瞬悲しげな顔をしたが、すぐに、ふてぶてしい表情が悲しみをかき消した。
「エルヴェントラを言いくるめて出て来たんだな? 俺も帰る前にお前に会えて良かったぜ。一度帰ろうかと思ったがやめといたほうが良さそうだ。シルヴィア=ラインスターク姫? ご安心ください。エスメラルダはアイオリーナ姫を見捨てたりはしませんよ」
「イーシャット」
舞は呻いたが、イーシャットは構わなかった。
「おっと、すまねえな。徹夜明けで口が滑ったぜ。俺ぁもうあのくっそじじいにはうんざりしてる。何から何までランダールにそっくりだ。その鳩をよこしな」
「……はい」
舞は鳩を入れた籠を差し出した。イーシャットは背嚢と剣を抱えなおし、おら、と言った。
「おら立て。時間がもったいねえ。街道の分岐点まで送ってやる。道中打ち合わせも出来るしな。よく考えりゃ分岐点の集落で、ヒリエッタ=ディスタらしき令嬢が通ったかどうか聞いてみりゃいいじゃねえか。そうすりゃアナカルディアにも行く必要があるかどうかわかるだろ」
「そっか、そうだね」
舞は鉄板と茶の器を洗いに一時その場を離れた。




