アンヌ王妃(3)
*
割れ目の空間を通り過ぎ、くねくね続く狭く細くじめついた通路を通り、階段を上がり、斜面を滑り落ち、再び階段を上がる。上がる。上がる。どこまでも上がる。上がりきると再び下る、その繰り返しだ。真っ暗な中を松明の明かりだけを頼りにどれくらい歩いたのか、もうわからなくなっていた。下るにつれてじめじめとした湿った空気が舞の顔や手を冷やし、首筋や手首から内側に忍び込んで、歩き続けているというのに体がどんどん冷えていく。
「川に近づいてきたね」
呟くとフィガスタが穏やかな声で言った。
「そうだな。王宮で使われる水は全てその川から汲み上げられてる。アナカルシスの地下水って通の間じゃ有名でな、着いたら茶を飲ませてやるよ。何の変哲もない茶葉でも泣くほど美味いぜ」
「そう、もうすぐ着く」ヴェガスタが珍しく励ます声音で言った。「着くまで油断はできねえが、しかし姉ちゃん、あんたはなかなか良くやったよ。ここ三日で思ったんだが結構根性あるよな。あの速度に泣き言ひとつ言わずについてきたしな。加えて王宮地下の直行便だぜ、俺なら泣くね。ああ泣く。今でも泣ける。泣こうか?」
ふたりがこう必死で励ますほど、あたしの声は弱々しかったのだろうか。
反省しつつ舞は言った。明るい声で。
「本当? じゃ泣いて」
「うお、そう来たか。俺の泣きッぷりはすごいんだ。王妃宮の地下で泣いたりしたら地面が揺れて、大事な杭が抜けかねないからな――」
「泣いたら置いていく。よし、これが最後の階段だ。上がりきったら王妃宮だ」
フィガスタの声に励まされ、舞はその階段に足をかけた。斜めの斜面に石を打ち込んであるだけのもので、その石はかなりすり減ってつるつる滑るが、その内石の間隔が増え、ちゃんとした石段になっていった。
一体どんな人が、この階段を作ったのだろう。
一体どんな人が、この階段で逃げ出したりしたのだろう。
アナカルシスの歴史は本当に長い。そのほとんどが血塗られたものだ。舞は呼吸を整えつつ、遥かな太古から人々の血なまぐさい歴史を眺めてきたに違いない、この巨大な王宮のことを考える。
――あたしがここに来たことも、いつか歴史になるのだろうか。
果てしのない階段をひたすら上がる。足下を注視することでいつしか無心になっていた舞は、唐突に止まったフィガスタの足に頭をぶつけた。
「着いたぞ。王妃宮だ」
松明が消えた。
辺りが闇に包まれた。そしてすぐに、松明の明かりよりごく弱い、柔らかな光が、戸口の形に差し込んだ。
そこは薄暗い廊下だった。
周囲を窺ったフィガスタが先に出て、舞に手を伸べた。素直に掴まると見た目よりもずっと強い腕が軽々と舞を引き上げた。ヴェガスタが出て、壁に開いた狭い入り口は元どおりに閉じられる。
廊下にはひとけが全くなかった。廊下の先にぽつりと、ほのかな光を放つ籠が、ふたを開けられて置かれていた。
「ぞっとする出口だが勘弁してくれ。この先に地下牢がある」
「地下牢……」
「ここんとこずっと誰も入ってないがな。ここが地下、上に厨房や洗濯室や食料庫、召使いの部屋。二階はカーディス王子のもので、王妃の居室は三階だ。ムーサと神官兵がいるとしたら二階だが、たぶんいない。王宮の方の神殿にいるはずだからな。そっちに階段がある。行くぞ」
ずっと添えられていたフィガスタの手が舞から離れた。暖かなぬくもりが去り、舞は唐突に、辺りがひどく寒いのに気づく。
地下のじめついた空気に似た、ひどく湿った空気がそこを支配していた。
牢があるという方角は闇に沈んでいる。何も見えない。何の音もしない。窓もない。どうして王妃宮に地下牢などがあるのだろう。舞は無意識に二の腕をこすり、フィガスタの後を追った。
王妃宮は王宮とはまた違った建物にあるという。
アンヌ王妃が王宮に住んでいなくて良かったと、舞は心底思った。
使用人の使う、薄暗い東階段を足音を潜ませて上がるに連れて、人の気配がわずかに増えた。
ずいぶん長い間王宮の地下を通ってきたような気がしたが、まだ人が寝静まるような時間ではないのだろう。ちょうど夕食時くらいかもしれない。カーディス王子とアンヌ王妃は夕食を共にするのだろうか、そう考える内につつがなく三階についた。廊下は明かりを抑えられて薄暗く、人の気配はあるもののごくまばらで、王妃宮と言うにはあまりに華やかさのない雰囲気だった。フィガスタは、舞とヴェガスタを、階段を上がりきった先にある小部屋に残し、王妃に知らせると言い残して出て行った。ヴェガスタが備え付けの燭台に火をともし、きちんと整えられた部屋が照らし出された。どうやらここは客間らしい。掃除は行き届いていたが、最近使った者はいないようだ。闇が遠のいて、舞はホッと息をつく。
きちんと整えられた清潔な場所にくると、自分の汚さが嫌でも思い出された。
快速船では毎晩お湯で体を清めることができたが、レイデスからの三日間はそうはいかなかった。それに加えて王宮地下の抜け道をはいずるように進んできたので、王妃に会うにはかなり差し障りがある格好だ。お風呂に入りたいなあと心底思った。せめて顔だけでも洗いたい。しかしそれは言えなかった。言ってもヴェガスタにもどうしようもないだろう。
「茶でも出してえところだが、まあ娘っ子に会ってからだな。おっと――忘れてた。申し訳ねえが、武器を預からせてもらう」
「……うん」
舞はためらった後、首もとにつるしたエスティエルティナを、革紐ごとはずして手渡した。ヴェガスタは、「これが武器か」と珍しげにしげしげと眺めた後、大事そうに外套の中の上着の隠しにしまい込んだ。
「悪ぃな。王妃宮から出たら返すからよ」
「ううん」
普段は手首に仕込んでいる短刀も渡すと、慣れ親しんだ重みが消えて、落ち着かない気分になる。特にエスティエルティナの喪失感はすさまじかった。急に足下が薄氷だったと気づいたような、凍りつくような感触が背筋を這い昇る。
ヴェガスタは自分がつけていた、山賊じみた変装の小道具をむしり取ってはぽいぽいとその辺に放り捨てた。古びた外套、カツラ、帽子と捨てて頭を振ると、もじゃもじゃのざんばら髪が戻ってきた。ヴェガスタはついでとばかりに舞の頭からカツラをはずしてぽいと捨て、結ってあった髪を存外器用な手つきで外してわしゃわしゃとかきまぜた。やめてよ、と手を上げるとぽんと頭を叩かれた。舞が手ぐしで髪を直す間に、ヴェガスタは窓辺に歩いて行った。
「いよいよここまで来たな」
言って振り返り、立ちつくしたままの舞を差し招いた。
「見ろよ、ここからだと王宮がよく見えるぜ」
「見つからないかな」
「おっと――なら燭台を消すか。ほれ、これであっちの方が明るくなった。来いよ」
舞は窓辺からの明かりに浮かび上がるヴェガスタの巨躯に歩み寄った。
隣で並んで、窓から外を眺める。景色は抜群に良かった。眼下には美しく整えられた庭園が広がり、左手、少し離れた場所には、巨大な王宮がそびえてまばゆい光を放っていた。割れ目だらけの岩をそのまま利用して、所々に無秩序に塔が付け加えられ、一番高い場所には旗が翻っている。エルギンに聞いたとおりの外観をして、王宮は明るい光をそこここから漏らしながら、闇の中にうずくまる獣に見えた。
暗くて旗の模様はよく見えないが、
「おや、王は不在か」
ヴェガスタが言った。舞も頷いた。王がいるときには三角の旗がなびくはずだ。自然と肩から力が抜けた。王はいない。恐らくウルクディアの離宮にいるのだろう。ということは、クレイン=アルベルトもいないはずだ。
「【最後の娘】。よくここまで来たな。いや――来てくれたな。歓迎するぜ」
ヴェガスタが優しい声で言った。それは王がいないから、舞の緊張を紛らわせる必要がないと思ったからだろうか。舞はヴェガスタを見上げた。この人の軽口と冗談に騙されて、考えなしの困った人間だと思っていた、初めの頃の自分を思い出す。
「腕のいい案内人を見つけられて幸運だった。心配していたことが何一つ起こらなかったもの」
「やけに素直じゃねえか。いつもの憎まれ口はどうした」
舞は微笑んだ。
「それはこっちの台詞」
王宮から目を離し、王宮の正面にぽつんと置かれた漆黒の像に目を留めた。
息をのんだ。
「ああ哀しいねえ、俺の愛のある優しい穏やかな口調はいつも誰にも理解されねえ――どうした」
「……ファーナ」
舞は。
呻いた。
王宮の正面、この敷地内ならどこからでもよく見える場所に、ひとつの像が置かれていた。それは小さなものだった。獣にしてはかなり大きいのだが、王宮の巨大さに比べると、鯨に挑みかかる鼠よりもまだ小さく見えた。それは薄闇の中でなお暗く、黒く、地面にぽかりと口を開けた地下道の入り口のように見えた。ふさふさとした体毛をたっぷり蓄えて、振り立てた頭には小さな角がひとつ突き出していた。近寄って良く見なくても、舞には全てがまざまざと思い出された。すべすべして柔らかいあの毛の手触り。ふかふかで、抱きつくと沈み込むような感触なのに、暖かさなど一片もない、冷たい冷たいファーナの体。
「ファーナ?」
喉元に大きな剣が突き立っているのが見えた。あれを突き立てたのはマスタードラだ。
王に請われて、抜かずにそのまま手放したと聞いた。愛用の剣だったのに。
「あの…………魔物」
ようやく声を絞り出すと、ヴェガスタがああ、と言った。
「ティファ・ルダの生き残りを助けていた魔物だ、という話だな。そっか、あんたルファ・ルダ出身なんだもんな、知ってるだろうな。あの魔物が倒されたのはルファ・ルダだったな、確か」
「そう」
舞は何とか平静を保とうと努めた。でもあまり上手くいったとは思えなかった。ファーナ。ファーナ。魔物は死んでも腐らないのだろうか。それは初めから冷たいから、生きているとは言えないから、なのだろうか。
七年前、舞が見た最期の姿のままで、ファーナは王の業績を誇るように、王宮の前に飾られていた。
今すぐ駆け寄ってあの毛に再び手を埋めたいと、自分が心底思っていることに舞は気づいた。ニーナが悲しむから言わないけれど、でもそれが舞の本心だった。ファーナは舞にとって一時期、庇護者であり、同時に脅威であり、救いであり、呪いであり、慈しんでくれる唯一の存在だった。舞はファーナを愛していた。そしてそれ以上に、ファーナは舞を愛していた。それは揺るぎようのない真実だった。誰もが魔物に愛情などないと言ったが、あれほどの純粋な愛情を舞は知らない。
ヴェガスタはしばらく舞を放って置いてくれた。だから舞は少しずつ理性をかき集めて、平静な声を整えることが出来た。ややして話題を変えた声は、我ながら完璧だった。
「フィガスタ、遅いね」
「娘っ子は食事中かも知れねえ。だとしたらしばらくかかる。今の内に休んでいても――お」
ヴェガスタは声を上げつつ、王宮とは反対の方向、右手前方を見た。舞も、ともすればファーナに向かおうとする視線をもぎ放してそちらを見た。その方向は、王妃宮の正面に当たるはずだ。きちんと手入れの施された庭園を、穏やかな足取りで歩く人影が見えた。隠れようかと一瞬思ったが、その前に舞は気づいた。
口が勝手に開いた。
「……ガス」
そうだ。
【アスタ】で別れたきりの、アルガス=グウェリンの長身が、ゆっくりと庭園を歩いていた。まるで自分の庭か何かのように。
アルガスは別に周囲を警戒してはいないようで、明かりこそ持っていないものの、辺りを見回す様子はなかった。旅装ですらなかった。背嚢ひとつ持っていない。剣はもちろん身につけているようだが、あとは手ぶらだ。舞は本物かどうか心底疑ったが、でも見間違いようはなかった。暗いとはいえ間違えるはずがない。
今はあの瞳は、きっと灰色をしているだろう。
「おいおい、知り合いかよ」
存在を忘れていたヴェガスタが、のんびりした口調で言った。ヴェガスタはアルガスがここにいるのは当然だと思っているようで、そして身を隠す様子もなかった。見つかっても構わない相手だと、思っているのだろうか。舞のことも、見つかっても構わないと?
「なあんだ――じゃあフィグの奴がいろいろ画策してたのも、結局は無駄だったってわけだ」
「え……?」
「言ったろ。魔物について調べてる奴に心当たりがあると。それがあいつだ。アルガス=グウェリン」
「…………え…………?」
その密やかな話し声に気づいて、アルガスが足を止め、こちらを振り仰いだ。
降るような星に、月も暗いとはいえ二つとも出ていたから、アルガスのいる方がここより明るい。ほかに明かりのついた窓もいくらでもある。だから見えないのではないかと思ったのだが、アルガスはふたりに気づいた。アルガスは驚いたようだった。そして、その口元がほころんだのを、舞は確かに見た。微笑んだのだ。舞を見て。
「おっと。あいつでも笑うことあるんだな」
ヴェガスタの声はどこまでものんびりしていて、アルガスに声こそかけないものの、軽く手を振って存在を主張した。アルガスは軽く頷くようにした。そして再び、ゆっくりと歩き始めた。どこへ行くのだろうと考えながら、舞は低い声で訊ねた。
「アンヌ王妃の、関係者なの?」
「あん? ああ……護衛隊のひとりか、ってか。違う。あいつを雇ったのはフィグだ。アンヌはあいつの存在を知っているが、面識があるかどうかは怪しいな」
「フィガスタの……?」
「あいつはな。あ、フィグはな。今でこそ護衛隊の副隊長ってことになってるが、ちょいと前まで諜報担当だった。それは今でも変わらないんだが、重要な様々な情報よりももっとアンヌが欲しがるものがある。副隊長ともなるとそういった話にまでは手が回らない。そこであいつを雇った。まだ一年やそこら……二年になるかな?」
持って回った言い方に舞は唇を噛んだ。ヴェガスタの首元を掴んで揺さぶってでもきちんと話をさせたかったが、それをしたら絶対に逆効果だ。
「おとぎ話の類さ」
ヴェガスタは舞の様子には気づかず鼻を鳴らした。子どもっぽいアンヌを馬鹿にしているという風を装ったようだが、あまり上手くはなかった。
「各地の様々なおとぎ話、恋の話、吟遊詩人が語るような伝説の類。あの娘っ子はそういう話を聞くのが何より好きでね。今までずっと、フィグが諜報のかたわら集めてアンヌに聞かせていた。しかしフィグが忙しくなってそっちに手が回らなくて、世間を旅して回ってるっていうあいつにな、話の収集を頼んでるわけだ」
「それだけのために……王妃宮に出入りするの? わざわざ?」
「そりゃあさせるさ。アナカルディアの現状を見ただろう。ここに来たら王妃宮以外に宿なんかねえよ。さすがに王宮側の敷地には立ち入らないだろうが、流れ者とはいえ身元もはっきりしてるからな」
「身元」
「王やムーサやアルベルト相手ならともかく、あいつが娘っ子に害をなすことはあり得ない。だから出入りを許した。娘っ子の方にもちゃんと話してあるんだぜ、公式にじゃねえけどな。偽名の方で通行証を出してるはずだ。それに、そうそう、【アスタ】の用心棒も頼んでたっけか」
――それでその身元というのはなんだ!
もどかしくて歯軋りしそうだ。でもこれ以上は訊ねられなかった。どうしてアルガスの身元を気にするのかと逆に問い返されたら答えられない。しかし何してやがるのかなと言いながら、ヴェガスタはゆっくり歩いているアルガスに視線を注いだ。身元についての話は終わりなのだろう。舞は渋々ため息をつく。
「散歩か? あいつも不思議と耳の早い奴だからな、まさかフィグが生きてるって知ってそれに合わせてここへ来たとかいわねえだろうな。あり得るなあいつなら。さっき俺を見てもそれほど意外そうじゃなかったしな」
舞も心の中だけで頷いた。あり得るな、あいつなら。
と。
唐突に、背後で扉が開いた。
舞はフィガスタが戻ったのだと思ったが、ヴェガスタはそう思わなかった。とっさに舞を抱きすくめて、緞子の陰に押し込んだ。入り口を開けたのが誰かは知らないが、おそらくひとけのない部屋での密かなお楽しみに見えるよう、ヴェガスタの手が舞の背に回された。舞は息を詰めた。ヴェガスタの巨躯と緞子で何も見えない。舞より遥か高い場所から窓の外を覗き込む格好になったヴェガスタは、なぜか、思わずといった風に小さな声を上げた。
「……こいつぁおもしれえ」
「え。何が」
「いやこっちのことだ。動くなよ姉ちゃん」
言われるまでもなく動かなかった。扉を開けた誰かはしばらく部屋の中を窺うようにし、ややして、憤然と息をつくような音がした。こつん、と靴が床を蹴った。
「何をしていますの。ここはわたくしの部屋ですわよ」
舞はさらに息を詰めた。聞き覚えのある声だったからだ。
【アスタ】で見た、潤んだ憎悪の目を思い出した。
ヒリエッタ=ディスタの声に、間違いなかった。どうしてここにいるんだろう。今夜は何だかこればっかりだ。
ヴェガスタが、振り返って、意地悪げな笑みを含めた声で言った。
「そいつぁ失敬。すまねえが遠慮してくれねえかなあ」
「汚らわしい。今すぐ出てお行きなさい」
「おいおい、俺はいいが、俺の連れに恥をかかせる気かい。言われなくてもすぐ出るよ。だが身支度の時間くらいは欲しいもんだ。あんたも女ならわかるだろう」
「知った事じゃありませんわ」
下々の女の恥など、と言いはしなかったが、言ったも同然の声音だった。ヴェガスタはいよいよ声の笑みを深めた。
「おやおや貴族の令嬢というものは、他の女性に恥をかかせても平気な人種と言うことか。言わせてもらうが」
「聞きたくありませんわ」
「お育ちが良すぎるってのも考えもんだ。よしよし、しょうがねえな。歩けるか」
言ったのは舞に対してらしい。答える必要はなかった。ヴェガスタは上着の釦をはずし、その中に舞をていねいにくるみこんだ。舞は歩きやすいようにヴェガスタの腰に手を回したが、ヴェガスタは必要以上に舞に触らないように気を遣っていた。
酔っぱらっていないときは紳士だ。
ヴェガスタがいつも主張していたことだ。
それが真実だと、舞は知った。
ヒリエッタは入り口でつくづくとふたりを見たようだが、舞の顔を見ることは出来なかっただろう。けれど、ヴェガスタの顔は丸見えだった。渋々脇へどいてふたりを通しざま、ヒリエッタが言うのが聞こえた。
「ヴェガスタ。生きていましたのね」
「おうよ。こいつは光栄だ。俺のことをご存じだったとは思わなかった。そして親しく声をかけてくださることがあろうとも、思わなかったぜ、ディスタ家のご令嬢様よ」
ヴェガスタの声は敵意に満ち、ヒリエッタは鼻を鳴らした。そして中へ入って、さっさと扉を閉めた。ヴェガスタが囁く。
「グウェリンの野郎がのんびり散歩してた理由がわかった。ヒリエッタが来てたとはな。俺でも散歩に逃げ出すぜ。フィグの野郎、ここへ来るまでに調べられなかったのかよ」
舞は黙っていた。意見を述べられる状況ではなかった。ヴェガスタは紳士には違いないが、上着に包まれて歩くにはかなりむさ苦しい。




