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花の歌、剣の帰還  作者: 天谷あきの
間話1 オーレリア=カレン=マクニス
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オーレリア・カレン・マクニス(7)

 結論から言えば、エルティナの目的地はイェルディアだった。鳩の町からちょうど一週間、隠れ道の終点まで来てしまったことになる。


 イェルディアは海運業で発展した豊かな街だ。アンヌ王妃の出身地で、今もイェーラ家の支配下にあるから、王の魔手もそれほど届きにくく、このご時世でもなかなか賑わいでいる。お風呂の広い宿もちゃんとある。


 鳩の町からここまでの一週間、眠る前のひとときに、あたしたちはいろいろな話をした。大抵はあたしが話した。エルティナは地なのか、それとも計算なのかわからないのだが、非凡な聞き上手なのである。最近気づいたのだが、どうも、アルガスの好意を受ける以外方法がないと悟ってからは、どうせならとことん利用してやろうと考えている節がある。


 彼女の知りたがることは多岐にわたった。それもさりげなく上手に水を向けてくるものだから、護衛や、一人旅や、森で食糧を得る方法や、流れ者の生態・美学・生き様、各地の街の詳しい産業、流れ者の伝言板がどこにあるか、等々、ふと我に返ると自分の持つ様々な知識を惜しげもなく披露していたりする。


 ああ、魔物にも王の手先にも、結論としては追われずに済んで――何しろ剣を使ったのは、鳩の町での個人的な事情の時だけだ――割のいい仕事だったとほくほくしていたのだけれど。


 でも自分の持っている大事な大事な生きる知恵と言うべきものを惜しげなく話してしまったわけで、やっぱり割りが悪かったかも知れない。


 そして今日も。明日にはイェルディアに着くという、隠れ道の旅最後の日にも、何の因果かあたしは講釈を垂れている。どころか、手取り足取り技を伝授していたりする。今まで誰にも教えたことないのに。


「違うわよバカね、こうでしょ。あんた筋は悪くないんだけどさ、動きが洗練されすぎ。儀式ならいいけど実戦じゃ駄目よ。師匠とかいう人の、舞え、という教えは間違いじゃないわ。あんたの体格じゃそれが一番だわよ。確かにね。でも舞いというのはね、拍子を踏むでしょ? だから――こうよ」


 ぴしっ、といい音がした。あたしの持つ枝が、エルティナの手を打ったのだ。


「痛っ」

「ね。次の足の予測がつき易すぎるのよ」


 鳩の町でオリヴァーを撃退したとき、先に行った振りをしてこっそり覗いていたのだと彼女は言った。そして続けたのだ。貴女は男の人にしては小柄だけど全然危なげがなくて、動きに無駄が全然なくて、見ててとっても綺麗だった、と。


 そんなこと言われた後に、あたしもあんな風に動けるようになりたいなあ、と呟かれては。そのう。我ながらバカだとは思ったのだけど。


「思うにあんたの師匠ってのは大柄でしょ」


 一息入れながらあたしは言った。


「だからあたしから学ぼうと思ったのね。着眼点は悪くないわね。敵に比べて体が大きいか小さいかで、どうしても動き方は違ってくるものね。それにしても贅沢な娘だわね、あんた。マスタードラってアナカルディアの剣術大会で三年連続優勝した、エルギン王子の剣じゃないの? 見たことないけど名前は知ってるわ、あたしでも」

「そう」

「彼が基礎を教えた上にこのあたしの教えを受けられるとはね。毎日鍛錬していれば、二十歳になる頃にはだいぶいい線行くんじゃないかしら」

「いや基礎は……まあいいや。でも二十歳? もうすぐだけど」

「え!?」


 あたしは汗を拭くのを止めてエルティナを見た。


「え!? 嘘! あんたいくつ!?」

「十九。なったばっかりだけど」

「嘘! 嘘よ! 嘘よあんた、その体格で十九!? 発育はどうしたのよ!」

「う、うるさいな!」

「可哀想にねえ……」


 あたしは一転、手ぬぐいで目元を抑えて見せた。


「ああ可哀想……十九になるまでそんな薄っぺらな成長しか出来なかったなんて……」

「余計なお世話です!」

「いーやとんでもないわ。あんた剣なんか練習してる場合じゃないわよ、知ってる? 胸ってもんだら大きくなるのよ。誰かいい人いないの? しょうがないからこないだみたいにもんだげよっか」

「結構ですっ!!!!」

「だいたいあんた身なりに気を遣わなさすぎよ」


 明日にはイェルディアに着くという気安さが、あたしの口を軽くした。ずっと言いたかったことを言ってやれるのは今しかない。


「せっかく女に生まれた身で、その外見を磨かないなんてもったいなさ過ぎよ。顔洗った後何かつけてる? 若いからって油断しちゃ駄目よ、十九はお肌の曲がり角よ。……にしてもあんたどこの出身? 日焼けもして寝不足続きで全然構ってない割に、きめ細かいわねえ……憎い……」

「いやその……」

「どうせ化粧道具も持ってないんでしょ。イェルディアで何か買うといいわよ。あそこならいい店あるしね、良かったらあたしの行きつけのお店紹介してあげるわよ?」

「いえその……いい。どうせへたくそだし」

「剣は必死で練習するくせに化粧の練習する気はないってわけ? ここ一週間、ずっとあたしの話いろいろ聞きたがってたくせに、この美貌の作り方についてはそういえば一言も聞かなかったわねあんた。興味ないの?」

「ないわけじゃ……ないけど……」

「あんたすっぴんで十九に見えないんだから、絶対化粧するべきよ。そうしたらちょっとは年相応に……無理か」

「ひどい!」

「でもまあ十七くらいには見えるかも。あたし十五くらいかと思ってたのよ。アルガスもそう思ってるんじゃないの? だからあんなに心配したんじゃないの? 年相応に見えないあんたが悪いのよこの童顔」

「ううううう」


 エルティナが呻いた。悔しそうだ。あたしはにんまりして、


「どんなブスでも磨いたらそれなりに見えるようになるものよ。オリヴァー見たでしょ、あいつ元は見られたもんじゃなかったんだから。毎日鏡見て綺麗になれ綺麗になれって言ってたら顔だって綺麗になってくるもの。あんた元は………………そうね、悪くないんだから」

「その間が気になる……」

「もうちょっといろいろと。気を遣った方が、いいわよ」


 うっかりと。

 ついうっかりと、口調に内心が、こぼれてしまった。

 どうにかしてごまかそうかと思ったが、エルティナは気づいてしまった。不思議そうに、あたしを見上げてくる。


 護衛をして三週間近く。そのほとんどの間中、この子が自分の身を顧みない様子を見てきた。化粧どころか食事もそこそこに、大事な用に向かって駆け続ける様子を見てきた。あたしは女は嫌いだ。だからこの子がどうなろうと、知った事じゃないはずなのに。護衛が終わったらそれでおしまい、で、清々して別のところへ行けるはずなのに。


 今ではアルガスがどうして無理矢理にでも護衛をつけたがったのか、わかるような気がする、とまで思ってしまうのは……長かった護衛が終わるということで、感傷的になっているからなのだろうか。


「オーレリア?」


 見上げるエルティナを見下ろして、あたしは。

 身をかがめて、彼女の額に唇をつけた。


「【最後の娘】」

「……はい」


 囁きには真面目な返事。あたしは微笑んだ。


「こんなこと二度と言わないからね。今だけよ。

 あなたが起ってくれて、あたしは……嬉しかったのよ。ルファルファ神が滅びて以後、その名を継ぐ者はもういないのだと思っていたのよ。【最初の娘】は血筋だから仕方ないけど、【最後の娘】は断ることだって出来る職務だものね」


 この子は王宮に棲む魔物のことを知っているのだろうか。ふと、そんなことを思った。

 アナカルシスの王は、王座につくと例外なく心を蝕まれ狂っていく。それを指して“王宮には魔物が棲む”と言われている。

 その魔物の存在を、この子は――この子と共に同じ目的に向かっている人たちは、知っているのだろうか。血の滲むような努力をしてエルギン王子を王座につけても、彼の布くであろう善政は、保って十年かもしれないということを。

 それを知っていて、それでもなお、この子がそれを引き受けたのだとしたら。その責を担い、走り続けているのだとしたら――


「……王宮を」


 声が掠れた。こちらを見上げるエルティナの瞳に驚きが走った。「オーレリア?」


「“王宮を崩す”こと。……って。どういうことかわかる?」

「え……?」


 知らないのだ。それを悟って、あたしはホッとした。なぜだか。


「ううん、わからないならいいの。忘れて」

「王宮を崩すって……物理的に? それとも比喩?」

「さああ、その辺はどうかな。あたしもよく知らないの、ただ聞きかじっただけ」

「前から思っていたけど……ルファルファ神に詳しいんですね、オーレリア。そんな話、エルヴェントラからも聞いたことない」


 ――おっと、言い過ぎたか。気づいたかな。まずいかな。


「……【契約の民】だから当然でしょ。あたしは女が嫌い、だからあんたも嫌い。アルガスに気にかけられてるから余計に嫌いよ。でも」

「でも?」

「【最後の娘】ってだけで、その責を背負ったと言うだけで、充分だわあたしには」


 知らないでくれて良かった。王宮に棲む魔物のことは、ただの、信憑性の怪しい言い伝えに過ぎない。嘘か本当かわからないような出来事なのに、でもその逸話は確実に彼女の重荷になるだろう。


 ただでさえ背負うものの多いこの小さな背中に、これ以上余計な荷物なんて載せて欲しくない。


 エルヴェントラが言い伝えを知らないわけがないが、彼女に知らせない理由はよくわかる。


「……オーレリア」


 エルティナが不思議そうに言うのに、にっこりと、微笑んでやって。

 あたしは言った。


「ずっと待ち望んだ【最後の娘】が、こんなちんちくりんじゃなきゃもっと良かったんだけどね!」

「……な、」

「だから化粧しなさいよ。それはあんた、国中の人に対する義務よ。十九じゃもう背は伸ばせないんだからせめて顔くらいはどうにかしなさい、いつかみんなの前に立ったときにがっかりされないようにね!」

「よ、」

「せめて年相応に見えないと威厳ってもんも全然ないし」

「余計なお世話だー!」


 エルティナが叫ぶ。

 ああ、この叫びを聞くのもこれで最後かも知れない。

 【最後の娘】がこんなに人懐っこい子だと言うことを、こんな風にじゃれることが出来る可愛い子だと言うことを、知っている人間はどれくらいいるのだろう。


 そう考えながら、やっぱりすごく感傷的になっちゃってるわあたし、と思った。こんな小娘にたぶらかされるとは、オーレリア=カレン=マクニスの名が泣くわ。


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