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花の歌、剣の帰還  作者: 天谷あきの
番外編 養父の剣を取り戻せ!
229/251

地下街(1)

 アナカルディアまでは徒歩で行った。どうせ急ぐ用事も無いのだ。


 母から持たされた路銀はたっぷりすぎるほどあり、保存食に手を出さなくても、それ以降はそれほど飢えることもなかった。街道沿いに行けば銀狼の脅威も感じない。


 それでもアルガスは宿に泊まるのは頑として拒否したし、デクターもそれに倣うことにした。自分はもう流れ者になったのだから、今までの感性は改めなければならない。食事もできるだけ質素にした。いざという時のために、塩や砂糖といった調味料を確保して、鍋ややかんも手にいれて、料理を覚えることにした。食事というものは、できあがった物を買うよりも、材料を手にいれる方が遥かに安い。


 といって、デクターは火の起こし方さえ知らなかったので、初めのうちに食べられたものはろくなものではなかった。アルガスの知識は豊富だった、材料を野外で調達する術にかけては、デクターはアルガスの足元にも及ばなかった。多分アルガスのように小動物を捕まえるのは、自分には生涯無理だろうと思う。だがアルガスの調理の腕は壊滅的だった。茹でる! 焼く! 煮る! 以外の調理方法を知らないらしいのだ。セバスチャンがどうやっていたかを、デクターは必死で思い出さなければならなかった。ただ薯はゆでてから皮をむくより、むいてから切り分けてゆでた方が遥かに時間が短縮できるということを知れたのは、ふたりにとって僥倖だった。


 デクターが上達するにつれて、『食べる』から『食事をする』に格が上がった。


 そしてその頃、ようやく地下街の近くまでやって来た。秋も深まったころだった。






 そこまでの二カ月あまりの旅で、デクターは少しずつ、アルガスの身の上を聞き出すことに成功した(もちろん、手紙も二回、出さざるを得なかった)。信じられないほど口が重い相手なので、マイラ=アルテナを捜している理由まではたどり着かなかったが、とりあえず養父の名だけは聞いた。ヴィード=グウェリン。これまた、ラク・ルダに縁の名だった。


 ただアルガスは、ラク・ルダに行ったのは、こないだが初めてだったらしい。それはそうだろうとデクターは思う。ヴィード=グウェリンはラク・ルダの神官の家、ルウェリン家から、勘当された身だった。ちまたでは剣の腕は伝説となっているらしいが、とにかくラク・ルダでの評判が悪すぎた。彼がラク・ルダに住んでいたころ、起こった乱闘騒ぎや暴力沙汰には必ずといっていいほどその名が囁かれていたそうだし、飲み屋や料理店で好き放題食べて飲んで騒いでは、実家につけを回していた。ルウェリン家では町中のならず者の請求書を回されるはめになり、身代が傾きかけたことさえあったという。


 少なくともラク・ルダでその名を名乗らなくてよかったと、デクターは胸をなでおろしていた。もしそんなことをしていたら、警戒したルウェリン家から刺客が放たれたかもしれない。ヴィード=グウェリンが養子の身の上を少しでも案じていたなら、ラク・ルダは避けろと教えたはずだ。


「ろくでもない男でした」


 アルガスは頑固だった。どうやらデクターが自分よりかなり年上だと知って、敬語を使うことに決めたらしい。デクターは初めこそ居心地が悪かったが、アルガスを説得するよりは自分が慣れた方が楽だと悟った。


 ともあれアルガスは、敬語のまま訥々と思い出話をした。


「とりえと言えば剣の腕だけでした」


 過去形だ。


「死んだんだ?」

「そう」

「……そっか」


 そこまでは知らなかった。御愁傷様、というべきかどうか少し迷う。でもまあ、考えてみれば当然だ。ヴィードは本当かどうかは知らないが、第一将軍の右腕にまで登りつめたらしいし、少なくとも流れ者ではなかったはずだ。その養子が二年も流れ者をやっているというのだから、普通に考えれば二年前には死んだのだろう。


「なんで養子になんかなったんだ?」

「あんなろくでなしだとは知らなかったので」


 知ってたら、養子にならなかったのだろうか。大体彼の実の両親は、一体何をしているのだろう。あんな男に大事な息子をやるなんてと、考えて、それは口に出してはならないことだと思った。アルガスの外見は、この辺りの人間とは少し違う。南方の辺境の辺りには、アルガスのような外見のものがいるだろう。戦乱の地、反乱の地、治安の悪い蛮賊の地だ。


 それにしてもヴィードの養子とは。今までひとりも弟子を取らないことで有名だった、あのヴィード=グウェリンの。


「……剣の腕を見込まれて、弟子にされたってことか?」

「さあ。小間使いが欲しかったのかも」

「そんな」はっきり否定はできなかった。「剣、教わってたんだろ」

「全然」


 アルガスは、ため息をついた。ひどく重いため息だった。


「……全然?」

「教えてもらったことなど一度もない。養父が俺に言ったのは、許すまで真剣を持つなということだけです」

「……なんで」

「養子になって良かったのは、あの腕を間近で見られたことだけだった」


 それで獲物もこん棒なのだろうと、考えながら、デクターは沈黙した。養父が二年前に死んだとして、アルガスが拾われたのは九歳の時だというから、養子だったのは五年間という計算になる。それだけの長い間、何一つ教えなかったのだろうか。それでは、小間使いが欲しかったのかも、という思いを持つに至っても仕方がない。


 しかし不思議だ。アルガスは、養父を嫌ってはいないらしい。とぎれとぎれに聞いた思い出話はどれもろくでもなかったが、デクターは今まで抱いていたヴィード=グウェリンへの評価を少し引き上げた。ろくでもなくて飲んだくれで手のかかる男だったというのは確かだが、悪い男ではなかったらしい。しょうがないなと許してしまう、憎めない男だったのではないだろうか。


 一体どうして死んだのだろう。そこまでは聞けなかった。


 レイデスからアナカルディアへ続く、広々としたなだらかな草原へと差しかかっていた。

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