オーレリア・カレン・マクニス(1)
長年培った経験が、今度の仕事は危険すぎる、と告げていた。何しろ魔物に狙われている娘を護衛する、というのが仕事で、その娘はさらに今噂の【最後の娘】、だというのだ。魔物と王と、両方につけ狙われている存在なわけで、こんなの護っていたら命がいくつあっても足りない。
おまけに感覚がやけに鋭い。こっちは護衛してやろうとしているのに、ちょっとでも近づくと警戒してすぐに姿をくらませようとする。今まで見失わずに済んでいるのはひとえに、彼女とあたしの経験の差というものだろう。あの子はどう見ても十代半ば。こっちは世の中の酸いも甘いも噛み分けた、働き盛りの三十代。いくら感覚が鋭くても、あたしにかかればねんねちゃんみたいなものよ、ふふん。
それを差し引いても、こんな厄介な仕事は初めてだった。断る気だったのだ、本当は。
なのにどうして、あたしがこうして虎の子の双眼鏡を使って、その厄介な娘を見張っているのか、と言えば。
それはもう、恋のためだった。愛するあの子がわざわざあたしを捜し回ってまで依頼してきたからこそ、なのだ。あの子に貸しを作れるのは嬉しいし、報酬も魅力だったし、真剣な目で頼まれては、一肌脱いでやりたくなる。恋は人を盲目にする。今まで目が合うと全力で本気で死に物狂いで逃走されていたことを思えば、あの子があたしを頼ったことがまず奇跡だ。
見張りを始めた時点で既に、彼女は馬を持っていた。たぶんリヴェルで買ったのだろう。資金だけは潤沢に持っているようだ。考えてみれば当たり前だけれど。
そしてやけに急いでいる。行く先はあの子も知らなかったのだけれど、この道を通るところを見ると、マス・ルダかイェルディアへ向かうらしい。それがわかった時点で、あたしは既にうんざりしていた。この道は大きな街道と平行に走る森の道だ。王から逃れて移動する者たちがかき分けて出来た、獣道に近い代物で、立ち寄れる街はいくつもなく、あっても辺鄙なしけた街しかない。幾ら馬に乗ってるとはいえ、年頃の娘が一人で進む道じゃない。
おまけに。
おまけにだ。
なんとその娘は、夜、行動するのだ。朝、日が高く昇るまで進み続け、昼近くなってから食事と短い睡眠を取り、夕方に起き出してまた進む。まあ彼女を責めるわけにはいかない。魔物に狙われているというのだから、夜の森でぐっすり眠れたらそれは神経がおかしい。だからこの行動は不合理ではない、のだけれど。
同じ日程で動かなければならないこっちの身にもなってみなさいよこのくそガキ。
睡眠不足はお肌の敵だというのに。
*
娘は今日も、手紙を書いている。
食事を取った後、睡眠を取る前に、いつも必ず手紙を書く。昨日も書いていた。今日も書いている。明日も書くのだろう。日記かも知れない。とにかく何か書いている。書き終わったら二度読み返し、直すところは直してから折りたたんで、大事そうに背嚢にしまう。毎日毎日よくもまあ、ああも書くことがあるものだ、と感心する。
そしてその代わり、髪を梳かしたり顔を洗ったりといった行動にはあまり……というか、全く重きを置いていない。川で少々顔をぬぐう程度だ。見てる間にだんだん腹が立ってくる。
若いからっていい気になるんじゃないわよ。
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見張りを始めて一週間。今日も娘は眠る前のひとときに手紙を書いている。
あたしは双眼鏡を別の場所に向ける。リヴェルから一週間、毎日この速度で進んでいるのだから、そろそろ街が見えてきてもいいはずだ。さすがに立ち寄るだろう。この辺りの町はアナカルディアから遠いこともあって、黒髪でも即通報されたり捕らえられたりといったことはまずないし、【契約の民】にも同情的だから、安心して休めるはずなのだ。
彼女は食料をたくさん持っているようなのだが、あたしの方が乏しくなってきている。それにお風呂に入りたくて入りたくて入りたくて気が狂いそうだ。爪も髪も肌もこの一週間で汚れ尽くして、元のような輝きを取り戻すにはだいぶ時間がかかりそう。ああ街。ああご馳走。ああお風呂。ああ柔らかな寝台。今すぐ行くから待っていて。
娘が眠った。あたしも寝よう。明日はお風呂だ♪
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信じられない。
まさか素通りするとは。
はっ倒すぞこのくそガキ。
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娘は干し肉を食べている。
あたしは残りわずかな練り粉を舐めている。
追いはぎを装って食料を奪おうか真剣に悩む。
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明日には次の街が見えるはず。
明日には食べ物が食べられるはず。
明日にはお風呂に入れるはず。
明日には
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はっ倒すぞこのくそガキ
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今が秋で良かった。
もう娘を追っているのだか木の実を探しているのだかわからない。
道沿いを川が流れていて本当に良かった。
なかったら土付きのままの薯を食べる羽目になっただろう。
娘は干し肉を食べている。
追いはぎしようにも返り討ちに遭いそうな気がする。栄養状態が違いすぎる。
寝よう。寝てしまおう。それがいい。
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お風呂




